4-2
「♪オッレたっちゃ機械化歩兵部た~い」
高らかに歌いながら歩いていく剄介に、ユウキはいろいろな意味でついていくのがやっとだった。
「先輩、僕たち機械とか何にもないですけど……」
ユウキがそういうと、剄介はふりかえった。
「おっと、おまえにはまだアレを見せてなかったな」
彼はポケットからデジカメを取り出した。「こいつが俺の愛機・マンマシーンインターフェース号――通称マンマン号だッ!」
そばにあったガードレールに飛びのり、パシャリと一枚撮る。「ヌフフ、これで敵の侵攻ルートは丸裸よ……これぞ愚宇具流法ストリートビュー!」
彼は落窪通りにつづくくだり坂をパシャリパシャリと撮影した。
ユウキは剄介に誘われて、敵との競合地域をパトロールしていた。
このあいだ彼が櫟潟蛟希と出会った三角公園よりもさらに北上し、南義能山中の支配地域近くまで来ている。
「先輩、あんまり派手にやると敵に見つかりますよ」
ユウキの忠告を剄介は笑い飛ばした。
「なァに、あいつらなら六時間目の授業受けてるよ。ここでバッタリ出くわすおそれはない」
彼がいっていた「南義能山中侵攻計画」は本気のようだった。もうユウキたちは「やるか否か」ではなく「どのようにやるか」を考える段階に来ている。
ユウキは腰の刀に手をかけ、道に沿って視線を走らせた。
敵が来る可能性はゼロでない。そしてその敵が櫟潟蛟希である可能性も――
二〇〇mほど先に、あのおうど色の制服がちらりと見えたような気がした。
ユウキは足を止めた。
「先輩!」
「ん? どうした?」
剄介はファインダーから目をはなさずに返事をする。
「あの……向こうに南義能山中のやつが……」
「なァ~にィ~? そんなもんいるわけ――そのときカメラマンを襲った悲劇とはッ!」
彼はアスファルトの上にばったり伏せた。
ユウキもしゃがみこみ、ガードレールのかげにかくれた。
「やっぱあれ、そうですよね?」
「あァ? ありゃ無真頭女じゃねえか」
剄介は最大望遠にしてあったレンズを急速にひっこめた。
「知ってるんですか?」
「ああ」
地面から起きあがった剄介は学ランについたほこりを払いおとした。「あれは去年まで南義能山中七本槍の一人に数えられていた無真頭女ってやつだ。首がないからすぐわかった。いまは高校生だからだいじょうぶだ」
高校生の交戦は法律で固く禁じられている。
首のない女子は漂うようにふわふわと道をやってくる。
「何してるんですかね」
「代わりの首でもさがしてんじゃねえの?」
首がないだけあって彼女はユウキたちに見向きもしない。だが両者の距離はじょじょに縮まりつつあった。
「首はなくてもおっぱいはあるんだよな……(ゴクリ」
剄介がつぶやいた。
「え?」
「いや、ちょっとな」
そういって剄介はユウキにデジカメを差し出した。
「え? これ……」
「ちょっと持っててくれ。俺はやつに勝負をいどむ」
剄介は腰の剣帯をはずした。彼の愛刀・ツモリのチェスカがゆれて音を立てる。
「勝負?」
「そうだ。あの特訓で自分がどれだけ強くなったのか、確かめてみたいのさ。やつには北中の先輩方が何百人も殺されてる。対手にとって不足はない」
特訓というのはふたりで校舎の階段をダッシュでのぼったり、刀の素振りをしたり、対手の寸止めする刃をギリギリまで見つめたりすることを指していた。
人間、死の一歩手前という状態から復活するとそれまでの限界を突破することができる、という剄介独自の理論により、このトレーニングプラン(ふたりのあいだでは「Z戦士計画」というコードネームで呼ばれた)は実行にうつされた。
確かにユウキは全身筋肉痛で死ぬほどつらかったので、これが治ったら強くなっていそうな気がしていた。
「でも先輩、素手だと――」
「いいんだ。対手が徒手空拳ならば俺もそれで、対手が攻めなら俺は受けで――そうやって臨機応変に対応していくのが俺の戦い方だ」
彼は腕を伸ばし、両手で大きく円をえがくと、胸の前で組みあわせ、印を結んだ。
素!
手!
喧!
嘩!
目にもとまらぬ速さで指を組みかえ、深く息をつく。
「ハァァッ……気は充分に練れたッ!」
彼は首のない女子の方に向かって坂をおりていった。
「先輩、やばくなったら助太刀に行きますから」
ユウキのことばに剄介はふりかえらず、ただ拳をあげて応えた。
首のない女子はぼんやり立って、首はなかったが電線に止まるスズメを見あげていた。
剄介はその背後に音もなくまわりこんだ。
まるで獲物をねらう獅子のようだった。
ところで先輩は何をもって勝利とするつもりなんだろう、とユウキは思った。
「ムゥッ、これだァーッ!」
剄介は翼のように腕をひろげて、首のない女子に襲いかかった。
「秘技・おっぱい三倍段ッ!」
○ ○ ○
「はひゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
無真頭女の首は悲鳴をあげて、南義能山高の廊下にある彼女のロッカーから飛び出した。
彼女の首は隠れて彼氏に電話していたのだった。
私立南義能山高校では異性との交遊が校則で固く禁じられている。
「どうした無真頭女」
彼女の同級生たちがラグビーの選手のするようにわっと集まり、廊下に転がった彼女の首を拾いあげた。
「だ、誰かが私の胸を……んッ……そんなギュッってしたら……ダメ……」
彼女は顔を紅潮させて、唇をかんだ。
○ ○ ○
剄介が生まれてはじめてわしづかみにしたJKおっぱいの感触は、彼の想像していたもの――丸い、やらかい、ぽよよん――とはまったく異なっていた。
「重いッ!」
剄介は思わず声をあげた。
「おっぱいは重いッ!」
「金よりッ……!」
「時間よりッ……!」
「生命よりッ…………!」
ふりむきざまのエルボーをこめかみに食らって、剄介はひざから崩れおちた。
首に腕が巻きつき、きつく締めあげられる。
「ユ、ユウキきゅnnnnnnnnnmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmmm」
首なし女子のギロチンチョークにとらえられて動かなくなった剄介を見て、ユウキは走り出した。
「うおおぉあああぁぁッ!」
雄叫びとともに抜刀しようとしたが、セーフティスイッチの存在を忘れていたため、いくら力をこめても刀は鞘から抜けなかった。
仕方がないので、そのまま坂をかけおりる。
「その手をはなせッ! ぶったぎんぞテメエ!」
彼が鞘つきの刀を振りかざすと、首なし女子は、絞め技を解き、胸を押さえて飛ぶように逃げ去った。
剄介はわら半紙のような顔色をして、地面にぐったり伸びていた。
「先輩、先輩ッ!」
ユウキが肩をつかんでゆらすと、彼はビクッと体を動かした。
「お……おお? ゆれているのは俺か世界かおっぱいか……」
「先輩、しっかりしてください」
「おお、ユウキか。どうした? まるで卒業ダンスパーティが中止になったって顔だぜ?」
いつもの軽口とともに血色ももどってきている。ほっとしたユウキは思わず剄介を抱きしめた。
「もう……無茶しないでください。僕、本気で心配したんですよ……」
「夢を語る資格があるのは、夢をその手につかんだ者だけ――俺にいえることはそれだけだ」
そういって剄介はふたたび気を失った。
この人をほっといたらダメだ、とユウキは思った。彼はたぶんひとりでも対手の本拠地に突っこんでいってしまうだろう。
いっしょに行く。
いっしょに行って、櫟潟蛟希さんに会う。
この人がいなきゃこんな無茶しなかったって、彼女にいう。
正直にいう――自分が意気地なしだったってことを。
ユウキは剄介の学ランをつかみ、いっそう強くその体を抱きしめた。