圧倒
内庭南側(崩落前) イメージ
「頼む」
狂戦士状態の連続使用・連続解除で恐慌状態に陥ったモリガンを、必死に羽交い締めし押しとどめていたエーリウは、小烏丸にフェデルマを押し付けられる。
「た、頼むって、おい! 今それどころじゃないことくらい見れば……」
ドサッ。
かけた言葉を言い終える前に、今まで対峙していた強敵、隻腕の沼鬼の頸が落ちる。
少し遅れて、首から上を失った胴体がフラフラとたたらを踏み、音を立てて崩れ落ちる。
残心。
切先を斜めに血振り。
納刀はせず、地面に落ちているソレを拾い上げる。
小烏丸はその手の中にあるものを見ながら考える。
おそらくあの時、フェデルマが何かしたのだろう。
何かしただろうことはわかるが、何をされたかわからない。
主様の差配とは、違う力が体中に溢れる。
まるで自分の体ではないような、いや、もしかしたら意識のほうが自分のものではないのかもしれない。
傍らには、頸を刎ね落とされてもなお、立ち上がろうとするかのごとく痙攣を繰り返している巨躯、おそらくは敵軍の大将級、隻腕の沼鬼が足元で蠢く。
手に取ったその鬼の頸は未だ意識があり、まるで呪詛を唱えるように口を動かしながら、こちらを睨みつけている。
その、拾い上げた頸を一瞥し、奥にいる敵に放り投げる。
駆けつけた吟遊騎士のティテスたちは、その様子を見て勝利の確信に歓喜し、背後で見ていたエーリウは、その尋常でないスピードと圧倒的な剣技を目の当たりにし、若干の恐怖心への対応にも悩まされることになる。
沼の女王は、目の前で起きたその光景を、信じることができずにいた。
最愛の我が子が、人間の手により斃される。
ありえない。
我らは神の子であり、正統なるカインの末裔。
目の前で起こった光景に、驚愕の表情が張り付いたままの沼の女王の足元、将来の王にして最愛の息子の頸が転がる。
豊満な自らの胸を、掻き毟りたい衝動に指が震える。
その隣では、呪術師の沼小鬼たちが、怪しげなトーテムのような杖を取り落とし、あるものは嘆き、あるものは腰砕けになり膝をついて崩れ落ちながらも、投げ捨てられた頸へ這いより、その頸を拾い上げる。
沼の女王につき従っていた他の沼小鬼、幇間や旗手は、将来の王が斃れるのを目の当たりにし、それぞれが手にしていた、薄汚れた戦太鼓、おどろおろしい色彩の軍旗、頭蓋骨の神像を投げ捨て、崩れた幕壁めがけて一目散に逃げ出していく。
城壁内に残るはもはや、沼の女王と腰砕けの沼小鬼呪術師たち、そして二体の沼小鬼近衛のみ。
沼小鬼たちが逃げ出すのを、押しとどめることのできなかった二体の沼小鬼近衛は、残された仕事、沼の女王を守るという自らの任務遂行のため、意を決して小烏丸に突撃を敢行する。
女王の逃げる時間を少しでも稼ぐため。
ただそれだけのために。
「八つザきだゴラァァァァ!」
「ハラワタ引きずり出して喰ってやるゼェェェ!」
それはゴブリンとは思えないほどの忠誠心。
沼鬼最大戦力を瞬く間に屠った相手にかなうとは思っていないが、せめて一太刀だけでも。
そう考えている瞬間には、すでに彼らの胴と頭は泣き別れ、泥の中に沈んでいた。
ぬかるみの中から見える、切り離された自らの胴体と、逃げることもせず立ち尽くしている女王を見ながら、薄らいでいく意識に飲まれていく。
そしてその場に突如、妖精の女王メイヴが姿を表す。




