第1話「救国の騎士」
とある大陸にバルソットという王国があった。周辺諸国からは盾の王国と呼ばれているその国は、北部に広がる魔の森を監視する役目を担っていた。
今から百年ほど前、巨大なドラゴンがこの地に現れ周辺を焼き尽くした。時の王は彼のドラゴンを討伐するため騎士団を派遣する。死力を尽くした戦いが繰り広げられ、騎士団は壊滅状態になりながらもドラゴンを討ち果たした。
団長や主だった騎士たちはこの戦いで戦死しており、生き残った当時見習いだった騎士がドラゴンにトドメを刺した功績から、救国の騎士と讃えられることになった。
これがバルソット王国で、もっとも人気がある英雄譚『邪龍と救国の騎士』である。
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バルソット王国 北の城砦に向かう街道 馬車の上 ──
王都から北の城砦に向かう街道に乗合馬車が走っていた。馬車の中では行商人風の男性と祖母の家に遊びにいくという家族連れ、そしてまだ新しい鎧を着た騎士風の若者が揺られていた。
旅路の暇つぶしに騎士風の若者と話していた行商人が、騎士風の若者に向かって尋ねる。
「へぇ、お前さん、不落砦の騎士になるのかい?」
「はいっ、まずは見習いからですが」
少し照れくさそうに答える若者。この国では不落砦の騎士になることはとても名誉なことであり、高い死亡率でも募集が殺到する花形職なのだ。
そんな若者の話が聞こえてきたのか、家族連れの少女が興味津々に近付いてくる。
「お兄ちゃん、騎士になるの? じゃドラゴン倒すの~?」
「あはは、いずれ救国の騎士様のようになるつもりだよ!」
目を輝かせながら語る若者に、少女も同じく目を輝かせながらパチパチと拍手する。行商人は苦笑いを浮かべながら若者に尋ねた。
「お前さんも、救国の騎士に憧れて騎士になった口かい? それじゃ驚くかもしれねぇな」
「どういうことです?」
首を傾げながら尋ねる若者に行商人が答えようとした瞬間、城砦が見えてきたと馬車の中がざわめき始めた。
「おっと、そろそろ着くみたいだ。まぁ、詰所に行ってみればわかるさ」
行商人はそう言いながら、自身の荷物を確認し始めたのだった。若者は釈然としない表情を浮かべながらも近付いてくる新天地に期待を膨らませるのだった。
◇◇◆◇◇
バルソット王国 北の城砦 ──
バルソット王国の最北部にある城砦、通称不落砦はバルソット王国三番目の都市で人口一万程度、冒険者たちが魔の森へ挑むための拠点として栄えていた。常時二千程度の騎士団が駐留しており、魔の森から魔物が出てこないように見張る任務についている。
ドラゴンが現れた百年前ここには砦はなく、救国の騎士と謳われた英雄の提案で、建造された城郭都市である。
「おい、未来の英雄! お前さん、名は?」
乗合馬車から降りて背筋を伸ばしている若者に対して行商人が尋ねた。若者はニコッと笑うと、意気揚々と名前を答えた。
「僕の名前はアレットと言います」
「アレットか、まぁ頑張れや! ほれ、これを持ってきな」
行商人は荷物の中から赤い果実を取り出すと、アレットに向かって投げる。アレットはそれをキャッチすると
「ありがとう、おじさん!」
と笑顔で感謝を伝えたあと、赤い果実を齧りながら騎士団の詰所に向かって歩き始めた。
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北の城砦 騎士団詰所前の広場 ──
行商人と別れたアレットは騎士団詰所で諸手続きを終え、騎士団長から訓示を受けるため広場に整列していた。そこにはアレットを含めて五名が見習い騎士が立っていた。
見習い騎士たちの対面には、数十人の騎士たちが整然と並んでおり、見習い騎士たちと同じように団長の到着を待っている。
しばらくして顔は傷だらけの中年男性が、アレットたちの前に歩いてきた。着ている鎧がはち切れんばかりの筋肉隆々の大男で、その姿をみた見習い騎士たちは憧れの表情で見つめながら感想を口にしている。
「あ……あれが団長? 救国の騎士か!?」
「さ、さすがに風格があるなっ!」
百年前にドラゴンを倒した救国の騎士は、絶命寸前のドラゴンの血を浴びたことで不老の呪いにかかっており、今もなお健在なのである。そして、この北の城塞の騎士団長を務めていた。
他の見習いたちは、その威風堂々とした騎士に目を奪われていたが、アレットだけはその騎士の横をピョコピョコと歩いている赤い髪の女の子が気になっていた。
「……子供?」
アレットが首を傾げていると、彼らが騎士団と見習い騎士たちの間に立つ。そして、大柄な騎士が大声で叫んだ。
「気をつけぇ! 団長訓示っ!」
空気が震えるような大声に見習い騎士たちは、ビシッと背筋を伸ばして直立不動になる。そして大柄な騎士は一歩横にズレると、どこからともなく可愛らしい声が聞こえてきた。
「諸君、よく来てくれた……って、おい貴様ら、どこを見ている! わたしをちゃんと見るのだっ!」
どこからか聞こえてくる声に、呆然とした表情を浮かべているアレット以外の見習い騎士たちは、キョロキョロと辺りを見渡しはじめた。
「下だ! このバカ者どもめっ!」
その怒声と共に見習い騎士たちが一斉に視線を下げると、大柄の騎士の足元に白銀の鎧を着た赤髪の少女が立っていた。あまりに場違いな存在に、見習い騎士たちは状況を飲み込めずに混乱した表情を浮かべていた。
「ごほんっ、では改めて……わたしが騎士団長のアルティナ・フォン・ドラグナーだ。よろしく頼むぞ、見習い諸君!」
「えぇぇぇぇ!?」
見習い騎士たちは驚きのあまり口が閉じられなかった。しかし、この子供のような見た目の少女が、救国の騎士アルティナ団長なのである。
「こ……子供じゃないか!?」
「じゃ、隣のは!?」
アルティナの隣にいる大柄の騎士は、一度バンッと胸甲を叩いてから名乗った。
「俺は副団長のヴェラルドだ。わっはははは、やっぱり今回の見習いたちも勘違いしましたなぁ、団長!」
「ぐぬぬぬ……貴様が無駄にデカいからだっ!」
副団長にからかわれて、足を踏み鳴らして悔しがる団長の姿は幼子そのものである。その様子を呆然と眺めている見習い騎士たちに気が付いたアルティナは、もう一度咳払いをすると気を取り直して訓示を続けた。
「ごほんっ、と……とにかくだ! わざわざ死地まで来て国を護ろうという諸君らの献身に敬意を示そう。しかし、死なない程度に頑張ってくれたまえよ。わたしは君たちの家族に死亡通知を書くのは、うんざりなのだっ!」
そう言いながらウインクをするアルティナに、見習い騎士たちはぎこちない笑顔を向けるのが精一杯だった。
◇◇◆◇◇
北の城砦 騎士団詰所 訓練所 ──
アレットたち見習い騎士たちが北の城砦に来てから、三週間ほど経過していた。
その間、見習い騎士たちに対して、副団長のヴェラルドの指導のもと訓練が行われていた。鎧を着たままひたすら走り、剣術や槍術の鍛錬や隊列の訓練などをこなす日々が続いている。最初は付いていくだけでも辛かったが、徐々に慣れてきて余裕が出来てきた彼らは、とある事が気になり始めていた。
救国の騎士と謳われたアルティナ団長の存在である。確かに吟遊詩人の謳う英雄譚でも当時見習い騎士だった以外の記述はなく、性別や容姿に関しては一切述べられていない。それが、まさかあんな子供だったとは夢にも思ってなかったのである。
訓練の合間に全員座って休憩中に、見習い騎士の一人がヴェラルドに尋ねた。
「副団長、団長って本当に救国の騎士なんですか? 俺には、どう見ても子供にしか見えなくて、正直弱そうなんですが……」
「あぁ!? 何言ってんだ、団長は俺より数倍は強いぞ!」
そう言ったヴェラルドに、見習い騎士たちは驚きの声を上げる。彼ら五人が一斉にかかってもヴェラルドに一撃すら入れれないのだ。その数倍は強いと言われれば驚愕する他はなかった。
「あんなに可愛らしい姿をしていてもな、団長は化け物だ。あれは幼女の姿をしたオーガだと思え……いてっ!」
いきなり背中を蹴られたヴェラルドが振り向くと、アルティナが仁王立ちで睨みつけていた。ヴェラルドは引きつった顔で滝のような汗を流している。
「ほほぅ……随分と面白い話をしているようだな? 誰がオーガかっ! いいだろう……貴様ら、そんなにわたしの実力が知りたいなら余興で相手をしてやる。もし一撃でも当てられた場合、即見習いではなく騎士として扱うことを約束しようではないか!」
その提案に見習い騎士たちは色めきたった。通常見習い期間は年単位であり、一日でも早く騎士になりたい彼らからすれば夢のような提案だった。アルティナはヴェラルドが使っていたカイトシールドを拾い上げる。通常のサイズの盾だが、彼女の身長では大盾のような大きさだった。
そして、五人の見習い騎士たちの前に立つと、不適な笑みを浮かべていた。
「団長は素手でいのですか?」
「貴様らなどに武器などいらん、いいからかかって来るがよい!」
その言葉と同時に一人の見習い騎士が剣を振りかぶって突撃した。奇襲のつもりだろうが、アルティナにはスローモーションのように見えていた。アルティナは振り下ろされた剣をカイトシールドで受け流すと、そのまま盾を相手に打ちつけた。
爆音のような大きな音と共に、馬車にでも撥ねられたように盛大に後ろに吹き飛んだ見習い騎士は、吹き飛んだ先でピクピクと痙攣している。その姿に残りの見習いたちはガクガクと振るえ始める。しかし、勇気を振り絞るように大声を張り上げた。
「み……皆で、取り囲んでいくぞっ!」
一人がそう言うと、残りの見習いたちは震えながらもアルティナの周りを取り囲んだ。その様子にアルティナはニヤリと笑う。
「いいぞ、強敵に対しては、臆さぬ心や連携が大切だ」
「やぁぁぁぁ!」
気合の声と共に、出遅れたアレット以外の三人はアルティナに飛び掛った。しかし、その三人の攻撃はアルティナに悉く盾でいなされ、最初の一人同様に盾で全て吹き飛ばされてしまった。そして、アルティナは最後に残ったアレットに向かってニコリと笑う。
「アレットよ、貴様は来ぬのか?」
「やめておきます。今の僕では絶対に勝てそうもないので」
アレットはそう言いながら剣を収めて両手を上げた。その様子にアルティナは、少し驚いた表情を浮かべたが、すぐに満足したように頷く。
「うむ、実力が及ばぬと思ったら退くのもよいだろう」
そう言い残すと、アルティナはカイトシールドをヴェラルドに返して、そのまま詰所の方へ歩いて行ってしまう。アレットは、その姿が完全に見えなくなってから
「幼女の姿をしたオーガ……か」
と呟き、呻いている仲間たちを助け起こしていくのだった。