ヒロインと商人、その仲間と王子様
ノイズの入った電子音のような恐ろしい声。
「ズァーーーーー!」
いきなりザシャくんに引きずられながら、泉へダイブ。
俺には妻と子供が!!
(ただ目があっただけなのに)怒りに我を忘れて襲いかかってきた黒い巨人は、泉に足を踏み入れた瞬間、再度、恐ろしい悲鳴をあげながらどこかにテレポートして消えてしまった。
えーと、どうやら水がお嫌いなようだ。
「ありがとう、助かりま……!」
見ると泉が血で赤く染まっていた。
スレンダーマンの長い爪で、ザシャくんの背中が革の鎧ごと引き裂かれたらしい。
「ザシャくん!?」
思わず悲鳴染みた声を上げてしまう。
「バァンさん、これくらいなら大丈夫ですから。落ち着いてください」
14歳の子に、落ち着けと諭された。
「銀盃花のウェヌスよ、ゴウランガ。聞食さむ、罪と言ふ罪は在らじと。治癒」
苦しそうな表情で、神聖魔法を唱えると体が光り輝き、傷口が、徐々に塞がっていく。
おお、すごい。あとそれ大祓詞じゃね。いいのか? 色々と。
呼吸を整えながら二人で泉から這い出す。
「本当に大丈夫?」
「体力はすぐ戻りませんが、とりあえずは大丈夫です」
全快という感じではなさそうだが、一応ほっとする。
「助けてくれて、本当にありがとう」
なんというかヒロイン成分が足りない気がしていたから、ザシャくんがヒロイン枠なのかと思っていたら、まさかの俺だったか。
「早速、バァンさんに恩返しができてよかったです」
にっこりと眩しい笑顔。
イケメンは死すべし、でも許す。
「でも昼間で幸運でしたね。夜に出会ったら、執拗に追いかけてきますから」
なにそれこわい。
黒い巨人を警戒しながら、今日は一旦東崖を降りる。
スロープを降りていると、カールさんが土塁の外にいる誰かとやりとりをしている。
「下が何か騒がしいですね」
遠目からはよく見えないけれど、お客さんかな。
崖を降り、カールさんに近づくとホッとした表情で近づいてきた。
「ああ、よかった。バァンさん、商隊の方々らしいんですが、砦の中に入れて欲しいそうです。バァンさんが戻らないことにはとお断りしていたのですが、かなり切羽詰っている様子で」
外を見ると馬車が4台。
5名ほどの護衛を含め、見える範囲で10人程度の商隊が対岸で待機していた。
護衛だけでなく、馬車もかなりボロボロの様子。
ひとまず土塁に入り口を開け、代表者の男と話す。
その男は、豪華な装飾を施したイスラム商人のような格好、30歳半ばの細身褐色くせのある長髪を後ろで束ね、無精髭がなければどこぞの王子様かって風体のイケメン。
うん、爆死しろ。
「私はこの商隊の隊長、ファサールと申します」
「バァンです」
「商売から帰る途中、屍食鬼に襲われた挙句、道に迷ってしまって。右も左もわからず大変難儀しております。よろしければ一晩軒下をお貸しいただけないでしょうか」
うーん、イケメンを見たら泥棒と思え。古事記にもそう書かれている。サツバツ!
「え? いや、怪しまれるのも当然かと思います。可能な範囲でお代はお支払いさせていただきます。今夜一晩だけでもお願いできないでしょうか」
アレ?、心を読まれた?
取られるものはそれほどないけど、強盗の類だったら面倒臭いな、どうしよう。
「カールさん、奥さんたちを二階へ」
目で頷くと、カールさんが砦の方へ走っていく。
まあ、念のため。
「中に入っていただくのは構いませんが、あいにく宿屋もゲストハウスも、ついでに食料もないような有様でして。野宿とそれほど変わらないと思いますがそれでも構いませんか?」
「助かります、野宿で構いませんので是非お願いします」
溜息を吐きつつ、馬車が通れる幅まで土塁を広げる。
「失礼ですが、バァン殿は魔術師なのですか?」
「まあニートみたいなものです」
「?」
なんか最近、同じやり取りをした記憶があるな。
あとファサールさんは多分、召喚されたニートじゃなさそう。




