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1話 Old Story

 星が瞬く寒い冬の夜。暖炉の前には、穏やかな時間が流れていた。

「これはなぁに?」

 籠いっぱいに盛られた色とりどりの花々に、少女の視線が釘付けになる。

「女王様に差し上げるお花だよ」

「どうしてお花をあげるの?」

 きらきらと好奇心に満ち溢れた瞳が向けられ、老人は困ったように笑った。

「これが私たちのお役目だからだよ。…いや、お役目ではないな。これは友情と敬意の表れだ」

「ゆーじょーとけーい?」

 祖先譲りの好奇心は、尽きることがない。

「そうだね。お前にも話そう」


「これはおじいさんのさらにおじいさんが若かった時の話だ」


*    *    *


「雪、止まないな」

 陽の光を最後に浴びたのはいつだっただろう。重い雲に覆われた灰の空を見上げ、ため息を落とす。

「いつまでたっても雪かきが終わらなくてみんな参ってる」

 さくりと心地よい音を立ててスコップが雪に突き立てられた。

 四季を司る女王が代わる代わるに塔に入ることで季節が巡るこの国では、季節はだいたい三か月の区切りで変わっていく。しかし、今年は今までと少し様子が違った。

「冬の女王はまだ引きこもっているようだね」

「…そうだな」

 ひたすら無言でスコップを動かしていた幼馴染が、ぶっきらぼうに肯定した。

 雪が降り始めてからとうに三か月が過ぎた。しかし、未だ春の知らせはやってこない。

「なんだよ、機嫌悪いな」

「逆にこの状況で能天気に笑ってられるお前みたいなやつのほうが少ないよ」

 冬の女王が塔に入ってから三か月以上が経つ。まだ、冬の女王は塔から出ようとせず、春の女王は姿を見せない。

 終わらない冬は日々の生活を侵食し、人々の心は冷たく荒んでいった。

「雪かきが終わらないならまだいい。このまま寒さが続けば、いずれ食料がつきる」

 止まらない手はスコップを操り、えぐるように雪を切り取っていく。

「そうでなくとも…」

 ふいに、言葉が濁った。

「妹さん、良くないのか?」

「大丈夫…とは言い難い。早く暖かくならなくては、悪くなる一方だ」

 幼馴染の唯一の家族にして、何よりも愛するたった一人の妹。しかし、体の弱い彼女は冬が来るたびに衰弱していく。

「俺は、何をしてもあいつを守らなくちゃいけないんだ」

 幼馴染の願いはいつも一つ、いつも同じ。妹がただ幸せにいきられますように。それだけ。

 ひたむきなまでにそれを願い続ける彼は、必死ながらも幸せそうだった。

「それは?」

 ふいに幼馴染はスコップを手放し、懐から白く薄っぺらい何かを取り出した。

「手紙だ」

「手紙?」

「そう。冬の女王への」

 意志のこもった瞳で手紙を見つめる彼は、強く頷く。

「ただ声を上げても届きそうにもないから、手紙を書いたんだ」

「お前、まさか塔に行ったのか?」

 普通、人間は塔に近づかない。塔に住む女王の、その力と存在そのものを恐れているから。

 しかし、数日前から状況は一変した。王の「冬の女王と春の女王を後退させたものには好きな褒美を取らせよう」というお触れに触発され、多くの国民が塔へと向かったのだ。

「行ったさ。冬を終わらせるためなら何でもする。王に願いを叶えてもらうためじゃない。ただ、俺が俺の願いをかなえるために」

 幼馴染は積み上げられた雪山のそばにしゃがみこんだ。

「ひどい有様だ。塔の扉は中にいる女王にしか開けることはできない」

 ひとつかみ、雪を手に取ると、両手で丸く固めていく。

「扉以外、外に通じるのは小さな窓だけ。でも、高くてそこから侵入することもできない」

 器用に生成された雪玉を片手に腰を上げる。幼馴染はそのまま、大きく振りかぶって雪玉を放り投げた。

「困り果てたみんなは石を、その窓から投げ込むんだ。怒号と石ころが飛び交って、地獄のようだよ」

 雪玉は宙に放られ、裸の木の枝に当たった。雪玉はくだけ、欠片が地に落ちる音が鈍く響く。

「そんなんだから、女王も怖がって窓には近寄ろうとしないらしい。よけい引きこもってしまっているよ」

 ゆれる枝を冷たい瞳で見つめる幼馴染は、絶望と失望の混じった声を落とした。

 本能と欲望にまみれた人間の姿。役目を放棄した女王たち。そのどちらもが彼の心に暗い影を落とす。

「世知辛い世の中だなぁ…。僕も、廃業寸前」

 取り繕うように軽口を言えば、幼馴染も困ったように肩をすくめた。

「この状況じゃな。仕方がない」

「このままじゃ食料が尽きる前に、僕の財布の中身が尽きそう」

「はは、ご愁傷様」

 幼馴染が愉快そうに笑う。冗談でなく本気で危機なのだが、まあ、彼が笑ってくれたから良しとしよう。

「妹のために、ついでにお前のためにもとりあえず、俺は今夜この手紙を届けに行く。その後は…、それから考えるよ」

 苦くもすっきりとした笑顔で彼はそういった。

「ん。いい方向に進むことを願ってる」



 しかし、それから数週間が経っても、雪がやむことはなかった。


約一年ぶりの投稿です。今年最初にして最後の作品になってしまいました。

そして、念願の童話祭参加作品です!ずっと参加したかった(-ω-)

全三話の予定です。よろしくお願いします!!

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