第27話「崩壊、不落砦」
北の城砦 北の城壁上 ──
アルティナの窮地を城壁上で見ていたアレットが叫んだ。
「団長が危ないっ!? 副団長!」
ヴェラルドは持っていた戦斧を振り下ろしながら、バリスタ隊に命じる。
「団長を援護するんだ、バリスタ隊、放てぇ!」
その号令に合わせて、バリスタから一斉に放たれた。至近距離からの斉射に、さすがのドラゴンも長い首をくねらせて嫌がる素振りを見せた。それを見たアレットはヴェラルドに向かって、アルティナ救出を進言する。
「今です! ヴェラルド副団長、団長を助けに行きましょう」
「ダメだ、俺たちがあそこに行っても足で纏いになるだけだ。団長には団長の、俺には俺の役目がある。お前も自分が出来ることを考えるんだっ!」
ヴェラルドはそう答えると、バリスタ隊に向かって次の指示を出していく。
「再装填急げぇ!」
騎士たちは大急ぎで装填を開始したが、それより先に怒り狂ったドラゴンの顎が、城壁上の騎士たちを襲い掛かる。振り回した首で薙ぎ払うように、城壁の上辺ごと根こそぎ咬み砕いたのだ。
ブレスと違い、顎による直接攻撃はソルタメントの盾の障壁が発動しないため、その一撃でバリスタ五つと、騎士百名余が吹き飛ばされて城砦から落下したり、顎の餌食になり命を落としていく。
「うあぁ……」
「痛ぇ……痛ぇよぉ」
さらに数百規模の負傷者が出ており東方面のバリスタ隊は、その機能を失ってしまった。城壁もいつ崩れてもおかしくないほどのダメージを受けたため、負傷者の救助も難しい状態に陥っていた。
◇◇◆◇◇
北の城砦 北の城壁付近 ──
それでもバリスタ隊の援護射撃のお陰で、体勢を立て直すことができたアルティナが、ドラグスを構えるとドラゴンの足に向かって突き入れた。
「調子に乗るな……このトカゲ野郎っ!」
アルティナの怒りの咆哮と共に突き出されたドラグスは、右足の爪にめり込むとドラゴンの指ごと弾き飛ばす。鮮血を噴き出しながらドラゴンが悲鳴のような雄叫びをあげた。
ギャァァァァァ!
ドラゴンは痛みに暴れながら、空に逃れようと飛行魔法を展開しようとしていた。周辺に発生した力場で、それに気が付いたアルティナが城壁上のヴェラルドに向かって叫ぶ。
「アンカー! アンカーだ、ヴェラルド! 奴を絶対に飛ばせるなっ!」
「はっ! アンカーを放てぇ!」
ヴェラルドの号令で西側のアンカーが発射され、浮かび上がった瞬間のドラゴンを撃ち落とした。ドラゴンは脇腹に突き刺さったアンカーを外そうと、地面を這い蹲りながら迂闊に近づけないほど暴れ回っている。
城砦上のヴェラルドは、発射されなかった東側を振り向きながら怒声を浴びせた。
「東側のアンカーはどうしたぁ!? 片側だけじゃ、飛ばれちまうぞっ!」
しかし、東側からは返答がなく。彼の近くにいたアレットが、東側の状況を報告をする。
「副団長、東側は被害甚大です! アンカーは無事のようですが、発射できる者が気絶しているのか動きません」
東側の騎士たちは、先ほどのドラゴンの一撃で半壊状態になっており、アンカー部隊も吹き飛ばされて気絶しているようだった。しかも城壁が崩れ掛かっているため、ヴェラルドたちがいる中心部からアンカーまでの移動も困難な状況になっていた。
そして他の騎士が、ヴェラルドにそのことを報告する。
「城壁上は崩落中で、とても通れる状態じゃありません。市街地を通って東側の城壁から廻り込まなければ……」
「わかってるなら、さっさと行けっ!」
「は……はいっ!」
ヴェラルドの怒声に報告を入れた騎士が慌てて階段に向かうが、それを遮るようにアレットが叫んだ。
「副団長、廻り込んでいたら間に合いません! ここは僕が行きます」
「な……なに、おい待てっ!?」
ヴェラルドの制止も聞かず、アレットが崩壊しかけている城壁を駆けだしてしまった。
◇◇◆◇◇
東方面の城壁上は、本当にひどい状況だった。あちらこちらが破壊され崩れ掛かっており、死体や負傷者、瓦礫がゴロゴロと転がっている。
アレットは首を横に振って、先程ヴェラルドが言った言葉を思い出していた。
「これが……今、僕に出来ることだっ!」
アレットはそう叫ぶとわき見も触れず駆け出した。瓦礫や死体に何度も足を取られながらも、崩落中の城壁を懸命に駆け抜けたが、アンカーの直前で足を止めることになってしまう。
「くっ、崖になってる」
その場所はかなり激しく抉れており、まるで崖のようにアレットの行方を阻んでいたのだった。アレットはそのまま飛ぼうと数歩下がったが、一瞬考えたあと首を横に振ってから、腰の短剣を引き抜き鎧の止め具になっているベルトに押し当てる。
この鎧は彼らが騎士になったときに支給された鎧で、彼らにとって騎士の証そのものだった。
それでも彼はためらわず、次々とベルトを切って鎧を脱ぎ捨てていく。これはアルティナたちが常に教えていた、不落砦の騎士としての心構え、「任務は全うしなければならないが、虚栄心などで死ぬな」という教えに沿った行動だと言える。
「いま、必要なのは鎧じゃないっ!」
鎧の大半を脱いで身軽になったアレットは、さらに数歩下がると助走を付けて、崖を飛び越えようと大きく飛び出した。そして何とか向こう岸を掴むことができたアレットは、そこからよじ登ってアンカーのところに辿り着くことができたのだった。
まずアンカー周辺を確認すると、こちらにも瓦礫が飛んできており、それがアンカーの旋回を邪魔していた。アレットは瓦礫に身体を押し付けると全身のバネを使って押しながら叫ぶ。
「ぐぅ……重い! けど、いつも重いものを持って走らされてきたんだっ!」
今までの訓練を思い出し力任せに瓦礫を退かすと、アンカーの照準を暴れているドラゴンに向けた。そして、レバーに手を掛ける。
「確か……使い方はバリスタと一緒なはず!」
少し自信がなかった自分に言い聞かせるように、アレットはレバーを引いた。
バシュッ!
という豪快な音と共に発射されたアンカーは、見事にドラゴンの腹の辺りにめり込む。ドラゴンは再びアンカー飛んできたアンカーを、何とか外そうと暴れまわった。
しかし、二つのアンカーで完全に身動きが取れなくなったことを悟ったのか、ドラゴンは咆哮を上げブレスを四方八方に放ちはじめる。
グガァァァァァァ
その攻撃にブレスを防いでいたソルタメントの盾もついに破壊され、城壁が次々と吹き飛ばされていく、その瓦礫で城砦内の街にも被害が広がっていった。そして、その攻撃に巻き込まれ多くの騎士も命を落としていく。
不落砦と謳われた北の城砦の無残な姿に歯軋りをするアルティナは、ドラグスとアンクラスクードを打ち鳴らしつつ、ドラゴンに向かって叫んだ。
「トカゲ野郎、お前の相手はわたしだ。こちらを見ろっ!」
アルティナの声に反応したのか、打ち鳴らされた音が気に食わなかったのかはわからないが、ドラゴンの黄色い瞳がアルティナを睨むと、ゆっくりと顎が開き容赦なくブレスを発射した。
そして、黒い閃光がアルティナを飲み込んでいく。
◇◇◆◇◇
北の城砦 北の城壁付近 ──
「団長っ!?」
その光景を見ていた騎士たちの悲痛の叫び声が響き渡った。
しかし、消し飛ばされてしまったように見えたアルティナが、そこに立っていた。彼女が掲げたアンクラスクードからは、黒い光の障壁のようなものが展開されており、ドラゴンブレスを完全に受け止めていたのだった。
「ルイージャ……やっぱりお前は天才だよ」
アルティナはそう呟くとドラゴンブレスが完全に消える瞬間、アンクラスクードのアンカーをドラゴンに向け内側のトリガーを引いた。
「もう一発喰らえっ!」
バシュッ!
アンクルスクードから高速で撃ち出されたアンカーが、ドラゴンの右目を貫くとドラゴンは悲鳴のような雄叫びをあげながら暴れまわる。
ヒギャァァァァァ!
アルティナは腰に竜殺しの槍ドラグスを構えて、アンクルスクードのワイヤーを巻き取りながら、地面を滑るようにドラゴンの首に突撃した。
「くらえぇぇ!」
その威力に弾け飛ぶ黒い鱗、そしてアルティナのドラグスは、ドラゴンの首に深々と突き刺さった。しかし、その巨体に対してあまりに小さな傷は、言うならば蜂に刺された獣のようなものである。これだけで倒せる道理はなかった。
しかし……
結果としてドラゴンの首は、宙を舞うことになったのである。
ドラグスがドラゴンの首に突き刺さった瞬間、突如黒い閃光がドラグスから放たれたのだった。その威力にドラゴンの首と共に、アルティナの左腕も根こそぎ吹き飛ばされており、左肩から大量の血が流れ出している。
あまりの出来事に騎士団の誰もが状況を掴むことが出来ず、口を開くこともできなかった。
しかし、ドラゴンからあふれ出す血の海の中、呆然と立ち尽くしていたアルティナが、アンクラスクードを捨てて右腕を天高く掲げると、城壁上の騎士たちも持っていた武器を掲げながら大歓声を送るのだった。
「団長ぉぉぉぉぉぉ!」
「やったぞ、我々の勝利だぁぁ!」
その大歓声を聞きながら、アルティナは糸が切れた人形のように、その場に倒れこんだ。




