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二人の少年とひとつの死体を乗せたエレベーターはノンストップで下降した。
壁に寄りかかってうつむいていたユウキが顔をあげた。
「日吉先輩……」
「ん?」
液晶パネルの階数表示をぼんやり見ていた剄介はふりかえった。
「あの……先輩、助かりますよね?」
ユウキは床に横たわる川野を見ていた。
「は? どう見ても死んでんだろ。デコぱっくりいって赤貝みたいになってんじゃん」
剄介が答えると、ユウキはしゅんとなって床にしゃがみこんだ。
ちょっといいかたがきつかった、と剄介は反省して、ユウキの方に向きなおった。
「あのさあ、日吉じゃなくて剄介な」
「え?」
ユウキは彼を見あげた。
「俺のこと『日吉』って呼ぶのは先生だけだ。友達はみんな『剄介』って呼ぶ。刀のヒヨシとまぎらわしいだろ?」
そういって剄介はほほえみかけた。相手の顔もすこしほころんだように見えた。
「剄介先輩――」
ひざを抱えてユウキはいった。「僕たち、なんで戦争しなくちゃならないんですか?」
「そんなこときくなよ」
剄介はエレベーターのドアに背中を預けた。「『どうして勉強しなきゃなんないんですか?』ってのと同じだ。アタマの悪いやつのする質問だ」
「すいません」
ユウキはいっそううなだれた。
剄介は体を起こして液晶パネルを確認すると、ふたたび壁に寄りかかった。
「あのさ、秘密のアイテムみたいのがあるわけ。三個だか七個だか二五六個だか知らないけどさ。それを取りあってるんだよ、北中と南義能山中で」
「それ集めるとなんかいいことあるんですか?」
「さあなあ。願いごとでもかなうんじゃねえのかなあ」
「でも、かなうとしても、その願いごとは俺のじゃないんだ。きっと」
「うーん」
ユウキが頭をかきむしった。「でも区内の中学校ってうちと南義能山中のふたつだけですよね? だったら仲良くして、そのアイテムってのもいっしょに使えばいいと思うんですけど……」
「そうもいかねえんだよ、ユウキくんよォ」
剄介は腕を組んだ。「たとえばさ、はなればなれのロミオとジュリエットに『ご近所同士だからいいじゃないですか』って、きみいえる? 織姫と彦星に『同じ宇宙にいるんだからいいじゃん』っておまえいえんのか? AKBの握手会に行ったらブースに知らないおっさんがいて『ボク、選ばれしトップオタだから、ある意味選抜メンバーなんだよねドゥフフ』っていわれて『わあ、会いたかったイェイ♪』ってオメエいえんのかッ?」
「いえんのかッ?」
ふんわりとした電子音が鳴って、エレベーターのドアが開いた。
「足の方、持ってくれる?」
剄介は川野の腋に手を差し入れた。
「は、はい」
ふたりで死体を持ちあげ、保健室に運びこんだ。
死亡診断書は医師でなければ作れないと保険の先生はいった。
だが川野はあきらかに死んでいた。死んで医者要らずの体になっていた。
エレベーターの呼び出しボタンを押そうとするユウキに剄介は声をかけた。
「なあ、ちょっと上、つきあえよ」
「いいですけど……」
剄介には予感があった。
「歩きながら話そうぜ」
防火扉を押しあけて、薄暗い階段に出る。人の気配はなかった。
「おまえ、さっきの女が好きなんだろ?」
あの写真――クヌギガタミズキという少女の姿を見つめるユウキの目つきは真剣だった。そこにふつうじゃない思いがこめられていることは、クラス中の女子から送られている熱い視線に気づかないふりをしている自称鈍感キャラの剄介にだってすぐわかった。
こいつは同類だ。
「いや、そんなんじゃないですけど……」
ユウキは手の甲で鼻の頭をこすった。
「あのさ、ここだけの話、俺も南義能山中に好きな子がいるんだ。いっつも望遠鏡で見てる。俺、あの子と直接会って話がしたいんだ」
剄介の告白を、ユウキは目を丸くして聞いていた。
「おまえも会いたいだろ、ナントカミズキさんに」
「いや、まあ」
ユウキは首をひねった。「どっちかというと、まあ……そうですけど……」
「はっきりいえよ。会いたいよな?」
ユウキは観念したように肩を落とした。
「……会いたいです」
剄介はうなずいた。
「よし。じゃあ戦争だな」
「えっ?」
ユウキの甲高い声が階段の壁や天井に響いた。「戦争? 会いたいと戦争なんですか? 何かそれって変ですよ」
「変か? 会いたきゃ戦争。攻撃あるのみ。ふつうだろ」
「いや、変です」
「おいおい……俺は全然ふつうだろ。世の中にはサッカーの試合で負けたから戦争はじめるってバカもいるんだぜ?」
「でも戦争ってなったら、ほかの人も巻きこむことになるし……」
「いいじゃねえか。あいつら、ほっといてもバカみてえに殺しあってんじゃん。だったら俺たちのために死んでもらおうぜ」
「あの、どうでもいいですけど……」
ユウキは手の甲でひたいをぬぐった。「さっきのとこ……まだですか?」
「あァ? 何いってんだよ――ハァハァ――まだ十五階じゃないか。まだ半分も――ゼイゼイ――行ってないぞ」
剄介は学ランを脱いで、肩にかけた。
「あの、ひょっとして僕らって、すごく弱くないですか?」
「ああ。戦争の前に基礎体力からきたえないと、まちがいなく死ぬな」
剄介はうれしかった。
はじめて同じ心を持った友――女のために敵の本拠地に乗りこむなんてことを考えるバカに出会えた。
俺はこいつといっしょに行く。空を見あげるあの子に会いに行く。
戦争に必要なのは敵ではない。仲間だ。