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第4話「死亡通知」

 アルティナが、冒険者ギルドと情報交換を行った日から一週間が経過していた。


 竜種が現れた場合、発見次第遠征軍を派遣することが決まっていた。これは七十年ほど前に竜種の群れが北の城砦を襲撃した際に多大な被害が出たためであり、群れを形成される前に駆除することが、街の総意として決定されたのだった。


 今回、竜種調査及び討伐のために魔の森へ遠征に向かったのは、アルティナ団長率いる騎士団三百に、依頼を受けた冒険者が百人ほど同行する編制になった。その間の北の城塞を護りは副団長のヴェラルドが受け持つことになり、アレットたち見習い騎士たちも留守番をしつつ訓練の日々を続けていた。




 北の城塞 騎士団詰所 訓練所 ──


 詰所の広場にある訓練所で、副団長のヴェラルドの前に五名の見習い騎士たちの整列している。その横には大柄なヴェラルドより大きな岩が置いてあり、ヴェラルドは確認するようにノックしている。その様子を見ていた見習い騎士の一人が、心配そうな顔で尋ねる。


「副団長、その岩は何ですか? まさか割れとか言いませんよね?」

「わっははは、さすがにソレは無理だと思うぞ。団長ならパンチ一発だろうがな」


 豪快に笑いながら答えたヴェラルドに、その姿を想像したのかアレットは噴き出すように笑った。ヴェラルドは、持っていたカイトシールドを掲げる。


「これからお前たちには、こいつで大岩(これ)を押してもらう! こんな感じだ」


 そう言ってカイトシールドを構え大岩を押し付けると、腰を落としてゆっくりと動かしはじめる。それをみた見習い騎士たちは驚きの声を上げた。


「凄いっ!」

「あの大岩を動かせるのか」


 羨望の眼差しを受け少し得意げになったヴェラルドは、見習い騎士たちに告げた。


「これを動かして、あの壁まで運んでみろ。なぁに、一人でやれとは言わん。五人でやっていいぞ」


 そう言ってヴェラルドが大岩から離れると、見習い騎士たちは同じようにカイトシールドを大岩に当てて押しはじめるが、五人掛りでもビクとも動かなかった。


「ぐぬぬぬ……動かない」

「おい、もっと腰を落とせ! 重心が高すぎるんだ」


 ヴェラルドのアドバイスに見習い騎士たちは腰を落として押し始めた。ズズッという音と共に大岩が少しだけ動き始める。


「動いた……でも少ししか動かない」

「お前ら、もっと力を入れろっ!」

「入れてる! お前こそ、サボるなよっ!」


 見習い騎士たちは、口々に声を上げながら大岩を押している。




 一時間ほど経過した後、二セルジュ(メートル)ほど動いた大岩の周りで、大の字で倒れこむ見習い騎士たちに、煽るようにヴェラルドが尋ねる。


「おいおい、だらしないな! さっきまでの元気はどうした?」


 見習い騎士たちは、荒く息をしながら


「も……もう無理です!」

「少し休ませてください」

「そもそも、これなんの訓練なんですか?」


 などと口にしていく。ヴェラルドは苦笑いを浮かべながら答える。


「これは足腰を鍛える訓練だ。大型の魔物が突っ込んできたとき、簡単に押し負けるようでは戦いにならんからなっ!」


 パンパンッと手を打ち鳴らしながら、ヴェラルドは起きるように言う。


「さぁ、休憩は終わりだ。さっさと起きろ。そんなだらしなく寝転がっているところを団長に見られてみろ? あの可愛らしい(あんよ)で踏まれるぞ! 貴様らが、そういう趣味があるなら止めないが?」


 ヴェラルドの少しおどけたような言葉に、見習い騎士たちが噴き出して笑う。


「あははは、あの小さな足に踏まれたところで怖くありませんよ!」

「ぷにぷにしていて、気持ちいいかもしれませんねっ!」


 笑っている見習い騎士たちだったが、その後ヴェラルドが発した言葉で凍りつくのだった。


「がっははは、そうだろう、そうだろう? 団長がいつも着ている武装は、その大岩より重いがなっ」

「……え?」



◇◇◆◇◇



 北の城塞 北門 ──


 数日後、竜種の首を乗せた荷車と共に、アルティナ団長率いる遠征軍が帰還した。今回は竜種の中でも地竜属であるドレイクと呼ばれる種族の討伐に成功していた。全長は八セルジュ(メートル)程度、翼はなく四足歩行、鋭い牙と毒爪、そして硬い鱗に覆われている生物で、竜種の中では知能が低く比較的に弱い分類である。


 それでも騎士団から三名、冒険者からは八名の戦死者を出していた。アルティナ団長が指揮を取るようになる前は、ドレイクでも五十名以上の死者を出していたことを考えれば、今回の遠征は比較的に被害が少ないと言えた。


 民衆から大歓声で迎え入れられる遠征隊の面々の先頭を歩くのは、白銀の鎧に、同じ色の大盾、そして鈍い紺色のランスを携えたアルティナだった。英雄として無様な姿を見せれない彼女は、砦に入る前に身支度を整え身を清めたのだろう、他の面々に比べて泥や返り血などで汚れてはいなかった。


 そんなアルティナを出迎えたのは、副団長のヴェラルドである。彼は敬礼をするとアルティナを労うように声を掛ける。


「団長、お疲れ様でした」

「うむ、こちらは問題なかったか?」


 ヴェラルドが頷くのを見ると、アルティナは彼の横を通り過ぎながら腕をポンッと叩く。


「ご苦労だった。すまないが、わたしは少し休ませてもらう。後の処理を頼む」

「はっ!」


 ヴェラルドは再び敬礼をすると、そのまま後処理のために遠征軍と合流するのだった。後処理というのは、負傷者のための治療の手配や取得した素材の整理分配、冒険者たちへの褒賞の用意などである。


 アルティナはその辺りの些事を副団長に任せ、久しぶりの我が家のほうへ歩いていくのだった。



◇◇◆◇◇



 北の城塞 騎士団詰所 団長室 ──


 数日後、アルティナは職務に復帰していた。


 すっかりアルティナの副官のように雑用を押し付けられるようになったアレットが、団長室のドアをノックすると中から短く「入れ」と返事があった。


 アレットはドアを開けて入室すると、その場で敬礼をする。


「アレット、ただいま参りました」

「ご苦労」


 顔も上げずに返事をしたアルティナは、執務机に向かって手紙を書いていた。アレットは書き終わるまで、執務机の前で待っている。しばらくして書き終えたのか、アルティナはクルクルと手紙をまとめると、紐で結んで蝋を垂らしドラグナー家の紋章の入った印璽を押し付けて封をすると、いくつかの封書の乗ったトレイごとアレットに差し出した。


「すまないが、これを王都行きの輸送隊へ回してくれ」

「はっ!」


 アレットは返事をしながらトレイを受け取るが、それを見ながら首を傾げる。


「えっと……王都のどなた宛に送りますか?」

「んっ? あぁ、王都に届ければあとは、王都の騎士団が手配してくれるので心配しなくてよい」

「わかりました」


 アルティナの言葉にアレットは敬礼してから部屋から出て行った。



◇◇◆◇◇



 北の城塞 騎士団詰所 通路 ──


 アルティナから封書を受け取ったアレットは、輸送隊へ向かう途中で副団長のヴェラルドとすれ違った。ヴェラルドはアレットが持っていた封書に気がついて、彼を呼び止める。


「おいアレット!」

「はっ、何でしょうか? 副団長」


 トレイを片手で持って、ヴェラルドに向かって敬礼するアレット。


「その封書、団長からか?」

「はい、王都宛だそうです」

「そうか、代筆させて貰えないかと頼みに行くところだったのだが……やはりご自身で書かれたのだな」


 少し暗い顔をしたヴェラルドの言葉に、アレットが首を傾げながら尋ねる。


「この手紙に何かあるんですか?」

「ん? あぁ、その封書はな。今回の遠征でなくなった騎士の遺族へ向けた『死亡通知』だ。他の後処理はこちらに任せてくれるんだが、これだけは『わたしの仕事だ』と言って、やらせて貰えなくてな」


 『死亡通知』という言葉に、入団時にアルティナ団長が語った訓示を思い出し、アレットも暗い顔になってしまう。ヴェラルドはそんなアレットの肩を軽く叩く。


「お前がそんなに気にすることじゃないさ。俺たちに出来るのは、団長が書かなくてもいいように頑張るだけさ。さぁ、輸送隊が行っちまう前に届けてこい!」

「は……はいっ!」


 アレットは頷きながら返事をすると、ヴェラルドと別れて輸送隊が待機している部屋に向かって歩き始めるのだった。

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