あなたはなぜ、小説を書く?
哲学的なタイトルである。『あなたはなぜ、小説を書く?』聞くまでも無い質問かもしれない。しかしこれは小説を書く人、特にネット小説に生きる人にとってはとても重要な案件であることを認識してほしい。
小説を書きたい理由というのは、人によって千差万別だ。好きな食べ物、嫌いな食べ物、好きな人、嫌いな人……。人によって好き嫌いは大きく分かれるが、それと同じように小説を書きたいという発作的な欲求の根源は、人それぞれだ。
『小説が好きだから』『世の中にいい作品を出したいから』『あれぐらいのレベルの作品だったら俺にも書けそうだから』どんな理由であろうと、執筆意欲が湧き出ることは本当に良いことだと思う。どんどん書いてもらって結構。それが一番だ。
私も別に、小説を書く・書こうとしている方の個人的感情に口出ししたい訳ではない。そんな権限は生まれてから今に至るまで一度も持ち合わせたことなど無い。
しかし、一つだけ警告しなければならないものがある。
『評価をもらう為』という理由で書くのはやめたほうが良い。
これだけでは具体的にどういうことなのかわからないだろう。例として小説家になろうのシステムを紹介する。
なろうに作品を投稿すると、読者が読み終えた時に『文法・文章評価』『物語評価』で最大十点、ブックマーク登録一件につき二点の点数がもらえ、この合計点が評価ポイントとなる。面白い作品ほど評価ポイントが増え、そしてポイントが増えると読もうとする読者も増える。これによってなろうのランキングは作られている。
ポイントが増えれば増えるほど読んでくれる人が増え、人気作品として名を轟かせることができるということだ。
大抵のなろう作者は、この評価ポイント又はPV数(作品へのアクセス数)をモチベーションとして執筆に励んでいると思われる。
私自身も、そのシステムから受け取れるモチベーションを糧にして執筆活動に励んでいた。今も変わらずそうである。
とてもいいシステムだ。競争意欲も掻き立てられるし、何より『もっと小説を書こう』と否が応でも思わせられる。
しかし、良いシステムも度が過ぎれば毒だ。
いや、いいのだ。評価ポイントをモチベーションにして書くことはとてもいいことである。執筆がはかどるに越したことはない。
だがそれでも、超えてはいけない一線というものは存在する。
それは何か。
『評価ポイント』が目的になって小説を書くことである。
小説を書いて評価されたいというのは良い。だが『評価されるために』小説を書くというのがいけないのだ。説明が分かりにくくて申し訳ないが、そういうことなのだ。
なぜ評価ポイント目当てで書いてはいけないのか。
それは自分の首を締めることになるからである。
評価とは、読者から寄せられる意見である。読者が小説を読んで感じたことがすべて現れる。
おもしろいと感じたら評価は増えるし、つまらないと感じたら評価はその程度のものになる。
素直なのだ。真っ直ぐなのだ。いつでもどんなときでも、評価は作品に対して嘘偽り無く突きつけられる。
その評価に忠実になり小説を書き続ければ、恐らく途中で嫌になる。一作目では右肩上がりだった評価が二作目ではまったく伸びなかったら、評価のために書いてきた者はどうなるだろう。
諦めるのだ。評価に揺さぶられ、自分の作品に自信を持てなくなり、やがて、自分はなぜ執筆しているのか分からなくなってくる。自壊する。
評価のために書いて、なろうに投稿して、だけれど感想が一件も来ない。評価も来ない。ポイントも全然無い。このような結果では、本当に自分が評価のために書いていたのか疑わしくなってくるだろう。
そして、そのような時期は必ず訪れる。
毎回ヒット作を出せる人間などいない。最初から最後まで絶好調な人生など存在しない。存在したとしても、その可能性は宝くじの一等を当てることよりも低い。無数の星から一つだけ正解を選ぶような途方もなく小さい確率だ。そんな確率を信用できるのか? 私は全くもって信用できない。
だからこそ、人からの評価を目的に小説を書く行為は危険と隣り合わせなのだ。リターンが望めない綱渡りなのだ。先の見えない茨の道を、猪突猛進に進む愚行。
時にそれは正解かもしれないが、その正解がいつまで続くかも分からない。『恋に盲目になる』という表現があるが、この場合は『評価に盲目になる』だろう。見えない道を進んで、戻ることのできない崖に落ちる。
評価が来ることは作者にとってのエネルギーだ。自分の小説が評価されたという一種の快感だ。しかしながら、それは薬にも麻薬にもなりうる。
評価におぼれてはいけない。ポイントが小説のすべてではない。
ポイントが少なくても内容が濃い小説など、探せばいくらでも出てくる。そしてそのような小説に価値があるのか無いのかと問われれば、決して『無い』とは答えられないだろう。
作者が『良い小説を書こう』と思って書けば、それはおのずと良い小説に近づいていく。今はまだ書けないとしても、将来書ける日が訪れるかもしれない。
私は、小説の価値は評価が全てだとは思わない。プロの小説家にとっては別かもしれないが、少なくともなろうに投稿するような作品はそこまで殺伐になる必要は無いはずだ。
書きたいから書く。小説が好きだから書く。
執筆する理由は、結局小説の中に全て収束するものだ。小説が好きで、書きたくて、下手くそな小説を見て自分も書けるかもと考えて。
それは決して、他人に理由を求めるものではないはずだ。
初めて『書きたい』と思った時の感情を覚えているだろうか。初めて小説を読んで感動した時のことを覚えているだろうか。小説の本質は評価やポイントではなく、そういう何にも代えがたい感情の中にある。そうあるべきだ。
初心を忘れずに、これからもずっと小説を書き続けてほしい。
『あなたはなぜ、小説を書く?』終