第5話「団長の趣味」
北の城塞 騎士団詰所 訓練所 ──
アルティナたちが遠征から帰ってきてから、数ヶ月が経過していた。失った三名の騎士たちの補充として、新たな見習い騎士たちも加わり訓練も本格化してきている。
本日は自主訓練で鎧を着込み、カイトシールドと短槍を装備して、隊列を崩さぬ状態でのランニングという訓練のあと、見習い騎士たちは車座になって休憩していた。
「体力がついてきたのか、最近はあまり疲れなくなってきたな」
「そうだな。入団してからずっと訓練ばかりしてたからなぁ」
「そろそろ魔物と戦いたいぜっ!」
訓練に慣れてきたのか、見習い騎士たちはそろそろ実戦に出たいと考えるようになっていた。彼らにとって武勲をあげることが、正式な騎士になるための近道なのだ。
「ほぅ、魔物と戦いたいだと?」
背後から聞きなれた子供特有の可愛らしい声が聞こえた瞬間、見習い騎士たちは一斉に立ち上がり敬礼をしていた。条件反射的に動いた見習い騎士たちが面白かったのか、アルティナ団長は声を出して笑う。
「あははは、休憩中だろ? 楽にしてよい」
「はっ……って、団長なんですか、その格好は?」
見習い騎士の一人が、肩を透かされたようにカクッと体勢を崩す。彼らが驚いたのは、アルティナがいつもの鎧姿ではなく、街娘が着るようなスカートを履いて、可愛いネコの刺繍がされたエプロンをして立っていたからである。
「お……女の子みたいですよ!?」
「わたしを何だと思っているんだ、貴様らはっ!」
あまりに驚かれたので、普段彼らからどう見られているか自覚したアルティナは、苛立った様子で地面を踏み鳴らす。見習い騎士たちは、まずいことを言ったと思いながらも直立不動で待機していた。
「わたしとて非番の日は鎧ぐらい脱ぐ。実際の年齢はともかく、この体になってから見た目の年齢は十六のままだ! ギリギリ女の子と言えなくもない年齢のはずだぞ?」
「えっ!?」
アルティナの言葉に見習い騎士たちは、一斉に驚いた顔をしながら首を傾げた。その態度にピンッときたアルティナは、ワナワナと肩を震わせながら問い詰める。
「おいっ……貴様ら、わたしのことをいくつぐらいに見えていた? 正直に言えば許してやるぞ」
「はっ、十歳ぐらいかと!」
「おいっバカやめ……」
バカ正直に答えた見習い騎士を、他の騎士たちが慌てて取り押さえる。恐る恐るアルティナの顔を見ると、今まで見たこと無いような笑みを浮かべていた。
「よし、わかった。貴様ら休憩終わり!」
「はっ!」
アルティナの号令に見習い騎士たちはビシッと背筋を伸ばす。しかし、どれほど凄もうが目の前にいるのは、可愛いネコ柄のエプロンをした幼女である。なんとも締まらない光景だ。
「では、外壁に沿って二十周! いけっ!」
「えぇ……さすがに二十周は!?」
咄嗟に出た見習い騎士たちの文句に、アルティナは可愛らしく首を傾げながら笑顔で尋ねる。
「二十五周?」
「に……二十周ですね、わかりました! おい、お前らいくぞっ!」
「おぉぉぉぉぉ!」
ややヤケクソ気味に掛け声と共に走り出した見習い騎士たちを見送りながら、アルティナはどこか遠くを見つめて呟いた。
「お前たちは、成長できるのだから……頑張るがいい」
数時間後、二十周走りきった見習い騎士たちは、バタバタと倒れて大の字で寝転がっている。
「死ぬ~水をくれ~」
「腹も減った……が、これ以上歩きたくないな」
完全に疲れきって倒れているところに、先程の可愛らしい声が聞こえてきた。
「走りきったのだな。ご苦労」
見習い騎士たちは、その声に何とか起き上がろうとするが、すでに足の感覚はなく起き上がれない状態だった。その様子にアルティナはクスッと笑って告げる。
「寝たままでよい、無理はするな」
そして、それぞれの頭の所によく冷えた薄めたワインのボトルと、紙に包まれた甘い香りのするアップルパイを置いていく。その香りと求めていた水分に見習い騎士たちは、一斉にボトルを掴むと浴びるように一気に飲み始める。
「ぷはぁっ! 生き返る!」
「この食べ物もベタつくけど、甘くて美味いな!」
「いや、本当に美味いな。団長、これどこで売ってるんですか?」
その問いにアルティナは、自慢げな表情を浮かべ親指で自分を指す。
「どこで売ってるかだと? 貴様らは、わたしの格好を見てもわからないのか?」
アルティナは先程と同じようにネコ柄のエプロンをしていた。疲れていて頭が回らなかったのか、見習い騎士たち口々に感想を述べていく。
「えっと……母親の手伝いをしようとしている子供?」
「はじめてのお使いですか?」
目を瞑りながらアルティナは頷くと、次の瞬間目を見開くと大声で叫んだ。
「よし、わかった! 貴様ら、まだ走り足りないわけだなっ!」
「えぇぇぇ!?」
その後、偶然通りかかった副団長のヴェラルドが止めてくれたおかげで、なんとか訓練は終了になったが、団長を子供扱いするのはやめておこうと心に誓う見習い騎士たちであった。
◇◇◆◇◇
北の城塞 城壁上(北) ──
数日後、アルティナ団長はヴェラルドと見習い騎士たちを連れて、魔の森に面する北側の城壁上に来ていた。この魔の森の監視は、アルティナが率いる騎士団の主要任務であり、北側には中隊規模(三百名)ほどの騎士が常時任務に付いている。
任務中の騎士たちはアルティナ団長を見かけると敬礼をする。
「団長、異常はありません!」
「うむ、そのまま任務を継続せよ」
「はっ!」
そんなやり取りを何度か繰り返しながら、巨大な木造兵器の元まで辿りついたアルティナは、後を振りかえりながら見習い騎士たちに質問をする。
「諸君、これは知っているかな?」
「はい、大型弩砲です」
アルティナの問いに答えたのはアレットだった。アルティナは満足そうに頷く。
「そうだ、ここ不落砦では、数少ない対空兵器だ。使い方は追々覚えてもらうが……大型弩砲が、必要になるような魔物を三つ挙げてみよ」
見習い騎士たちは少し考え込んだあと口を開いた。
「グリフォン」
「あとはロック鳥とか? それと……」
しばらく待ってみたが答えが続かなかったので、アルティナは呆れた表情を浮かべつつため息を付いた。
「勉強不足だな、魔物に関する座学の時間を増やしたほうがいいかもしれない。諸君らが挙げたように、大型弩砲は大型で空を飛ぶ魔物に対して使うのだが、もっとも重要な対象が抜けているぞ。それはドラゴンとワイバーンだ」
「ドラゴンとワイバーン……」
見習い騎士たちはごくりと唾を飲む。その様子にアルティナはカラカラと笑う。
「あははは、そんなに心配そうな顔をしなくてもよい。どちらも最近は現れていないからな」
救国の騎士の英雄譚の元になったドラゴンが現れたのが百年前、ワイバーンは七十年前の竜種襲撃以来、不落砦周辺では確認されていない。竜種は元々個体数が少なく、その強い生命力から繁殖能力は低いとされており、発見次第即討伐の方針が功を奏しているようだった。
アルティナは昔のことを思い出しながら呟く。
「もっともドラゴン相手では、牽制程度にしかならないがな……」
空を自由に飛びまわり、鉄をも溶かす高温の炎を吐き、他の竜種とは比べ物にならないほど硬い鱗に覆われた生物、それがドラゴンだ。さらに歳を経たドラゴンは魔法すら使うという。かつて現れたドラゴンを討伐するのに、三千ほどの兵士が犠牲になっていることからもその強さがわかる。
アルティナは小さく首を横に振ると、見習い騎士たちを真っ直ぐに見つめながら告げる。
「とにかくだ! 諸君らはこの砦、この国、この世界を護ると決意して騎士を志したのだ。よく学び、訓練に励むことを期待している」
「はっ!」
アルティナの激励に見習い騎士たちは一斉に敬礼した。この後も城壁上の諸注意が行われ、騎士のたまごたちは将来就くかもしれない任務に心を躍らせるのだった。