第1話 王子たちの旅立ち
「リンデンの魔法使い」(http//ncode.syosetu.com/n7461bx)の前日譚となります。読んでなくても楽しんで頂けますが、読了後「リンデンの魔法使い」も読んで頂けたら嬉しいです。
ある海の近くに、ルメール王国というとても豊かな王国がありました。
東には海が、北には高い山脈が、西には砂漠があり、南は深い森に囲まれておりました。
北の山脈は、いつも雪に覆われていて山を越えようとするものを凍えさせます。
南の森には、人食い魔女が棲んでいて、この森に入ったものは誰一人として帰って来られないと言い伝えられており、皆はそれを信じ恐れていました。
港には毎日たくさんの船が出入りして、外国の珍しい布や食べ物などが次々と運ばれてきます。
城下町の一番大きい広場では西の砂漠を越えてやってきた吟遊詩人の珍しい踊りや歌が街の人々を笑顔にしていました。
そんな賑やかな広場では、大きな市が毎日開かれ、人々は珍しい品物を求めて市に集まって来ます。
国民はみな「豊かな生活をしていられるのは、王様のおかげだ」といって、感謝していました。
さて、その国には王様とお妃様と5人の王子がおりました。
ある日、一番年下の王子が15の歳になると、王は王子たちを集めて言いました。
「旅に出て、この国にない珍しいものを持って帰ってくるように。一番珍しいものを持って帰った者にこの国を継がせる」
王子たちは、旅の支度をすると、まだ夜も明けきらないうちに城を出ていきました。
「まだ見ぬ外洋の国には珍しいものがあるはずだ」
一番上の王子は、大きな船に乗って、海へ乗りだします。
二番目の王子は、中くらいの船に乗って、海へ乗りだします。
三番目の王子は、小さい船に乗って、海へ乗りだしました。
「誰も越えたことのないあの山の向こうには珍しいものがあるはず」
四番目の王子は、高い山脈が連なる北へ出掛けていきました。
そして、五番目の王子は、屈強な兵でも恐れて足を踏み入れないという南の森へと分け入っていきました。
一番目の王子の船旅は快適で、やがて大きな国に辿り着きました。
そこの美しい王女様と婚約し、珍しい鳥と、王女を連れて国に帰りました。
二番目の王子の船旅は、嵐に遭いましたが中くらいの国に辿り着きました。
そこで二番目の王子は珍しい織物を見付けて、国に帰りました。
三番目の王子の船旅は大変でした。嵐に遭い、小舟は波に揉まれてやがて小さな国に流れ着きました。
そこで三番目の王子は、助けられた娘に恋をしました。
貝からとれる珍しい宝石を見付けましたが、三番目の王子は自分の国には帰りませんでした。
四番目の王子の旅は過酷でした。
吹雪く山道を幾日も幾日も歩きました。
やがて、この山脈のどこかに棲むというドラゴンの卵を見付けました。
四番目の王子がそれを抱えて国に帰ろうとしたとき、ドラゴンのお母さんに見つかって、それからいつまで待っても四番目の王子は、国には帰って来ませんでした。
五番目の王子は、もとより国を継ぐ気持ちはありませんでした。
野心家な兄達とは違い、心優しい彼は自分が王様には向いていないと思っていました。
特に珍しくもないものを持って帰り、兄達に国を継がせてやろうと考えていました。
そんな彼が、南の森を選んだのには訳がありました。
剣を扱うよりも城の図書室で書物を紐解くのが大好きなこの五番目の王子は、この森に棲むという魔女に興味がありました。
魔女って、どんな人なのだろう。
帰って来られないと恐れられているけれど、本当に誰か入った事があったのかな。
そして、出てこなかった事を見ていた人がいたのかな。
落ち葉がいくつも重なっている柔らかい土の上を、五番目の王子は森の奥へと歩いて行きます。どこまで行っても森の中は静かで、時折鳥のさえずりが聴こえるばかりです。
まだ日も明けきらぬ早朝に城を出発したはずなのに、今はもう太陽が天の一番高いところにあります。 太陽の光が、森の隅々まで届いて、木漏れ日がきらきらと輝いていました。
五番目の王子は森を奥へと歩きながら、城の図書室にある植物図鑑のどれにも載っていない珍しい植物をいくつも見付けました。
ですが、それを採集することはありませんでした。なぜなら、うっかりとそれを国に持ち帰って、もし王様になってしまったら困るからです。
そうして、五番目の王子は森の奥へと進んでいきました。
やがて、森の中に小さな家がある事に気が付きました。
煙突から柔らかく細い煙が立ちあがっていましたが、森の一番高い木の天辺に辿り着く頃には、その煙は空気に溶け込んで消えてしまうので、森の外からはここに家がある事を誰も知ることが出来ませんでした。
煉瓦造りのその小屋と見紛うような小さな家の窓枠は白く塗られていて、玄関の扉は緑色でした。
五番目の王子はここが魔女の家に違いないと胸を躍らせました。
そして、その緑色の扉をノックしてみました。
中から現れたのは、背の小さな銀髪の老婆でした。