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第2話「英雄の彫像」

 アルティナ団長と騎士団が護る城砦は強固な城壁を備え、魔物の侵攻を食い止めるために存在している。建造されてから約百年ほど経っているが、見事にその役目を果たし、今では不落砦(インビンシブル)と呼ばれていた。




 北の城砦 騎士団詰所 団長室 ──


 騎士団詰所を含めた城館の一室にアルティナの団長室がある。彼女用に作られた背の低い執務机に、周辺の地図が広げられている作戦卓などがあり、団員の名簿や騎士団の帳簿などが収められている本棚が並んでいる。


 アルティナが帳簿の確認をしているとノックの音が響く。アルティナは顔を上げながらドアの先の人物に声を掛けた。


「開いているぞ、入れ」


 アルティナの声に反応してドアが開き、見習い騎士のアレットが入ってきた。アレットは入室と同時に姿勢を正して敬礼する。


「見習い騎士アレット、参上致しました」

「うむ、ご苦労」


 アレットはそのまま執務机の前まで歩を進めた。訓練所の一件以来、なぜかアルティナ団長に気にいられたアレットは、何かと雑用を言いつけられるようになっていた。今回もアルティナに呼ばれての参上だった。


「今日はどのような御用でしょうか、団長?」

「うむ、今日は冒険者ギルドへ行くぞ」


 そう答えたアルティナの言葉に、アレットは首を傾げる。


「冒険者ギルドですか?」


 この街には、バルソット王国の冒険者ギルド本部がある。城砦の北には魔の森が広がっており、そこに棲みつく魔物たちから素材を手に入れたり、倒した魔物の数だけ王国から賞金が出たりするのだ。冒険者たちの活躍により年々に魔物の数も減り、ここ数年は大きな襲撃もなく、この辺りも平和になっていた。


「会長との情報交換だ、いくぞ」


 騎士団と冒険者ギルドはお互いに情報を共有し、魔物の情勢などを把握している間柄なのだ。

 アルティナは執務机の横に立てかけてあったランスと盾の内、盾だけを拾いあげる。白銀色の金属製で縁は紺色で染色されている盾は、アルティアの肩からくるぶし辺りまでを覆っていた。ランスと共に彼女専用の武装だ。


 その様子を見ていたアレットは、アルティナの腰の辺りを見ながら首を傾げて尋ねる。


「団長、帯剣を忘れていますよ?」


 アレットがこんな事を注意するのは、「詰所から出る際は、必ず帯剣せよ」という騎士団の決まりがあるからだ。その問いにアルティナは呆れた様子で首を振る。


「貴様は、随分と真面目な男だな。わたしに、そんなことを言ってきた奴は初めてだ」

「あっ! すみません、生意気なことを言いました!」


 慌てた様子で首を振るアレットに、アルティナは苦笑いを浮かべながら盾の裏から、短剣程度のかなり短い剣を引き抜く。


「安心しろ、ちゃんと帯剣している。団長自ら規則破りはできんからな」

「ほっ……さすが団長です」


 アルティナが剣を盾に戻すと、アレットはホッと安堵のため息を付いた。アルティナは、そんなアレットの横を通り過ぎながら、親指をクッとドアに向けながら告げる。


「では、いくぞ! 付いて来い」

「はっ!」



◇◇◆◇◇



 北の城砦 街道 ──


 この北の城砦は元々防衛施設として造られた施設だったが、冒険者ギルドとそこに集まる冒険者たち、そして彼らを相手にする商人たちによって大きく発展した経緯がある。その為、冒険者ギルドは街の中心にあった。


 アルティナとアレットの二人は、その冒険者ギルドに向かうため街道を歩いていた。目抜き通り通りに出る前に、アルティナは普段はない人だかりを発見し首を傾げる。


「なんだ、あの人だかりは……?」

「さぁ、なんでしょう?」


 アルティナは、野次馬たちに近付き中年男性に尋ねる。


「おい、何事だ?」

「えっ? あぁ、これはアルティナ様。飛び出した人を避けた馬車が横倒しになっちまったんですわ」


 中年男性は恐縮したように頭を下げながら答えた。アルティナが人だかりの方を見ると確かに馬車が横倒しになっており、男たちが何とか立て直そうと力を合わせていた。しかし、かなり重いのか上手くいってない様子だった。


 アルティナは彼らのほうに近付くと、微笑みかけながら手伝いを申し出る。


「大変そうだな、わたしも手伝おう」

「おぉぉぉぉ、アルティナ様だ! ありがたい」


 馬車を起こそうとしていた男性たちは、アルティナの姿を見ると一斉に彼女に場所を譲る。手伝うと言ったのに任されてしまい苦笑いを浮かべたアルティナは、右手で馬車の縁を掴むと思いっきり上に振り上げた。


 ふわりと浮いた馬車は、大きな音を立てながら正常な状態に立て直した。それを見た観衆たちは大歓声を上げるのだった。


「さすがアルティナ様!」

「俺たちの守り神さまだ!」


 アレットはその様子を見て、若干引き気味に呟いた。


「あ……あの小さい身体の、どこにあんな力がっ!?」


 アルティナの膂力が常軌を逸しているのはアレットも知っていたが、まさかこれほどだとは思っていなかったのである。


 しばらくアルティナを讃える声は収まらず、アルティナは少し恥かしそうに歓声に応えていた。



◇◇◆◇◇



 北の城砦 中央広場 ──


 冒険者ギルドの本部がある中央広場は、街の中心として大きな噴水がある。そこには大きな彫像が立っていた。立派な騎士がドラゴンにランスを突きつけている肖像であり、この国ではよく見る彫像だった。


 その彫像を見上げながら何かを言いたげなアレットに、アルティナが不服そうな表情を浮かべながら尋ねる。


「何か言いたそうだな。素直に言っていいぞ、別に怒ったりしない」

「えっと……それじゃ、この騎士って団長ですよね? に……似てませんね」


 正直に答えたアレットに、何かを思い出したのか苦々しい表情を浮かべながらアルティナは答えた。


「それを造った彫刻家は、八十年ほど前に死んだ当時の名匠でな。吟遊詩人どもが歌う英雄譚から勝手な想像で造ったんだ。それを各地に設置したあとに、ようやくこの街に設置する段階で、初めてわたしと対面したんだが……どうなったと思う?」


 アルティナの質問に、アレットは少し考え込んだあとに首を振ってから尋ねた。


「わ……わかりません。どうなったんですか?」

「泣き崩れおった……『イメージが違う』などと言いながらな。まったく迷惑な話だと思わんか? この彫像のお陰で出逢った連中は、みんな同じようにガッカリした態度を取るんだ」


 少しおどけた様子で首を傾げるアルティナに、アレットは吹き出して笑うのを我慢するように手で口を押さえた。その様子に満足気な表情を浮かべたアルティナは、アレットの背中を叩く。


「さて、おしゃべりはここまでだ。ギルドへ向かうぞ!」

「は……はいっ!」


 冒険者ギルドに向かって歩きだしたアルティナに、アレットは慌てて付いていく。



◇◇◆◇◇



 北の城砦 冒険者ギルド ──


 冒険者ギルドに入ると、まず目に入るのは仕事を受けるためのカウンターである。カウンターから見える位置に依頼(クエスト)が張り出されている掲示板、そして酒場が併設されていた。魔の森に対して最前線という事もあり、このギルドにいる冒険者たちは装備も整った連中ばかりである。


 アルティナとアレットは、二人はカウンターまで進み受付嬢に挨拶をする。


「レオナ、マスターはいるかな?」

「これは、アルティナ様! ようこそいらっしゃいました」


 レオナと呼ばれた十代後半ぐらいの可愛さが残る受付嬢は、席を立つと急いでカウンターから出てきてお辞儀をした。顔を上げるとアレットの方をチラッと一瞥する。


「えっと、そちらの方は初めて見る方ですね?」

「あぁ、こいつは新しく騎士団に入った見習いのアレットだ。今後も来ると思うので顔を覚えておいてやってくれ」


 アルティナに紹介されて、アレットが一歩前に出てから敬礼する。


「アレットです。よろしくお願いします!」

「はい、私は受付をしております、レオナです。まだ新人ですがよろしくお願いします」


 そう言いながら、レオナはお辞儀をした。顔を上げたレオナは、アルティナの最初の質問に答える。


「マスターなら、部屋にいるはずですよ。どうぞ、こちらに」


 アルティナとアレットは、レオナに従って後に付いていくのだった。


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