第5話 リンデンの魔法使いとトカゲのお姫様
ルーカスとサラは結婚の許しを貰いに、ローゼンウルフ王国に向かいました。
ローゼンウルフ王国は海に囲まれ、貿易で栄えているルメール王国とは違い、豊かな牧草地と、広大なぶどう畑を有する農業大国でした。
ルーカスは袋にいくつかのパンと木の実や果物。それから皮袋に水を入れて、ローゼンウルフ王国の方角に向かって、リンデンの森の中を歩きます。
なにしろこの森には、馬車はおろか馬の一頭もおりません。自分の足で歩くしかないのでした。
ルーカスはサラが後ろを付いてくるのを確認しながらゆっくりと歩みを進めます。
「サラ、休憩をしましょうか」
森の小さな家を出てから半日ずっと歩きづめでしたが、サラは文句も言わず、懸命に歩いています。ですが、その足は疲れきって、もつれそうになっていました。
「大丈夫です。でも、トカゲの時は楽でしたわね」
額に汗を浮かべながら、サラは笑いました。
ルーカスも笑みを返します。
「そうですね。さ、休憩して行きましょう。ローゼンウルフ王国まではまだまだかかりますよ」
ルーカスが勧めたのは、大きな樹の切り株がまるでテーブルのようになっている場所でした。その周りにはベンチのように木が倒れています。
テーブルの上には、柔らかな太陽の光と木の葉の影が、テーブルクロスを広げたように模様を描き出していました。
ルーカスはサラに水の入った袋と木の実を渡すと、辺りを歩き回り始めました。
森を出てから、ローゼンウルフに行くまでにどのくらいかかるのかは、ルーカスにも分かりませんでした。なにしろ、15歳の時にこの森に入ってから、一度も外には出た事が無かったのですから。
街に出れば、馬を借りることが出来るかもしれません。
森の中の生活は、食べる物も石鹸も自分で作っていましたので、お金もないのでした。
ルーカスは、きのこや、薬草、などお金に換えられそうなものを集めては、籠に入れていきます。
ルーカスが木苺を摘んでいると、横からたおやかな白くて小さな手が伸ばされました。
それはサラの手でした。
「木苺には棘がありますから気を付けて下さいね」
ルーカスはいつかと同じ言葉をサラにかけましたが……。
「痛っ……!」
サラは、今度こそ木苺の棘で指を刺してしまいました。
サラの人差し指に、赤い血が小さな玉を作りました。
「もう貴女はウロコで護られたトカゲではないのですよ」
ルーカスは小さく笑いながら、サラの指の血を舐め取ると、血止め草を揉み込んだ汁を塗りました。
森を出てしばらく行くと、小さな集落がありました。
ルーカスはそこでカゴいっぱいの木苺と薬草を馬と交換してくれるように頼みました。
「馬はこの村の貴重な働き手だからやるわけにはいかないが、貸してやることはできる」
そこで、必ず返すと約束をして馬を借りることにしました。
先にサラを馬に跨らせると、ルーカスはその後ろにさっと乗りました。
そうして二人はサラの父親が待つローゼンウルフの城へと向かいました。
ローゼンウルフのお城に着くと、ルーカスとサラはとても歓迎されました。
サラの無事を喜ぶ温かい感情がルーカスに流れ込んで来て、ルーカスは安心したのでした。
そして、サラの命を狙っていた妃が死んだこと、父王がサラを探して出していたお触れのことを知りました。
サラとルーカスは王座の間に呼ばれました。
大広間の高い段の上に立派な玉座がありました。
しばらくした後、褐色のひげをたくわえた王が現れました。そして、サラを見つけると段から駆け下りてサラを抱き締めました。
「サラ! わしの可愛いサラ! 辛い思いをさせて悪かった……! 無事でいてくれて良かった!」
「お父様……」
王もサラも涙を流して再会を喜びました。
お付きの人も、玉座の間を護っている兵士も涙を流し喜びました。
ルーカスが王の目に留まりました。
「貴方が私のサラを見つけてくだされたのですかな、お礼を申し上げる」
ルーカスの前に絹の反物が百匹、金貨の入った袋などが高く積まれました。
でも、ルーカスはそれが嬉しいとは思いませんでした。
「王様、今日はお願いがあって参りました」
ルーカスは王の目を見て言いました。
「サラ王女を私の妻に下さい」
王は驚きました。そして、ルーカスに言いました。
「失礼なことを聞くが、貴方はどこかの王族かな」
ルーカスは自分がルメール王国の王子であるとは言えませんでした。
「私はどこの王族でもありません」
「人にはそれぞれ役割がある。政治家は政治家として。農夫は農夫として。その役割を超えて別のものになるということは、それだけの苦労が付きものだ。確かにわしは、サラ王女を連れ帰ったものに王座を譲りサラを娶る許可を出すとお触れを出した。それを覆すつもりもない。だが、貴方にその覚悟はおありかな」
「覚悟はあります」
王もまたルーカスの心の奥底まで見透かすように、ルーカスを見つめました。
サラはその様子を固唾を飲んで見守っていました。