蹉跌
背後から聞こえてくる勝ち鬨を聞きながら、内門砦をくぐり抜ける瞬間、横目に巨大なメイヴが見えた気がするが、とりあえずスルー。
勝利を確信し沸き立つ人混みをかき分けながら、急いで主塔に戻り、扉を開く。
扉を開いた先には、女性たちのすすり泣き、むせび泣きの混ざった声と嗚咽が充満していた。
ぞわりと全身に鳥肌が立つ。胸に沸き立つ、踵を返して逃げ出したいという衝動を抑えながら、人混みを掻き分ける。
グィードさんとヘルマンさんの家族が泣いている。
血まみれで四肢のいたるところを欠損した彼らにすがりつきながら。
周囲の女性たちに目を向けるが、ただ首を横に振るだけ。
おそらくあの二人はもう助からない。
二人の隣にはイーライ神父。
さらにその奥、衝立の向こうにザシャくんが寝かされているらしい。
ここに神父が倒れているということは、これ以上の治癒は行われないということ。
「ルフたちは?」
衝立の向こうも気になるが、人狼たちの姿がないことに動揺する。
周りに確認すると、一人の女性が答える。
「司祭様がお倒れになっているのを見て、3人とも出て行ってしまいました」
あの傷で出て行った?!
3人?
「ネヴァンはどうした?」
ルフさんを運んでいたはずのネヴァンの巨体も見当たらない。
「それが……大きな鳥の姿になって、三人の後を追って行ってしまいました……」
なるほどわからん。
イライラする。
悪態をついて誰彼構わず当り散らしたい気持ちをなんとか抑えて、周囲に一礼。卒倒しているイーライ神父の横を抜け、深呼吸をしながらさらに衝立のある奥へ進む。
というか、なんで衝立?
新米騎士が司祭より奥に寝かされるってのは、一体どういうことだ?
嫌な予感しかしない。いろいろなものが混ざったような感情がこみ上げてきて、小走りになるのを抑えられない。
衝立の奥を急いで覗き込んだその刹那。
自らの首を可動域いっぱいに、イヤ、可動域を超えて背ける。
ザシャくんの上半身にかけられた、その薄手の布が緩やかな双丘にそって曲線を描く。
いわゆる女体。
ザシャくん女の子だった。
想定の斜め上の出来事に、頭の中が真っ白になる。
「どうぞ」
衝立の奥から、手当をされて横になったザシャくんが声をかけてくる。
その隣には、さっき崖の上で身を乗り出していた興里が座っていた。
おかしい。
半裸の女性の隣に興里。
実際興里は女性なのだが、周囲には男性に見えているはず。
ザシャくんにもおっさんに見えてるはず。
オカマ枠か。
オカマはOKなのか?
どうぞと言われたということは、入っていいということ。
なんだ、俺もオカマキャラなのか?
「どうしたの? 早く入りなさいよ」
興里が咎めるように怪訝な声をかけてくる。
ゆっくりと振り向き、焦点をザシャくんと興里の二人の間をふらふら彷徨わてみるが、うん。
やはり女性だ。
「大丈夫?」
これは、興里のセリフ。
「大丈夫?」
これは俺のセリフ。
興里を華麗にスルーして自然に振舞おうとするも、挙動不審な先ほどの行動を思い出して恥ずかしくなる。
「はい、イーライ神父の奇跡をいただき……とても楽になりました」
そんなはずはない。
傭兵のゴットホルトさんたちが、殺してくれと叫ぶほどの苦痛があるはず。
無理に笑顔をつくっているのが伝わってきて、胸が苦しい。
おそらくあの泥粘漿が、体内に入り込んだのだと思う。
そして対処法はわからない。
「もしかして、女の子だって黙ってたことを怒ってるの?」
本当に小さい男、とでも言いたげに興里がこちらを睨みつけてくる。
「知ってたのか?」
「え? ああ、騎士叙勲用の鎧を作る時にね」
「ボクが黙っていてくださいと、興里さんにお願いしたんです」
ボクっ子を目の前にして、ああもう、情報の処理が追い付かない。
脳みそが熱ダレでオーバーヒートしてフリーズって熱いんだか冷たいんだか。
興里が席を立ち、アウアウしている俺に座れと促しながらその場を離れて行く。
この間まで男の子だと思っていた女の子、しかも重傷かつ半裸の女の子と二人きりとか、マジどう接していいのかわからないんですがそれは!
いい年をして挙動不審になる俺にザシャくんが声をかけてくる。
「あの、なんかいろいろゴメンなさい」
「ぜんぜん大丈夫だよ! っていうか謝る必要なんてミジンコもなしい。あー無理して声出さなくていいからね! 何か欲しいものとかある?」
「大丈夫です」
早口になる俺と、眩しい笑顔のザシャくん。
目に溜まった涙を気合いで押さえつけるのでいっぱいいっぱいだ。
誰がどうみたって、控えめにみたって死にそう。
「バァン様!」
そこへ、入り口から大きな声が響く。
「バァン様、みなさまがお呼びです!」
「新手か?!」
勝手に戦闘終結だと判断したのはまずかったか。
「いえ、メイヴ様を仲介とした停戦協議を開きたいそうです」
あぁ?!
停戦?!バカジャネーノ。
知らねーよ!
終戦じゃなくて停戦と来やがった。
くそ。
ああもう、めんどくさい、激しくめんどくさい!
勝手にやってろよ。
口から出そうになる罵詈雑言をなんとか収めて、深呼吸。
まあでもこれはアレだ。
もしかしたらザシャくんの体内から、泥粘漿を除去する方法を知ることができるかも知れない。
気を取り直してザシャくんの方に振り返る。
「ごめんザシャくん、ちょっといってくるよ」
「はい、いってらっしゃいませ」
後ろ髪を引かれる思いで。
苦しそうな笑顔の彼女をおいて、どうでも良さそうな協議に向かう。




