ウミウシ
「あの、私と結婚してください!」
「そういうの間に合ってますから」
手で押さえた毛皮から溢れる双丘、スラリと伸びる長い脚、そして腰からの流れるようなライン。
アザラシの毛皮をまとった半裸の美女に、いきなり求婚された。
開いた両手を口に当てて「信じられない」という表情はせずに丁寧に断っておく。
美人局警戒。
「半海豹はだいたい人妻だよ。ほら、グズグズしてると置いてくわよ」
そして追い打ちのヴァーニャさん。
「この島の泉について何かを調べてるんですよね、それなら私に心当たりがあります」
めげない半海豹。
ゆらりと近づくヴァーニャさん。
「詳しく話を聞こうじゃない。もしガセだったらただじゃ済まないからね」
他の浴槽の精もこんなに怖いのかな。半海豹もなんか違う意味で怖いけど。
半海豹が語り出す。
「私、半海豹のセシュと言います。あとまだ未婚ですから」
睨むヴァーニャさんに笑顔でやり返す。バチバチ。
いいぞもっとやれ!
「実は私、人魚の部族長の息子と政略結婚をさせられそうになっているんです」
セシュさんのその一言でヴァーニャさんの態度が急変。目に宿っていた疑心の炎が同情の光に変化する。
「えー、うそー!ひどい!かわいそすぎる!人魚の男だけはないわぁ」
「ですよねー(ため息)。人魚の女性はとても美しいのですが、男性は緑の歯と髪の毛をしていて目は小さい上に離れすぎていて、恐ろしく醜いんです」
なんかすごい言われようだけど。
ブラックラグーンのクリーチャーみたいなやつかな、ちょっと見てみたい。
「すごいんだよね、しかも陸に上がった時はウシだし。同族で結婚しとけって話よね」
「ですよね。ウシですよ。本当に意味がわからないです。私は本人とも話したことないですし、人魚の男性の違いなんて正直わからないんですが、どうも同族にすら相手にされないくらい醜いとかで。それがなぜかお鉢がこちらに回ってくるという謎」
「なにそれ酷ーい」
ワイワイキャイキャイ。
恋バナに花が咲いているようで何より。
個人的にはアザラシもどうかと思うけど。
「ちなみにあの丘の上にいるのが、人魚の長の息子です」
指差す丘の上には立派な牡牛が一頭、こちらを見下ろしている。
「フシュー!」
ヴァーニャさんのびっくりするくらい大きな花冠でよく見えないけど鼻息が荒いから、アレたぶん怒ってるんじゃないかな。
あのウシが海に入ると半魚人みたいになるのか。いや半魚人かな?
神話ってバックボーンがわからないとたまに何言ってんだコイツ状態になるよね。
「いっちょ殺しとく?」
「お申し出は大変ありがたいのですが、部族間抗争に発展しそうなので自重してください」
物騒だなおい。
「そういうわけだからバァン、あんたセシュと結婚しなさい」
「俺、既婚者なんでそういうの間に合ってますから」
なんでヴァーニャさんそっちサイドになってるんですかね。
「あの、本当に結婚していただかなくてもいいんです。本当にしていただいてもいいんですが(////)」
シナをつくりながらの人妻の色香。いや未婚か。
「ちなみにワシは今フリーじゃよ」
「この辺りを収めるバァン様が相手となれば、向こうも納得しやすいと思うんですよ」
なるほど、俺がモテているわけじゃなくて権威を笠にってことね。
あと、マウロ爺さんが悲しそうにしてる。おじいちゃんには優しくしてあげて。
「お願いします!」
掛け声とともに手を差し出してくる半海豹のセシュさん。
ねるとん方式なんて、今の若い人には伝わらないと思うの。
早くしろと言いたげな眼でパ○プロ並の威圧をかけてくるヴァーニャさんと、冷たい眼で睨んでくるマウロ爺さんとザシャくん。
温泉のためとはいえ、なんだこの状況。
どうするかな。
「結婚云々は後で考えるとして、泉の話を先にしてもらっていい?」
「あ、はい。この島の北西に妖精の女王のメイヴ様の神域コナハトがあります。多分崖の上にあるのはメイヴ様の聖泉じゃないかなと思うんですが」
なんか怖そうな名前きた。
この島にそんな大物っぽいのがいたなんて初耳なんですが。
人魚
アイルランドの人魚。嵐の前兆。
魔法のフードという水の中で呼吸ができる魔法の帽子をかぶる。
これがないと「乾いた水の国」に帰れなくなる。
半海豹同様、フードを奪われて人間と夫婦になるという異類婚姻譚あり。
印欧語族の神話群では牛がよく出てきますよね。
モットーの報告書
鹿狩りの月 24, 03
住人数についての報告
報告者:モットー ドリュアス
追加難民:3名
人間(3)
死亡:1名
マクダ(人間 女性 6歳)
死亡理由:魔物による食害
住民総数:105
内訳:
招来者:3
人間:85
亜人:17
内訳:
ドワーフ(8)
ライカンスロープ(4)
ハーフエルフ(3)
ヴァンピール(1)
ウェアタイガー(1)
以上




