ロイド・アンドーは新兵である
『貴方はウジムシです』
オレが失意に沈んでいると、自称神を名乗る女が突然にそんな事を言い出した。
『ゴブリンも殺せないヘタレな貴方はウジムシ以下です。そんなウジムシにも劣る貴方に、生きる価値はありません。しかし! 安心してください。そんな貴方を価値あるウジムシするのが私の使命であり、その為の場所がこの世界です』
……このクレイジーなオンナは、いったいナニをイッているのだろうカ?
『貴方はこの私に鍛え抜かれたとき、初めて生きる価値を持ち、この世界に生きる戦士として生まれ変わるのですっ!』
……生まれ変わる。
モンスター。ゴブリン。
「なぁ、オレはやっぱり……死んだのか?」
そうだよな。今まで実感なかったけど、あんなモンスターのいる世界だ。地球じゃ有り得ないし、この女も本当に神なのかもしれない。
済まない、パパ、ママ。オレ、死んじまった。
『貴方がするべきことは、そんなクソみたいなクソを垂れ流す事ではありません! ママのオッパイを懐かしむフニャ○ン野郎は、口からクソしか出てこないようですね。返事は「いえす あいまむ」です?』
「いやオマエ自分が何言ってるのか分かってんのか?」
オマエも大概口が悪いぞ。
『私の生き甲斐は貴方を扱き、笑い、罵倒して、苦しむ顔を眺める事です。私は貴方の顔が苦痛に歪む姿が、楽しくて楽しくて仕方ありません』
「……最低だな」
絶対神じゃないだろ、コイツ。
『悔しいですか? でも今の貴方はウジムシ以下です。そんな貴方には悔しがる権利すらありません』
「いや、意味わかんねぇから。人の話聞けよ」
『え〜と……? ふざけるな! 大声をだせ! 魂忘れたのかっ!』
「……ハァ〜〜、もういいよ。勝手にやってくれ」
壊れたラジオみたいなステレオ女を相手にしてるのもアホらしい。オレも勝手にするか。
まだ何かを言っている女の声を無視して周囲を見渡す。
ゴブリンから逃げている時にも移動したが、周りは一m位の高さの草の原。そしてポツポツ見える木々や林。遠くには緑豊かな山も見えるな。その他には……見事な自然しかない只のサバンナだ。
……適当に歩くか。
『え、あれ? ちょっと!? ……おかしいですね、アメリカ人はああ云うのが大好きだと思ったんですけど。何が気に入らなかったんでしょう?』
この女、本気で言ってるのか? クレイジーだ。アメリカンを何だと思ってるんだ。
『何処へ行くつもり? またゴブリンに襲われたらどうするつもりよ? 今度も逃げるの?』
無視だムシ。
というかこの声、移動しても付いてくるのか? ……マジかよ、鬱になる。
『ソレはちょっとヒドいわね。サポートすると言ったじゃない? 神の話は素直に聞くべきよ』
っ!?
この女、俺の思考が読めるのか?
『神ですから』
クソぅ、姿は無いのに胸を張ってふんぞり返ってる様子が容易に想像できるな。
「悪魔だ」
『失礼な、神だと言ってるでしょう。何で信じられないのかしら』
「自分を省みろ」
スゲェな、自覚が無いのか。
『覚えがないわね。それより、もう心の整理は着いた? 私の話を聞く気になったのかしら?』
「ならないな。無視しても意味なさそうだから相手をしているだけだ。それと「心の整理」だと? いきなり人を落としといて言うセリフじゃないな」
死ぬかと思った。いや、アレで生き返ったって事なのか? わけが分からないな。
『仕方ないじゃない、説明するのが面倒だったんだもの。それなら実地で理解してもらった方がいいと思ったの』
「……あーそうかよ、ご親切にどうも。お陰で身に沁みたぜ、自分が死んだって事がな」
『それはよかった』
……この女、本当にいい性格をしているな。信じられるか? コイツ、きっと満面の笑みで言い切ったぞ。
『それはいいとして。貴方はこの世界で生きてもらいます。なのにこの世界の事を何も知りません。なので、貴方の神の言うことには素直に耳を傾けなさい』
コイツの言うコトはもっともだ。……もっともなんだが、ちょこちょこ余計な言葉を挟んてくるなコイツ。
「………何だよ」
『……フフンッ』
ああ〜〜っ! ムカつくわ〜〜!!
『まず、生き物を殺す事に躊躇しないコト。モンスターを始め、貴方に襲い掛かってくる危険は、その尽くを排除しなさい。自分の身は自分で守る』
「……別に殺さなくても、逃げればいいじゃないか?」
正当防衛は否定しない。実力行使もやむを得ない時もあるだろう。だけどコイツの言ってることは殲滅しろとか、そんな物騒なコトだろ? 同意しかねる。
『ゴブリンすら殺せない貴方が、それ以上の脅威からも逃げられると? ふふ、面白い冗談ですね』
「バカを言うな。今は殺す殺されるは仕方のない状況なのは分かる。でも、それ以降は町なり都市なり安全な生活圏を確保して危険な場所へ行かなきゃ済む話だろ」
『はぁ〜…、コレだからナードにもなれないアメリカ人は困ります、常識ってモノを知りません。都市なんてドラゴンに襲われれば簡単に落ちますよ。この世界に完璧な安全圏なんか有りません』
「は? ドラゴンって何だよ。そんなのは只の翼の生えた火を吹く恐竜だろ? そんなのはミサイルでもブチ込んどけ」
『ブッブー! 残念でしたぁ。この世界にミサイルなんか有りませ〜ん。ファンタジーを何だと思ってるのよ?』
だから死にたくなければ強くなりなさい、とこの女は言うが。
「そんな危険な所にハンドガンの一丁も持たせずにオレを放り込むヤツの方が、余程人間をナメてると思うがな。武器も持たない人間がそんなのに敵うわけネェだろ!」
オレはどちらかと言えば銃規制賛成派なんだけどな。趣旨替えできるならさせてくれ。あの野蛮な鉄の塊も、今なら頬ズリしながら抱いて寝られそうだ。
『これだから即物的なリアリストは困ります。流石はパワーは正義のお国柄ですね。効率主義は結構ですが、努力せずに得た力に夢は宿りません。もっと人生のフィーリングを大切にしましょう』
そう女が言い放つと同時。
進行方向の草がガサリと音を立てた。出て来たのは緑のハゲ頭。顔の傷が痛々しい。さっき振りだな。
「シットッ、何でまた会うんだよ」
『自業自得よ』
女が喜色を浮かべて言うが、こんなのは只のアンラッキーだ。
……だと思ったんだけど、更に草を掻き分けてハゲ頭が二つ出て来た。これで合計三つだな。
「……ジーザス」
『祈る神が違うわよ』
楽しそうにいうじゃねぇよ。
◇◆◇
「ハッ! ハッ! ハッ! ハァ…ハァ……ハァ〜〜ッ!」
『ハイハイ、お疲れ様ぁ〜〜』
地面に手を着いて苦しい息をなんとか落ち着かせようと、その身体の求めるままに意識を開け渡す。身体が熱いから汗を出せ、酸素が足りないから血を回せ。そんな要求をひっきりなしにが鳴り立てる。
待て。待ってくれ。まだもう少し、何も考えたくないんだ。
『そして童貞卒業おめでとー』
……クソが。考えたくないって言ってんだろ!
尻もちを突くオレの前には、力無くよこたわるゴブリンがいる。息はしてない。オレが首を締めたからな。
他にもこの藪の何処かにあと二匹のゴブリンが転がっているはずだ。首の骨が折れてるヤツと口から血を吐いてるヤツだ。脚を掴んで地面やゴブリンに叩き付けて殺し、転げて無防備な腹を力一杯踏み付けて殺した。
「……はぁ〜……。最悪だ」
頭を抱えて蹲る。手に残る感触が気持ち悪い。
『気にする事ないわ。アイツらは只の害獣よ、殺し殺される運命に生きてるんだから』
「分かってるっ。……放っといてくれ」
これが銃での狩りだったなら、罪悪感どころか爽快感すら感じてたかも知れない。
だが、こんな――クソ女の言うところの人生のフィーリングなんて死ぬまでに体験したいと思えるもんじゃない。断じてだ。
『大袈裟に考えない方がいいわ。こんなのは慣れよ慣れ。貴方は命を奪ったんじゃなくて、命を貰ったの。糧にしなさい』
「簡単に言うんじゃねぇよ」
こんな事を嬉々としてやるシリアルキラーの気持ちなんて分かりたくもないが、アサシンには共感できるかもな。本当に、奪った命の事なんて深く考えたくもない。
『そうそう、もっと簡単に考えなさい。自分本位でいいの。「俺の為に死んでくれ」ってね』
「オレの専攻は法学だぞ。そんな事したら終わってる」
『なんでよっ。訴訟大国でしょ、自己弁護しなさいよ!』
「流石はカミサマ。ゴーイングマイウェイの極みでいらっしゃる」
『そうです。だから貴方の神が貴方を許します』
「そーかい。アリガトよ」
はぁ〜。慰めてるつもりなのか、コレは?
『全くもうぅ、面倒くさい人間ね貴方。アメリカ人も自称なんじゃないの? もっとサバサバしてると思ってた』
「……オマエ、ホントはアメリカ人だろ」
もっと本音を隠せ。