6-3
道に転がる死体をあおむけにひっくりかえし、折りかさなったものはひっぺがして、患奈はターゲットをさがした。
北中のどの生徒も、体にふたつ以上の穴を空けられていた。
穴はほかにもたくさん空いていた。
ブロック塀、鉄柵、車のボンネット、生垣、路面にまで。
どれをとってみても、致命的でないものはなかった。
七本槍の六部隊までもが道の両側にひかえて、北中の一群を一網打尽にした。茶槍隊が彼らの背後から攻め立ててその罠に蓋をする手はずになっていたが、それを待つまでもなく敵は隊列を乱し、次々と槍の餌食になっていった。
死者の数は一クラス分にものぼりそうだった。
味方には一人の死傷者もなかった。生徒たちは同じ色の槍を持つ同士集まって勝どきをあげた。
その中から黒い槍を肩にかついだ生徒が死体をまたぎこしてこちらにやってきた。
「イトオユウキは見つかった?」
そうたずねる水辺美智に患奈は頭を振った。
「いえ、まだです」
「きっと甘露寺の毒が効いて死んだんですよ」
北中の生徒手帳をてのひらいっぱいに集めた竟子がいうと、甘露寺が肩をすくめて笑った。
「え~、残念ですぅ。できれば目の前で死ぬとこ見たかったですぅ」
勝利の味は限りなく甘く、おめおめ逃げかえってきたことを朝からずっと恥じていた甘露寺もすっかり心をとろけさせていた。
患奈の見る限り、表情が晴れないのは蛟希だけだった。
(お姉ちゃん、仕方ないよね。私だって好きな人が女子のおっぱいを触る変態だったらショックだもん)
(日吉さんに限ってそんなことありえないけどね)
死体をあさっているのは患奈の率いる一隊だけだった。槍部隊が敵をすべて片づけてしまったので、彼女たちの出番はここしかない。
色とりどりの槍が沿道に並んで、その下に立つ者たちも上気してはなやいでいて、お祭りみたいだと患奈は思った。
すべてのいけにえはすでに出そろっていたはずだった。
宴はすっかり果てていた。
学校に引きあげようとする生徒たちの持ちあげた槍の柄がからまりあってカラコロと鳴った。
「敵、一人来ます!」
敵の進攻してくる方角に布陣していた青槍隊が二列になって半月形の陣を組んだ。
かなたからの声に、患奈はふりむいた。竟子と蛟希の目もそちらに向けられた。
味方が一人もいないところへのこのこやってくるのはよほどのバカか、何か特別な目的を持っているものか、あるいはその両方か――
半円を描いて並んだ槍隊が息の合った動きでその半円の中心をあやまたず突いた。ゆるやかなカーブを曲がってやってきた学ラン姿の者がその中心にとらえられていた。
枯れ山に風の吹きぬけるような音が患奈の耳には聞こえた。
強く、しなり、折れることを知らぬはずの長柄が中途でへしおられ、裂かれ、あるいはすっぱり断ちおとされた。
彼の一薙ぎがその中心にあった。
「あぁ~」
甘露寺が間の抜けた声をあげた。
「またあいつか……」
竟子が苦々しげにいう。
「私とおんなじだよ、あの技。ほら見て」
蛟希がはしゃいだ声をあげて、切先を彼に向けた。
彼は刀を振りまわし、白槍隊の囲みも突破した。切先のさらに先まで伸びる透明なその刃を恐れて、味方はさして広くもない道の端へと退いた。ときたま突き出される槍は容赦なく斬られた。
「イトオユウキ……」
患奈は守り刀の柄をひたいに押しあて、つぶやいた。
「あいつ何なの? どうなってんの?」
水辺美智の後頭部にある口がグルルゥとうなる。彼女が一歩踏み出したところに黒槍隊がかけよってきた。
「ズベ先輩!」
「私たちで止めましょう!」
「待ってください。私が止めます」
患奈は槍を持つ少女たちのあいだに割って入った。「蛟希と同じ技ならば、勝機はある」
美智からは何のことばもなかった。せまりくるユウキを見つめるその目がすべてをいいあらわしていた。
患奈は周囲の誰にというでもなくうなずき、敵の方へ歩を進めた。
「竟子、援護を」
「わかった」
竟子は肩で黒槍隊をかきわけ、進み出た。
患奈はユウキの進路に立ちふさがった。
「蛟希に会いに来たんでしょ?」
彼女がユウキに対して発した問いは、対手との距離をはかるためのものだった。
思い切って踏みこめばこちらの太刀で対手のそれを受けられる間合いである。
蛟希の見えない剣は何でも斬れるが、それは切先の向こうの、いわば延長部分のみであって、手にした刀自体が強くなるものではない。
ユウキの技がそれと同じなら対処することはできる。入身して刀を押さえてしまえばいいのだ。
そのためのすきを生じさせようと、患奈はあえて親しげに話しかけたのだった。
ユウキは彼女の両手にある刀に目をやってから、うなずいた。
「えっと、ツツガイカンナさんですね?」
患奈は対手に気取られない程度に眉をひそめた。
(なぜ私の名を? ……まさか読心術?)
わずかな疑いを患奈はすぐに打ちけした。
対手にそんな特殊能力はない。見えない剣の本家本元である蛟希にすらないのだから。
あの子は人の心どころか空気も読めない。
きっと甘露寺が決闘の際に名前をもらしたのだろう、と彼女は推測した。
「きのうはうちの一年が世話になったね」
彼女がいうと、ユウキは左目の眼帯を指さしてほほえんだ。
「ひどいんですよ、あの人。あのあと、すごい腫れちゃったんです。見ますか?」
自分に有利な条件をひとつ見つけた患奈は内心ほくそえんだ。
片目がふさがった対手は間合いがはかれないのでないか。
彼女は足元に転がった槍の切れ端をふたつ、つづけざまに太刀で打った。
「私が」
「私が」
ふたつの破片は回転しながらユウキめがけて飛んだ。
彼はわずかに腰を落として刀を一薙ぎした。彼に近い方の槍が空中で弾けとんだ。もう一方を彼は身をひねってかわした。
患奈は彼の間合いをおおよそのところで見さだめた。
(切先から一mってところか……。蛟希よりかなり短い。これならいける)
彼女は太刀の切先を正眼よりやや低めにつけて突進した。
いま一番警戒しなければならないのは対手の突きだ。これがもっとも遠くまで届く攻撃手段だからだ。
患奈は突きに対する備えと小手打ちとをにおわせながらユウキにせまった。
対手は剣を引いて上段に構えた。
患奈の予想していたとおりの反応だった。
「私が」
彼女は太刀を振りかぶると同時に右に変わった。
対手は面打ちを繰り出す。
すこし遠い。これなら受けられる。
患奈は目に入る日ざしをさえぎるようなかっこうで太刀をかざし、対手の正面打ちを頭上でやすやすと受けながした。
胴ががら空きで、突いてくれといわんばかり。
「お姉ちゃんが」
腰を割り、小太刀をまっすぐに突き出す。
対手はそれをひらりとかわした。
「えっ……?」
刃を打ちつけあった瞬間、ユウキは刀から手をはなしていた。
斬りあいの最中に剣士が剣を捨てるはずなどないと思いこんでいたのは患奈の甘さだった。
ユウキは剣なんて捨ててもいいと思っていた。
古くさいME四二八三なんか、なくなればいいとさえ考えていた。「戦っててなくした」とお母さんにいって、もっとかっこいいモデルを買ってもらおうとたくらむほど甘ちゃんで、刀に対してさめていた。
患奈は跳ねあがる対手の剣に気を取られ、対手から目をはなした。そのごく短いすきに、ユウキは患奈の背後にまわりこんだ。
羽交い絞めのようなかっこうでユウキは両腋を差した。
「おっぱいサンバイザー!」
彼の指が乳房に食いこむのを感じ、患奈は「ひゃあ」と悲鳴をあげた。
○ ○ ○
「ユウキ、あいつ……」
剄介は双眼鏡をのぞきながら生つばを呑んだ。「いつのまに乳の術を……。戦うたびに強くなってやがる!」
彼は机の上に置かれていた牛乳びんをつかみとり、その生ぬるい中身をぐびりと飲んだ。




