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ノースサウス あるいは恋に変わる肉の内なる刀の力  作者: 石川博品
巻第九 開戦前夜
24/38

9-2

 剄介けいすけが監視所のロッカーを開けると、ユウキは目を輝かせた。

「うわあ、こんなにいっぱい……」

 数十本の刀が無造作に立てかけられている。パイミオにバタフライ、ヒルハウスにフレダーマウス――どれも新品同様だ。

 目移りして手も出せないユウキに代わり、剄介は一本、ひときわ細いグリップをつかみ、引き出した。

「これなんかどうだ? ツモリのレジェーラ。CMでは世界最軽量っていってた」

 ユウキに渡すと、彼は作法どおり刃を上にして鞘を払った。

「あっ、軽い!」

「だろ? 見えない剣を使うおまえの戦い方にはフィットすると思う。重くてパワーのあるモデルよりもな」

「すごいですよ、これ。すっごい軽い」

 ユウキは片手で剣を振りまわす。

「おいおい、狭いんだから気をつけろよ」

「これ、先細りでかっこいいですね」

「ああ。白いグリップもおしゃれポイントだぞ」

「剄介先輩、こんなのどこで手に入れたんですか」

「それはだな――」

 剄介は口ごもる。「その……拾ったんだよ。戦場で」

「へえ。もったいないですね。こんなの落とすなんて」

「そうだなあ」

「これ、借りていいですか」

「気に入ったんなら、やるよ」

「えっ? いいんですか」

「いいよ。持ち主はどうせ――」

 そういいかけて、相手がまるで聞いていないのに気づく。もうすっかり刀を振るのに夢中だ。

「おいおい、気をつけろって。ガラス割っても知らねえぞ」


 そういったとたんに窓ガラスが砕けちった。

 剄介もユウキもとっさに身を伏せた。


 こんなことが起きるのは、これで二度目だった。

 剄介は歯を食いしばり、次の衝撃に備えた。が、しばらく待っても何も起こらない。

 彼は手招きしてユウキを呼んだ。

「ゆっくりこっちに来い。頭あげんなよ」

 ユウキはレジェーラを鞘に納め、ひじを突いて床を這ってくる。ガラスの破片がじゃりじゃりと音を立てる。

「あれ……?」

 ユウキが体を起こそうとするので、剄介は声を荒らげた。

「バカ! 頭あげんなっつったろうが!」

「いや、でも先輩……あそこ……」

「あァ?」

 剄介はわずかに頭をあげ、ユウキのそれに視線を沿わせた。

 天井に木切れのようなものが刺さっている。

「んんっ? 何じゃたうん」

「僕、取ります」

「いや、待て。俺が取る。おまえはカーテン閉めろ」

 風にはためくカーテンをユウキが這っていってつかみ、窓を覆う。罠かもしれないので、敵の視界をふさいでおくことが肝要だ。

 剄介は回転ぼうきの柄を使って天井の木切れをたたきおとした。床に転がったのは彫刻刀だった。刃の部分に紙片が結びつけられている。

「何だァ……? ぶみ?」


   イトオユウキへ

    あした戦争

    ナギノセ中 1F 西トイレに来い


 ユウキを呼んで文面を見せる。

「これってくぬぎ潟蛟がたみずさんですかね」

「どうかなあ。女の字なのはまちがいないが」

「僕、行きますよ」

「いやいや、どう考えても罠だろ」

「罠でもいいです。この前だって櫟潟蛟希さんが待ち伏せしてて、会えましたから」

「ポジティブにもほどがあんだろ、ユウキくんよォ」


 ユウキは何がおかしいのか、くすりと笑った。

「先輩もいっしょに行きましょうよ」

「ハァッ? この流れからどうしてそんな話になるんだよ」

 破れた窓から風が吹きこみ、なびくカーテンが彼らの頭上でばたばたとゆれた。

「先輩、前いってたじゃないですか。ほかの人が戦争してるすきに、好きな人に会いに行くって。それって絶対このことですよ」

「いや、でもさあ――」

 剄介は床に落ちているガラス片をそろばんの玉弾くみたいにいじった。「敵に誘われて、そこにノコノコ出てくってのはやばすぎるだろ」

「だったらいつ行くんですか」

「いつって……そりゃあタイミングを見はからってだな――」

「タイミングってどんなタイミングですか」

「え? そりゃあ……」

 剄介はいつも座っていた椅子に目をやった。座面がガラスの粒に覆われている。


 ここで彼はチャンスが来るのを待っていた。

 屋上にいる彼女の前にかっこよく登場して、かっこよく愛の告白をするチャンスを。


 だがそれはやってこなかった。

 いつしか、チャンスの来なかったことに安堵するようになっていた。


 よかった。きょうもいつもどおりだ。

 仕方ない。きょうもチャンスはなかったんだから。


 だが、その安心とは、納得とは、いったい何だ。


 そんなおだやかな感情など、いま必要なのか。

 彼女のことを思うたびに高鳴る胸、熱くなる吐息とはまったく正反対のものではないか。


 彼のほしいのは愛だ。世間の人が眉をひそめるような。人目を避けてこっそりやるような。

 心臓バクバクで死んじゃいそうになるような。

 おだやかでお行儀のいいやり方では手に入らない。

 バカといっしょにバカやるくらいでなければ。


「クソッ、わかった。わかったよ。俺も行く」

 剄介がいうと、ユウキは「やった」といって顔をほころばせた。

「やっぱひとりじゃ怖いなって思ってたんですよ」

「ハハッ、何だよ。おまえもビビってたのかよ」

 剄介は這っていってユウキと並び、その肩を抱き寄せた。「がんばろうな、相棒。ズバッと行ってバシッと決めようぜ」

「はい」

 ユウキははにかむように笑い、うなずいた。


 そこへドアを押し開け入ってきた者があった。

「剄介ェ、授業サボってこんなとこで何やって――あっ……」

 三年C組の代表委員を務める女子が、床の上で腹這いになって寄りそうふたりを見おろし、絶句した。


 そうして、下校時までに剄介は「日吉Gay介」という新しいあだ名で呼ばれるようになった。


「何といわれようと俺はやる! あの子に好きだっていう!」

 剄介は回転ぼうきでガラス片を監視所の中央に押しやった。

「はい。絶対やりましょう」

 ユウキがそれをほうきでちりとりの中に掃きこんだ。

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