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その先入観、間違ってますよ?

 小説を書き始めて間もない方によくあるのが、『間違った先入観』である。

 先入観を持って小説と向き合うことが悪いというわけではない。むしろ、その先入観がいい方向へと働く可能性も無くはないのだから、一概にこうだと私が決めつけるものでもないだろう。

 しかしながら、私の経験上『悪い先入観』というものが存在することが分かっている。

 筆者の筆を止める要因となるような先入観だ。

 先入観とは怖いもので、『小説としてこれはだめなんじゃないか』と考えた瞬間、執筆が思うように進まなくなり、だんだん小説を書くこと自体が嫌になってくる。負のスパイラル。ドロドロの底なし沼のように、踏み入るのは簡単、抜け出すのは困難。小説に創作意欲を吸収され、脳に疲労が貯まった途端はじき出される。

 この悪い流れを少しでも事前に回避するため、今回は小説を書くにあたってよく抱く『間違った先入観』を指摘していきたいと思う。



――『小説を書くのは難しい』――


 最もよく耳にするのが『小説を書くのは難しい』。

 確かに、世界観、キャラクター、ストーリー……。沢山考えなくてはならない。学校で書く作文とは全く違う。

 面白い作品を書くには、それなりの訓練が必要かもしれないだろう。

 しかし、小説を書くのが難しいという先入観は間違っている。むしろ簡単だ。とてつもなく簡単だ。

 一般人には分不相応な代物だと考えている人は多いが、そんなことは全くもってない。作者の大半は一般人であり、つまるところ誰にでも書ける。


 ではなぜ多くの人が『小説を書くのは難しい』という先入観を持ってしまうのか。

 それは単純に小説を書くという行為が『恥ずかしい』からである。自分の創作物も、文章も、単語一つでさえも、他人に見られることが恥ずかしいのだ。

 当たり前のことである。創作は恥ずかしいことだし、小説家になりたいという夢も恥ずかしいものである。それは変えられぬ事実であり、誰もが持つ感情だ。曲げられないし、消えたりもしない。

 だが少なくとも、それを理由に諦める必要などこれっぽっちも無い。はっきり言わせてもらえば、恥ずかしくない創作など存在しないのだ。

 小説を書く事自体あまりやっている人は多くない。少数派である。女性で溢れかえっているスイーツパラダイスの店に、男性一人で行くことが恥ずかしいのと同じだ。


 しかし、恥ずかしいからといって早々に諦めるべきものではないだろう。自分には難しそうだと感じても、レベルが高そうだと感じても、それでもやってみなければ分からない。意外と楽だったりするかもしれない。

 小説に起承転結が必須だとは誰も言っていない。人に見せなければならないというルールも存在しない。一分で書こうが数ヶ月かけて書こうが誰も文句は言わない。

 適当な感じで、適当に思いついたことを言葉にして、つなげて文にして、それをつなげて話にして、話をつなげていけば、それは小説になる。

 クソだろうがゴミだろうが、小説が出来上がる。作れるのだ。小説を。


 確かに面白い小説を書くのは難しいだろう。そう簡単に、人の心をつかめるような小説は書けない。

 だが、面白い小説を書かなければ死ぬというわけでもないし、拙い文章を書いて怒られることもない。

 書くことに抵抗がある人はもっと自信を持っていい。書けるだけで才能なのだ。書きたいという気持ちを持てるだけで才能なのだ。有名な文豪だって書きたいから小説を書いたのだ。その文豪たちであっても、根本的なところは現代に生きる我々の「小説を書きたい」という思いと同じなのだ。皆、書きたい気持ちがスタートダッシュなのだ。


 小説を書くのは難しくない。今この文章を読んでいるあなたが文章を作り始めれば、それは既に『小説を書いている』のだ。

 小説を書くのは難しい、なんてことはない。その才能を開花させるか閉じたままにするかは、あなたの気持ち次第だ。


――『文章が長すぎるのはダメだ』『文章が短すぎるのはダメだ』――


 そんなことは無い。

 文章が短い場合は必然的にテンポが良くなり、読みやすい作品になる。

 短い文章で起承転結を作り小説を完成させられるというのはとても強みになる。短編をいくつも組み合わせるような小説もあるのだから、一つの場面が短くなっても気にする必要はない。

 文章が長い場合は、その分沢山練習できているということ。加えて、執筆中に『この文章長すぎるかな』と感じる時は、たいてい読者にとって長いと言える文章量ではない。むしろたくさん書けるというのはそれ自体が才能なので、もっともっと書くべきである。

 長いからダメ、短いからダメということは無い。色々な文章を書いて、試行錯誤してみるのもいいかもしれない。


 言ってしまえば、百行の文章を内容そのまま、三行にまとめられるならば、言うまでもなくそちらの方がいいだろう。

 読んでいて読者も疲れない上に、作者も執筆量が減って効率的。一石二鳥である。


 だが、そんなことを気にしてまで筆を止めることはない。

 悩んだらとりあえず、更に執筆だ。それが成長への近道である。


――『一作品に力を込めるべきだ』――


 一つの作品に自分が今持つ実力の全てを込めて、最高の小説を作り上げる。なるほど、言葉としては悪くない響きだ。

 しかしながら、一つの作品に執着するというのはあまり良いことではない。むしろ書き始めの人にとっては、文章力上達の障害物にしかならない。


 はっきり言っておくと、初めて書いた小説が面白い訳がない。つまらなくてあたりまえだ。処女作を自分で読んで面白い小説だと思うなら、それは自惚(うぬぼ)れ以外の何でも無い。もしくは読書量が足りないか。もしくは、天才か。


 何が言いたいかというと、小説を書き始めたばかりの人間がどんなに頑張って書き上げても、面白い作品が完成することなど無いということだ。

 辛辣(しんらつ)な言い方になってしまったが、しかしよく考えてみればあたりまえのことだろう。そんなに簡単に面白い小説が書けるのなら誰も苦労はしない。

 私も初めて書いた小説というものはある。が、やはりどんなに甘い評価を下したとしても、それなりの小説だ。面白いと太鼓判を押しては拍手喝采を受ける、なんて代物ではない。どこにでもあるつまらない一作。


 しかし、この事実を悲観的に捉えてはならない。なぜなら、それが小説家にとっての『あたりまえ』だからだ。

 小説を書く人の中に時々、一作目を書くと二作目に手を付けられないという人がいる。

 一作目よりもいい作品を書きたいという思いが、執筆の邪魔をするのだ。『この部分はつまらないな』『もっとおもしろい構成があるんじゃないか』などと悩み、書いては消して、書いては消して……。

 だがそれでは意味がない。一進一退で少しづつ執筆……などと言っていては小説など書けない。努力の積み重ねではなく、無意味の積み重ねだ。ゼロにゼロを足してもゼロだ。そんな面倒なことをしていても面白い作品は書けない。少なくとも、才能が無い限りは。

 結局の所、何度も面白い作品を書こうとするのが間違っているのだ。

 テストの点数を毎回同じにすることができるのか? 今まで百点満点しか取ったことが無いのか? そんなことはないだろう。そして少なくとも、小説に点数などはない。満点は存在しない。毎回同じクオリティの作品を作ることなど不可能だ。


 スポーツでは、大会で勝つために練習する。練習して練習して、そして大会に挑む。

 小説も同じだ。コンテストや賞に応募するため、日々練習する。そしてここぞというところで、自信作を応募する。

 練習が必要なのだ。生まれてから死ぬまで、ずっと本気の小説を書き続けることなど誰にもできない。

 だからこそ、一つの作品に力を込めるな。常に百点を目指そうなんて、そんな心構えは持つだけ損だ。


 小説を全く書かない人だって世の中にはたくさんいる。書かないということはずっとゼロ点ということだ。それに比べたら二十でも三十でも点数を出しているんだ。書いているだけで十分凄いことだろう。

 今書いている小説なんて、数年後に読み返せば「つまんない小説だなぁ」と感想を抱くようなものに過ぎない。それならば、一つの作品に執着するより沢山作品を書きまくってどんどんと上達していく方がいいのではないか。


 目標を高く設定しすぎて自分が書きたかったものを見失うことのないように、まずは軽い気持ちで小説を書いてみてはどうだろうか。



 さて、少しは小説を書こうというやる気が出ただろうか。

 どこまで上達しようと、小説を書く行為に一定の根気が必要になってくることは変わらない。

 努力すれば問題ないのだが、努力することが一番難しい。だから多くの人が諦める。

 しかしそう簡単に諦めないでほしい。少なくとも日本という恵まれた国で、ケータイもしくはパソコンを持っていればすぐに執筆できる環境があるのだから、このチャンスを逃さないでほしい。


 この小説は細かい書き方を教えるのが目的ではない。小説を書きたいという気持ちを持った人の背中を、力強く押すための小説だ。

 やる気、モチベーション、執筆意欲、なんでもいい。とにかく小説を書いて書いて書きまくってほしいがための文字列である。

 それが一番の近道だと誰もが分かっていて、そしてできないでいる。

 細かい技術も人の心を動かすストーリーも、小説を読み、小説を書き、身につけるしか無いのだ。

 書けない、何を書こうか思いつかない、全然おもしろくならない、なんて思っている方は、とりあえず思ったことを書けばいい。思ったことって何書けばいいんだよ、なんて思ったら、それを文章にして『小説なんて書いてられるかよこのなろう信者がぁああああ! と作者は言った。クソである』と書け。なんなら私の小説の感想として送りつけてもらっても構わない。


 もっと手軽に、三時のおやつを食べる時と同じ程度の気持ちで小説を書いてほしい。どんなにつまらない小説だとしても、何十万字も執筆しているならば私は敬意を表する。それほどに『書く』という行動は大切だ。

 一文字からでいい。原稿用紙一枚分だけでいい。沢山読んで、沢山書いて、新しい世界を小説の中に創り出してほしい。その力があなたにはあるのだから。


『その先入観、間違ってますよ?』終

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