マッチョ売りの少年と少女の予知夢
「さあ、寄ってたかって見るが良い! これぞ人体究極の美、マッチョなるぞ! ふはははは、さあマッチョのサポートは要らんかね?」
寒空の下、街に響き渡る美声。
それを発する当人もまた、絶世の美少年だった。
少々態度は傲慢ではあるようだが、誰もが足を止めずにはいられないだろう。
輝くつやつやの金髪、透き通るような水色の瞳。
真っ赤な短パンを紺色サスペンダーで止め、上は黒いカッターシャツという出で立ちである。
これだけでも十分目立つのだが、それをさらに目立たせているのが、先ほどから彼が売り込んでいる人材である。
およそ身長二メートル。
いかにして鍛えればこのようになるのか。
全身をバランスよく鍛えた半裸のムキムキマッチョが、美少年を肩に乗せているのだった。
「大は小を兼ねる! ここにいるマッチョは、重労働から洋裁までなんでもこなすぞ。契約を申し込んだものには、もれなくこのムキムキさんが折った折り鶴を進呈しよう!」
初めて見る者には異様な光景に見えるかもしれないが、この町では定期的にみられる光景だった。
彼の名は、ミヒャエル。
人材派遣企業バルクのCEOである。
町中に現れては、定期的に営業という名の演説を行っていた。
そして今日も自社の人材自慢や、マッチョの美について一時間ほど語っていた。
しかし、この営業中に契約がとれた試しはない。
美少年は気になるけど、マッチョには近づき難いという者が大半なのだ。
「さあ、今日はこのくらいでいいかな」
ミヒャエルが営業の終わりを告げる。
「いつもながら契約とれませんね」
「いいさ、これが意外と宣伝になるんだからな。下手に広告を出すより効果的だぞ?」
「確かに、ファンはものすごい勢いで増えてますからね。さすがミヒャエル様です」
「当然だ!」
笑顔で胸を張るミヒャエル。
その様子を見て、ムキムキさんは笑顔で頷き、そして帰路についた。
「ただいま帰ったぞ、ジャン」
「お帰りなさいませ、ミヒャエル様」
扉を叩くと、白髪の紳士が出迎える。
闇に紛れるような漆黒の居城。
通称マッチョ城が彼の住居だ。
城を構えていることからも分かる通り、ミヒャエルのビジネスは繁盛していた。
世はマッチョを必要としていたのだ。
「変わりはないか、ジャン」
「ええ、本日も滞りなく。経営も順調です」
「ほう、それは良かった」
人材派遣企業バルクの成長は、執事であるジャンの手腕も大きい。
マッチョ達の健康管理から、会計処理に至るまで様々な業務を担当している。
方針を決めるのはミヒャエルだが、あとはジャンに任せ、自身は広告塔に徹していた。
ただ、双方の信頼関係もあってか、それで経営が成り立っているのだった。
「そして明日の予定ですが――――」
寝室に運ばれたミヒャエルは、ベッドに降ろされ、すぐさまジャンによってパジャマに着替えさせられる。
その間、ジャンはスケジュール確認を始めていた。
しかし、ミヒャエルは睡魔に襲われており、それらが頭に入るよりも先に夢の世界へと旅立つのだった。
――――翌朝。
ミヒャエルの朝は唐突に始まる。
小鳥のさえずりや、目覚まし時計のベルなんてものはない。
奴は朝六時きっかりに、勢いよくやってくる。
「おはようございます! ミヒャエル様!」
扉をノックも無しに開けるのはジャン。
彼はずかずかとミヒャエルの寝室に入ると、カーテンを両手でシャッと開け、布団を引っぺがす。
そしてミヒャエルを起こすと、口にふすまパンをねじ込み、もがくミヒャエルの手に低脂肪ミルクが入ったコップを持たせた。
「もご……もごっ、うむっ! ごく、ごく……ぷはぁ~!」
何とかパンを流し込み、呼吸を整えるミヒャエル。
そんな様子を気にせず、パジャマのボタンを外し、着替えさせようとするジャン。
「お前は相変わらず手際の良さを勘違いしてるな、ジャン」
「ありがとうございます」
「ありがとう? うん、まあいいや。それで昨日は寝ちゃったみたいだけど、今日の予定はどうなってたっけ?」
「本日は朝から来客の予定がございます。ですから今スーツに着替えさせているのです」
赤を基調とし、黒いラインが入ったスーツにミヒャエルは身を包む。
「そう、来客か。それで何時に誰が……」
ミヒャエルがジャンに問おうとすると、答えを得るよりも先に来客はやってきた。
寝室の扉が本来開く方向とは逆方向へねじ曲がり、メリメリと悲鳴をあげる。
そしてやってきたのは、ミヒャエルと同い年くらいの金髪美少女だった。
ベルベットブルーのドレスを着た彼女は、ミヒャエルを見つけると全力で駆け寄り飛びついた。
「来てあげたわよ、お兄様!」
「よりによってお前か、ガブリエル」
「嬉しいでしょ?」
満面の笑みで問いかけるガブリエル。
「冗談だろ。帰りたまえ、それと扉を壊すな!」
「良いじゃない扉の一つや二つ。それにとっておきの情報を持ってきたんだから。ね、お兄様!」
「お前が壊した扉の数は一つや二つじゃないだろう。それにその情報というのが一番嫌なんだよ」
そう、この二人は兄妹で双子だ。
両親が若くして死んだ後、ミヒャエルは家業であるマッチョ派遣事業を行い、妹であるガブリエルは遺産を元手に別の事業を行っていた。
互いにまだ十四歳であるが、ビジネスの才能があったのだ。
仕事で忙しいというのもあるが、二人が家族でありながら離れて暮らすのには別の理由もあった。
「また僕を被検体にするつもりか!?」
「協力してくれるなら、いつでも歓迎よ。類稀なマッチョ因子を色濃く持ってる人間なんて、私とお兄様くらいなんだから。うちのガブリエル製薬の開発にも大いに役立ってるわ。それに、その研究成果で出来たサプリメントで、ムキムキさん達の強靭な肉体が保たれてるわけだし、ウィンウィンでしょ? でも今回はそれとは別件よ」
マッチョ因子。
筋肉の発達に大きく関わるらしい因子。
その因子の影響を、非常に強く受ける珍しい病気、マッチョ症候群。
エンゲル家の双子は、この病に侵されていた。
症状は分かりやすく、力が強くなるというものだ。
見た目に関わらず、恐るべき力を発揮する。
扉を壊したガブリエルのように。
だからミヒャエルは自身の力を使うことを避け、被害の拡大を避けるためガブリエルと距離を置いていたのだ。
兄妹げんかをしようものなら、その場はたちまち荒野と化すだろう。
しかし、ガブリエルの方はあまりにも無邪気で、割とお構いなしなので、ミヒャエルは振り回されるのだった。
「で、今回は何だというのだ?」
会議室に場所を移し、ソファに座って向かい合う二人。
ミヒャエルの後ろでは、移動に使ったムキムキさんも見守っている。
「私、夢を見たのよ」
それを聞いて頭を抱えるミヒャエル。
夢なんてものは誰もが見るだろう。
しかし、ガブリエルの場合は特別だった。
ガブリエルの勘はよく当たる。
なんせ彼女はこの歳にして勘だけで大学の医学部に飛び級で入学し、そして卒業して製薬会社を立ち上げたのだから。
ただ、何もかも勘というわけではない。
医学部に入学後はきちんと勉学に励み、知識と技術を習得している。
ただ、始まりが大抵勘なのだ。
彼女はよく口にしていた、後付け最強と。
そして今回に至っては夢。
彼女は普段ほとんど夢を見ない。
ただ、見た夢は確実に正夢となるという不思議な能力がある。
二人が両親を亡くしたエンゲル家の邸宅全焼も、予知していたのだから。
しかし、予知夢を見たのは家が全焼した日の夜で、火元が両親の寝室であったこともあり、間に合わなかったのだ。
「ガブリエル。僕はもう厄介ごとも、何かを失うことも嫌なんだ」
「それは私も同じよ、お兄様。でもきっと今回は大丈夫よ、だっておかしな内容なんだもの」
「おかしな内容?」
「ええ。突然宇宙人がやってきて、アミューズメントパークで戦うのよ。この町を賭けてね。勝てば宇宙人は撤退、負ければこの町に隕石が落とされるの。ね、バカみたいな話でしょ」
けらけらと笑いながら話すガブリエル。
しかし、ミヒャエルは笑っていなかった。
「本当にそんな夢だったのか?」
「ええ、そうよ。でも実現するわけないわ」
「なぜそう言い切れる? 今まで外したことなかったんだぞ?」
「そうは言うけどお兄様。今回はあまりにも突飛だわ。宇宙人だなんて……」
ガブリエルが呆れたように否定していると、別の来客を知らせる呼び鈴が鳴った。
「ん、ジャン。今日は他にも来客の予定があったのか?」
「いえ、今日はガブリエル様だけですが。とりあえず対応してまいります。要件によってはお帰り頂くことにします」
「そうだな、頼む」
会議室を出るジャン。
しかし、ジャンが戻ってくるまでそう時間はかからなかった。
「どうやら、無視できない用件だったようです」
そう答えるジャンの両サイドには異質な来客が立っていた。
銀色のメタルボディ。
ついさっきまで話していた、冗談のような存在がそこにいたのだ。
「だから言ったじゃないか、ガブリエル。お前の夢は外れないって」
「そうねお兄様。あのお二方は間違いなく……」
『「宇宙人だ~!!」』
指をさして叫ぶ二人。
「ええ、お察しの通り宇宙人です」
にこやかに答える宇宙人達。
その声は姿に似合わず美声で、さらに丁寧な地球言語だった。
突然やってきた意思疎通のとれる宇宙人。
それを凝視しながら、目を輝かせたガブリエルがミヒャエルに言う。
「お兄様、宇宙人ですよ! 宇宙人! 夢の通りだと、これから勝負を持ちかけてくるのよきっと!」
「どうやらそこのお嬢さんは物分かりがいいようですね。その通り、我々はあなた達に勝負を挑みます。さあ、戦いましょう! 最強の人類を統べるマスターよ!」
「ほらやっぱり! ね、戦いましょ? きっと面白いことになるわ!」
ミヒャエルを差し置いて勝手に進んでいく会話。
ガブリエルは危機的状況であるのを忘れ、目の前の面白そうなことに夢中だった。
そんな様子を黙って見ていられるミヒャエルではなかった。
夢の通りに進んでいると言ってしまえばそれまでだが、疑問は山ほどある。
なぜ宇宙人がやってきたのか。
なぜ戦いを挑んでくるのか。
そして、なぜミヒャエルを標的としているのか。
そんな疑問を直接当人に投げかけてみてもいいのだが、その前にうるさいガブリエルを一喝することを選択したミヒャエル。
大きく息を吸い込むと、ミヒャエルは激高した。
「このバカ~! ち~が~う~だ~ろ~!」
「お、お兄様!? で、でも面白そうだし……」
怒られて少し怯えつつも引き下がらないガブリエル。
「お前は、このお兄様に向かって、宇宙人と戦えっていうのか? おかしいでちゅねぇ? なんでそんなことになるのかな~? 隕石落とされてもいいんですか~?」
予想外のものが予想通りにやってきてしまった事で、ミヒャエルは平静を保てなくなっていた。
「落ち着いてください、ミヒャエル様」
主の怒りを鎮めるため、ジャンが言う。
そこでミヒャエルは我に返り、少し冷静になった。
「ああ、そうだな落ち着こう。えっと、何から考えたらいいか……って、ジャン! お前こそ、こめかみにフランスパン突きつけられてよく平気だな」
「ええ、まあフランスパンですし」
何の意味があるのか分からないが、宇宙人達はジャンのこめかみにフランスパンを突きつけていた。
「何? これはギャラクシースティックじゃないのか? 兄、これはギャラクシースティックではないようです」
「なんだと弟、ギャラクシースティックではないのか?」
狼狽え始める宇宙人達。
「何を勘違いしているか分からんが、それはフランスパン。ただの食品だぞ?」
「なんと! 武器ではなかったのか? おのれ、よく分かる地球ガイドブックめ! 間違っていたではないか!」
どうやら本で地球のことを学んできたらしいが、その本には間違った情報も載っていたようだ。
「だからそれ脅しにもなってないぞ。というわけで、うちの執事返してもらえる? あと諸々の事情も説明して? 迅速に、簡潔に!」
こうして宇宙人達はジャンを解放し、地球に来た理由を簡潔に語った。
「つまりここにいるマッチョ達を新人類と勘違いして脅威に感じていたと。それで力を試すため勝負を挑んだというのだな」
「その通りです」
「なるほどな、よし分かった……ってなるわけないであろう! 地球観光でもしてさっさと自分の星に帰るがいい」
バカらしい内容に勝負を放棄するミヒャエル。
「そんな! お願いします。我々にも面子というものが。それにあの巨体、どう見ても同じ人類とは思えません!」
「ええい、うるさい。日々鍛錬すればああなるんだよ! そもそも条件おかしいだろ。こっちは負けたら町を破壊、そっちは負けても撤退するだけとか、不公平すぎるし! ジャン、その二人にはお帰り願おう」
「かしこまりました」
ミヒャエルの命を受け、ジャンは宇宙人二人を引っ張っていく。
先ほどと立場が逆転した。
「おい、この放せ! ちょっとお前! こっちは二人がかりだってのに、歳の割に強いな。お前も新人類か?」
ずるずると引きずられ、宇宙人達は敷地の外へと向かっていく。
「さすがジャンおじ様。元マッチョなだけあるわね」
「現役だったらムキムキさんより強いからね」
「そうなの?」
ムキムキさんに視線を向けるガブリエル。
その視線を受けて、ムキムキさんはそっと目をそらした。
静かになった会議室。
これで町の破壊は回避された。
しかし、ミヒャエルはまだ安堵してはいなかった。
「これで安心ね、お兄様」
「ああ……そうだな」
「お兄様?」
「本当にこれで終わりなんだろうか?」
「どういうこと?」
「確かに宇宙人達は去った。でもこれだと、今まで外さなかったお前の夢が外れたということになる。これで良かったはずなんだが、何か不吉な予感がするんだ」
「そう? こういうこともたまにはあるんじゃないかしら?」
そう返答するガブリエルだったが、ミヒャエルはガブリエルの異変を見逃さなかった。
「お前だって何か感じているんだろう。双子だから分かる」
「そっか、やっぱりお兄様には分かっちゃうか。うん、私も何かおかしいと思うわ。たぶん、夢の再現はまだ続いている」
「だったらまだ気は抜けないな。今度は失敗したくないんだ。父さんや母さんを失ったときみたいに、予測できていながら助けられないなんて嫌なんだ」
「ええ、お兄様。この危機は絶対に回避しましょう」
固く手を握り合い、ともに決意する二人。
そんな二人を、ムキムキさんもポージングしながら見守っていた。
「それにしても、ジャンの帰りが遅いな」
宇宙人達の抵抗に手間取っているのか、ジャンはなかなか帰ってこなかった。
しばらく帰りを待っていた双子達だったが、騒動に疲れたのか、いつの間にか仲良く眠ってしまっていた。
その夜、眠っていた双子達は、喧騒と眩しさに目を覚ました。
開いた目に飛び込んでくるのは見知らぬ場所。
状況が理解できていない二人の元にウエイターがやってくる。
「オレンジジュースはいかがですか?」
「いただくよ」
「私も!」
コップを受け取り勢いよく飲み干す二人。
「ぷはぁ、うまい! 一息ついてしまったが、ここはどこだろう?」
抑えめの照明に煌びやかなネオン。
美女と談笑する男性。
ビリヤードをする者。
併設されたバーで酒を飲む者。
皆何やら仮面で顔を隠している。
一見してここは、
「アミューズメントパークかしら?」
「ああ、しかも金持ち相手の会員制ってとこか」
二人が座っているソファもかなり高級なものだ。
そしてそのソファの先には、ボウリングのレーンがあった。
「なんだってこんなところにいるんだ?」
そうつぶやいたミヒャエルの前に、よく知る人物が現れた。
「お目覚めですか、ミヒャエル様」
そこにいるのはジャンだった。
「お前、どこに行ってたんだ! それにこれはどういうことだ?」
「これよりお二人にはボウリングで勝負をしていただきます」
「勝負だと?」
スコア表示の画面には、ミヒャエルとガブリエルの名前が入力されていた。
周りに居る金持ち達も、観戦のため集まってくる。
「実はかねてからこのような会員制アミューズメントパークを経営しておりまして」
「そんなもの許可した覚えはないが」
「ええ、ですが会計処理は私に一任されておりましたよね」
「だからといってそんなお金の使い方。僕はお前を信用して……」
会話の途中ではあるが、金持ち達がジャンに詰め寄ってくる。
「お客様、落ち着いてください。本日の勝負、レート最低五十万から受け付けております。参加希望の方は、受付よりお願いします」
誘導するジャン。
「ジャン! お前まさか賭博に手を出しているのか? 裏切ったな!」
「喚くなガキが。両親と共に燃やされていればよいものを。予知夢なんぞで生き残りやがって。しかも、会社経営までして自立。遺産を奪ってやる計画が台無しだ! でもそれも今日までですぞ!」
高笑いするジャン。
もはや執事としてのジャンはいない。
「あの火災はお前の仕業だったのか!」
「左様、あなたに拒否権はありません。さあ、戦うのです!」
「戦うって言ったって、一体誰と……」
そろって隣のレーンを見る双子達。
そこには奴らが意気揚々とボールを磨いて準備していた。
「宇宙人! なんでお前らがここにいるんだ。星に帰ったんじゃ?」
「地球観光ですよ、なんてね。そこの御仁と契約したのですよ。ね、兄」
「そうだ、どうやらそこの御仁はこの町を破壊して欲しいらしい。それは我々にとって願ってもない提案だったのだ」
「なぜそんな提案を? そんなことになれば、自分もこのアミューズメントパークも破壊されてしまうじゃないか。地下シェルターにでも非難しないと……」
「お兄様、それよ! ここが地下シェルターなんだわ!」
「ご名答。私の顧客と財産は、隕石が落ちても守られるのだ」
「なんて非道な」
「だから拒否権は無いといったのだよ! さあ、勝負開始だ!」
ジャンが宣言すると、場内が歓声に包まれる。
逃げることは出来ない。
仕方なくミヒャエルはボールの用意を始めた。
するとジャンがルールの説明を始める。
「今宵の勝負は特別ルール、人体ボウリングで行います! 両者人体を用意し、それをピンと見立ててプレイします。ピンは一本、投球は二回。多く倒した方の勝ちとします。なおピン役が勝手に動いた場合は失格とします」
宇宙人のレーンにはすでに弟の方がスタンバイしていた。
「なんかよく分かんないけど、頼んだぜ兄!」
直立する宇宙人弟。
「人体ボウリング。僕かお前のどちらかがピンにならないといけないのか」
悩んでいると、ジャンが言う。
「そちらのピンは既に立候補されていますよ」
「なんだって! 一体誰が」
するとレーンの床面が開き、ピンとなる人体が現れた。
『「ムキムキさん!」』
そう、ムキムキさんがピン役だった。
「さあ、両者用意が整いました。それでは一投目。どうぞミヒャエル」
目の前には、仕事でお世話になっている部下。
それをピンに見立ててボウリングをするなんて、ミヒャエルには耐えがたい行為だった。
しかもボウリングのボールは通常のものよりも硬く重いものが用意されていた。
筋力が異常に強いマッチョ症候群だからこそ扱えるものだ。
恐らく意図的にそうしているのだろう。
「町を守るためには、戦わなければいけない。しかし、ムキムキさんにこれを投げるなんて……」
心が折れそうになるミヒャエル。
しかし、そんなミヒャエルにムキムキさんは言った。
「ミヒャエル様、投げてください! 僕がケガしても、治療してまた鍛えればいい。だからお願いします、投げてください!」
「ムキムキさん……、お前はなんて良いやつなんだ。ちくしょう……わかった! 痛かったらごめんなさ~い!」
ミヒャエルは覚悟を決めて勢いよくボールを投げる。
真っすぐにムキムキさんへと向かって行ったボールは、見事命中。
鈍い音を立ててムキムキさんの左足を負傷させ、転倒させた。
「ムキムキさ~ん!」
そんな様子を隣で見ていた宇宙人弟は驚愕していた。
「すごいなあれ。あんなのが俺の所にも転がって……うがっ!」
しかし、驚くのもつかの間。
宇宙人弟は兄の投げた球によって吹っ飛ばされていた。
「両者一ポイント獲得。さあ、盛り上がってきました」
何が盛り上がってきたというのだろうか。
こんな惨状を前に歓喜するなんて、狂っているとしか言いようがない。
だたそんな中にあってもジャンは冷静にゲームを進行する。
「さて運命の二投目です。両者ピンの準備を」
ピンの準備。
そう、また立ち上がらせてピン役をやらせようというのだ。
しかし、ムキムキさんは左足を負傷している。
仮に片足で立ち上がったとしても、バランスが取れないだろう。
そんな状態では失格になってしまう。
「続行不能なら、代役を立ててもいいのですよ?」
ジャンがニヤリと笑いながら言う。
一方宇宙人サイドも散々な状況だった。
「いてぇよ、兄。地球人はこんなヤバイゲームをやってんのかよ、頭おかしいだろ!」
おっしゃる通りだ。
宇宙人弟はレーンの片隅でなんかぐにゃぐにゃになっていた。
その状況を見て、ミヒャエルはジャンに進言する。
「もういいだろう、ジャン。両者共に続行不能だ。こんなこと続けて何になる?」
「意味ならあるさ。勝敗を決め、勝利し、そしてこの古い町を破壊。私が新しい町の支配者となるのだ!」
「バカげている。今なら遅くない、また優しい執事に戻ってくれ!」
「笑止! 話になりませんね。とにかくあと一ポイントとれば我々の勝利。宇宙人兄、お前がピンになりなさい。私が投げます」
そう言うとジャンは宇宙人兄をレーン上に立たせた。
「やあ、兄」
「やあ、弟。なんかヤバイ感じになってるな。さっきはすまなかった」
「うん、体がすごいぐにゃぐにゃするよ。でもちょっと安定してきたかも」
「安定するのか? よく分からんが、俺もこれからその境地に至るだろう」
「頑張って兄」
「ああ、頑張るよ弟よ」
過酷な状況下、宇宙人兄弟の間で妙な絆が生まれていた。
そして、ジャンが宇宙人兄を倒すべくボールを手に取る。
しかし、ここで問題が発生した。
ボールを持ったジャンは少し腰を屈んだまま固まったのだ。
「……うぅ」
先ほどまでミヒャエルや宇宙人が勢いよく投げていたボールだが、常人にとってはとても持てる重さではないのだ。
つまり、ギックリ腰を起こしていた。
かつてマッチョだったジャンも今では妙齢の紳士。
体力の衰えには勝てないのだった。
しかし、ジャンは諦めが悪い。
何やら虹色に光る錠剤を懐から取り出すと、口に入れ飲み込んだ。
「あれは私の!」
叫ぶガブリエル。
「お前の? また変な薬を作っていたのか?」
「変じゃないわお兄様。あれはマッチョ因子を活発にする薬よ。いつの間にか盗まれていたのよ。まさかジャンおじ様が盗んでいたなんてね」
薬を飲んだジャンの体は急激に変質していった。
「これで私がポイントをとって勝利ぃ~! どうだぁ、ミヒャエルぅ~!!」
変身中のジャンは勝利を確信し、ミヒャエルに問いかけた。
「どうしよう、このままだとあいつに勝利されてしまう。そんなことになれば……、よし! こうなったら僕がピンになる。だからガブリエル、投げてくれ!」
決心したミヒャエルだが、それをガブリエルは制止する。
「いいえ、その必要はないわ!」
「なぜだ、なぜ止める?」
「あの薬は常人には使えないのよ。マッチョ因子の少ない常人にはあの薬の影響に耐えられないの。だからジャンは力を手に入れることができないの!」
その発言に、ジャンは気が動転する。
しかし、もう止められない。
「耐性を持たない人があの薬を飲むと、マッチョ因子の活動は反転。強靭な肉体は得られず、代わりに驚異的な柔軟性を獲得するわ」
その説明の中、ジャンの変身は続いていく。
そして、極大な変化に耐えかね手に持っていたボールを落とす。
「驚異的な柔軟性!」
「そう、つまり……アルパカになるのよ!」
こうして、この町に一匹のアルパカが誕生し、事態はうやむやになって危機は去った。
賭けに参加していた金持ち達も、『支配人がアルパカじゃ仕方ない』と帰っていった。
町に隕石が落ちることもなく、平和な日々が続く。
結局、ガブリエルの予知夢は外れたのだろうか?
今回は勝負自体がうやむやになった。
ガブリエルも、勝敗の行方までは予知していない。
ということは、的中とは言えずとも、外れてもいないのだろう。
宇宙人兄弟達はというと、あの後ガブリエル製薬で実験体として採用された。
地球人、特にマッチョに対する疑念は晴れたらしい。
彼らの星ではルール違反らしいが、本来の目的を放棄し、地球への永住を決めたようだ。
見た目はあれだが、割と地球に馴染んできている。
文字通り人でなしとなったジャンはというと、ミヒャエルの移動用アルパカとして今日もせわしなく働いている。
怪我を治療したものの、移動用としての役割を失ったムキムキさんは少し寂しそうである。
しかし、彼は有能なので求められる仕事は幾らでもあるのだ。
こうして人材派遣企業バルクは以前にも増して活気づいていくのだった。
めでたし、めでたし。