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第10話「痛みの記憶」

 北の城砦 城壁上 北側 ──


 今回発見された竜種に対するため、北の城壁上では一個中隊(三百名)から二個中隊(六百名)での警戒態勢に入っている。その為、見習い騎士たちも研修として城壁防衛の任務に就いていた。


 アルティナも二日に一度は北の城壁に巡回に来ていたため、騎士たちもいつも以上に緊張感を持って任務に当たっていたが、それが一月も経過すると徐々に緊張も緩みはじめてきてしまうものである。


「一月経ったが一向に姿を見せないな。本当に飛竜だったのか? 冒険者どもの見間違いだったんじゃ?」

「そうかもしれないな……この寒い中、あと数ヶ月も厳重警戒をしなくてはならないとは嫌になるぜ」

「まったくだ。来るなら来るで、さっさと来て欲しいものだな」


 いつ来るかわからない苛立ちに、愚痴を口にしていた騎士たちだったが、近くを通りかかったアルティナから怒声を浴びせかけられる結果になった。


「貴様ら、警戒は怠るな! あいつらの速度ならあっと言う間に接近されるぞ! ただでさえ雪で視界が悪いのだからなっ!」

「はっ……はい!」


 防寒装備のためもっさりとした動きだが姿勢を正して敬礼をする騎士たちに、小言のような注意をしたあと、アルティナは彼らと別れて巡回を続けた。




 しばらく歩いていると、バリスタの整備をしているアレットの姿を発見したので声をかけた。


「アレット、貴様も監視任務か?」

「はいっ! 団長は巡回中ですか? お疲れ様です」


 アレットの問いに頷くアルティナ。そのアルティナの姿を見てアレットは首を傾げながら尋ねた。


「団長、そんな格好で大丈夫なんですか?」


 アルティナは毛皮を羽織っているが、いつもの鎧と盾を装備しており、さらに普段は持ち歩かない竜殺しの槍ドラグスを持っていた。金属鎧は熱を奪うため寒冷地では使用しないのが常識であり、アレットはその点が気になったのだ。


「あぁ、わたしにも理屈はわからないが、この鎧は熱を通さないんだ。お陰でドラゴンが吐く炎のブレスにも耐えられるぞ」


 胸を張って答えたアルティナに、アレットはただ驚くことしかできなかった。彼女が身に付けている装備は、何かと規格外すぎるのである。




 その後、しばらくアルティナとアレットが話していると、東の方で騎士たちがざわめき始めていた。


「なんか騒がしいですね、どうしたんでしょう?」

「そうだな……ん? この音は……」


 アルティナの耳がピクッと動いた瞬間、彼女が石突きで地面を叩いた。爆音と共に城壁全体が揺れるような振動が駆け巡る。


「状況報告っ!」


 この小さい身体のどこから声が出ているのかという大声でアルティナが叫ぶと、騎士たちが一斉にそちらを向く。慌てた様子の騎士がアルティナの元に駆け寄ると、敬礼をしてから報告を開始した。


「ほ……北東の空から影が二つほど接近中です!」


 その報告にアルティナは北東を睨み目を凝らすが、雪のためか薄っすらと影が見えるだけだった。アルティナはドラグスを突きあげると、一度息を吸い込みよく通る声で命じた。


「総員、戦闘配備! 飛行型の魔物が接近中、おそらく報告にあった飛竜属、種族は不明! 確認できた数は二つ、それ以上いると思え! 警鐘鳴らせぇ!」

「はっ!」


 アルティナの命令に応じ打ち鳴らされる鐘の音と共に、城壁上の騎士たちは一斉に交戦準備に取りかかった。



◇◇◆◇◇



 北の城砦 城壁上 東側 ──


 魔の森と面している北側に比べると、東側は兵数も少なくやや手薄だったため、市街の巡回中にアルティナの号令を聞いた副団長のヴェラルドは、指揮を取るために一気に階段を駆け上がった。


「お……おい、どうするんだ?」

「ど……どうするって、迎撃するしかないだろう?」


 東西の防壁は比較的練度の低い騎士たちが配置されるとは言え、若干混乱状態の騎士たちにヴェラルドは目を覆いたい気分だった。しかし気を取り直して一度息を吸い込むと、大声で指示を出していく。


「貴様ら、オタオタするんじゃねぇ!」

「ふ……副団長!?」


 アルティナほどではないが、ヴェラルドも指揮官向けのよく通る声を持っており、慌てていた騎士たちは一斉にヴェラルドの方を向く。


「まずはバリスタの準備だ、急げっ! 残りは弓を用意しろっ! バリスタは翼、弓は目を狙うんだ!」

「はっ……はい!」


 ヴェラルドの指揮のもと、混乱していた騎士たちは何とか統制が取れた動きになり、訓練通りにバリスタの準備と対空迎撃の隊列を整えはじめた。




 バリスタの準備が整ったタイミングで、一人の騎士が恐怖に震えながら叫ぶ。


「き……来たぞぉぉ!」


 飛来した竜種は、全長十二セルジュ(メートル)ぐらいの強大な体躯に、青みのかかった黒い鱗と前脚の代わりに翼を持っていた。


「ワイバーンだ! 引き付けろ!」


 二匹いたワイバーンのうち、一匹は旋回をはじめ北側に進路を変えた。そして、もう一匹は東側(こちら)に向かって突っ込んできている。巨大な魔物が襲い掛かってくる恐怖は、慣れている騎士たちにも恐ろしいものだった。


「うわぁぁぁぁ、撃て撃てぇ!」

「バッ……まだ早いっ!」


 まだ引き付けが十分でないため、ヴェラルドが止めようとしたが時すでに遅く、バリスタの槍はワイバーンに向けて放たれた。しかし、ワイバーンには届かずに弧を描いて落下していく。それでも飛んできた槍を警戒したのか、小さく旋回したワイバーンは、改めてバリスタに襲い掛かる軌道を取る。


「弓を放てぇ!」


 ヴェラルドの号令で一斉に放たれた矢は、バリスタを襲おうとしたワイバーンの顔面に集中し、その中の一本がワイバーンの左目を貫いた。



 グァァァァァァァ!



 痛みによる雄叫びを上げ、攻撃をやめて身を捩りながら上昇していくワイバーン。


「弓構え! バリスタの再装填も急げぇ!」


 ヴェラルドの指示で、騎士たちは大急ぎで矢を番えて弓を引き絞る。上昇していたワイバーンは、急降下を開始していた。その右の瞳に怒りに満ち溢れているのが感じ取れる。


「今度は右目だ、放てぇ!」


 ヴェラルドの号令に合わせて、ワイバーンの右目を狙い一斉に放たれた矢だったが、今度は硬い鱗に阻まれて効果がなかった。そのまま三名の騎士が鉤爪の餌食になり天高く攫われ、上空から市街に放り出される。その時の衝撃で六名ほどが吹き飛ばされて意識を失っている。


 ヴェラルドは軽く頭を振りながら舌打ちをする。


「チィ、すぐに次が来るぞ! 体勢を立て直せ! 気絶した奴らは運び出すんだ!」

「は……はいっ! しかし、弓でいくら撃っても……」


 弓を持った騎士は消え去りそうな声で呟く、先程は運よく目に当たったが何度も当たる物ではなく、このままではジリ貧なのは間違いなかった。しかし空を飛ぶワイバーンに対して、騎士たちが取れる手段は少ないのが現状だった。


 ヴェラルドはバリスタの方を一瞥する。すでに新たな槍が装填されているが、バリスタを警戒して空を飛びまわるワイバーンに狙いが定められずにいる様子だ。そんなことを考えていると再びワイバーンが襲い掛かってきた。


「うわぁぁぁぁ!」


 体勢を整えきれていなかった騎士たちに統制が取れた斉射は出来ず、それぞれが散発的に矢を放つのがやっとだった。しかし、ワイバーンは何かを嫌がったのか急に首を右に振り、攻撃をやめて右に旋回しはじめた。


「な……なんだ!? どうして襲ってこなかった?」

「わ、わかりません!」


 ヴェラルドは首を傾げたが、彼の長年の戦いの勘がある仮説を導き出していた。


「弓を構えろ! 俺が囮になる、命令するまで撃つなよ! バリスタも同じだ」

「はっ!」


 ワイバーンを挑発するように持っている長柄の戦斧を振り回しながら、ヴェラルドは弓隊とバリスタの間に陣取る。それを見たワイバーンは雄叫びを上げながら、ヴェラルドに向かって突っ込んできた。


「こいよっ、トカゲ野郎!」




 グァァァァァァ!


 地上の獲物目掛けて鉤爪を立てながら降下してくるワイバーン、ヴェラルドは戦斧を構えて迎え撃つ体勢だ。今、まさに衝突するタイミングでヴェラルドが叫ぶ。


「弓隊、左目(・・)だ! 放てぇ!」


 ヴェラルドの号令で、弓隊が一斉に負傷した左目に向かって矢を放つ。飛来する矢のいくつかはヴェラルドを掠めたが、ワイバーンは矢を嫌がったのか、首を右に振って右に旋回しはじめた。


「今だ! バリスタ、放てぇ!」


 放たれたバリスタの槍は、丁度右に旋回を開始したワイバーンの左の上腕骨をへし折り翼膜を引き裂いた。片翼の機能を失ったワイバーンは、バランスを崩し城壁上の建物に突っ込み、その上に瓦礫が降り注いでいた。


 弓隊の騎士たちは、膝を付いていたヴェラルドに駆け寄りながら、心配そうに声を掛ける。


「副団長、ご無事ですか?」

「あぁ、大丈夫だ」


 長柄の戦斧を杖代わりに立ち上がるヴェラルドに、騎士の一人は首を傾げながら尋ねる。


「ワイバーンの奴、なんで急に矢を嫌がったんでしょ? 一射目も二射目も避ける素振りすらなかったのに……」

「それは簡単さ、見える矢より見えない矢のが怖かったんだ」


 バリスタを警戒する知能に、硬い鱗に絶対的な自信を持つ竜種だったが、偶然にも失った左目は死角であり痛みの記憶だった。そこに飛来する何かに対する恐怖にワイバーンは過剰に反応したのである。


「それより、まだ終わってねぇぞ! 全員武器を持てぇ!」


 ヴェラルドがそう叫びながら戦斧を掲げた瞬間、瓦礫の下からワイバーンは起き上がり、威嚇するように雄叫びを上げるのだった。

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