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第22話「コレクターとマッチョ」

 魔の森 奥地 調査隊前線基地 ──


 今から二時間ほど前、前線基地から東側を捜索していた第二中隊は、とある不可解な場所を発見していた。その場所は、五十セルジュ(メートル)程の広さで円形に開けた土地だった。ただ開けた土地であればさほど不思議なことはないが、この土地の木々が全て、中心から広がるように横薙ぎになっていたのである。


 ドラゴンの痕跡の可能性があるため、第二中隊は周辺を警戒しながら調査したが、爆発したような痕跡などはなく。全ての木が何か強い力でへし折られていることが判明した。


 中隊長から、その報告を受けた大隊長は頷くと中隊長の肩を軽く叩く。


「わかった……しばらく休め」

「はっ!」


 中隊長は敬礼をすると第二中隊に戻って行く。大隊長はその場で様々な可能性を考えたあと、テントに戻りアルティナ宛に報告書をまとめ、北の城砦に戻る輜重隊に託すのだった。


「明日からは、東側を重点的に捜索だな……」



◇◇◆◇◇



 北の城砦 騎士団詰所 団長室 ──


 一週間後アルティナが執務机の席に座り、次々届く報告書に目を通していると、ヴェラルドが第一大隊からの報告書に持ってきた。火急の用件かと思い、アルティナはそれを受け取りながら尋ねる。


「何か見つかったか?」

「はい、何かの痕跡かとは思いますが……」


 ヴェラルドの曖昧な答えに首を傾げながら、アルティナは報告書に目を通し始めた。


「なるほど、木々が倒れていたのか。ヴェラルド、これはドラゴンがいた証だと思う」

「はっ! しかし、なぜドラゴンだと?」


 巨大な生物なら他にもいる。他の竜種も巨大だし、熊型の魔物もかなり大きい。ヴェラルドにはアルティナが、この痕跡からドラゴンだと断定した理由がわからなかった。


「簡単なことだ。報告によると木々が横倒しになっていたエリアは、五十セルジュ(メートル)ほどの円形だと言う。貴様、それだけ巨大な生物が森の中を動いたらどうなると思う?」

「はっ、木々が倒れるでしょうな……あっ」


 そこまで説明されて、ヴェラルドもようやく気が付いた様子だった。アルティナは、そのまま説明を続ける。


「そのエリア以外の木が倒れており、追跡可能であれば報告書にも書かれているだろう。痕跡がないということは、おそらくそこから飛び立ったのだ。そんな巨体で飛べると言えば竜種しかおらんし、翼を持つワイバーンでも大きくても十五セルジュ(メートル)程度だからな」

「そういえば書物で読んだことがありますな。魔法で飛ぶタイプのドラゴンであれば、浮遊魔法を展開した時に確かに円形の痕跡が残ると」


 ヴェラルドの言葉に、アルティナは頷きながら答える。


「痕跡の規模から、おそらく三十セルジュ(メートル)程度、魔法を操り飛行する可能性が高い……厄介だな」


 しばらく考え事を始めたアルティナは、ペンを取り紙を広げると手紙を二枚書き始めた。それが書き終わると封蝋をしてヴェラルドに手渡す。


「こちらを救国の騎士博物館のステファノに、もう一通は大工組合の親方に送り届けてくれ。あと第二大隊には『空の警戒を厳とせよ』と伝えるように。あぁ……ステファノ宛ての手紙は、その場で読ませて回収してこい。アイツのことだ、わたしからの手紙ということで額縁に飾りかねんからな」

「ははは……さすがにそれはないでしょう」


 アルティナの冗談に、ヴェラルドも苦笑いを浮かべるのだった。



◇◇◆◇◇



 北の城砦 救国の騎士博物館 ──


 北の城壁で第二大隊の隊長に、アルティナからの伝令を伝えたあと、ヴェラルドはアルティナからの手紙を届けるために、救国の騎士博物館に立ち寄っていた。博物館に入ると支配人のステファノが、にこやかな笑顔で声を掛けてきた。


「これは、これは……ヴェラルド副団長ではありませんか!」

「ステファノ、久しぶりだな」


 ヴェラルドとステファノは握手を交した。手を離してからステファノが何かを思いついたように、空いている展示スペースのところを指差しながら尋ねる。


「ヴェラルド副団長、あの辺りに立ってみませんか?」


 ヴェラルドは、そちらを見ながら意味がわからないと言った表情で首を傾げる。


「あそこに……なんでだ?」

「そうですね……題名は『アルティナ様の副団長』でいかがでしょうか?」

「俺を展示品にするつもりかっ!」


 呆れながら首を振るヴェラルドに、ステファノは残念そうな表情を浮かべると改めて尋ねてきた。


「残念ですね……それで、副団長? 今日は当館に何の御用でしょうか、また新たな騎士たちに歴史の勉強でも?」

「いいや、団長からこれを預かってきたんだ」


 ヴェラルドはそう言いながら腰のポーチを開けると、アルティナの手紙を取り出してステファノに差し出した。ステファノは目を輝かせながら、どこから取り出した白い手袋をはめると、その手紙を受け取ってカウンターまで向かった。そして、美術品でも扱うように慎重にそれを開封してはじめた。


 その様子にヴェラルドは呆れながら言う。


「おいおい、そんな貴重な品じゃないぜ。ただの連絡用の書類だ」

「何をおっしゃいます! アルティナ様からの手紙に比べれば、宝石すらその辺に落ちている石と同然です」


 かなり特殊な価値観にヴェラルドは若干引き攣る。ステファノは、そんなヴェラルドを余所に熱心に手紙を読んでいる。


「おぉ、素晴らしい! 見てください、アルティナ様の直筆サインですよ! さっそくピッタリの額縁の手配をしなければ!」

「ま……待て待て、その書類は読み終わったら回収してくるように言われているんだ!」


 ステファノは小刻みに震えながら、ヴェラルドの方を向いた。その表情にヴェラルドはビクッと身震いをする。後に彼は語っている。俺は今までの人生で、あれほど絶望した人の顔を見たことがなかったと……。




 ヴェラルドは首を軽く横に振りつつ、気を取り直してステファノを元気付ける。


「わ……わかった、わかった。今度団長に頼んでサインでも書いてもらうから、今は仕事をしてくれ! なっ!」

「……わかりました、残念ですが今回は諦めます。それで、ええっと……あぁ、アレの持ち出しを希望ですか。えぇ結構ですよ、明日にでも大工房のほうへ搬入しておきましょう」


 そう言いながら震える手で手紙を差し出してきたステファノに、ヴェラルドはニカッと笑いながら手を伸ばしたが、ステファノががっしり掴んで離さなかった。


「ありがたい、よろしく頼むぞ……って、おい! 手紙を離せ」


 ヴェラルドが無理やり引っ張ると手紙はスルリとステファノの手から離れ、彼は名残惜しそうにそれを見つめている。その手紙を腰のポーチに収めながら、ヴェラルドはステファノに「よろしく頼む」と挨拶をしてから博物館を後にするのだった。



◇◇◆◇◇



 北の城砦 大工房 ──


 次にヴェラルドが訪れたのは北の城砦の外れにある大工房、この街の職人たちが集まる施設だ。大工房に入るとカウンターに向かう。可愛らしい受付嬢の登場を願うところではあるが、現れたのは筋肉隆々の職人風の中年男性だった。


 その男は黙ってヴェラルドに近付くとポーズを取り、自慢の筋肉をヴェラルドにアピールを始めた。ムキムキと音が聞こえてきそうなぐらい膨張した筋肉に、彼が着ているシャツは悲鳴を上げていた。ヴェラルドも負けじとポーズを取って普段から鍛えている筋肉を見せ付ける。


 しばらくして、男が豪快に笑いながらヴェラルドの肩を叩き握手を求めてくる。ヴェラルドもニカッと笑いながらガシッと握手を交した。


「がっははははは、さすがにいい筋肉してるじゃねぇか、ヴェラルド!」

「この挨拶なんとかならないんですか、親方?」


 ヴェラルドは呆れながら尋ねるが、親方と呼ばれた男性はさらに笑いながら答える。


「がっははは、何言ってやがる。筋肉は全てを語ってくれるんだぜ! 今日は団長の用事か? 今度は負けないって言っといてくれよっ!」


 この筋肉隆々の男性が、大工房のグイド親方である。彼は以前、無謀にもアルティナに腕相撲を挑んだことがあり、勝負の最中に彼女をからかったことで壁まで放り投げられたことがあるのだ。ヴェラルドは、軽く首を振りながら答える。


「いくら鍛えても団長には勝てませんって、それよりこれを預かってきました」

「なんだ、手紙か?」


 親方は手紙を受け取ると、力任せに封を引きちぎり中身を確認し始めた。そのぞんざいな扱いは、ステファノが見たら間違いなく卒倒する光景だろう。


「……なるほどなぁ、こんなもんが必要ってことは、騎士団は戦争でもするつもりか?」


 親方の鋭い眼光に、ヴェラルドは苦笑いをしながら答える。


「戦争のほうが、まだマシだったんですがね。搬入は明日の予定ですが、お願いできますか?」

「あぁ、任せな。騎士団はお得意様だ、最優先でやってやるぜ!」


 親方はそう言いながら、ヴェラルドに親指を立てて答えるのだった。

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