第6話「小遠征」
冒険者ギルドとの定例会で、狼系の魔物が大量に発生しているという議題が上がった。鋭い牙と爪を持つ魔物であるが強さ自体は並みの狼と変わらず、今までは新人の冒険者たちが訓練と小遣い稼ぎに倒すのが通例であった。
しかし、あまりの数の多さからギルドから支払われる報酬や素材買取の単価が下がり、新人冒険者たちも討伐を敬遠するという悪循環に陥った結果、さらに頭数を増やす結果になってしまったのだ。
北の城塞 冒険者ギルド 会長室 ──
「需要と供給とは言うが……まったく、もう少し何とかならなかったのか?」
ギルドのマスターであるクラウディオから、狼系の魔物が大量発生したという報告を受けたアルティナは、ため息混じりにそう呟いた。クラウディオは弱った顔をしながらも答える。
「近年はギルド運営も大変なんですよ。比較的討伐しやすい魔物の報酬を、持ち込まれるまま払っていては、すぐにギルドが干上がってしまいます」
「むむむ……」
アルティナは唸りながら首を捻る。確かにクラウディオの言うこともわかるが、新人冒険者としても同じ魔物を倒しているのに、報酬が雀の涙では死活問題であろう。しかし、冒険者の待遇に関してはアルティナが考えるべき問題ではないため、一旦頭の片隅に追いやる。
それより問題になってきているのは、比較的安全だった北の城砦周辺の危険度が上がったため、狩人や木こりと言った森の恵みで生活している人々に、支障が出始めていることだった。一つの産業に支障が出ると、他の産業にまで支障が出始め、最悪経済が止まることもあり得るのだ。
こちらも本来、領主の仕事であり騎士団長であるアルティナが考えるべき問題ではないのだが、この北の城砦の領主は空位になっている。
王国側は貴族であるアルティナを、そのまま領主に据えようと考えていたが、彼女が辞退したため仕方が無く、とある貴族を領主に据えたのだが「魔物との前線など行きたくない」と、就任以来一度も北の城砦に姿を見せずに就任から数年後に死亡した。
その後、誰も領主になる者がおらず空位のままなのである。そのため現地で最も高い爵位を持つアルティナが、ほとんどは文官たちに丸投げ状態ではあるが、領主代行という形で渋々運営していた。
「とにかく頭数を減らさなくては、どうしようもないだろう。騎士団から五百名ほど選出して駆逐させるが、冒険者からも狼系の魔物を専門に討伐するメンバーを選出してくれ」
「わかりました、何とか捜してみます」
アルティナの提案に、クラウディオは力強く頷くのだった。
◇◇◆◇◇
北の城砦 北門前 ──
数日後、騎士団から選抜された騎士たちが北門前に整列していた。さほど強くない狼系の魔物が相手ということで、経験を積ませる目的で見習い騎士たちも討伐隊に参加することになっている。
腕を後ろに組んで胸を張ったアルティナ団長が、彼らの前に歩きながら訓示を行っている。
「諸君、今回は狼退治だ。我が騎士団に狼如きに遅れを取る軟弱者はいないと信じているが、念のために気を抜かないように」
「はっ!」
訓示に対して、騎士たちは敬礼で返す。アルティナは見習い騎士たちの前に立ち止まった。
「貴様らもよい機会だ! 魔物との戦いというものを学ぶといい。一つ忠告しておくが死にたくなければ、英雄になろうとは思わないことだ」
「はっ!」
アルティナは、見習い騎士たちによる若干首を傾げながらの敬礼を見届けると、再び全体の中央に戻りヴェラルド副団長に向かって命じる。
「では、ヴェラルド。後は頼む」
「はい! よしお前ら、事前に伝えてあった隊に別れて討伐開始だ!」
騎士たちはヴェラルドの指示に合わせて、八人~十名規模の分隊に別れ、魔の森に向かって進軍を開始した。この後は分隊ごとに別れて広域で討伐を行う予定である。アルティナ団長は、騎士六名にアレットを含む二名の見習い騎士を合わせた八名の分隊と同行ことになった。
◇◇◆◇◇
魔の森 ──
アルティナが同行している分隊は、魔の森を探索していた。見習い騎士二名とアルティナ団長を中央に配置し、前後と騎士三名ずつが護る隊列で進んでいる。時折、聞こえてくる唸り声や遠吠えなどに、ビクッと震える見習いたちだったが、騎士たちはからかわれると恥かしそうに俯いて歩くのだった。
魔物が跋扈する魔の森ではあるが、北の城砦付近ではさほど強い魔物は現れない。冒険者と騎士団による定期的な討伐が功を奏している結果だ。今回の討伐もそんな比較的安全なエリアでの討伐任務になる。
「そんなに緊張することはない、この辺りは比較的安全なエリアだ」
「そ……そうなんですか?」
そんな時、見計らったかの如く、狼型の魔物が一匹草むらから飛び出してきた。
「うわぁぁぁぁ!?」
慌てた様子で、アレットたちは狼に向かって構える。それを見守りながら分隊長は、アルティナに訪ねる。
「団長、いかがいたしましょうか?」
「ん? あぁ、貴様の分隊だ。好きにしろ、わたしはいないものと思え」
分隊長は苦笑いを浮かべると、アレットたちに向かって命じる。
「わかりました! 新人ども、いい機会だ。二人で対処してみろ」
「はっ……はい!」
しばらく後、命じられた見習い騎士たちは、狼の素早い動きに翻弄されながらも盾で狼の牙や爪を防ぎ、左右を挟みながら戦うことで何とか倒すことができた。
「やった! やったぞ!」
「俺たちが魔物を倒したぞ!」
二人の見習い騎士たちは、大喜びで剣を掲げながら後ろを振り向き驚愕して黙り込んでしまった。
笑いながら自分たちを見守っていた騎士たち周りには、倒したばかりの魔物と同型の魔物が無数に倒れていたのである。見習い騎士たちが気が付いたところで、アルティナが口を開いた。
「うむ……見習い諸君、まずは初討伐おめでとう。しかし、勉強不足のようだな? 群れで狩りをする魔物と対峙する際の注意点は、教えてあったはずだが?」
狼のような群れで狩りをする魔物は、吠え掛かり周りから注意を逸らす、所謂囮を使うことがある。その為、見習い騎士たちのように一匹に集中して戦闘を行うと、後ろからガブリとやられてしまうのだ。
「はい、今後注意します!」
反省した様子のアレットの言葉に、アルティナは満足そうに頷いた。
◇◇◆◇◇
三日後、魔の森 ──
この頃になると、見習い騎士たちも分隊の騎士と連携が取れるようになり、魔物退治も手際よくやれるようになっていた。各隊の奮闘もあり三日に及ぶ討伐で、狼系の魔物はその数を大幅に減らしていた。
休憩中、焚き火を囲んでアルティナと騎士たちは座っている。分隊長は革の水筒から薄めたワインを飲むと、一息ついてからアルティナに尋ねた。
「団長、だんだん敵の発見が難しくなってきました。そろそろ頃合では?」
「うむ、そうだな。他の部隊もだいぶ奮戦してくれたようだ」
討伐を終了させて引き上げるべきでは? という分隊長の提案だったが、アルティナも同意見だった。しばらく後、分隊長の指示のもと各隊員たちは、引き上げの準備を始めた。
その様子を見ながらアルティナは呟く。
「今回の遠征は死者もなく、まったくもって結構なことだな」
「あははは、団長やめてくださいよ。そう言うのって口に出すと碌なことが……」
冗談交じり笑っていた騎士たちだったが、次の瞬間、森の木々を揺らすほどの咆哮が鳴り響いた。
「な……なんだ?」
「森の奥の方からだな……」
続いて木々を揺らしながら何かが接近してくるのを感じると、荷物をまとめていた騎士たちも荷物を放り投げて臨戦態勢に入った。比較的緩い空気の流れる騎士団だが、彼らもアルティナの下、今日まで生き残ってきた騎士たちである。何か危険なものが近付いてくる空気を肌で感じていた。
しばらくして、それは現れた。
鋭い牙をむき出しに唸る狼、しかしその大きさが異常だった。地面から頭の先まで五セルジュ(メートル)ほどあり、灰色の毛に覆われた大狼がアルティナたちの目の前に現れたのだ。