第26話「我々こそが人類の盾である」
避難勧告が発令されてから三日目の朝、住民の大半は王都へ向かい始めていた。護衛にはリオルディ卿が率いる王都騎士団と冒険者が付き添っている。城砦に残っているのは、よほどの頑固者か戦う意思がある者たちだけだった。
最初は避難することに渋っていた民衆たちも、騎士団の今までにない緊張感を感じ取り、冒険者たちの説得や、何よりクロエの洗脳に近い話術によって、次々と避難を承諾していったのも大きい。
第二大隊とアレットたち輜重隊の一部は昨晩到着しており、不落砦の騎士の総兵力は約千八百になっていた。
北の城砦 北の城壁上 ──
朝霧が立ち込める城壁の上で、北方を望遠鏡で見つめている騎士たちは緊張していた。昨晩辺りから聞こえてくる地鳴りと、本日辺りにドラゴンが現れると予想がされていたからである。
そんな見張りの一人が、霧の中で黒い影を発見すると隣で寝ている騎士に声を掛ける。
「おい、アレ……ドラゴンじゃないか?」
「んっ……今度は本当だろうなぁ? お前、昨夜からずっとそんな感じじゃないか」
何度も起こされて眠い騎士は、身を起こすと騎士から望遠鏡を受け取って北方を見る。かなり距離があるが、霧に隠れて微かに何かが動いているのが見えた。
「何か……いるな」
その瞬間である。
黒い……何もかもを飲み込むような黒い閃光が、真っ直ぐに城壁に向かって奔った。しかし、まさに城砦に到着する瞬前で光の幕が展開されて直撃を阻止する。これはアルティナが大工房に用意させていた物の一つで、ソルタメントの盾と呼ばれる大規模結界が張れる魔具だった。
百年前のドラゴン戦では野戦であったため活躍の機会はなく、使用する前に破壊されてしまっていたが、それを修理して博物館に保管しており、今回のために大工房で整備と調整をして貰っていたのだった。
それでも威力を完全に殺しきることは出来なかったようで、城壁の一部が崩壊していた。巻き上がった土煙で咳き込みながら見張りの騎士は尋ねる。
「げほげほっ……何なんだ?」
「わ……わからん、何か飛んできたようだが」
ゴガァァァァァァァ!
突然の攻撃に混乱していた騎士たちだったが、その咆哮が耳に届くと全てを理解したのだった。
◇◇◆◇◇
北の城砦 北の城壁上 中心部 ──
北の城門の真上には団長のアルティナと、副団長のヴェラルドが立っており、戻ってきたアレットが伝令役として後ろに控えていた。黒い閃光により霧が晴れ、黒い鱗に覆われた巨大なドラゴンが姿を現すと、アルティナは破壊された城壁を睨みつけるながら呟く。
「ドラゴンブレスだな」
そして、ドラグスの石突きを地面に叩きつけると大声で叫ぶ。
「被害状況を報告せよっ! そして、城門を開け放てっ!」
「城門をですか?」
「あぁ、殿を務めてくれた部隊がそろそろ戻るはずだ。敵はあの巨体だ、門など開いてようが関係ない」
「了解しましたっ!」
ヴェラルドは敬礼するとアレットに伝令を頼んだ。アレットがそのことを開閉役の者に伝え、程なくしてゆっくりと扉が開き始める。
アルティナはドラグスの切っ先をドラゴンに突きつけながら、混乱しつつあった騎士たちを鼓舞していく。
「不落砦の騎士たちよ! 眼前に見える巨大な竜が我らが敵である。奴を突破させれば多くの人々が焼かれ、この国だけでなく様々な国が滅び、世界が終わってしまうかもしれない。それを阻止できるのは我々だけだ! つまり我々こそが人類の盾である!」
次にドラグスを味方の騎士たちに向けて訓示を続ける。
「この中には救国の騎士に憧れて、入団した馬鹿者たちが多くいるだろう。その何人かは今日確実に死ぬことになる……が、明日からは貴様たちが救国の騎士である! 常日頃言っているように無駄死になど許さんぞ!」
訓示の終わりにアルティナがドラグス天高く突き上げると、騎士たちは一斉に武器を掲げて、自らを鼓舞するように咆哮をあげた。
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
◇◇◆◇◇
北の城砦 北の城壁上 ──
その後も何発か黒い閃光がドラゴンから発射されたが、その都度ソルタメントの盾が発動して被害を軽減している。その間にも殿を務めた部隊が、分隊単位でバラバラに城砦に逃げ込んできていた。アルティナはそんな彼らを見ながら呟く。
「帰ってこれたのは半数程度か?」
「……そのようですな」
アルティナの問いにヴェラルドが同意したように頷く。そして階段を駆け上がってくる音が聞こえ、アルティナが振り返ると、土や血などでボロボロになった小隊長が姿を現した。
「第一大隊 第三中隊 第一小隊隊長のオルソ、ただいま帰還致しました」
「よく無事に戻った! それでウェルナーはどうした? 無事だろうな?」
オルソは首を横に振って、肩を落としながら答える。
「隊長級で生き残ったのは私だけです……ウェルナー隊長は「ワシらが時間を稼ぐ、貴殿らは逃げよ」と、我々を庇うようにドラゴンに向かって突撃されました。おそらくは……」
アルティナは、そんなオルソの肩をポンッと叩いた。
「わかった……今は休め。貴様たちが稼いでくれた時間は、無駄にはしない」
オルソは肩を落としながら階段を下りて行き、アルティナは真っ直ぐと近付いてきているドラゴンを睨みつける。
そして、周辺の騎士たちに向かって命じた。
「そろそろ射程範囲に入るぞ! バリスタは最大仰角、奴の顔を狙えっ!」
「はっ」
アルティナの号令に、騎士たちは一斉にバリスタの仰角や方向を調整し始める。
「大型アンカーも、いつでも撃てるようにしておけっ!」
大型アンカーとはアルティナが大工房に用意させていた巨大なバリスタ兵器で、アンカーを撃ち込んで相手の動きを止める兵器である。その巨大さ故に重く射程距離が伸びないのが欠点だが、ドラゴンの動きを止められる唯一の兵器だった。これも時間が足りず準備できたのは、東西に一つずつだった。
ドラゴンがバリスタの射程内に入った瞬間、アルティナは目をカッと見開き、ドラグスの切っ先をドラゴンに向けながら
「バリスタ隊、放てぇ!」
と命じた。
◇◇◆◇◇
北の城砦付近 ──
無数に放たれたバリスタの矢、矢と言ってもサイズ的には槍のようなものだが、ドラゴンの顔に次々に直撃していく。並みの竜種であれば、これだけの斉射を受ければひとたまりもないが、最強種であるドラゴンの鱗の前では、文字通り刃が立たない様子だった。
ドラゴンは矢の雨に意も解さず、顎をこちらに向けると咆哮をあげながらブレスを発射した。黒い閃光が、再びソルタメントの盾の障壁に当たるが、先程より威力があるのか相殺しきれず城壁の一部が崩壊する。
その圧倒的な強さに騎士たちに動揺が走り始めていた。
「バリスタすら全然効いてないじゃないか!」
「なんだ、あの化け物は!?」
彼らも伝説などで話には聞いていたが、正直ここまでの化け物だとは考えていなかったのである。そんな彼らに対してアルティナが叫んだ。
「怯むな、第二射だ! 近付いてきているぞ、仰角の調整を忘れるなよ!」
アルティナの怒声に騎士たちは、慌てて第二射の準備に取り掛かっていた。彼女も最大射程の攻撃がダメージを与えれるとは思っていなかった。もっと引きつけねばバリスタの威力は発揮できない。
しかし近付かれば近付かれるほどブレスの威力も上がり、ソルタメントの盾だけでは対処できなくなることが予想されていた。
「盾の残存魔力はどれぐらいだ?」
「はっ、五分の二程度かと」
アルティナの問いに、ヴェラルドが魔具に備え付けられているオーブの曇りを見ながら答える。
「あと二、三発が限界か……」
アルティナが左右のバリスタ隊を見ると、全員が旗を揚げて準備完了を示していた。
「もう少し引きつける。狙いは顔に合わせ続けろ!」
「はっ!」
全長三十セルジュ(メートル)のまるで山のような巨体が、地響きを立てながら近付いてくるのを、騎士たちは恐怖を押し殺しながら固唾を呑んで耐えている。
そして、ドラゴンが森を抜けて平地に出た瞬間、アルティナが掲げたドラグスに向かって倒しながら命じた。
「バリスタ隊、放てぇ!」
再び放たれた無数のバリスタの矢の内、数本だけ鱗を突き破りドラゴンに傷を負わせていた。しかし、ドラゴンは怒りの咆哮と共に暴れながら、城壁に向かって突進してきた。
ゴガァァァァァァ!
「ヴェラルド、ここは頼むぞ」
アルティナはそういい残すと、右手のアンクラスクードを相手に向けて内側のレバーを引いた。その瞬間、射出されたアンカーは見事にドラゴンの首に当たり、しっかりとめり込んだ。
アルティナはレバーを操作しながら城壁上から飛び降り、ワイヤーを巻き取ると同時に、突撃しながらドラゴンの首元にドラグスを突きたてる。その威力は黒く堅い鱗を弾き飛ばし、ドラゴンの筋肉を引き裂いたのだった。
ギャアァアァァァァァ!!
悲鳴のような叫び声をあげながら、ドラゴンはその長い首を振り回す。反動でアンクラスクードが外れると、さすがのアルティナも弾き飛ばされて地面に激突した。
「カハッ!」
地面に叩き付けられたアルティナは、苦痛に顔を歪める。何とか立ち上がろうと、手に力を入れるが目の前が急に暗くなった。顔を上げると今まさにドラゴンがアルティナを踏み潰そうとしていた。
「ぐぅ……」
アルティナは右腕だけ動かし、何とかアンクラスクードを構える。




