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5番目の王子とリンデンの魔女  作者: 紅葉
リンデンの魔法使いとトカゲのお姫様
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第2話 リンデンの魔法使いとトカゲのお姫様

 ルーカスは、サラを籠に入れて夕食用のスープの材料を採集するために出掛けました。

 

「わたくしにお手伝い出来る事があれば、なんなりと仰ってくださいね」

「ええ。ありがとうございます」


 先程まで泣いていたサラから前向きな言葉を掛けられて、ルーカスは嬉しくなってしまいました。

 そして、トカゲになってしまったサラとこの森の中の小さな家で、ずっと一緒に暮らす事を想像すると、とても楽しい気分になるのでした。

 

 森の中は相変わらず優しく、ルーカスにその実りを分け与えてくれました。

 いつも美しいリンデンの森は、サラと一緒に歩けば、さらに輝きを増しているように思えました。

 籠の中でルーカスが摘んだ野草を踏まない様に気を配っているサラの様子は微笑ましく、いつのまにかルーカスは、サラが好きになっていました。

 そして、きのこで籠がいっぱいになりサラが籠に入れずに戸惑っているサラを肩に乗せて森の中の小さな家まで帰る事にしました。



* * *



 ルーカスとサラが森の中の小さな家に帰ってきて、きのこのスープとパンで食事をしていると、“お客さん”がやってきました。

 ルーカスは朝からなんとなく“お客さん”が来るかも知れない事に気付いていました。

 扉をノックする音が聴こえると、ルーカスは熱くてスープが飲めないでいるサラを抱き上げて、籠に入れました。そして、ふわりと目隠しの布を掛けました。

 なぜなら、“お客さん”はお茶を飲まずに帰ってしまうかもしれないので、サラの姿を見られる訳にはいかないからでした。

 もちろん、いままでそんな“お客さん”が来た事はなかったのですが……。


 “お客さん”は老婆でした。

 ルーカスが魔女の眼で視ると、老婆の残された時間はもう長くはありませんでした。

 巣立っていった子どもたちに負担をかけまいとすることが、彼女の願いであり、そうすることが子ども達の幸せに繋がるのだと思っているようでした。

 ルーカスはいつもの様に魔法のお茶を老婆に出しました。

 老婆がそれを飲もうとした時、籠の中のサラが声を上げました。


「お婆さん! そのお茶を飲んではいけません! 呪いにかかってしまいます!」


 老婆はさぞ驚いた事でしょう。

 竜は大概高い山脈に棲んでいて、めったに見られるものではありません。市井ではもはやおとぎ話のようにその棲息が語られているのです。その竜が、目の前に現れて、しかも人語を話しているのですから。

 ルーカスは、とても焦っていました。

 もはやこの老婆をこの森から出すわけにはいかなくなったからです。

 ルーカスの焦りを余所に、老婆は穏やかにサラに礼を言うと魔法のお茶を飲み干してしまいました。

 そうして老婆は、ふくろうとなり、森の中へ飛んで行ったのでした。


 ルーカスがふくろうを森へと送り届けた後、家に戻るとサラは食卓テーブルの上で項垂れていました。

 それもそのはず、サラは自分で望んでここへ来たのではありません。そして、変化したのもサラが城に帰ってみすみす王妃に命を奪われない様にルーカスがしたかったからで、サラにとってはトカゲの姿は不本意なのです。そのサラにとっては、老婆が何の説明もなく呪いをかけられることを、まるで自分の様に思ったに違いありません。

 それなのに、老婆は呪いにかかると分かってからも自らお茶を飲んでしまったのです。

 サラは、老婆の行動と最後に流したひと筋の涙の意味に困惑しているのだとルーカスは思いました。

 そこでルーカスは、とうに冷めてしまったサラのスープをサラが飲める程度に温め直し、トカゲの手ではスプーンを握りにくいサラの為に、自らスプーンを手に取りサラに差し出したのでした。

 そしてルーカスは、サラにいつか老婆に言われた言葉をかけるのでした。


「幸せというものは、自分のものさしでしか測れません。あのお婆さんはこの森に死を求めてやって来たのですよ。でも、僕には人の命を奪う事は出来ません。何故かこの森にはそんな哀しい人たちが時々訪れるのです」


 そう語りかけながら、ルーカスはサラの幸せをルーカスの基準で勝手に決めて、サラをトカゲの姿にしてしまった自分を責めるのでした。


 そんな様子をサラはどう見たのでしょうか。

 おずおずと、ルーカスの手からスープを飲み始めました。

 スープを飲み始めてくれたことに、ルーカスは喜び、次々とスプーンに掬ったスープをサラに差し出しました。

 やがて、スープを満足するまで飲んだサラは、ルーカスに森を案内して欲しいと頼みました。

 サラにそう頼まれたルーカスは、サラが元気になったことを喜びました。

 その時、ルーカスの頭の中にいい考えが浮かびました。


 サラにあの木苺の成る場所に連れて行ってあげたらどうだろう。

 サラは木苺が好きだろうか。

 

 そうルーカスは心を躍らせました。サラが肩に駆けあがってきて、ルーカスの肩に座ります。そして、左の耳の横の銀髪を一房掴みました。


 ルーカスはサラを肩に乗せて、森の中を歩きます。

 キラキラと太陽を反射する泉の傍に、木苺の茂みはありました。

 サラは、ルーカスの肩から降りると一目散に泉の方へ駆けていきます。

 ルーカスは、その様子を後ろから見ていました。

 最初は嬉しそうに泉を覗き込み、落ちやしないかとルーカスは肝を冷やしましたが、そのうち、サラの様子が変わったことに気が付きました。肩を落として、しょんぼりと水面に映る自分を眺めています。トカゲの瞳からポタンと一滴の涙が落ち、水面に円が広がりました。


 その姿を見てルーカスの胸は苦しくなりました。

 サラに本当の幸せを見付けて欲しい、たとえそれでサラがこの森を出ていく事になっても、ルーカスが姿を消せば、魔法のお茶のことは誰にも利用されないのではないかと思いました。幸いな事にサラは魔法の源であるリンデンの樹の事は知りません。

 ルーカスはサラに魔法の解呪の方法を教えました。


「貴女が本当の幸せを見付ける事ができたら、その呪いは月の光に溶けて消えてしまいます」


 自分の望んだ生き方。

 自分の本当の幸せ。

 自分の真実の想い……。


 それがリンデンの樹が与えるまやかしの幸せの魔法を解く鍵となるのでした。

 いつもなら魔法にかかって姿を変えられたものは、それらを見つめ直す人間的な思考は眠ってしまうようです。ですから、姿を変えられたまま、その一生を終えていくものばかりでした。

 ですが、魔法にかかっても人間としての思考はそのまま保たれているサラには、それができるかもしれません。

 サラは、自分の本当の幸せは結婚することだと言いました。

 竜の姿では、そんな人とは100年経っても巡り合えないとも言いました。

 ルーカスは、サラに本当に彼女を愛し、守ってくれる人が彼女に現れればいいと心から願いました。

 そうして、彼女が真実の相手と森を出て行ったら……自分はサラに永劫の幸せを祈り、そしてこの森を出て誰もいない所へ行ってしまおうと思いました。


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