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第9話「新たなる脅威」

 アルティナが見習い騎士たちと共に、救国の騎士博物館を訪れてから三ヶ月が経過していた。外では雪が降り始め、人々も家の中で静かに暖を取る季節になろうとしていた。竜種のような特殊な魔物を除き、魔獣の類は冬季は大人しくなるため、騎士団も比較的暇になる時期でもあった。


 もちろん見習い騎士たちには関係のない話で、今日も今日とて訓練所でランニングをしていた。魔物退治には足腰が重要というのは、アルティナたち不落砦(インビンシブル)の騎士の経験則だった。


「おらぁ、しっかり走れっ!」


 寒さのせいかペースが落ち始めた見習い騎士たちに、監督役である副団長ヴェラルドが発破をかけている。




 騎士団詰所 団長室 ──


 そんな彼らを団長室の窓から眺めていたアルティナは、少し考えてから呟く。


「ふむ、頑張っているようだな。何か差し入れでもしてやるか?」


 しばらく眺めていると、通路側のドアからノックする音が聞こえてきた。アルティナは、窓から離れて執務机の席に座ると入室を許可する。


「いいぞ、入れ」


 ゆっくりとドアが開き、不落砦(インビンシブル)の騎士と違う鎧を着た壮年の男性が入ってきた。その顔を見たアルティナは席を立つと、その男性の元まで歩き笑顔で出迎えた。


「リオルディ卿! 来ていたのか、久しいなっ」

「ご無沙汰しています、ドラグナー卿」


 アルティナに対して敬礼した男性の名前は、ラウロ・フォン・リオルディといい。領土を持たない貴族で、王都の騎士団に所属するアルティナの友人の一人だった。


 アルティナは彼にソファーを勧めながら、執務机のベルを軽く横に振ると軽快な音を鳴らした。


「寒かっただろう? 酒でいいかな?」

「ありがとうございます。いただきます」


 すぐにノックの音がしたので、アルティナはドアを少し開けて従者に飲み物の用意と、見習い騎士たちに差し入れをするように頼むと、ドアを閉めてからラウロの対面に座る。


「それで、今日はどうしたのだ? 王都でなにかあったのか?」

「それが……」


 ラウロは腰のカバンから手紙を取り出すと、アルティナの前に差し出した。アルティナはそれを受け取ると、封蝋の紋章を一瞥して微妙な表情を浮かべる。そして、手紙を開けずにテーブルに置いた。


「なんだ? 卿はわたしの説得のために来たのか?」

「王命でございますので」


 封蝋に押された紋章は王家の紋章であり、この手紙の送り主が王族ということを示していた。アルティナはしばらく黙っていたが、意を決したのか手紙を拾い上げると封を切って中身を読みはじめた。


「ふむ、予想した通りだが……いつもより強めな言葉だな、叛意ときたか」


 手紙には王都への招待状であり、現在の王の御世になって一度も登城しないのは叛意の表れではないか? と言う脅しにも近い内容だった。アルティナはつまらなそうに手紙をテーブルの上に投げ捨てると、ラウロに向かって尋ねる。


「リオルディ卿、すまないが王への言伝を頼まれてくれるか?」

「はい、お任せください」


 ラウロの返事にアルティナは満足そうに頷くと、一度深呼吸して告げる。


「馬鹿王め、わたしは不落砦(インビンシブル)を離れられぬ故、用があるなら貴様が来い。それよりも新任の領主を早く任命しろっ! 以上だ。一字一句違えぬように伝えて貰えるか?」


 鼻をフンッと鳴らしながら胸を張るアルティナに、呆れた様子のラウロは自分に首に手刀を当てながら苦笑いを浮かべる。


「はっははは、ドラグナー卿は相変わらずですなぁ。そんなことを伝えたら、私の首が飛びますよ」

「それなら卿が上手いこと言っておいてくれ」


 アルティナは、冗談っぽくウィンクをしながら可愛らしく舌を出した。


 アルティナも不落砦(インビンシブル)の騎士団も別に叛意があるわけではないのだが、事あるごとに王都に呼び出そうとする現在の国王に嫌気が差していたのだ。どうせ行ったところでパレードの一つでもして、国民に対して救国の騎士と国王の友好関係を示し、王家の人気取りがしたいだけである。そんな政治のピエロになるつもりは、アルティナにはなかった。




 その後、しばらくアルティナとラウロと歓談をしていると、先程の従者が戻ってきた。トレイに乗せた飲み物とつまみをテーブルに置き敬礼して退室していく。


 かなり強めの酒をラウロの杯に注ぐアルティナに、ラウロは恐る恐る尋ねた。


「ドラグナー卿、もしかして貴女の杯も同じものですか?」

「あぁ、すまないな。わたしは強い酒は飲まないことにしているんだ。これはかなり薄めたジュースのようなものだな」


 アルティナは、そう言いながら元々注がれていた杯を手に取る。ラウロは心底ホッとした表情を浮かべると、同じように盃を掲げる。


「我らが、騎士団に!」



◇◇◆◇◇



 王命を素気無く断ったアルティナだったが、一週間経っても国王から咎めてくるようなことはなかった。ラウロが上手く取り成してくれたのもあるが、この国の事情も大きく関わっていた。


 盾の王国と呼ばれるバルソット王国は特出する産物もなく。魔の森を監視する役目を担い、周辺国から多額の支援を受けることで成り立っているため、国王と言えどもアルティナと彼女の騎士団を無下に扱うことはできなかったのである。




 騎士団詰所 団長室 ──


 アルティナが団長室の暖炉の前で読書をしていると、冒険者ギルドの主であるクラウディオが尋ねてきた。


 アルティナは、暖炉の前に来客用の椅子を用意してクラウディオに勧めながら、自分は先ほどまで座っていた椅子に腰を掛ける。


「寒い中ご苦労だった。定例会は再来週なはずだが、今日はどうしたのだ?」

「また竜種と思われる魔物の情報が入ってきました。先ほど帰ってきた冒険者たちの報告なのですが、飛竜属が少なくとも二匹以上です」

「飛竜属……しかも複数か」


 飛竜属とは、空を飛ぶタイプの竜種のことで、大型の飛竜や比較的小型のワイバーンなどが、この種類に属する。地上を這っている地竜属に比べると機動力があり、討伐が難しいタイプだった。

 クラウディオは顔を顰めながら報告を続けた。


「十六名の冒険者の集団(パーティ)が強襲に遭い、七名が食い殺されたそうです」

「しかも、すでに人の味を知っているのか……まずいな」


 野生の熊などでも言えることだが一度でも人を襲った個体は、人を狩りやすい獲物と認識するため危険度が増すのだ。このため竜種に遭遇した場合、交戦を避けるように通知されていた。


 通常であれば即座に討伐に向けて遠征軍を編制する案件であるが、アルティナは頭を抱えて唸っていた。


「むむむ……今は時期がよくない」

「雪ですか……」


 クラウディオの呟きにアルティナは頷く。熱を奪ってしまうため冬季は金属鎧が使用できない上、防寒装備では動きが鈍る。その状態で機動力のある飛竜属を相手に、遠征を敢行するのは無謀だと言えた。


「今は遠征軍を出すことはできない。城壁の警備を増やして警戒態勢を強化しよう。暖かくなるまでは、それで凌ぐしかない」

「わかりました。では、冒険者たちには今回の竜種発見エリア周辺は、立ち入り禁止を通知しておきます」

「あぁ、そうしてくれ」


 今回の対応について話し終えたクラウディオは、アルティナに一礼すると帰って行った。


「さて、わたしも出来ることをしようか」


 アルティナも、そう呟くと暖炉の火を消し毛皮のコートを羽織ってから、部屋を後にするのだった。



◇◇◆◇◇



 騎士団詰所 武器庫 ──


 途中で副団長のヴェラルドと合流したアルティナは、騎士団詰所にある武器庫を訪れていた。石造りの強固な部屋は、騎士団で使用される武器や防具が格納されており、よく手入れが施されていた。


「今度は飛竜属ですか、ワイバーンでしょうか?」


 ワイバーンとは、飛竜に属する翼が生えており前足がない竜種のことをいい。空を自由に飛びまわり鋭い鉤爪で獲物を捕らえ、他の竜種と同じく翼膜を除き硬い鱗で覆われている。


「あぁ、おそらくな……飛び道具の備蓄はどうか?」


 アルティナの質問に、ヴェラルドは手にしたリストを調べはじめる。


「弩のボルトは問題ありませんが、バリスタの槍がやや心もとないかも知れません。バリスタはここ何年も使ってないので、予算の都合上……」

「また予算か……まったく人類を護る砦をなんだと思っているのだ」


 アルティナが地団駄を踏み始めると、部屋全体が軋むように揺れる。そんな彼女をヴェラルドは苦々しい顔をしながら諌めた。


「団長、その辺で……武器庫が崩壊してしまいます」

「む……そうか、すまない。とりあえず警備体制の強化と、バリスタの整備、可能な限りの槍の補充を手配してくれ」

「はっ!」


 こうして不落砦(インビンシブル)は飛竜への対抗のために動き始めたのだった。

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