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第13話「友人契約」

 騎士団詰所 正門付近 ──


 アルティナが、副団長のヴェラルド、団長室まで彼女を呼びにきたアレットと共に正門まで来ると、見習い騎士たちがクロエを囲んでいるのが見えてきた。


「貴様ら、何をしている!」


 見習い騎士たちは、アルティナの声に一斉に振り向き


「聖女さまだ!」

「聖女さまがいらっしゃったぞ!」


 などと口にしはじめた。その状況にアルティナは頭を左手で押さえると、首を軽く横に振る。そして、指をパチンと打ち鳴らしながらヴェラルドに向かって命じる。


「ヴェラルド! どうやら遅かったようだ。貴様が目を覚まさせてやれっ!」

「はっ!」


 ヴェラルドは敬礼して、どこかボーっとしている見習い騎士たちの背中を叩きながら、訓練所の方へ連れていく。アレットも戸惑いながらも一緒に付いて行こうとしたが、アルティナが呼び止める。


「アレット、貴様は残れ」

「えっ……はい!」


 見習い騎士たちを見送ったあと、クロエがアルティナに対して美しい所作でお辞儀をする。


「聖女様、お久しぶりですね」

「挨拶など不要だ! わたしのことを聖女などと呼ぶなと言っているだろ。それに部下たちを惑わすのもやめてもらおうかっ!」


 怒気の混じったアルティナの言葉に、クロエは朗らかに微笑むと軽く首を横に振る。


「惑わすなど……そんなことはしておりません。ただ竜の祝福を受けた聖女(あなた)様の素晴らしさについて、少しお話をしただけですよ」


 いくら押しても手応えが感じられないクロエにアルティナが顔を顰めていると、アレットが首を傾げながら尋ねてくる。


「あの……団長、こちらの方は?」

「あぁ、こいつの名はクロエ。ドラゴンどもを信仰するという馬鹿げた邪教から来た魔女だ」

「ド……ドラゴンを信仰!?」


 ドラゴンを信仰するという言葉にアレットは驚きの声を上げた。アレットたちバルソット人にとって、ドラゴンとは邪悪な敵であり、人々の安全を脅かす存在なのだ。


「邪教だなんて傷つきますわ、聖女様。先程も申しましたが、私は聖竜教会から参りました助祭のクロエです」


 聖竜教会 ── このバルソット王国では一般的な宗教ではないが、他国ではある一定数の教徒がいるそこそこ大きな宗教で、教祖はアルティナと同じく竜の呪いを受けた女性だ。彼女は他の四人とは違い竜を殺した際に血を浴びることで不老を得たわけではなく、偶然見かけた死に掛けていた竜を助けようとした結果、その竜が死ぬ際に彼女に不老を与えたと言われている。


「改めて、よろしくお願いしますね……若き騎士殿」


 クロエの微笑みと美しくも甘い声に、アレットはドキッとして少しだけ頬を赤くする。その瞬間、アルティナの裏拳がアレットの鳩尾付近にめり込んだ。くぐもった声声を上げ腹部を押さえながら、へたり込むアレット。


「気をしっかり持て! こいつの言葉は、人々を惑わせる毒のようなものだからな」

「あらあら、大丈夫ですか?」


 アルティナがクロエを警戒しているのは、彼女のとある才能が関係している。


 彼女は行く先々で聖竜教会の教えを説く、いわゆる宣教師としても活動しているのだが、その美しい容姿と可愛らしくも甘い声、そして巧みな話術で異性のみならず同姓すら虜にしてしまい、従順な教徒にしてしまうのだ。しかも本人には、その自覚はないようだった。


 彼女が以前この詰所に現れた際も、数人の騎士たちが彼女の言葉にやられ「竜とは平和的な対話を!」などと戯言を言いはじめ、正気に戻すのに苦労した経験も警戒する理由の一つである。


 アルティナは、クロエを睨みながら用件を尋ねる。


「クロエよ、貴様何しに来たのだ?」

「もちろんお迎えにあがったのですよ、聖女様。竜と敵対するなどと恐ろしいことはやめて、私と一緒に神子様の元へ参りましょう。貴女様も竜の祝福を受けた身、聖女として列聖される資格がありますもの」

「またその話か、以前断っただろ!? 二度と来るなっ!」


 アルティナはそう言い放つと、踵を返して団長室のある建物の方へ歩きだしてしまう。その背中にクロエの甘い声が聞こえてくる。


「あらあら……そう言えば、聞きましたよ? 数日前にも竜の眷族と戦ったそうですね。たくさん負傷者が出たのでは?」


 その言葉にアルティナは足を止め、再び踵を返すとクロエに詰め寄った。


「なるほど、貴様。わたしに恩を売りに来たのだな? いいだろう、買ってやるっ!」

「恩を売るなどと、そんなつもりは……私は聖女様のお力になりたいだけですよ」


 アルティナは微妙な顔で歯軋りしながら、クロエに対して親指で付いてくるように示し、黙って建物の方へ歩き出してしまった。その後をクロエと、何とか立ち上がることができたアレットが付いていく。



◇◇◆◇◇



 騎士団詰所 病室 ──


 大きな部屋にベッドがいくつも並んでおり、数十人の患者が眠っていた。その間を看護をする女性が何名か動き回っている。この病室には先のワイバーン戦で重傷を負った二十八名が収容されており、四肢の一部を失うなど騎士としての復帰は絶望的な者たちだった。


 その惨状を見回しながら、クロエは悲しそうな顔で呟く。


「あらあら、これはヒドイですね。ですから竜と争うなどという愚かなことは、やめたほうがよいのです」

「能書きはいい……できるのか?」


 アルティナの言葉にクロエはふわりと微笑むと、一番手前の患者のもとに近付く。この騎士は右足を失っており、アルティナに悔しそうな顔を向けると震えた声で呟いた。


「団長、すみません……これ以上、貴女に仕えることが出来そうもありません」


 アルティナは黙って首を横に振る。その重々しい空気には不釣合いな可愛らしい声を掛ける。


「大丈夫ですよ~心を落ち着かせてくださいね。竜の御力が貴方を救ってくれます」


 クロエが微かに光った手でその騎士の顔に触れると、スーっと穏やかな顔で眠るように大人しくなった。クロエはアレットに彼を押さえておくように頼む。その依頼にアレットは首を傾げたが、アルティナに


「言われた通りにしてやれ」


 と命じられて、騎士の身体に乗るように押さえ込む。それを確認したクロエは、騎士の包帯を解いて失った右足を露出させた。そして、その痛々しい傷跡に手で触れると、短く息を吸い込み吐くように何かを唱えた。


 何かと表現したのはアルティナとクロエを除く通常の人族には、その言葉を聞き取ることが出来なかったからである。


 しばらくすると、負傷した騎士の身体が淡く輝きはじめた。同時に目を覚ました騎士がベッドの上で暴れ始める。


「うぉぁぁぁあぁぁぁぁ! 熱いっ! 熱いぃ!」


 急に暴れ始めた騎士を何とか押さえ込んでいるアレットも、その騎士の身体が燃えるように熱くなっていることに戸惑いを感じていた。




 しばらくして淡い光も消え騎士の身体の熱も収まると、アレットは彼の身体から離れる。その時、視線の端に映ったものに驚きの表情を浮かべる。


「あ、足が!?」


 騎士の失ったはずの右足が生えていたのである。冒険者が使うような回復魔法では、ここまでの効果はない。騎士は朦朧とした瞳で、その足を見ると涙を流し震えた声で感謝の言葉を呟いた。


「あ……ありがとうございます……貴女は神の使いですか?」

「いいえ、私は違いますよ。感謝するのであれば……私に頼んだ、こちらの聖女様に感謝するといいと思います。これから動かせるようになるまで大変かと思いますが、貴方に竜の加護があらんことを……」


 騎士は指差されたアルティナを見つめると、微笑みながら静かに眠るように気を失うのだった。


「クロエ、部下に余計なことは吹き込むなっ!」

「あら、私は真実を伝えただけですよ」


その後、クロエは次々と重傷人を治療していき、一時間ほどで全ての患者を回復させてしまった。



◇◇◆◇◇



 騎士団詰所 団長室 ──


 治療が終わったあと、アレットは同期の騎士たちの状況が気になるからと別れ、アルティナはクロエを連れて団長室に戻ってきていた。ソファーに腰を掛けるクロエの前に、アルティナ特製の異様に濃いコーヒーを置く。


「まぁ、ありがとうございます、聖女様」


 そのコーヒーを顔色一つ変えずに飲むクロエ。それを横目にアルティナは、角砂糖とミルクを沢山入れている。クロエは、そんなアルティナを見つめながら尋ねた。


「ふふふ、どうでしたか? 竜の加護は素晴らしいでしょう?」

「……部下を助けてくれたことは感謝する」


 アルティナは面白くなさそうに、そう呟いた。


 聖竜教会の聖職者が使用する竜の加護と呼ばれる力は、竜種の中でも上位種しか扱えない竜語による魔法を、人族にも扱えるように簡略化したものである。そのような秘術をどうやって会得したかは、教会内でも上位の者しかしらない秘密であった。この奇跡に近い能力が聖竜信仰を増加させる一因となっている。


「それで何が望みなのだ? 金貨で良ければ三百枚までなら出そう」


 あまりクロエと長話をする気になれなかったアルティナは、ストレートに治療に対する対価の交渉に入った。金貨三百というのはかなりの金額ではあるが、四肢の復元という奇跡のような治療に対してはやや安いと言えた。しかし、少ない騎士団の資金から考えると結構な負担である。


「私としては金貨などより、聖女様にパラス・ニケ大聖堂まで来ていただける方が嬉しいのですが」

「却下だ、わたしはこの不落砦(インビンシブル)から、離れるつもりはない!」


 断固として拒否するアルティナに、クロエは困ったような表情を浮かべるが、何かを思い浮かべたように微笑むと要求を口にした。


「わかりました。では、私と友達になりましょう」

「と……友達だと!?」


 急にそんなことを言い出したクロエの真意がわからず、アルティナは腕を組んで考え込む。アルティナがしばらく悩んでいると、クロエがフワッと微笑み。


「私たちの間には、悲しい誤解があると思うのです。それもすぐに解けないような……ですから、友人から始めましょう! ただそれだけのことですよ」


 クロエはそう言いながら、アルティナに握手を求めて右手を差し出した。アルティナはその手を渋々握ると


「まぁいいだろう。友人でも何でもなってやる。貴様がどのように唆そうと、わたしの鋼の意志は変わらないからなっ」


 と自信満々に答えた。クロエは、そのアルティナの小さな手を握り締めながら首を振る。


「ダメダメ、アルティナちゃん」

「ちゃ……ちゃん!?」


 アルティナは呼びなれない呼称に、思わず上擦った声を上げてしまう。そんなアルティナをクロエは特に気にした様子はなく、首を傾げながらウィンクをする。


「友達には相応しい呼び方があります。私のこともクロエちゃん! と呼んでくださいね?」


 アルティナは大きく口を開けて固まっており、さっそく約束したことを後悔しはじめるのだった。

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