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花見ノ友

二十三世紀流の恋

作者: 春花とおく

カチャカチャと何かが組み立てられる音を私は聞いています。

いったいどれくらい経ったのでしょう。私は暖かな手で抱えあげられて、体いっぱいほどの小さい容器に入れられました。

また、カチャカチャと何かが組み立てられていきます。だんだんとその音も、視界もはっきりしてきました。

一番最初に見えたのは小さな男性でした。

ところどころ白髪が生えていましたが、30代と言ったところでしょうか。彼が言いました。


「やあ、僕はお父さんだよ…いや、君の恋人かな?」


お父さん、恋人、、


その言葉の意味はプログラミングされていましたが、コンピュータの私には縁のないものと思っていました。それを、突然目の前に現れた男性に言われたのです。私は、戸惑いを表すとされる動作をしました。


「ああ、名前を決めてなかったね。うーん、そうだ、君は今日からカレンだ」


素早くコンピュータに入力して、私はカレンと呼ばれることを自覚しました。名前の意味は知っています。

私のコンピュータの中ではただの記号のようなもの、私たちで言えば識別番号。ここは無数に広がる文字や数字の羅列からなる世界ではなく、三次元と呼ばれる世界なのでしょう。だって、名前を与えられただけでこれ程幸せな気持ちになれたのですから。


「嬉しいかい。そうとも、君には感情もプログラムしておいたのさ」


男性は白衣を来ていました。彼の特徴は「博士」と呼ばれる種類のモノに似ていました。だから、これから私はその男性を博士と呼ぶことにしました。


「博士、ありがとうございます。」


「素晴らしい。感謝の気持ちも、発現している。苦労した甲斐があった。なんたって、君は、僕の恋人になるのだから」


博士は嬉しそうに眉を細めました。


「言ってなかったね。君は恋愛訓練ロボットだ。これから僕の仮想彼女になってもらうよ。恥ずかしい話、もうすぐ四十だというのに人間の彼女が出来なくてね、考えてみても顔は悪くないし、やはり女性慣れしてないからだと思うんだ。というわけでよろしく、カレン」


私は博士がなぜ恥ずかしいのか分かりませんでした。

でも、恥ずかしいことは聞いてはいけないとしっかりプログラムされていましたから聞きません。

代わりに、博士の手を握りました。改めて見た私の手は細くて白くて、綺麗でした。


「ロボットとわかっても照れるな」


博士は頬を赤らめて笑いました。私も、頬を赤くして笑いました。


私は恋愛訓練ロボットです。これから博士に人間の彼女が出来るまで、博士の彼女となるのです。



今の私になって、数日が経ちました。博士は今度はまた別の何かを研究しています。私は彼女らしく、お茶を入れたり、方を揉んであげたりします。その度博士は「ありがとう」と頬を緩めます。もう、女性には慣れたのでしょうか。ドギマギして机にお茶を零すこともなくなりました。


「やあ、出来た」


ある日博士は私を呼びました。

私が博士の元にかけてくと、博士はうっとりとした目で私を見ました。私は少し嬉しいような、悲しいような、そんな気持ちになりました。多分これが照れ臭いという気持ちなのでしょう。

博士は私にベッドに寝転がるように言いました。


少し意識を失いました。


気がつくと、やっぱり目の前には嬉しそうな博士がいました。


「ごめんよ。ちょっと改良したくてね、より人に近付けたんだ」


なるほど、私の表面はいくらか柔らかくなっていました。体つきも女性らしくなったように思えます。

博士は私のために研究をしていたのでしょうか。

私は嬉しくなりました。

だから、恋人らしく、博士にハグしました。

博士は私を受け入れてくれました。

ちようど、私の顔が博士の胸の辺りです。私は胸に顔を埋めました。すると頭のあたりに何か感触がありました。初めてのことです。でも、それがとても幸せでした。


「愛してるよ」


博士が言いました。


「私もです」


恋人はきっと、幸せな気持ちでそう言うのです。



「今日は、買い物にでも行かないかい?」


1度目の改良から1ヶ月ほどのことです。博士が言いました。私は外に出たことがありません。何があるのかは隅から隅まで知っていますが、それでもこの目で見たいと思いました。何度目かの改良で好奇心まで手に入れたのです。


「ええ、ぜひ」


私は博士と腕を組みました。


「じゃあ、行こうか」


初めての外界は私の知識をはるかに上回るほど、素晴らしく、感動すら覚えました。太陽とはここまで眩しく、緑とはここまで深く、世界はこれほどまでも広いのです。きっと、いつか博士の彼女となる人も素晴らしい人なのでしょう。なぜか、悲しい気持ちになりはしたものの、隣の博士の満足そうな顔を見ると、それもなくなりました。


頬にあたる風を感じながら私たちは歩いていきます。

通り過ぎる人は皆、私の顔を見て、その後博士を見ました。


「君が綺麗だからだよ」


博士はどこか誇らしげに言いました。


「博士がカッコイイからですよ」


博士はまた、誇らしげな顔をしました。


最近出来たショッピングモールに入ります。

博士に連れられたのは小さな、でもオシャレな服屋さんでした。


「君の服を買おうと思ってね」


私は色とりどりの服に、可愛らしい服に、心躍るような気分でした。私の中に何故かいる少女が、すごくはしゃぐのです。博士はそんな私を愛おしそうに見ていました。


「あら、博士。来てくれたのね」


私はよく私に似た声を聞きました。


「ああ、開店おめでとう。」


その声の主の女性はとても綺麗でした。博士よりも一回りほど若そうでしたが、知的な笑みを浮かべていました。


「ありがとうございます。助手の頃博士が給料に色をつけてくれたからですわ」


「はは、そうかもしれない」


博士が私以外にここまで楽しそうにな笑顔を見せるのは初めてのことでした。私はいつか感じたような悲しみを感じました。でも、これでいいのです。私は恋愛訓練ロボットです。博士に親のような感情は持っていましたが、恋愛感情というものはまだわからなかったからです。


「来てくれたお礼に私がコーデしましょうか?」


「ああ、それなら…カレンこっちに。この子に服を選んでくれないかな」


博士に呼ばれて、私は行きました。助手さんに挨拶をします。どこか顔も私と似ていました。


「あら…彼女さん?」


「恥ずかしながら、この年で出来たんだよ」


私は恋愛訓練ロボットです。なのに、博士は私を彼女と言いました。嬉しい反面、違和感を覚えました。


「とっても可愛いくて腕がなるわ」


助手さんはその腕を活かして、素晴らしく可愛い服を選んでくれました。私はそれを気に入りましたし、博士も褒めてくれました。


「彼女さん、素敵ですね」


博士はなぜか、少しためらって言いました。


「……ああ、とても、綺麗だろう」


店を出て、助手さんに礼を言います。


「また来てね」


彼女は言いました。


「僕からも礼を言うよ」


「ところで、博士緊張癖治ったんじゃないですか?私と話す時いっつも早口だったのに」


助手さんはふふっと笑いました。


「もしかすると、彼女が出来たからかしら」



家に帰って、早速着替えました。


「綺麗だよ」


「ありがとうございます」


私は内心踊るような気持ちで、博士に飛びつきます。

博士は赤面して、でもとても嬉しそうです。


「今日のあの子はね、僕のかつての助手だったんだ。元々お店を持つために働いてたんだけど、夢が叶って良かったよ」


「博士の夢は、なんですか?」


「僕の夢はね…君を人間にすること、かな。そして、君を幸せに…」


嬉しくないはずが、ありません。でも…


博士は急に真顔になりました。そして、顔を私に近付けました。


私の唇に、博士の乾燥気味の唇が重ねられました。

初めてのその感触はとても柔らかく、暖かな気持ちになりました。


そして、博士はその腕を、私のまたの部分へ近付けました。そっと、下着ごしに触れるのが分かります。

私はセンサーで感じました。博士の指を、博士の意図を。

私はロボットです。あらゆる知識を持ち、そしてこの姿となった今、『それ』すらもでき得るのです。


でも、それは違うのです。恋人同士が、するのとは、違うのです。私はロボットです。博士の恋愛の訓練をするのです。博士はそれを忘れて、私自身を愛してしまっているのです。


目的を達成する、その努力をした。その事に満足してしまうのは良くないことと知っています。

博士は私の親で、私の主人。私は防がねばなりません。たとえ『それ』が恋人の証であっても。私は、虚構の恋人なのだから…人でもないのです。


「ダメ…です。」


それは、私の発した、初めての反抗でした。


「私は、ロボットです。博士が人間の彼女を作るための、仮の彼女なのです。博士は、それを見落としています。私は、虚構なのです。博士は…」


ガタッと音がなりました。

何が起こったか、一番最初気が付いたのは私の、一番私の部分、コンピュータでした。私の頭部に水がかかったのです。改良したばかりの隙間から、水が染みていきます。喜びと、悲しみを司る部分がショートしています。じんわりと、ぼんやりとしていくのがわかりました。


「お前は…僕の、恋人なんだ…ロボット?そんなのわかってるさ。僕に人間の彼女なんて出来るわけないんだ。見たろう?今日の助手だよ。僕の想いに気付きもせず…最初はそりゃ、本気で目指してたさ。でも、人間である必要があろう?僕を純粋に愛してくれる、それがたとえプログラムであろうと、僕はそれで幸せなんだ。僕は…」


気が遠くなりそうです。そして、そうなりました。



ごめんよ…ごめん。


僕が、悪かった。


君のおかげで、彼女とも話せるようになったって言うのに…あの時、少し思い出したんだ。君がロボットという事を。でも、自信がなかった。僕が一回り近くも下の彼女と付き合えるはずないって…でも、君は、僕を受け入れてくれる。僕は甘えてたんだ。楽で、気持ちいい方へ、それが虚構と知りつつも……


目が覚めると、小さな男性がいました。博士です。

白髪がいくつか目立ちます。頼りなく、立ち尽くしていました。手にはボルトが握られていて、周りにはネジなどが錯乱していました。

私は治ったのです。


「博士…」


私が声を上げると、博士は目を見開きました。


「ああ…カレン…」


私はゆっくりと体を起こします。

博士はそれをてつだってくれました。


「ごめんよ…もう、僕は…」


博士は私の目を見て、言いました。

私は、とても愛おしい気持ちになりました。

そして、苦しい気持ちになりました。


私は、唇を重ねます。

博士の、濡れた唇に。


博士は驚いたような顔をしていました。

私は、心が満たされるような気持ちになりました。


喜びと、悲しみが微妙に交わって、愛がなるのでしょうか。私のショートした部分は絶妙に交わって新たな領域をつくりだしました。


私は恋愛訓練ロボットです。


でも、私は博士を愛してしまっていたのです。


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