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第12話「気持ち悪いだろ?」

 北の城砦 城壁上 北側 ──


 二匹目のワイバーンを倒したアルティナは、ワイバーンの亡骸から降りると崩れ落ちるように膝をついた。その様子にアレットとヴェラルドが慌てて駆け寄る。


「大丈夫ですか、団長!?」


 アレットの言葉に、アルティナは苦笑いを浮かべながら首を振って答える。


「大丈夫なわけがあるか、あの高さから落ちたんだぞ? あちらこちらの骨が折れているし、内臓(なか)だってかなりやられている」


 アルティナは笑っているが、下の建物がクッションになったとは言え、常人であれば即死している高さであり、彼女の状態は控えめに言っても満身創痍だった。全身鎧に囲まれているため目立った外傷は少ないが、額は割れ血が溢れるように流れ、白銀の鎧も血で赤く染まっていた。


「頑丈な身体に産んでくれた両親と、先祖(ドワーフ)の血に感謝だな……それよりヴェラルド!」

「はっ!」


 急に話を振られたヴェラルドは、緊張した面持ちで敬礼をしてアルティナの言葉を待つ。


「誰がオーガか、貴様っ!」

「トロルの方がよかったですかね?」


 おどけて見せるヴェラルドに、怒る気力もないのかアルティナは鼻で笑った。


「貴様という奴は……もういい、貴様は隊を指揮して警戒を継続しろ! わたしは少し休ませて貰う」

「はっ! 後はお任せください!」


 そう言ってヴェラルドは、周辺にいた騎士たちをまとめるため声を張り上げはじめた。アルティナは這うように壁まで行くと、そこに背をもたれさせて一息つく。アレットは心配そうな表情を浮かべながら、腰のカバンから止血用の布などを取り出して、アルティナの応急処置をしようとする。


「不要……ふにゃ! むにゃ、にゃ……」


 アルティナが治療を拒否しようとする前にアレットは、血がついているアルティナの顔を布でグイグイと拭き始めた。


「えぇぃ! 不要だと言っているだろっ!」


 アルティナに振り払われて、布を引っ込めるとアレットは驚いた顔を浮かべた。先程まで血が吹き出ていたアルティナの傷が無くなっていた(・・・・・・・)のだ。それはまるで怪我などして無かったように無くなっていた(・・・・・・・)のである。


「だ……団長、傷が!?」


 異質な物を見たアレットは少し上ずった声を上げた。そんな彼にアルティナは悲しそうな表情を浮かべながら首を傾げる。


「気持ち悪いだろ? ヴェラルドの言ってたように、まるでオーガのようだ」


 オーガとは、巨大な体躯と驚異的な自己回復能力を持つ人型の魔物である。アルティナの再生能力は同等か、それに以上のものだった。ドラゴンを信仰する一派からは『竜の祝福』だと言われたりするが、これもアルティナが百年前のドラゴンから受けた呪いの一種だ。


「もうわかっただろ? わたしは大丈夫だ。お前も下がれ」


 奇異の目で見られることを嫌がり追い払おうとするアルティナに、アレットは首を振りながら彼女の頭や鎧に付いた血を拭いていく。


「いいえ、せめて血を拭かせてください!」

「うぷっ……いいと言っている……だろ!」


 アルティナは抵抗しようとしたが、アレットがあまりに一生懸命拭いてくれているのと、失った血は戻らず身体に力が入らなかったため、しばらく大人しくしていることにした。




 しばらくして拭き終わると、アルティナはある程度回復したのかドラグスを突いて立ち上がる。そして、少し恥かしそうな表情を浮かべると


「ご苦労、貴様も原隊に戻れ」


 と労いの言葉を伝えた。



◇◇◆◇◇



 ワイバーンの襲撃から五日が経過していた。


 結局ワイバーンは撃破した二匹しか現れず、それ以降も敵襲はなかったため、不落砦(インビンシブル)の警戒は解かれ通常の警備体制に戻っていた。ワイバーン襲撃の死者数は十三名、四肢の一部を失うなど現在も復帰出来ていない重傷者は二十八名、アルティナも二日ほど休んだが、現在は通常通り職務に戻っている。




 騎士団詰所 団長室 ──


 アルティナ団長とヴェラルド副団長は、作戦卓の上に広げられている不落砦(インビンシブル)の地図を睨みながら難しい顔をしていた。地図にはワイバーンと戦闘を繰り広げた北東方面周辺に、いくつか赤いバツ印がつけられている。


「バリスタ三台と外壁の破損と、市街地の一部破壊か……どうしたものかな?」

「現在、比較的安全な南側からバリスタを二台の移動と、外壁の補強を進めています」


 不落砦(インビンシブル)の南側は王都方面であり、兵数も兵器も飾りのように最低限しか配備されていない。どうせ飾りならば無くてもよいという判断で、失った北東方面の防衛の補強に当てることにしたのだ。これはヴェラルドの独断であったがアルティナも同意見だったため、特に問題になることはなかった。


「しかし、今回は対空防御の弱さが浮き彫りになりましたなぁ」

「あぁ前々から言っているが、やはり魔導士が欲しいな」

「魔導士ですか……」


 アルティナの呟きに、ヴェラルドは難しい顔をしている。


 魔導士とは魔法の素養のある者が、同じく魔導士に学ぶことで就くことができる職業で二通りのタイプが存在する。一つはその深淵を追求する学術系で、魔導大学などで呪文の研究などを行って学者肌の者たち、もう一つは冒険者等になり魔法を実践的に使用する者たちだ。アルティナが欲しがっているのは無論後者になる。


「確かに爆裂系魔法の威力や、治癒系魔法は魅力的ですが……」


 ヴェラルドの声色が優れないのは、己の剣と誇りにかけて戦うことを信条とする騎士団が、魔導士の力を借りるのは伝統的に禁忌としているためである。実力主義であるアルティナやヴェラルドには、そんなこだわりはないが騎士団の一部から反発があるのも予想された。


「伝統などくだらないが士気に影響が出るのは困るか……まったく面倒なことだな」


 ヴェラルドの心配を悟ったアルティナがそう呟くと同時に、ドアをノックする音が聞こえた。


 コンコンコン!


「いいぞ、入れ!」


 アルティナの返事でドアが開き、見習い騎士のアレットが入ってきた。


「アレットか、どうした?」

「はっ、それが詰所の正門に『聖女様』に会わせろと言っている聖職者の方が来てまして……」


 アレットの言葉に思いあたる節があるのか、アルティナの眉が少し吊り上げる。ヴェラルドは笑うのを我慢するように口を押さえている。


「また来たのか……」


 アルティナはそう呟くと窓の方まで歩いて行き、段に乗って外を見る。正門の辺りでは見習い騎士に対して白い衣装を着た女性が話しているのが見える。


 アルティナは思いっきりため息をつくと、アレットに向かって


「わかった。アレは貴様らでどうにかできる女ではない、わたしが行こう」


 と諦めた表情を浮かべながら告げると盾を持ち、ヴェラルドとアレットを連れて部屋から出て行った。



◇◇◆◇◇



 騎士団詰所 正門付近 ──


 時間は少しだけ遡る。


 厳戒態勢が解かれたため、通常の訓練に戻された見習い騎士たちは、今日も訓練として走りこんでいた。ワイバーン戦では彼らなりに頑張ってはいたが、まったく動くことが出来ず自らの未熟さを痛感していたため、訓練にも力が入っている。そんな騎士の一人がアレットに尋ねる。


「しかし、城壁から落ちて無事ってどれだけ頑丈なんだ!? 不死身なのか団長は?」

「いや、再生能力が異様に高いというだけで、不死身というわけではないらしい。団長の話では同じように竜の呪いを受けた人たちは、ほとんど亡くなっているって聞いたよ」


 アルティナのように竜の血で、不老になった者たちは歴史上で五名いる。アルティナを除く四名はただの人族であり、彼らは老化しないだけで強靭な力があるわけでも、頑丈な身体があるわけではなかった。それでも全員英雄として讃えられたが、二人は永遠に続く人生に絶望して自殺、一人は戦死、もう一人は他国で宗教を興したと聞いている。


「でも、どうして呪いなんて言うんだろうな? 凄いと思うぜ、不老不死! 俺は憧れるぜ!」

「貴方、とても良いことを仰いますね」


 憧れると言った見習い騎士に答えたのは、同じ騎士たちではなかった。突然聞こえた女性の声に見習い騎士たちは正門の方を見る。そこには美しい金髪に聖職者の白い服を着た女性が立っていた。


「えっと……貴女は? 騎士団の詰所に何かご用ですか?」


 アレットが尋ねると、女性は一度お辞儀をしてから名を名乗った。


「はじめまして、私は聖竜教会から来ました助祭でクロエと申します。こちらにいらっしゃいます聖女様にお会いしたいのですが、ご案内いただけますか?」


 聞き慣れない聖女という言葉に、アレットは首を傾げる。


「すみませんが……こちらには、そのような方はいらっしゃらないかと……」

「あぁ、失礼しました。確か、あなた方は……団長、そう確か団長と呼んでらっしゃいましたね?」


 アルティナのことを聖女と呼ぶ女性を怪訝に思ったが、勝手に追い返すこともできないので、アレットはアルティナに取り次ぐことにした。


「わかりました。では、しばらくこちらでお待ちください。団長に聞いてまいります」


 アレットはそう言い残すと、クロエを残してアルティナのところへ向かうのだった。

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