雨闇
輝く月 15
この世界にも雨は降る。雨は嫌いじゃないし、この世界の雨も悪くない。雨音が耳に心地よい。
最初の頃と違って、今はちゃんと屋根があるところで寝られるし背中を預けられる仲間もいる。
こんな雨の日でも斥候の人たちは雨に打たれながら頑張ってるのに、俺は事務仕事という名の音読大会が一息ついて、若干拡張した主塔でハーブティーなんか嗜みつつ優雅にまったりしている。
正直心苦しい。
ハーフエルフや人狼だけでなく、人間の自警団も協力して交代制で24時間見張りをお願いしているけど、そろそろ沼地付近まで出張っての隠密偵察は解除してもいいかもしれない。
相変わらず、マグマ以外の有効打を見つけられてはいないけど、外堡の高さも10mを越え、土塁から複合素材城壁にグレードアップ。もっと厚みを持たせて、幕壁の上部から下に降りずに島まで行き来できるようにすれば、もはや内部におびき寄せて罠にかけるなんてことをしなくても十分守りきれるようになる、はず。
襲撃以降、住民同士の親睦が深まり、肩寄せ合っての仮設暮らしもむしろ安心感があるのかもしれない。だけど、いつまでもこの狭い中庭にこの人数がいられるわけじゃない。
それほど得意ではない香りのハーブティを飲みつつ城塞拡張を妄想。木枠の窓から暗くなってくる外をぼんやり眺めていると妙な違和感を感じる。
「?」
「どうかしましたか?」
一緒にお茶をしていたザシャくんが、俺の視線の先へ向き直る。
ああ、外に見えるのはゴットホルトさんか。
「ゴットホルトさんですね、もう出歩いても大丈夫なんでしょうか」
アルフォンスさんとゴットホルトさんは沼小鬼の毒による傷がなかなか癒えないまま、今日まで10日近く経過していた。
「元気になったのかな。それならいいけど……」
外は雨が降っているとは言っても、土砂降りというほどでもない。実際、外で作業している人もまだ何人かいるはず。
「でも病み上がりで雨に打たれたら体に触りますよね。ちょっと様子を見てきますね」
「そうだね、お願いします。ああ、やっぱり俺も一緒に行くよ」
イーライ神父の解毒がなかなか奏功せず、アルフォンスさんたちはずっとうなされたり意識が朦朧としていたので、ちゃんとあの時助けてもらったお礼をしないとね。
ザシャくんを追いかけて外に出てみると、思っていたよりも雨脚が激しい。夜の帳も下りてすっかり暗くなっていた。鬱蒼とした雨闇というのかな。夜の雨は殊更に闇を深く感じる。
俺が見えない雨月を探してフラフラしていると、ザシャくんが座り込んでいるゴットホルトさんに手を差し伸べていた。
「ゴットホルトさん大丈夫ですか?こんな雨の……」
グラッ。
ザシャくんの手を取り、起き上がろうとしたゴットホルトさんの、その大きな体躯のバランスが崩れる。そして、それを支えるようにザシャくんが自身の体を入れる。
うぁ、危ない。
それを見て慌てて駆け寄る俺の目に、理解できない光景が映る。
ゴットホルトさんの両目が黒い。
黒い目のゴットホルトさんの大きな口が、倒れまいとするザシャくんの首元に吸い寄せられる。
刹那。
ザシャくんの首筋から血がほとばしる。
首筋に噛み付いたままのゴットホルトさんがザシャくんの上に被さるように倒れこむ。
ドサッ。
雨に混ざり、どんどん広がっていくザシャくんの血だまり。
倒れこんだゴットホルトさんの黒い目からは、真っ黒な泥のような涙が流れているように見えた。
死亡判定じゃないファンブル
歌う月13
住人数についての報告
報告者:モットー ドリュアス
移住希望者:5名
招来者:1
人間(3)
ドヴェルグ(1)
住民総数:134
内訳:
招来者:5
人間:99
ドワーフ:8
吸血鬼:4
ハーフエルフ:3
ダークエルフ:3
熊猫人:2
人狼:2
猫人:2
白虎人:1
龍人:1
白熊人:1
エルフ:1
ドヴェルグ:1
以上




