第15話「エルフの暇つぶし」
降りつける吹雪の中、アルティナと彼女の騎士団は紫色の鱗を持った巨竜と対峙していた。
「だ……団長、こんなのどうすれば!?」
「落ち着いて隊列を組み直せ! まったく……面倒なことになったものだな」
事の始まりは数時間前に遡る。
ルイージャが滞在して二週間が経過していたが、アルティナの鎧ドラゴアルパトゥラを補強するための素材は、未だに集まっていなかった。
騎士団詰所 団長室 ──
執務机の席に座って仕事をしているアルティナは、ソファーに座って紅茶を飲みながら寛いでいるルイージャに向かって呟くように言った。
「なんでここにいる。屋敷で待っていればいいのに」
「別にいいだろ。お前の屋敷は居心地が悪いわけではないが、あんなに歓待されると逆に困る」
あの後、アルティナと一緒に彼女の屋敷に向かったルイージャは、屋敷の使用人たちに物凄く歓迎された。そして、まるで王族のような歓待を受けたのだった。
彼女がそれほどの歓待を受けるのにはわけがあった。アルティナが屋敷に客人を招くなどほとんどなく、あげくにアルティナ当人すら、何日も帰らず詰所にいる時間のほうが長いといった有様なのだ。
そんな中にアルティナの友人として、ルイージャが飛び込んできたのである。使用人たちのテンションは否応なしに高まり、錆付いてしまいそうな誇りやスキルに賭けて、あれやこれやと世話を焼いてしまったのだ。
そんな様子を思い出しながらルイージャがため息をつく。
「お前さん、ちゃんと家には帰りな」
「うるさいな、貴様はわたしの母様か」
そんな悪態をついていると、ドアがノックされる音が聞こえてきた。
「開いている、入れ」
アルティナがそう言うとドアが開くと、資料のような物を持った副団長のヴェラルドが入ってきて敬礼をする。
「ヴェラルドか、どうした?」
「はっ、頼まれていた資材調達の件で、ご相談が……」
「ふむ……?」
アルティナは頷きながら手を差し出す、ヴェラルドは持っていた資料をアルティナに手渡した。それを流すように読んだ後に納得したように頷く。
「なるほど……前回の警戒体制の影響で森に行けず、在庫が不足していたか」
「はい、申し訳ありません」
「別に貴様があやまることでもあるまい? 一応、商人ギルドに連絡して王都方面でも探して貰ってくれ。それでも無ければ、仕方がない春まで待つしかないな」
アルティナがそこまで言うと、ルイージャが背を伸ばしながら呟いた。
「これは春までかかりそうだねぇ。まぁエルフにとって一月や二月は昼寝と変わりはしないがね。しかし、そうなると退屈だな。何か暇つぶしでもないかね?」
「そんなに暇なら、街にでも出かけたらどうだ?」
アルティナの提案に、ルイージャはつまらなそうに首を横に振っている。アルティナは資料をヴェラルドに手渡しながら、今後の予定の確認をする。
「確か、午後からは訓練だったか?」
「はい、大型の魔物に対抗する機動展開の訓練ですね」
その言葉を聞いたルイージャは、まるでおもちゃを見つけた子供のように目を輝かせながら、ヴェラルドの横までくると彼の肩にポンッと手を置いた。
「大型の魔物だって? いいね、いいね、それなら私も手伝ってやろう」
「は……はぁ?」
ヴェラルドは突然の申し出に首を傾げる。アルティナは頭が痛いのか額を押さえていた。
◇◇◆◇◇
騎士団詰所 訓練所 ──
行軍訓練なども行えるように、詰所の訓練所は巨大なグラウンドになっている。見習い騎士のアレットを含む騎士たちが整列していた。数にして騎士団の四分の一である五百ほどである。
「団長、隊列が整いました!」
「よろしい」
アルティナが隊列を組んだ騎士たちの前まで歩み出ると、その後ろにルイージャがついていく。ルイージャの存在を知らない騎士たちも多く、ヒソヒソと話し始める。
「おい、エルフだぞ? どういうことだ」
「俺は見たことあるぞ、確か団長の友人だとか?」
そんな事を話していると、アルティナはドラグスの石突きを地面に打ち付ける。大きな音と共に振動が騎士団の足元を揺らした。
「貴様たち、今日は大型に対抗するための機動訓練だ。普段はデコイを使うが、今日はより実戦的な訓練のために幻獣を使うことになった」
幻獣という聞きなれない単語に、周囲がざわめき始めた。
「幻獣の攻撃は全て幻だ。死ぬことは無いはずだが、十分に注意せよ」
「まぁ死ぬほど痛いがね」
アルティナは、自分の言葉に余分なことを付け加えたルイージャを睨みつける。そしてルイージャを指差しながら紹介する。
「こいつが幻獣を用意してくれるルイージャだ」
「は~い、ルイージャ姉さんだ。よろしく頼むよ」
なんとも場違いな感じの陽気な挨拶をするルイージャ。アルティナは深いため息をつくと、ドラグスを天高く突き上げながら訓練の開始を宣言した。
「それでは訓練を始める。行軍隊列!」
「はっ!」
騎士たちが規則正しく隊列を組んでいく。
しばらくして隊列が組み終わる頃に、突然風が強くなり吹雪いてきた。そんな中を全体で移動を開始する。
先頭を往くヴェラルドは視界不良のため実戦さながらに、分隊規模(八名)の騎士たちを三組選出すると、斥候として先行させた。斥候たちは前方の三方向に向けて移動を開始した。
しばらくすると、大きな咆哮が響き渡り斥候の一つの前に大きな熊のような魔物が現れた。もちろんルイージャが見せている幻獣であるが、突然現れた魔物に斥候の騎士たちが若干浮き足立つ。
「うわぁぁぁ」
「馬鹿っ、隊列を……」
隊列が崩れたところに、大熊の太い腕を薙ぎ払うような一撃が炸裂して、斥候隊の三名を吹き飛ばした。吹き飛ばされた先では、突然魔法陣が現れ騎士たちはふわりと着地する。
不思議な光景に少し唖然とした分隊長だったが、すぐに気を取り直して大声を張り上げる。
「気をつけろ! 次が来るぞ!」
その声にハッと気を取り直した騎士たちは、一人を後続の本隊への伝令に出し、残りは一斉に盾を構える。大熊は威嚇するように吼えるが、騎士たちは整然と盾を並べながらじわじわと距離を取っていく。
大熊が一歩前に出ようとすると、騎士たちは盾を大熊の鼻面に突き出し大熊の動きを牽制していく。しばらく押しては退き、退いては押すと牽制を繰り返していた騎士たちだったが。その背中から、ヴェラルド率いる二個小隊(二百名)ほどの先鋒隊が近付いてきていた。
「第一小隊は正面から当たれぇ! 第二小隊は、六分隊ずつに分かれて左右から押さえ込めぇ!」
ヴェラルドの命令に、先鋒隊の騎士たちは素早く動いた第一小隊は、先に牽制していた斥候の騎士たちを横切る形で前に出る。大熊の強烈な一撃も数人がかりで受け止めて、手にした槍などで反撃に転じた。
左右に展開した分隊は、中央の小隊と戦っている大熊に向かって、鉤爪付きのロープを投げかける。グルグルに絡まったロープに大熊は吼えながら暴れるが、左右五十名ずつで引っ張るロープを解くことはできなかった。
そのまま後ろに倒すように引っ張ると、大熊は大きな音と土煙を巻き上げて倒れこんだ。そして押さえ込んでいる間に、残りの騎士たちが一斉に槍を突きたてる。
何十という槍が突き刺さり、大熊は悲鳴のような咆哮を上げて、爆発するように霧散してしまった。騎士たちが槍を高らかと掲げながら勝利の雄叫びを上げていると、アルティナの本隊一個中隊(三百)も到着した。
「なんだ、もう終わったのか?」
すでに戦闘が終わっていることに驚いたアルティナが尋ねると、騎士たちは自信たっぷりな様子で答えていく。
「ははは! 俺たちだって、ちゃんとやれるんですよ、団長!」
「今なら伝説の竜とだって戦える気がしますよっ!」
アルティナが部下の成長が嬉しかったのか、少し頬が緩みそうになったが、首を少し横に振ってから気を引き締めるように伝える。
「よくやった、だが気は抜くなよ」
「はいっ!」
軽く諌めるアルティナの言葉に、騎士たちは敬礼をもって返した。その時アルティナの後ろからルイージャの声が聞こえてくる。
「なんだい、君たちは竜と戦いたいのかい? それなら早く言ってくれないと」
「お……おい、やめ……」
ルイージャの言葉の意味を正しく理解したアルティナは、慌てて彼女を止めようとする。しかし、すでに遅くルイージャが掲げた杖から紫色の眩い光が放たれた。
その瞬間、吹き荒れる雪を掻き分けるように、紫色の鱗を持った巨大な竜が姿を現したのだった。




