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第23話「老騎士と老司祭」

 魔の森 奥地 ──


 第一大隊がドラゴンの捜索を始めて一月ほどが経過していた。


 あのドラゴンの痕跡と思われる場所以外に、もう一箇所同じような場所を発見していた。そんな第一大隊だが現在は第二大隊と交代するために、陣地の保全に二個小隊だけを残し撤退を開始していた。


 長く魔の森奥地に滞在し、いつ襲われるかわからない状態で任務についていた彼らの疲弊は、すでにピークに達していた。ようやく帰路につくことになったが、疲労と広がる鬱蒼とした森が彼らの足に絡みつき、重い足取りにしているのだった。


 そんな中、疲れきった顔で歩いていた騎士たちが小声で話していた。


「やっと城砦に戻れるぜ」

「あぁ、やっとだ。普段はあまり感じないが、あの城壁に囲まれているというのは安心感が違うな」

「そうだろうとも……ん?」


 騎士の一人が顔を青くして、急に目を擦り始める。もう一人の騎士が首を傾げながら尋ねた。


「どうした、そんな顔して?」

「い……いや、向こうの方に白い影が見えて……」


 その騎士は、指差された方を見るが白い影どころか何もいなかった。


「おい冗談はやめろよ、いかにも何か出そうな森だからって……」

「いや、すまん……おそらく見間違いだろう。疲れているしな……」


 白い影を見たという騎士は軽く首を振ってから、もう一度そちらを見つめるがやはりそこには何もなかった。



◇◇◆◇◇



 北の城砦 騎士団詰所 広場 ──


 同じ頃、第二中隊は一個中隊を防衛のために残し、騎士団詰所の広場でアルティナの訓示を受けてようと整列していた。その騎士たちの前に歩み出たアルティナは、壇上に上ると訓示を始める。


「諸君、すでに通達してある通り、第一大隊が捜索任務を明けて帰ってくる。第二大隊には入れ替わりで任地に向かってもらうわけだが、第一大隊が得た情報からドラゴンの存在は確実視されている」


 整列している騎士たちが少しざわめくが、アルティナはそのまま話を続けた。


「諸君らの任務はドラゴンの発見だ、特に位置情報や行動範囲の把握が最優先になる。過酷な任務となるがよろしく頼むぞ」

「はっ!」


 整列した騎士たちが一斉に敬礼する。アルティナが頷いてから壇上を降りていくと、続いて第二大隊の隊長が壇上に上っていった。アルティナは副団長のヴェラルドにその場を任せ、そのまま倉庫のほうへ向かった。




 北の城砦 騎士団詰所 倉庫前 ──


 倉庫前では、輜重隊が前線に運び込む積荷を荷馬車などに移しており、そこには新人騎士であるアレットたちもいた。アルティナが近付くと、アレットたちは荷物を置いて敬礼をする。


「よい、そのまま作業を続けろ」


 と言って軽く手を上げると、そのまま作業をしている騎士たちの横を通り過ぎて隊長のウェルナーに声を掛ける。


「ウェルナー、問題ないな?」

「はい、団長。食料や薬品、補充の武具など過不足なく準備できております」


 その返事にアルティナは満足そうに頷く。


「第二大隊と同行するとはいえ、今回は初陣の騎士(ひなどり)もいる。十分に注意せよ」

「はっ! 心得ております」


 ウェルナーは、ドンッと胸の辺りを叩きながら微笑んだ。ピークは完全に過ぎているとは言え、ウェルナーも熟練の騎士であり、無論注意を怠るつもりなどはない。


 そんな彼が目を細め、アレットたち新人騎士たちを眺めながら口を開いた。


「しかし、懐かしいですなぁ。ワシにもあんな時代があった」

「あぁ、お前たちの代には、随分苦労をさせられたものだ」


 アルティナも懐かしそうに頷きながら答えた。ウェルナーはバツの悪そうに苦笑いをしている。傍目から見れば老人と孫のような姿をしているが、ウェルナーを新人時代から鍛え上げたのは、紛れもなくこの幼女なのである。


 当時は、騎士たちの中で貴族意識が蔓延っていた時代であり、貴族として箔をつけるために不落砦(インビンシブル)の騎士になる者が多かった。そのため少し大変なことがあると、騎士としての役目を放棄し実家に戻ってしまう者もいたのである。


 城壁も完全ではない上に魔物の襲撃も多く、死傷者もかなり出ていた時代だった。訓練施設や詰所も貧相、街も発展途上であり娯楽もほとんどない。そんな状態でもアルティナと、ウェルナーなど彼女の考えに賛同した騎士たちは、騎士団と街をここまで発展させていったのである。


 そんなウェルナーは目を瞑ってしばらく黙っていたが、決心したように目を開けると周りに聞こえないような小さな声でアルティナに告げる。


「団長、ワシはこの騒動が終わったら、引退しようと思ってます」


 アレットたちを見ていたアルティナは、チラッとウェルナーを見るが小さく頷いて


「……そうか」


 と答えた。そして、ウェルナーの尻を叩くと笑顔で告げる。


「ならば……盛大に除隊式をやってやる。だから、死ぬなよ? ウェルナー」

「はっ!」


 ウェルナーが敬礼しながら答えると、アルティナはどこか寂しそうに手を振って、詰所のほうへ戻っていった。



◇◇◆◇◇



 北の城砦 騎士団詰所 団長室 ──


 それから数時間後、第一大隊が無事に帰還して、第二大隊とウェルナー率いる輜重隊が前線基地に向かって出陣した。アルティナは団長室で一人、作戦卓に広げられた地図を見つめている。


「この基地から東側を徹底調査しても、ココとココしか痕跡が見つからないとなると、ドラゴンの飛行時間を考慮して……北の山脈辺りに巣があるかもしれないな」


 アルティナは、そう呟きながら指揮棒で痕跡があった箇所を指してから、山脈の辺りで丸を描いた。


「ひょっとしたら活動エリアが、人間(こちら)側寄りじゃないのかもしれないな」


 北の山脈より向こう側は完全に魔物たちのエリアであり、強力な魔物が跋扈していると言われている。騎士団や冒険者たちが遭遇する魔物は、そのエリアから出てきている小物に過ぎないのだ。


 これに関しては竜種であっても同様であり見つけ次第倒すのが基本だが、北の山脈を越えての遠征することはない。アルティナたち騎士団は人間の生活圏を保護し、魔の森から魔物が出ないようにするのが役目なのである。


 そんなことを考えていると、ドアがノックする音が聞こえてきた。アルティナはドアに向かって答える。


「ヴェラルドか? 入れ」


 現在、詰所にはほとんど出払っており、アルティナを尋ねてくるような人物はヴェラルドだけのはずだったのだが、彼女の予想は大きく外れていた。


 ドアが開いて現れたのは、一月ほど前に本国に戻ったはずのクロエだった。いつもよりしっかりとした白い祭服を着ている。


「アルティナちゃん、会いに来ましたよ~」

「げっ、クロエ……何しに来たのだ」


 アルティナは、また面倒なのが来たと露骨に嫌な顔をして、追い払うように手で払うようなしぐさをする。


「わたしは忙しいんだ、お前の相手をしている暇はない」

「そんなこと言わないで、お友達でしょ! ちょっと相談に乗って欲しいの」


 アルティナはため息を付くと指揮棒を作戦卓に置き、クロエの方を見ながら尋ねた。


「いったい何なのだ? 手短に頼むぞ」

「それが……」




 しばらくあと、クロエから語られた相談ごとにアルティナは痛む頭を抱えていた。


「つまり……貴様は、わたしにボケた老人を捜して欲しいと言うのか?」

「司祭様は確かにご高齢だけど、ボケてはいないと思うの」


 クロエの相談は、この国に同行してきた老人がいつの間にかいなくなったとのことだった。


 事の始まりは、クロエがドラゴン発見の報告を本国へ持ち帰ったことまで遡る。その報せに聖竜教会本部は大混乱に陥ったそうだ。およそ百年ぶりのドラゴン発見の報せなのだから無理もない。数日間の話し合いの結果、教会は一人の司祭をドラゴンとの対話のために、バルソット王国に派遣することに決めた。


 それが今回はぐれてしまった司祭という訳だ。


「ボケているかなどは問題ではない! しかも、信徒数人と一緒にだと!?」

「そうなの、この城砦の近くまでは確かにいたんだけど」


 アルティナは首を横に振った。


「老人一人ならまだしも、付き人が何人もいるのだから問題はないだろう。それに騎士団は全軍が動いているから捜索に人員など避けんぞ」


 現在、騎士団は殆ど休みなしで働いている状態であり、これ以上余分な仕事を増やすわけにはいかなかったのだ。クロエはしばらく懇願するような瞳で、アルティナを見つめていたが効果がないとわかると諦めたように振りかえった。


「仕方ないです。それじゃ、街の人にお願いしてみますね」

「あぁ、そうしてく……いや、待て!」


 アルティナは途中まで返事をしかけたが、途中で思いなおしてクロエを呼びとめた。クロエは嬉しそうに振りかえると、目を輝かせながら尋ねる。


「やっぱり手伝ってくれるんですか!?」

「いいや、それは無理だが……冒険者ギルドを頼れ、マスター宛に一筆書いてやる。これで最優先で受けてくれるはずだ。だから無差別に手伝いを申し込むのはやめろ」


 クロエはきょとんとした顔をしているが、彼女の人心掌握術に掛かれば住民が、千や二千ぐらい平然と集まりそうである。そんなことをされたら街は大混乱に陥り、鎮圧するために騎士団を呼び戻さなければならないのだ。


 アルティナはそんなことを考えながら、筆を走らせクラウディオ宛に「最優先で彼女の依頼を受けるようにお願いする」旨を書いた手紙をしたためクロエに手渡した。


「ありがとう! アルティナちゃん!」


 クロエはなにやら感激しているが、アルティナは最悪の事態を回避できたことに、安堵のため息を付いたのだった。


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