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3話 Offering of Flowers

『このまま冬が続けば、私の妹は死んでしまいます。妹を殺さないで、冬の女王(マイ・マザー)』



最果ての山脈の向こう。誰も足を踏み入れないその場所には、どこまでも続く常春の庭が広がっていた。

「あら珍しい!人間がいる」

 庭の主、美しい春の花のドレスに身を包んだ女性が愉快そうにほほ笑んだ。

「迷子?それとも誰かのお使い?いずれにせよ、死にかけているようだけど」

「春の女王…?」

 ぼろ雑巾のようななりで庭先に転がっていた青年が、女性を見て驚きの声を上げた。

「そうよ、私が春の女王。ふふ、誰かとお話しするのはいつぶりかしら」

 女王が優雅に腰を下ろし、二人の目線が重なる。

「貴方、お名前は?」

 女王はかわいらしく首を傾け、問うた。あまりにも穏やかな春の女王の様子に、青年は不安と警戒を隠せていない。

「ケイト…」

 どもるように答えれば、女王はうんうんと首を縦に振った。

「そう。それでケイトは私に御用なのかしら?」

 ケイトは息をのんだ。春の女王ならば、もしかすると自分の声を聴いてくれるかもしれない。そんな期待に表情が明るくなる。

「お願いです。春を、春を運んで…」

 春の女王は、おそらくは分かっていたのであろう。さして驚いたようすもなく、ケイトを見つめる。

「冬のを説得するのをあきらめて、私のところに来たの。その発想と行動力は褒めてあげる」

 すっと女王の目が鋭く細められた。

「それで、何が望みなの?」

 瞬間、女王が何を言っているのか、何を問うているのか、ケイトは理解できなかった。

「知ってるわ。王が、冬を終わらせた者に何でも好きな褒美を与えると言ったそうね。あなたの望みは何かしら?」

 唇はゆるく弧を描いたまま、しかしその声はどこまでも冷たい。

「何も」

「え?」

「何も望まない」

 背を冷やす絶対零度の視線を振り払うように、ケイトは強く言い放った。

「俺の願いを叶えられるのは、貴女だけだから」

 強く力のこもった声。その言葉の先にある眸は、崩れそうなほど悲しみにゆがめられていた。

「もう誰にも、王にも冬の女王にも俺の望みをかなえることはできない」

 鋭かった女王の瞳から敵意が消え去り、ケイトの様子をうかがうように、ただ静かに見つめていた。

「どういう意味かしら?」

 平坦な声が真意を問う。ケイトはただ、淡々と事実を並べだした。

「妹が死んだんだ。長い、冬の寒さで。春が来なかったからあいつは死んだ」

  あっけないほど簡単に、その手を離れていった愛しい命。どうしようもなく、途方に暮れている間にも時は過ぎていた。

「かたき討ちをしに来たの?」

 春の女王は静かに問う。

「違う。俺だって本当は知っていたんだ。春になってもきっとあの子は生きられなかった」

 ただ、それを認められなかっただけ。

ケイトは冬の終わりを願っていた。冬が終われば、きっと妹は良くなると信じていた。信じたかった。

「冬の女王に手紙を届けた。でも、何も変わらなかった。あんな手紙一枚で、俺の願いが届くはずないなんてこと、本当は分かってたはずなのに」

 冬の女王へ届かなかった手紙。今頃、冬の女王へ向かった幼馴染はどうなっただろう?

悲痛な言葉がいくつも溢れ、零れ落ちていく。

「でも、すがってもいいじゃないか!あれが、あれだけが俺の希望だったんだ」

 自分にできるのは、ただみじめに願うことだけ。同情を誘うように、自分のみじめな身の上を魂の限り叫ぶだけ。

「俺の冬は終らない。永遠に。でも、せめて俺に春を与えてくれていた妹には、妹には…」

 言葉にならない思いが、熱いしずくとなって流れ落ちていく。

「俺たち人間は、お前たちとは違うんだ。弱くて、どこまでも脆い。ほんの少しの変化で、簡単に死んでしまう」

 ふわりと甘い花の香りが舞い降り、気づけば目の前に春の女王の美貌があった。

「それで、貴方の願いは?」

 しなやかな指が涙をぬぐう。くしゃりと顔をゆがめ、ケイトは願った。

「花が…花が欲しい」

 妹が死んだあの日から、ずっと胸に抱いていた新たな願い。

「妹の墓を飾る花が欲しいんだ」

 ケイトに残されたのは、ただそれだけ。その願いだけが、今のケイトを生かす全てだった。

「花がなければ、あいつの魂を慰めてやることもできない。あいつは待っている。冷たい雪の下で」

 とうに終わっているはずの冬の中、参列者はたった一人の寂しい葬送。あの日を変えることができないのなら、せめて今からでも、その魂に救済を与えたい。

「確かに、その願いは私以外誰にもかなえられない」

 どんな力を持つ人間であっても、失われた命を取り戻すことは絶対にできない。たとえ、それがどんな奇跡であっても。

「あなたも一人なのね。ふふ、私とおそろい。いえ、私たちと言ったほうがいいかしら?」

気まぐれな春の女王。暖かく世界を包んだかと思うと、冷たい春の嵐を起こす。その逆もまた然り。

「ねえ、私が貴方の願いをかなえたら、貴方が私の願いをかなえてくれる?」

「貴女の願い?」

 そう、と女王は静かに頷いた。

「四季を司る四人の女王。一人として欠けることのゆるされない私たちは、永遠に孤独なの」

 優しい声で、女王は語りだす。

「季節の具現として私たちはこの世に生まれ落ちた。人とは違う時を生きる私たちは永遠に等しい命を持つ」

 毎年毎年、季節を運ぶために一人で塔に赴き、一人で塔を去る。塔にいない間は、誰も訪れることのない最果ての山奥で時を待つだけ。

「孤独なのはあの子だけではないの。私たち四人は、いつも孤独」

 あの子、そう春の女王が呼ぶ存在はそう多くない。

「冬のの気持ちも分かる。あれは、私たちの中で一番気性が激しいから」

「冬の女王が?」

「冬の嵐は生き物の命をたやすく奪う。彼女の激情は、誰にも止められない」

 冬の女王は物静かでとてもおだやかなのだと皆は言っていた。誰が知っているだろう、本当は彼女が一番誰よりも熱い心を持つということを。

「でも、そうね。彼女の気持ちもわかる。だから私は、彼女が動くまで塔へは近づかない」

 現れた、春の女王が姿を見せなかった理由。

「それで、人や動物が死に絶えても?」

 ケイトの問いにも、笑みを消すことなく女王は頷いた。

「そうね、人が死のうが、動物が死のうが私たちが孤独であることに変わりはないもの」

 どこまでも自分勝手に、どこまでに人間臭く女王は言い切った。

「この国に季節を遣わす91の日々の間、塔に閉じ込められ、役目が終われば忘れられる」

 そんなの寂しいでしょう?泣きそうに笑い、女王は言う。

「だから、私はあなたに願うわ」

 ケイトの震える手を取り、神に祈るように瞳を閉じた。

「私の孤独な世界を変えて。私が塔に入ったら、毎日窓に花を投げて頂戴。どんな花でもいい。あなたが来たということを知らせてほしい」

 次の瞬間、瞼がかっと開かれたかと思うと、きらきらと新たな発見をした幼子のように、女王は目を輝かせた。

「二人とも孤独なら、二人でその孤独を埋めればいいのよ。どこにでも咲いているような花でも、誰かがくれたというだけでそれは特別になる」

 春の女王の称号にふさわしい温かな笑み。

「そうだ!夏のと秋ののお話相手にもなってあげて。きっと喜ぶから」

 ぱちんとその繊手を鳴らし、くるりとスカートのすそを揺らしながら女王は立ち上がる。

「半月もすれば花が咲き始める。そしたら私に会いに来て。約束よ。破ったら、私も引きこもってやるんだから」

 そのまま真っ白な手をケイトに差し出す。ケイトは恐る恐るその手を握り、固まったままだった腰を上げた。

「さて、どうしましょうか。私一人が塔に行ったとしても、鍵は内側からしか開けられない。冬のが心変わりしないと、私にはどうしようもない」

春の女王が悩むそぶりを見せたその時、山の向こうから白く美しい鳥がこちらを目がけて飛んできた。

「あら!冬のが動いたみたいね」

 清らかな翼を眩しそうに見上げ、再び女王はケイトの手を取った。白い鳥は冬の女王からの知らせ。冬が終わり、春が始まるその合図だ。

「さぁ、行きましょう。春を町に届けるの」

 女王が駆け出す。ケイトもまた、駆け出した。



 もうすぐ町に春が来る。雪が解けたその後には、きっと美しい花たちが町中に咲き誇るのだろう。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

初めての童話祭楽しかったです♪

物語の紡ぎ手にお願い、とのことでしたので主人公を物語の語り手にしてみました。

気に入っていただければ幸いです。

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