第25話「避難勧告」
第二大隊がドラゴンを発見した翌日、第二大隊からの早馬が北の城門に駆け込んできていた。ドラゴン発見の報せを受けた城門の騎士が、急ぎアルティナに報せるため騎士団詰所に向かって馬を走らせている。
北の城砦 騎士団詰所 団長室 ──
ノックと同時に、転がるように駆け込んできた騎士にアルティナが怒鳴りつける。
「何事だっ!」
「はぁはぁ……団長!」
アルティナは執務机の席から立つとサイドテーブルから水差しを取って、息も絶え絶えの騎士に向かって差し出す。その騎士はそれを受け取ると一気に飲み干した。
「ぷはっ! 団長、ド……ドラゴンです。先程第二大隊からの早馬で、ドラゴン発見の報告が届きました。前線基地の北東の位置だそうです」
「ついに見つけたか!」
アルティナはそう言うと作戦卓に向かって地図を確認する。そして、騎士に向かってヴェラルドを呼ぶように伝えた。
五分ほどで、先ほどの騎士と一緒にヴェラルドが団長室に入室してくる。
「ヴェラルド、ただいま参りました」
「うむ……ご苦労。済まぬが改めて報告を頼む」
アルティナが騎士に向かって尋ねると、騎士とヴェラルドは作戦卓を囲むように立ってから戦況説明を開始した。
「はっ、こちらの前線基地の北東の位置……このポイントに出現したそうです」
「前線基地にだいぶ近いな……発見時の状況は?」
騎士は手元の報告書を見ながら発言を続けた。
「第一小隊第五分隊が森を捜索時に発見したようです。その分隊は着地の衝撃にやられ、負傷もしくは行方不明。彼らの話では五人ほどの聖職者と思われる人物が、その場におり奇声のようなものを上げた瞬間、ドラゴンが現れたとのことです」
「聖職者だと? クロエが捜していた司祭たちか? まぁ今はいい……第二大隊はどうしている?」
アルティナが睨むように騎士に向かって尋ねると、騎士はコマを二つ動かして一つを前線基地に、もう一つを前線基地と北の城砦に中間地点に置いた。
「第二大隊は、速やかに撤退を開始したようです」
「ふむ……こちらの前線基地に残っているコマは?」
「こちらは……」
騎士が少し言い難そうにしていると、アルティナが頷いて話を進めように言う。
「なんだ?」
「はっ、輜重隊の半数と第一大隊の二個小隊、およそ二百が殿として遅滞戦闘の任務に就いているとのことです。部隊長はウェルナー隊長が……」
「なんだと!? ウェルナーめ!」
アルティナは苛立ち紛れに机を叩く、その反動で宙に浮いたコマがパタパタと倒れていく。ヴェラルドはそんなアルティナを窘めるように言う。
「しかし、この距離では……誰かが殿に立たねば、第二大隊全滅もありえる状況です。ここはウェルナー殿の判断が正しいでしょう」
「わかっている! こうなってはウェルナーを信じるしかあるまい」
アルティナが歯軋りしながら考え込んでいると、報告に来ていた騎士が口を開いた。
「団長、早急に救援に向かうべきではありませんか?」
「ダメだ。ドラゴンとの決戦地は城砦でなければ、無駄な被害が増えるだけだ」
アルティナはもう一度地図を見てから、ヴェラルドに向かって指示を出す。
「ヴェラルド、文官たちに避難勧告を発令させろ。そして、大工房に出来ている分だけでよいから、北側の城砦へ配備を急がせよ!」
「はっ!」
続いて、騎士に向かって命じる。
「お前は大隊長に『北方の警戒を厳とせよ』と伝え、そのまま原隊に復帰せよ」
「はっ!」
こうして、アルティナと騎士団はドラゴン討伐に向かって動き出すのだった。
◇◇◆◇◇
先程の報告が終わるとアルティナは北の城門へ向かい、そこで休憩していた第二大隊の騎士に詳しい話を聞いたあと、冒険者ギルドに向かっていた。
すでに避難勧告が発令されているが、逃げ支度をしている住民はほとんどいなかった。おそらく、いつものように騎士団が撃退してくれると、考えているのだろう。
北の城砦 冒険者ギルド応接室 ──
応接室にはアルティナのほかに、ギルドマスターのクラウディオ、そして聖竜教会の助祭クロエが座っている。
まずはクロエが目を輝かせながら口を開いた。
「アルティナちゃん、ついにドラゴンが見つかったそうですねっ!」
「あぁ、それにお前が捜していた、司祭と思われる情報も入った」
アルティナは先程受け取った報告書に、実際の伝令に聞いた情報を書き込んだものをクロエの前に置いた。クロエはそれを受け取ると内容を読み始める。
そこには森の中で聖職者と思われる五人組を視認、その中のリーダーと思われる老人が、奇声を上げたときドラゴンが現れたこと。そして空からドラゴンが着地すると、その衝撃で周辺が吹き飛び、その時点で確認できた生存者が騎士三名だったことが書き込まれていた。
この奇声というのが人間の耳では判別できない音、竜語であることをアルティナやクロエは理解していた。つまりこの聖職者の集団こそが、ドラゴンをあそこに呼び寄せた張本人なのである。
「こ……これは……」
「確認は取れてないが、おそらく死んでいるな」
クロエが落ち込んでいるかと思い、手を差し伸べようとしたアルティナだったが、クロエの喜びに満ちた表情を見て手を引っ込めた。クロエは天を仰ぎながら呟く。
「あぁ、司祭様はドラゴンとの対話をなされたのですね!?」
「その結果が圧死では浮かばれんだろうよ……とにかく、これでわかっただろう? ドラゴンは危険な存在なんだ」
クロエは首を振って答える。
「そんなことはありません。ドラゴンにも良い竜と悪い竜がいるだけです! 今回はたまたま悪い竜だったのかもしれません」
あまりに楽天的なクロエに頭を抱えるアルティナは、今度はクラウディオに視線を移す。
「クラウディオ、緊急クエストを発令したい」
「はい、何でしょう?」
「知ってのとおり、ドラゴンが接近中なために避難勧告が発令している。冒険者たちには、その周知と撤退時の護衛を頼みたい。報酬はギルドで決めてくれ、緊急時につき特に予算は設けない」
クラウディオは、言われた内容でメモを取ると改めて尋ねる。
「わかりました。すぐにでも発行致しますが……撤退までのリミットは?」
「そうだな……ウェルナーであれば、三日ぐらいか」
ウェルナーの指揮能力はアルティナも認めるところで、彼が指揮しているならば三日は確実に時間を稼げるはずと考えていた。
「三日ですね……わかりました、ですがどれだけ避難する人がいるか」
クラウディオも魔物の襲撃のたびに出される避難勧告に、正直「またか」程度の認識しか生まれていないことは知っており、冒険者を雇って通知したところで、ほとんどの住民は逃げないことを選択すると思っていた。
それはアルティナも同じだったが、再びクロエの方を向き、おもむろに頭を下げる。その様子に愉悦に浸っていたクロエは驚きながら尋ねる。
「ど……どうしたんですか、アルティナちゃん!?」
「クロエ、お前にも避難勧告の周知を頼みたい」
アルティナの真剣な表情にクロエが
「私がですか……わかりました。お友達のお願いですから、任せてください! 三日以内に逃げるように説得していけばいいんですね」
と尋ねると、アルティナは力強く頷いた。
「あぁ、よろしく頼む」
◇◇◆◇◇
北の城砦 騎士団詰所 団長室 ──
冒険者ギルドで依頼を済ませたアルティナは団長室に戻ってきていた。帰ってくる途中、倉庫付近で第一大隊と王都騎士団が、武装などの運び込みを進めているのを見かけた。
「既存のバリスタと大工房に頼んでおいたアレで、どこまで戦えるか……」
そう呟きながら、壁に立てかけておいた竜殺しの槍ドラグスを持ち上げると、腰に構えて一突きした。
「この短くなったドラグスで……倒せるだろうか?」
そんな事を考えていると、ノックもなしにドアが開いた。アルティナがドアの方に顔を向けると、そこには一月ほど姿を見せなくなっていたルイージャがいた。
「ルイージャか、何しに来たんだ?」
「ドラゴンが出たんだって?」
ルイージャの問いにアルティナは黙って頷いた。それを見たルイージャは、ニヤリと笑って作戦卓まで歩くと、その上に二枚のスクロールを広げた。
「アルティナ、こっちにドラグス、もう一枚にアンクラスクードを乗せな」
アルティナは首を傾げながらも、立てかけてあった盾を持ち上げると、手にしていたドラグスと共に作戦卓のスクロールの上に置いた。
「何をするつもりだ?」
「ドラゴンをぶっ殺すための準備さ、私が長年研究に研究を重ねたものだよ。ドラゴンが現れたって言うから、この一ヶ月で最後の仕上げをしていたのさ」
ルイージャはそう答えると呪文の詠唱を開始した。スクロールに書かれた複雑な文字や図形が、輝きながら浮かび上がっていく。そして、その光が溶け込むように槍と盾に吸い込まれていった。
やがてその光は消えていき、いつもの状態に戻る。アルティナは再びドラグスとアンクラスクードを手にして状態を確かめ始めた。しかし、特に違いがわからずに首を傾げる。
「まぁ眺めていてもわからないさ、実際見たほうが早いだろうから修練場行こう」
ルイージャは笑いながら、そう答えるのだった。




