第11話「英雄の姿」
北の城砦 城壁上 東側 ──
城壁の上に撃ち落し飛べなくしたとは言え、竜種であるワイバーンの脅威は依然変わらなかった。唸り声を上げ、強靭な顎を打ち鳴らしながら長い首をくねらせ、包囲しようとしている騎士たちを威嚇している。
「大盾前に出ろ! 隊列組むぞ、気合を入れろぉ!」
「おぉぉぉぉ!」
ヴェラルドの号令に合わせて、両手で保持しなくてはいけないほどの大盾を持った騎士十名ほどが壁になり、その後にヴェラルドを含む両手武器を持った騎士たちが続き、さらに後ろに槍と盾を持った騎士たちが控える隊列を組むと、ワイバーンとの間合いをじわじわと詰めていく。
騎士たちが近付くと、ワイバーンは長い首を振り回して薙ぎ払うように襲い掛かってきた。
その硬い頭と首は大盾も当たり激しい衝撃と共に鈍い音が鳴り響き渡った。先頭の大盾の集団のうち三名が吹き飛ばされたが、その他は踏ん張りワイバーンの攻撃を受け止めた。
そして止まった首に対して、入れ替わるように前に出てきたヴェラルドたちが、次々と両手武器を振り下ろしていく。砕け散るような音を立てながら、武器がめり込み弾け飛ぶ青みのかかった鱗、そこから鮮血が噴き出すとワイバーンは悲鳴のような雄叫びを上げる。
しかし、深手を負ったワイバーンは最後の力を振り絞って、その場で首や翼を使って暴れはじめた。その攻撃に吹き飛ばされながらも、後続の騎士たちが槍を次々と突き刺していく。
しばらくしてワイバーンが動かなくなると、ようやく一息ついたようでヴェラルドは周りの騎士たちに対して被害状況報告を求めた。元々の指揮官である東の城壁を担当していた小隊長は、敬礼をすると報告をはじめる。
「死者四名、腕や足を折るなど重傷者八名、軽傷は多数ですが戦闘継続可能な軽微なものがほとんどです」
ワイバーン討伐の代償としては少ない数だったが、それでもヴェラルドは目を瞑り少し震えていた。そして、小さく頷くと小隊長にこの場を任せることにする。
「……わかった。お前は、このまま部隊を立て直して警戒任務を継続しろ」
「はっ! 副団長はどうなされるので?」
「俺は団長の様子を見に行く」
ヴェラルドは、そう言い残すと北の城壁に向かって歩きはじめた。
◇◇◆◇◇
北の城砦 城壁上 北側 ──
時間は少し遡る。
北東から侵入したワイバーンのうち一匹は、北に面した城壁上の騎士たちに襲い掛かっていた。しかし、混乱していた東の騎士たちと違い、練度の高い北の騎士たちは小隊規模で統制が取れており組織的な迎撃で対抗していた。
「弓隊構え、放てぇ!」
そのためワイバーンも迂闊に近寄ることが出来ずに上空を旋回しつつ、一撃離脱の攻撃を繰り返していた。そのため人的被害はまだ出ていないが、本能的にバリスタの脅威を感じ取っているのか、すでに二台のバリスタが破壊されている。
「あのトカゲ野郎、バリスタを狙ってるぞ!」
「とにかく近寄らせるな!」
交戦中の騎士たちとワイバーンの戦いから少し離れたところにいたアルティナは、目の前で組まれた騎士たちの隊列を見つめながら渋い顔をして呟いた。
「通路が狭すぎて、ワイバーンに近寄れんな……と言うより、状況がまったく見えないぞ」
何とか背伸びをして人垣の先を見ようとするが、その程度で何とかなる程度の身長差ではなかったので、仕方なく隣のアレットに向かって命じる。
「アレット、お前が状況報告をしろ!」
アレットは敬礼をしてから、城壁の縁から身を乗り出すように前方を確認する。
「現在、三個小隊ほどが交戦中です。奮戦中のようですが、バリスタが何台か破壊されています」
「な……なんだと!? 少ない予算でやりくりをしている、我らの苦労を何だと思っているのだ!」
高額なバリスタを破壊されたことに怒りを覚えたアルティナは、前方の騎士たちに道を開けさせるとアレットを連れて側防塔まで進み出た。
側防塔まで来たアルティナは、バリスタで何とかワイバーンを狙おうとしていた騎士に向かって尋ねる。
「ここから狙えないのか?」
「はっ、あの位置では射角が取れません」
側防塔に設置されているバリスタは地面に固定されているため、ある一定以上の角度までしか射撃ができなかったのだ。
アルティナは頷くとドラグスを地面に突き刺し、アレットに向かって手を差し伸べる。
「アレット、貴様の槍を貸せ!」
アレットは首を傾げながらも団長命令に従い、持っていた槍をアルティナに手渡す。槍を受け取ったアルティナが、槍を回転させ腰を落として槍投げのような構えを取ると、アレット以外の周りの騎士たちは、慌てた様子で盾を構えながら一斉に身を屈めはじめた。
そして、騎士の一人がボーっと立っていたアレットに向かって叫ぶ。
「おい、そこの見習い! しゃがめっ!」
「えっ?」
次の瞬間、アルティナが一歩踏み出して槍をワイバーンに向かって投擲した。その驚異的な膂力で放たれた槍は轟音と共に空気を裂き、その衝撃で横に立っていたアレットは、吹き飛ばされバリスタに衝突した。
「いてて、な……なんだ!?」
アレットは何が起こったのかわからず、軽く首を横に振っている。
投擲された槍は恐ろしい速度でワイバーンの頭部を掠め、バランスを崩したワイバーンはそのまま城壁に衝突して墜落していった。その様子を見た騎士たちは大歓声をあげる。
「おぉぉぉ! さすが団長!」
騎士たちの大歓声の中、アルティナはドラグスを引き抜くと天高く掲げる。
「まだいるかもしれないぞ、警戒を怠るな」
「はっ!」
その瞬間である。
言動からわかるように完全に油断をしていたわけではない。しかし結果として、その隙を突かれたことに変わりはなかった。城壁の影から先程撃墜したワイバーンが飛び出してきたのだ。
グァァァァァァァ!
雄叫びを上げながら、アルティナの横にあるバリスタに鋭い鉤爪を突き立てるワイバーン。アルティナが振り返ると、バリスタの横にはアレットが立っていた。
次の瞬間、物凄い力で破壊されたバリスタは、破片となって何人かの騎士と共に三十セルジュ(メートル)下の市街へ落下していった。
◇◇◆◇◇
北の城砦 城壁上 北側 ──
アレットは尻餅をついて先程まで自分が立っていた場所で、唸り声を上げているワイバーンを呆然と見上げていた。
「うわぁぁぁぁ!?」
「お、おい!? 団長が巻き込まれて落ちたぞ!!」
その騎士たちの言葉でアレットは先程起きた出来事を思い出した。破壊されて飛んできたバリスタの破片と同時に、アルティナによって突き飛ばされたことを……。
「と……とにかく、もう一度飛ばれる前にコイツを倒すんだ!」
団長を失ったことにより激しく動揺した騎士たちだったが、ワイバーンも目の焦点があっておらず混乱している様子だった。
騎士たちは、すぐに隊列を組み直し戦闘を開始した。この辺りの切り替えの早さが、アルティナの教育が行き届いている証拠でもあったが、さすがにいつも通りの精細な動きとは言えず、次々と弾き飛ばされていってしまう。
やはり精神的支柱であったアルティナを失った動揺が色濃く出ていた。
そんな中、呆然としていたアレットの元に副団長のヴェラルドが到着すると、アレットの肩を揺すりながら尋ねる。
「おい、アレット! 大丈夫か、何があった!?」
「だ……団長が……俺を庇って……」
アレットがヴェラルドに、アルティナが自分を庇って市街に落ちてしまったことを告げると、ヴェラルドは一瞬驚いた表情を浮かべたが、すぐに豪快に笑い出した。
「がっはははは! 大丈夫だ、アレット! あの団長だぞ? その程度で死ぬわけがない。最初に言っただろ? アレは幼女の姿をしたオーガだってなっ!」
「な……何を言っているんですか!? 城壁から落ちて生きてるわけが……」
アレットが信じられないと言った顔で反論した瞬間、彼の耳には風を引き裂いて何かが飛んでくるような音が聞こえてきていた。
スカンッ!
という軽快な音と共に、城壁の下から飛んできたV字状の何かがワイバーンの頭を跳ね上げると、そこから伸びているロープのようなものがクルクルとワイバーンの首に巻きついた。
グァアァァァァァァ!
首を絞められて悲鳴のような雄叫びを上げるワイバーン。そして、何かを巻き上げるような音と共に白と赤の塊が現れた。
「誰がぁぁぁぁオーガかぁぁぁぁ!」
雄叫びと共に現れたのは、頭から血を流しているアルティナだった。
先程のV字状のパーツはアルティナの盾から伸びており、どうやら盾の一部のようだった。どのような仕掛けになっているのかわからないが、ロープ状の何かを巻き上げながら城壁を登ってきたアルティナは、その勢いのままドラグスをワイバーンの首に突き刺す。
その結果、弾け飛ぶように首と胴体が分断され、ワイバーンは鮮血を撒き散らしながら悲鳴を上げることもなく大きな音を立てて倒れ込む、その骸を踏みつけながらドラグスを天に突き上げるアルティナの姿は、まさに伝承にある英雄の姿そのものだった。




