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第16話「竜の幻」

 突如現れた紫色の鱗を持った巨大な竜の姿に、騎士団は浮き足立っていた。そんな中、ヴェラルドは大声を張り上げて周辺の騎士たちの統制していく。


「落ち着けっ!」


 同様にアルティナの周辺もざわめいていたが、アルティナはドラゴンを見つめると冷静に呟いた。


「あの大きさにあの姿……地竜属のグランドドラゴンのようだな」


 竜種の中でも地竜属に属するグランドドラゴンは、三十セルジュ(メートル)ほどの巨大な体躯、竜種の中でもかなり堅い鱗を持ち、首が短いのが特徴の種族である。空を飛んだり、ブレスを吹いたりはしない。


 アルティナの近くにいた騎士は、慌てた様子で駆け寄り指示を仰ぐ。


「だ……団長、こんなのどうすれば!?」

「落ち着いて隊列を組み直すんだ! まったく……面倒なことになったものだな」


 アルティナは、そう指示を出しながら盾とドラグスを構え一歩前に出た。そこにヴェラルドが近付いてきた。


「ヴェラルド!」

「はっ!」


 ヴェラルドも緊急事態なので略式の敬礼で済ませて、アルティナの横について両手剣を構える。


「巨大な竜種との遭遇戦だ。貴様は、どうするべきだと思う?」

「一も二もない、撤退しましょう」


 敢闘精神を疑われそうなヴェラルドの答えに、アルティナは黙って頷いた。竜種と戦うのに専用装備もなく挑みかかるのは無謀であり、ここは一時撤退がベストな選択だった。問題なのは……


「俺が殿を務めます! 団長は撤退の指揮を!」


 ヴェラルドはそう言って一歩前に出るが、アルティナはドラグスをスーッと動かしヴェラルドを制止した。


「我が団に英雄願望など不要だと言っているだろ。貴様が撤退の指揮を執り立て直せ」

「では、団長は?」

「わたしか? わたしは調整したドラグスとアンクラスクードの確認だ」


 アルティナはそう言って、グランドドラゴンの幻に向かって歩き出した。



◇◇◆◇◇



 騎士団詰所 訓練所 ──


 アルティナが振り向くとヴェラルドに指揮された騎士団が、隊列を整えながら徐々に下がっていくのが見える。


「よしよし、しっかりやっているようだな」


 アルティナは満足そうに頷くと、グランドドラゴンに向かって叫ぶ。


「ルイージャ! いるんだろ、姿を見せろ」

「なんだい、アルティナ? これからいいところなのに」


 グランドドラゴンの影から、とぼけた顔で現れるルイージャに苛立ちながらアルティナは叫んだ。


「何がいいところだっ! 部下は退かせた。こんなデカブツ相手に、何の用意もなく戦ったら被害が出るだけだからな」

「えぇ~せっかく用意したのに」


 不満と驚きの声を上げるルイージャ。その様子にアルティナはため息をついてから、ドラグスをグランドドラゴンに向ける。


「だが、ドラグスとアンクラスクードの調子は確認しておきたい」

「まぁお前さんだけでいいか……よし、かかれっ!」


 ルイージャの命令に反応して、グランドドラゴンが雄叫びを上げた。


 グオォォォォォォォ!


 ゆっくりと片足を上げたドラゴンが、アルティナを踏み潰そうと一歩前に出る。アルティナは頭上に迫り来る影から、逃れるために横に走った。


「これ以上縮んだら敵わんからな!」


 ドラゴンの足が地面につくと大きな音と共に振動が走った。アルティナは盾を構えながら踏みとどまり、揺れが収まった瞬間、その足にドラグスを突きたてる。


 ガキィィィィィィ!


 しかし、強固な鱗に阻まれて横滑りするドラグス、アルティナは反射的に盾を前に出して身を守る。その瞬間ドラゴンに蹴り飛ばされて盛大に吹き飛ばされた。




「おい……ドラグスの調整が甘いんじゃないか?」


 むくりと立ち上がりながら恨み言をいうアルティナに、どこからかルイージャのからかうような声が聞こえてくる。


「くくく……それは言いがかりさね。お前さんの使い方が悪いんだよ」


 ルイージャの言葉にアルティナは、面白くなさそうな表情で舌打ちをすると再びドラグスを構えた。呼吸を整えゆっくりと白い息を吐く。息を止めて地面を蹴り一気に間合いを潰すと、その勢いで左手のドラグスをドラゴンの足に突きたてる。


 突き出されたドラグスは鱗を弾き飛ばし、大きく肉を抉り取った。その痛みからかドラゴンは雄叫びを上げる。


 グオォォォォォォォ!


 そして、負傷した足で自重を支えられなくなったのか、負傷した右足のほうから地面に倒れこんだ。再び土煙と共に衝撃がアルティナを襲い、吹き飛ばされてしまった。




「やれやれ、傷を一つ負わせるのも一苦労だな」


 身を起こして倒れているドラゴンを睨み付けると、すでに傷の再生が始まっていた。


「チィ、これだからドラゴンは嫌になるな」


 自身も同様の再生能力を持っているのに、そんな悪態をつきながら、アルティナは右手のアンクラスクードをドラゴンに向けアンカーを射出する。アルティナから射出されたアンカーは、ドラゴンの首にめり込んで鱗を弾き飛ばし肉に食い込む。


「うむ……」


 アルティナはアンクラスクードの感触に納得したように頷くと、盾の内側についているトリガーを引いた。


 ギュルルルルルッ!


 という音と共に、アルティナを引っ張りながらワイヤーが凄い勢いで巻き上げられていく。アルティナはそのままドラグスを腰に構えると、地を滑るようにドラゴンの首に突撃をした。激しい衝撃と共に肉が弾け飛び、ドラゴンが雄叫びを上げながら暴れまわっている。


 暴れながら飛んでくる攻撃をアルティナは盾で防ぎながら、ドラグスを突き入れる。


「やぁっ!」


 そんなことをしばらく続けていると、徐々にドラゴンの動きが鈍くなっていった。


「そろそろか? ……っと!?」


 ゴォァァァァァァ!


 最後の抵抗なのか、グランドドラゴンは雄叫びを上げながら、全身で圧し掛かるように襲い掛かってきた。あまりの巨体に、アルティナの視界はすべて影に覆われていた。


 パスッ! パスッ!


 このままでは潰されてしまうと思った瞬間、ふいに聞こえた音と共にグランドドラゴンの動きが止まり、そのまま地面に縫い付けられた。


 アルティナが周りを見てみると、いつの間にかドラゴンの後方にヴェラルド率いる騎士団が展開しており、移動式のバリスタをドラゴンに向けて撃ち込んでいる。


「団長を援護するんだっ! 撃て! 撃て!」


 移動式のバリスタは、支えが鍬のように落ちる仕掛けになっている。これはバリスタが動かなくするためで、射出した槍にはワイヤーが結ばれておりドラゴンに突き刺さった瞬間、ワイヤーを巻き上げて動きを止めることが出来るのだ。このタイプは大型なモンスターの捕獲用である。


「動きが止まったぞ、掛かれぇ!」


 ヴェラルドの号令のもと、騎士団は一斉に突撃を開始した。その様子を見ていたアルティナはため息を付きながら呟いた。


「……まぁいい、後はあいつらに任せるか」




 しばらくすると完全に動かなくなったドラゴンのまわりで、騎士たちが鬨の声を上げてはじめた。アルティナは彼らに近付いていく。


「お前たち、よくやった」

「あっ、団長! やりましたよ」


 アルティナが頷くと、その背中からパチンッと指を鳴らす音が聞こえてきた。その瞬間、倒れていたドラゴンは煙のように消えていった。


「さすがアルティナと、その騎士団だ。なかなかやるねぇ」

「ルイージャか、まったく無茶をしてくれたな」


 その後、アルティナに呼ばれ、ヴェラルドが駆け足で寄ってきた。


「怪我人は?」

「負傷者は二十名弱、すべて軽症です」


 大型の魔物相手に、この損耗なら十分な戦果だと言えた。アルティナは満足そうに頷くと、行軍の再開を命じた。


「そのまま目的地まで行軍を続けよ」

「はっ!」


 ヴェラルドの指揮のもと、隊列を整えた騎士団は行軍を開始し、しばらくして目的地まで到着した。整列した騎士たちの前にアルティナとルイージャが進み出た。


「想定外の出来事もあったが今回の訓練が無事に終ってなによりだ。大型竜種との戦闘の経験が出来たことはお前たちの自信にも繋がることだろう。だが……だからこそ、言っておかねばならないのだが……」

「あの幻獣は本来のドラゴンの強さに比べると、だいたい二十パーセントぐらいだねぇ」


 アルティナの言葉の続きをルイージャが付け加えた。騎士たちは驚いた様子でザワザワと騒がしくなる。アルティナも戦ってみて、アレは大きく硬いだけのハリボテだと感じていた。


「しかし、どのような大型魔物でも動きを止めて戦うという基本戦術は一緒だ。これからも訓練に励むように」

「は……はっ!」


 アルティナはそう言い残すと、その後の指揮をヴェラルドに任せて、ルイージャと共に詰所の方へ歩いていく。そんなアルティナにルイージャが尋ねる。


「ドラグスとアンクラスクードは、どうだったかね?」

「……まぁまぁだな」


 アルティナは短くそう呟いた。

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