第14話「古い友人」
騎士団詰所 訓練所 ──
クロエの友達宣言から、一週間ほどが経過していた。
訓練所では彼女の治療によって回復した騎士たちが、リハビリとして軽い訓練を再開していた。アルティナは、彼らに近付くと声をかける。
「もう大丈夫なのか? 順調に回復しているようだな」
「はっ! 団長、お疲れ様です」
気力が満ちているのか、いい笑顔で答える騎士たちもいたが、中には表情が暗い騎士が何人か混じっていた。それに気が付いたアルティナは、彼らの様子を心配しながら声をかける。
「お前たちは、大丈夫か?」
「あ……はい、団長……すみません」
暗い表情を浮かべる騎士たちに、アルティナはため息をついてから尋ねる。
「迷っているのか?」
「……!?」
その言葉に騎士たちはハッと驚いた表情を浮かべていた。しばらく沈黙が続いたが、ようやく騎士の一人が口を開いた。
「はい……我々が怪我をしたのも竜のせいですが、救ってくれたのも竜の力だと聞きました。竜とは何なのか? 我々は、このまま竜に向かって槍を向けてよいものか……と考えてしまって」
アルティナはクロエが関わることで、彼らがそういう悩みを持つことになると予想していた。あの奇跡のような力を目の当たりにすれば当然だと言える。それでも彼らの今後の生活のために、クロエに治療を頼んだのだ。そして、アルティナは疑問を感じてしまった彼らを、このまま不落砦の騎士団に残すつもりはなかった。
「わかった、無理に戦う必要はない。貴様らは、少し休むがいい」
「…………」
躊躇っていた騎士たちは、無言で項垂れるように頷いた。アルティナは他の騎士たちに向かって告げる。
「お前らも何か悩みがあれば、いつでもわたしを尋ねてこい。わかったな?」
「は……はいっ!」
彼らの返事を聞き終えると、アルティナは踵を返して訓練所を後にするのだった。
◇◇◆◇◇
騎士団詰所 団長室 ──
翌日アルティナが書類仕事をしていると、ドアがノックする音が聞こえてきた。アルティナはドアの方を一瞥してから手は止めずに声を掛ける。
「開いているぞ」
ドアが開くとアレットが入ってきた。姿勢を正して敬礼してから用件を伝える。
「団長にお客様がいらっしゃいましたが……」
「客だと? まさかクロエじゃあるまいな?」
またクロエが来たのかと思ったアルティナが、面倒そうな顔をして尋ねるとアレットは首を横に振った。
「いいえ、クロエさんじゃないです。団長の古い友人と言ってました。名前はすみません、ちょっと聞き慣れない言葉で、聞き取れませんでしたが背が高い女性でした」
古い友人かつ背が高い女性と言われたことで、アルティナはその人物に思いあたったようだった。
「あぁ、あいつか……わかった。問題ない、通してくれ」
「はっ!」
アレットは再び敬礼すると、部屋から出て行った。
しばらくして再びドアがノックされ、アレットとともに赤いフード付きローブを目深にかぶり、魔導士のような杖をついた背の高い女性が入ってきた。アルティナは両手を広げながら、嬉しそうに笑顔を浮かべて彼女に近付く。
「やはりお前か、ルイージャ! よく来たな、十年ぶりぐらいか?」
「やぁ、アルティナ。元気そうだね」
ルイージャと呼ばれた女性は、少し独特な響きをもつ言葉を発しながら、フードを取って顔を出した。その容姿にアレットは驚いた顔を浮かべている。歳の頃は二十台前半、薄い紫色の髪に美しい顔、そして長い耳を持っていた。この特徴と一致する種族はそれほ多くはない、不老長寿の種族高貴なる森人である。
「エ……エルフ!?」
「おやおや……坊や、エルフを見るのは初めてかな?」
ルイージャは逆に物珍しそうに若い騎士見習いを見つめる。エルフたちは時々冒険者になって飛び出すぐらいで、あまり産まれた森から出てこないことが有名であり、人族の中には一生の内一度も会わないことも多い種族だった。
「おい、ルイージャ! ウチの若いのをからかうな。それで今日は何をしに来たのだ?」
「あぁ、メンテナンスだよ。そろそろ頃合だろ?」
ルイージャはフフフッと笑いながら答える。アルティナは納得したように頷くと執務机の方へ歩いていき、飾ってあった盾と、竜殺しの槍ドラグスを持つと作戦卓のところに置いた。ルイージャはゆっくりとその机に近付き、槍と盾に向かって手をかざした。
槍と盾が淡い光に覆われ、いくつかの魔法陣が浮かび上がった。
「ふむ……アンクラスクードは、なかなか使い込んでるようだねぇ。でもドラグスはあんまり消耗してないようだ」
アンクラスクードというのはアルティナ専用の盾の正式名称である。異様に硬度の高い金属で出来ており、盾の下部が分離して射出できる。アンカーには竜の腱を編みこんだ細いロープが取り付けられており、それを巻き上げて戻るような仕組みになっている。
この防具は巨大な竜種と対抗するために、ルイージャによって作られたもので、そのメンテナンスが今回の訪問の目的だった。
「その盾は何かと便利だからな。重宝させて貰っている」
「ふむ、ドラゴアルパトゥラ(鎧)も見ておくか、さっさと脱ぎなさいな」
ルイージャに言われてアルティナは着ていた鎧を脱ぎはじめた。呆けていたアレットは、慌ててアルティナに近付くと鎧の金具を外すのを手伝いはじめた。脱いだ鎧を作戦卓の上に乗せていくと、アルティナのパワーでも壊れない設計の机が、その重量でギシギシと軋みはじめる。
「やっぱりドラゴアルパトゥラの消耗はひどいわね。どうせ傷が治るからって、無茶ばかりしてるのだろう?」
ルイージャが叱るように窘めると、アルティナはバツが悪そうに頬を掻いている。アレットは、そんなアルティナを物珍しそうに見つめながら尋ねる。
「団長ってルイージャさんには、頭が上がらないんですね?」
「ん? あぁ、年長者は敬わんとな」
「えっ、年長者っていくつなんですか?」
百を越えているアルティナより年長と言われて、アレットは驚いた顔を浮かべながらルイージャのほうを向く。そんな若い見習い騎士に、ルイージャは妖艶な笑みを浮かべながら尋ねる。
「フフフッ、いくつだと思う?」
アレットは慌てた様子で少し頬を染めたが、アルティナはつまらなそうな表情を浮かべながら呟いた。
「確か……七百五十六だ」
「おいおい、お前が答えてしまっては意味がないだろう?」
「な……七百!?」
驚いて口を開けているアレットに、アルティナが鼻で笑うように呟く。
「うむ、あんな見た目だが、立派な年増だぞ……キャンッ!」
その瞬間、ルイージャの杖がアルティナの脳天に炸裂した。
「誰が、年増だ。お前も普通の人族からみれば十分年増だろう?」
「フンッ、わたしは未だに一度も年増などと言われたことはないっ!」
胸を張って答えるアルティナだったが、ルイージャは哀れむように見下ろして呟く。
「あぁ、まぁ……その見た目ではな……」
「なんだ、その目は……まぁいい、それよりメンテナンスはどうなんだ?」
アルティナの問いにルイージャは、首を横に振って答える。
「そうだな……ドラグスとアンクラスクードは、ちょっと調整すれば大丈夫だろう。でもドラゴアルパトゥラは、だいぶガタが来ている。こいつは、いくつか部品を交換しないと駄目だね」
「そうか、何が必要なんだ?」
ルイージャは作戦卓の上に置いてあるペンを取ると、近くにあった紙にスラスラと必要な物を書いていく。そして、書き終えた紙をアルティナに差し出した。
「まぁこんなところかな」
「ふむ……まぁこれぐらいなら何とかなりそうだな。アレット!」
「はっ!」
敬礼をしたアレットに、アルティナは素材が書かれた紙を差し出すと彼に命じる。
「こいつをヴェラルドに見せて調達してもらってくれ。不足分は冒険者ギルドに回せと言えばわかるはずだ」
「はっ!」
アレットは紙を受け取ると、そのまま部屋を後にした。残ったアルティナはルイージャに向かって今後の予定に対して告げる。
「素材が揃うまでは少しかかると思う。しばらくはわたしの館に滞在してくれ」
「あぁ、わかったよ。それじゃしばらくお世話になるかね」
こうしてルイージャが、しばらく不落砦に滞在することが決まったのだった。




