第1話 リンデンの魔法使いとトカゲのお姫様
「5番目の王子とリンデンの魔女」の続編で、「リンデンの魔法使い」のルーカス視点のお話のはじまりです。
ルーカスがリンデンの葉を摘んで家に戻ると、森の中の小さな家の中にまだ若い女性がおりました。
ルーカスにはその女性が、“お客さん”だということが直ぐに分かりました。
なぜならその女性には死が近くまで忍び寄っていることが視えたからです。
しかし、女性が死の病であるとか、女性自身が死を望んでいるという訳ではなさそうだという事が分かり、ルーカスは困惑しておりました。
ただ彼女の心からは、独りは寂しい、森に独りで置いていかれたのが哀しい。と訴えかけてきています。
その女性は、サラ・ロザリア・ローゼンウルフと名乗りました。
そして、一晩の宿を貸して欲しいとルーカスに言いました。
ルーカスは名前を聞いて、ローゼンウルフがこの南の森のさらに南にある国の王家の名前だということが直ぐに分かりました。
会った事はありませんが、サラがその国の王女の名前だということも知っていました。
高貴な身分の王女が一人、こんな森の中にいる事の訳を、ルーカスは訊ねました。
すると、王女は身に振りかかった事の全てを話し始めました。
王女は継母に命を狙われていたのでした。
王女がそれに気付いていないとは思えませんでしたが、それでも夜が明ければ、王女は自分の国に帰ると言いました。
『自分の生き方を見付けている者の前では、わたしはただの森に住んでいるお婆さんさ』
老婆の声がルーカスの頭の中に甦ります。
命を狙われていることを知りながら、自分の国に帰るというサラは、確かに自分の生き方を見付けています。ルーカスはただ森に住んでいるルーカスとして見送ればいいのか、悩みました。
でもサラをそのまま城に帰させることは自分には出来ないとルーカスは思いました。
そして、ルーカスは彼女にあの不思議なお茶を出す事にしました。
サラはルーカスの出したお茶を飲みました。
いつもなら直ぐに変化するのですが、サラはいつまでたっても変化しませんでした。
自分の生き方を見付けている人には、魔法は効かないのかも知れない。
ルーカスは明日の朝になったら出て行ってしまうサラを想い、それからサラがどういう運命を辿るのかを想像して哀しくなりました。
ルーカスはそれを表情には出さない様に努めて、サラに自分のベッドを貸す事にしました。
サラは感謝して、ルーカスに名前を訊ねました。
「ルーカスですよ」
そう答えると、サラは少し不機嫌そうでした。
それでも、名字を失ってしまったルーカスには、そうとしか答えられないのでした。
そしてサラが微かな寝息をたてるのを確認してから、ルーカスは摘んできたリンデンの葉を月光に晒す作業を始めました。
翌朝、ルーカスが眼を覚ますと、暖炉の火は既に消えていました。
椅子に座って休んでいたので、少し背中が痛いのに気が付きました。
ルーカスは、サラの様子を見に行きました。
「お目覚めの気分はいかがですか」
すると、ルーカスのベッドの上にオレンジ色の鱗に覆われた小さなトカゲがおりました。
竜はきょろきょろと部屋の中に視線を巡らしては小首を傾げると、ルーカスの方へ向いて不思議そうに言いました。
「まるで巨人の国に連れて来られたみたい。どうしてベッドも部屋も、そして貴方も大きくなってしまったのかしら」
その声はサラのものでした。
そして、ルーカスはサラがリンデンの魔法のお茶によってトカゲに変化してしまったことを理解しました。
何故、人の言葉を話しているのだろう。
何故、人の記憶がそのままなのだろう。
これまで魔法によって変化してきた人達は、ヒトとしての言葉と記憶を失い、森の動物として森に消えていくばかりでしたので、ルーカスはサラの様子にとても驚きました。
ルーカスはそっとサラを両手の上に掬い上げると、鏡の前にそっと降ろしました。
「ほら、ご覧下さい。周りが大きくなったのではなく、あなたが小さくなってしまったのですよ、王女様」
ルーカスはサラのその姿をとても可愛いと思いましたが、鏡を前にして余りのショックにさめざめと泣いているサラにそれを伝える事は出来ませんでした。
ただ、竜に変化してしまっても人の言葉を話しているサラを、自由にしてはおけないと思うのでした。
何かの予兆を感じたようにルーカスの心の中にさざなみが起きていました。