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第17話「地獄のような戦場」

 アルティナが目を開くと深い霧の中、多くの騎士たちが整列していた。はるか前方では立派な鎧を着た騎乗の騎士が槍を掲げながら、騎士や兵士たちを鼓舞するように大声を張り上げていた。


「我が国の存亡、この一戦にあり! 諸兄らは騎士として、これ以上ない誉を得たのだ! 最後の一人になっても退くことは許されないっ!」


 その騎士の声に、多くの騎士たちが槍を掲げながら、まるで自らの勇気を振り絞るように大声で叫んでいる。その光景を目の当たりにして、アルティナは心の中でボソリと呟く。


(あぁ、これは夢か……あの時の夢だな)



◇◇◆◇◇



 百年前の荒野 ──


 目の前には魔の森が広がっており、見慣れた城壁は跡形もない。森の奥からは五十セルジュ(メートル)はあるかという巨大な影が、重い音を立てながらゆっくりと近付いてきている。


 ここは間違いなく、アルティナの記憶の中にある百年前のあの戦場だった。


 馬に乗った一人の騎士がアルティナに近付いてくる。


「ドラグナー卿……いや、アル……そろそろ奴が境界線に到着する。そろそろ準備をしよう」

「はい、ギルバード卿」


 この若い騎士は、グリムス・フォン・ギルバードといい。この隊の中隊長で見習い騎士だったアルティナの直属の上司だった。


 アルティナが後ろを向くと、二十四頭で曳かれている大型な馬車の上に積まれている柱のようなものに目をやる。彼女はそれに近付くと片手でそれを持ち上げた。同じ隊の騎士たちからは驚きの声が上がる。


「おぉ……凄い」


 騎士としては、かなり小柄なアルティナが六セルジュ(メートル)ほどの大槍ドラグスを持ち上げる様は、いつ見ても異様な光景だったのだ。




 しばらくすると、遥か前方に火矢が何本か空に向けて打ち上げられた。件の巨大な竜種が防衛ラインを突破した合図だ。


「バルソットの騎士たちよ、今こそ我らが勇気と忠義を示す時ぞっ!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 騎士団長の号令により、前衛部隊およそ千騎ほどが突撃を開始した。


(馬鹿なっ!? そんな突撃など竜種には無意味だっ!)


 アルティナは、そう思ったが声は出なかった。ここは夢の中、記憶の世界……実際にあった出来事以外は起きない世界なのだ。


 程なくして、真っ赤に燃え上がった魔の森と騎士たちの断末魔の叫びが聞こえてきた。突撃した騎士団に、竜種による炎のブレスが直撃したのである。この最初の一撃で前衛部隊の六割……つまり六百名は命を落としたと言われている。


 普通であれば、この時点で瓦解して散り散りに逃げ始めるのだが、生き残った騎士団長の指揮能力が無駄に高かったのが災いした。崩れかかった騎士たちの鼓舞しながら纏め上げると、再度突撃するために距離を取り始める。


(いらんことをする! ここで崩れていれば、死傷者は最初の数百で済んだものにっ!)


「我が隊も前に出るぞ! 我々の任務はドラグスの護衛である。いくぞっ!」

「おぉぉぉぉぉ!」


 騎乗のギルバート卿が槍を掲げながら、隊員たちに号令を出した。騎士たちも槍を掲げてそれに答える。


(隊長、無理です。逃げてくださいっ!)


 アルティナは心の中で、思いっきり叫ぶがやはり声には出なかった。よほど心配そうな顔をしていたのか、ギルバード卿は優しく微笑みながら、アルティナに声を掛けてきた。


「アル、そんなに心配するな。お前とそのドラグスがあれば、あんな奴すぐに倒せるさっ! それまでは、俺がちゃんと守ってる!」


 根拠のない自信、今のアルティナならそう思うだろうが、この時は心底心強かったと記憶している。




 その後の記憶は曖昧だった。多くの者が焼かれ、押しつぶされ、原型をとどめているものがほとんどいない地獄のような戦場。ある者は国のため、ある者は家族のため、ある者は英雄になりたかったのかもしれない。


 そんなモノのために、無謀な突撃を繰り返した騎士たちは無駄に死んでいき、すでに動くものもほとんどいない。アルティナが投げたドラグスも、巨大な竜種の左肩から左の翼を根こそぎ削り取り、かなりの重傷を負わせたが致命的な一撃にはならなかった。


 再びドラグスを拾い上げ、後ろを振り向いたアルティナの目の前には、怒り狂った竜種の瞳が映し出されていた。


 ゴァァァァァァァァ!


 竜種は大きく顎を広げ、その口から炎が今にも噴き出そうとしている。アルティナは左手のドラグスを握り締める。この時は相打ちしてでも、目の前の竜種を仕留めるつもりだったのだ。


 竜種が炎のブレスを吹いた瞬間、アルティナの視界には黒い影が覆いかぶさった。次の瞬間、自らの右腕が炎によって焼かせる痛みに耐えながら、前を向いたアルティナの瞳に映ったのは、彼女を守るために飛び出してきたギルバード卿の最後の笑顔だった。


「う……うあぁぁぁぁぁぁ!」


 そう叫びながらアルティナが突き上げたドラグスは、竜種の下顎から顔半分を突き破るが、ドラグスもその先端がへし折れてしまう。その傷から噴き出した血がアルティナを真っ赤に染め上げる。


 巨大な竜種が大きな音と砂埃を舞い上げながら倒れこむと、アルティナも意識を失ってしまった。




 次にアルティナが目を覚ました時、すでに霧は晴れ辺りは明るくなっており、数時間は経過しているようだった。後続の補給部隊がすでに現地に到着しており、生き残った騎士たちの治療を始めている。アルティナは自分の身体を確認すると、消し炭になっていた右腕もなぜか治っており、体中が痛いがどうやら無事のようだった。


 傷む体に鞭を打ってアルティナが立ち上がると、治療を始めていた兵士たちから叫び声が上がる。辺りは竜種から溢れる血で海になっており、その中から突然立ち上がったアルティナが何者なのかわからなかったのだ。


 その後、水を掛けられて洗われたアルティナと、その他数名の生き残った騎士たちの証言から、アルティナは巨大な竜種を倒した英雄として、祭り上げられていくことになる。



◇◇◆◇◇



「……ティナ!」


 アルティナの耳に聞きなれた声が聞こえてきている。


「……アルティナ!」


 声に反応してアルティナが目を開けると、そこは屋敷の自分の寝室だった。顔を横に向けると、ルイージャが心配そうな顔でアルティナを見つめている。



 ドラグス邸 アルティナの寝室 ──


「ルイージャか……どうした?」

「どうしたじゃないよ! アンタ、すごいうなされてよ、大丈夫かい?」


 心配そうに顔を覗き込んできたルイージャの顔を力任せに押し返す。


「痛い痛い! お前さんの力だと首が折れるだろうっ!?」


 猛然と抗議をするルイージャだったが、アルティナは面倒くさいといった表情で尋ねた。


「ここはわたしの寝室だろう? なぜ、貴様が同じベッドで寝ている」

「えへ、人肌が恋しかったから?」


 アルティナはため息をつくとベッドから起き、サイドテーブルの水差しからコップに水を注いで一気に飲み干す。そして、ルイージャを睨みながら


「いいから出ていけ、貴様のせいで嫌な夢を見たぞ」


 そうしてルイージャを追い出したアルティナは、ドアを机で塞いでから再び眠りに付いたのだった。



◇◇◆◇◇



 翌日、戦場跡地 ──


 その翌日、アルティナはヴェラルドと見習い騎士たちを連れて、あの竜種と戦った跡地を訪れていた。百年経った今でも焼かれた草木は元には戻らず、激しい戦いの痕跡が見て取れた。


「ここが真の英雄と、無……いや、無念にも散っていった騎士たちの眠る場所だ」


 アルティナは途中で言葉を選んだ。ヴェラルドは苦笑いを浮かべているが、見習い騎士たちは首を傾げていた。それでもアルティナと比較的長く一緒にいるアレットだけは、なんとなく察している様子だった。


「ヴェラルド」

「はっ!」


 アルティナに呼ばれてヴェラルドが前に出ると、武器を目の前で真っ直ぐ構えながら、見習い騎士たちに向かって叫ぶ。


「武器を構え!」


 ヴェラルドの号令で、見習い騎士たちは慌てて剣を抜くと、ヴェラルドのように自分の前に真っ直ぐ構える。


「この地に眠る英霊に……捧げっ!」


 アルティナを含む騎士たちは、その場で武器を掲げ戦死者たちに黙祷を捧げた。




 黙祷が終わると、アルティナが見習い騎士たちの前に進み出た。そして彼らに対して訓示を始める。


「お前たちの中にも、ここに眠る騎士たちのように勇んで戦うことを信条としている者も多いと思う。その信条に従い死ぬことが、騎士の誉れと教えられてきた者もいるだろう。だが……お前たちが、我が不落砦(インビンシブル)の騎士の一員になるというならば、そんなものは不要だ」


 アルティナの言葉に、見習い騎士たちは困惑した表情を浮かべている。彼らは国のために名誉のために戦うことこそが、騎士の誉れであると教えられてきており、それが根底から崩される思いだった。


「卑怯でも、惨めでも、とにかく生き残ることを第一に考えるのだ。お前たちが死ぬことで何かを守れるかもしれない。だが、お前たちが生き残ることで、さらに多くのものを守れることを忘れるなっ!」

「はっ!」


 それぞれが納得したわけではないだろうが、アルティナの訓辞を胸に刻み込むと、見習い騎士たちは一斉に敬礼をするのだった。

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