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ノンカピスコ・ペルソナ 仮想家族

作者: 天野 涙

その日、住宅メーカーに勤める金井は、依頼していた会社から届いた書類に目を通していた。


書類には、笑顔の家族の写真。

『佐藤ファミリー』とのタイトル。

今度売り出す住宅地の購買層のイメージを表すペルソナ・仮想家族。

30代から40代に絞り設定されている。


住宅は30〜50坪の規模。

対象は比較的富裕層。親からの援助も期待できる。

校区もよく、教育熱心な夫婦も満足を得る事ができる地域に建つから

売れると会社もみこんでいる。


『佐藤ファミリー』の構成は次のようにある。


夫の佐藤進は35歳

大手商社の課長クラス。年収800万相当。

有名大学卒業・留学経験あり。

性格 明朗快活 大学時代はスポーツに熱中 体力には自信あり

しかも文武両道 英語の弁論大会にも出場 

理路整然とした弁論に高い評価を受けた理論派でもある。

趣味はこだわりのグッズ収集とたまのゴルフ。ゴルフの腕前もかなりのもの。

妻とは社内結婚。一男一女をもうける。


妻の佐藤美咲は30歳

有名大学卒業後、大手商社に就職。帰国子女で英語が堪能。

外国生活が長かったので、服のセンスも抜群。才色兼備の良妻賢母。

子供を産んでも、抜群のスタイルを維持している。

趣味はピアノで、子育てに影響のない時間内に、子供達に個人レッスンをしている。

料理好きで、週末は友人を呼び、ホームパーティを楽しんでいる。


長男 佐藤一弥 4歳

有名幼稚園に通い、英会話・スイミング・ピアノのお稽古に忙しい。

妹思いの活発な子供。友達も多い。


長女 佐藤朱里 2歳

愛らしく、佐藤家のアイドル。お茶目で、ダンスが得意。


金井はそこまで読んで、げっそりする。

(よくもここまで、チャラチャラと…)

こういう人種は苦手だと金井は思う。これから佐藤ファミリーもどきと

商談を進めるのかと思うと、気が重くなる。


そもそも・・こだわりが強いと言うことは、頑固で融通がきかない。

自分の主義主張をまげない可能性もある。

理論派という事は自己の権利は頑なに主張し、相手の弱みには徹底的に

理詰めに責めるタイプともとれる。


妻の美咲タイプにも、過去多数接してきたが

夫のいない時間帯に、わざわざ呼び出され、誘惑されそうになったこともある。


金井の先輩など、客の妻の誘いにのってうっかり関係し、契約を結んだ後にそれがばれて、

契約は破棄・左遷されたこともあるのだ。

なので意外に尻軽と書き加えたいくらいだ。

華やかな独身時代を送ったので、いついつまでも

男が自分にひれふすと思いこんでるのが、この美咲のような妻達だ。


前回はシニア向けのマンションだったが、今回はポスト団塊Jr向け。

まだまだ購買意欲が高い世代で侮れない。個人的な意見は胸にしまい

売り上げねばならない。


金井は、『佐藤ファミリー』の写真を軽くはじいて、書類をしまった。


それから、数日後 住宅展示場には 多くの『佐藤ファミリー』もどきが

連日やってきた。

展示場の表面には、ペルソナの『佐藤ファミリー』の円満笑顔の写真が飾られてる。


(よくもまあ、続々と来るもんだ。)


売る立場なのに、金井はたまにそう思う。

世の中は、不景気と言われるのに、金を持ってる輩はどこにもいる。

案の定、細部にこだわりを見せ、そのうるさいこと。

ドアノブ一つにも、注文をつける。妻達は、アイランドキッチン、シンクが

気になるようだ。

それから、浴室にテレビやジャグジーの有無、タイルの色一つにも

こだわりすぎて、なかなか決まらない。寝室のクロスの色を変更しろとかの

要望も多い。


(それ、趣味悪すぎですけど・・・)と思うが、客の希望なら応じないわけは行かない。


そんな中、金井は山下と言う客の担当になった。

山下も『佐藤ファミリー』と同じ、一男一女の家族構成。妻は年上のキャリアウーマン風。

見るからに嫌みな女だった。二人の子持ちながら、ギスギスにやせている。

今度の住宅購入は、妻の実家の近所と言うことで決めたそうだ。


山下自身は、佐藤ファミリー程イヤミではないが、繊細そうな風貌だった。

金井は事務的に商談を進め、山下ファミリーの購入が決定。


(一丁あがり〜)


商談がまとまると、疲れも吹っ飛ぶ。

『佐藤ファミリー』もどきのよいところは、金はあるって言うところか。

親もまだ元気で、余裕がある。出来るだけ実家の近所に住まわせようとする親も多かった。

決まると予想外に早いのも特徴だ。

展示場の購入予定区画は、徐々に埋まっていった。


心配したほどのトラブルもなく、着々と工事は進み、春休み頃に

入居がスタートする予定なのだ。


金井はもう次の高層マンションの準備に取りかかっていた。

こちらの方が苦戦するだろうと予想した。

付近に同じようなマンションが建ち並び、競争が激化してる。

それにすでに物件も過剰供給傾向にあり、地価が徐々に上がりはじめてる。


そんな中、新しいマンションの建設予定地の付近に立ち寄った帰り、

交差点で信号待ちしている金井は、偶然顧客の山下の妻を見かける。


道路沿いのカフェで、若い男と座っていた。

顔を間近にくっつけるように、話をしている。

とても仕事の打ち合わせとは思えない。


(オイオイ、もうすぐお家が出来るのに、浮気ですかあ???)


金井は半ば呆れながらも、信号が青に変わったので車を走らせた。

家を売ってしまえば、その家庭になにがあろうと、こちらには関係のないこと

だと思いながら。ただ、あのようなギスギス女に、そんなウエットな感情があるのが

不思議ですらある。


それからまたしばらくしてから、金井は今度は夫の山下を見かけた。

新しい家の建築現場である。


この度の分譲地が、めでたく完売になり、住宅展示場の後片づけに来ていたのだ。

あのペルソナ『佐藤ファミリー』の役目も終わったのだ。


(お役目ご苦労さん)


金井は『佐藤ファミリー』の看板を一蹴りして、ゴミ置き場に捨てていた。

すると、山下の姿を見かけたのである。小雨が降る中、傘も差さず自分の建築中の

家を見ていたようだった。


『山下さ〜ん。』


金井が声をかけると、山下は振り返る。何か心細げに見えた。


『雨に濡れますよ。よかったら、お送りしましょうか?』

『ああ、ありがとうございます。』


山下は口数少なく、車に乗り込んできた。

金井は先日山下の妻を見かけていたのと、山下の心細げな先ほどの表情とで

夫である山下に、少し同情の念がわいた。


『家、楽しみにしてくれてるんですね。』

『ええ・・・環境が変われば、俺たちまだやり直せるかなと思って・・・』

『そうですか・・・』


どうやら、山下は妻の浮気にうすうす気付いているようだ。


『あの佐藤ファミリーのように、笑顔で暮らせるといいのにと思いますよ。』


(はあ?あれ仮想ですよ。実像じゃない。絵空事なんですよ)


山下が、ペルソナ『佐藤ファミリー』のようになりたいというのに苦笑


(あなた、いい人のようなのに。あんなイヤミになっちゃあダメです)


ただ人が家を購入すると言うのは、それなりの希望を家に託すというのを感じた。

円満家族だから、幸せの家になるのではなく、幸せそうな家に住めば

自分たちも幸せになれるのだろうかと思う、

そんな切なる願いを込めて、人は家を買うのかもしれないと金井は思った。


それから数ヶ月後住宅は完成し 続々と引っ越しがすすむ。

そんなある日、金井は一本の電話を受ける。


『金井さん!!山下です。』

『はい、お世話になっております。いかがなされました?』

『今日、うちの引っ越しなんですが・・』

『はあ?』

『僕らの家に、先に誰かが住んでるんですよ!!どういう事ですか?』


大人しい山下が、珍しく声を荒げる


『ええ?ホームレスかなんかですか?』

『違う!四人家族です。でも・・どこかで見たことがある顔なんです。』

『ええ???わかりました。すぐ行きます。』


金井はすぐ現場に駆けつけた。引っ越し日にトラブルになればやっかいだ。

駆けつけると、山下の引っ越しの車は立ち往生。山下の妻はふてくされてる。

中に人はいるようだ。

金井は山下の家のインターフォンを押す。


『は〜い。』


軽やかに、中から出てきたのは、あの佐藤ファミリーだったのだ。


(まさか、あれは実在しない家族のはず)金井は声を失った。


『よう、金井さん。その節はお世話になったね。』と夫の進

『パパ、この人、私を尻軽だっていったのよ』と後ろから妻の美咲

『ええ?許せませんね。会社の上司、ここに呼んでくださいよ。』と進


やっかいなことになった・・・こいつらクレームつける気だ。

金井は、山下を振り返るも、ただ立ちすくむしかなかった。





























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