潜み迫る影~その4~
拙作にアクセスしてくださっている皆様、お気に入り登録してくださっている皆様、いつもありがとうございます!
先日から拙作関連のイラストを幾つか頂きまして、イラストを下さった皆様の為にもたとえ微力でも力を尽くして面白い作品にしなければと思いました。改めまして、ありがとうございました!
ところで、頂いたイラストを紹介するコーナーとかあった方がいいでしょうか。
前置きと近況はここまでといたしまして、それでは本編へどうぞ! 今回も楽しんで頂けましたら幸いです。
「ばいばーい、裕香姉ちゃん!」
「また遊んでねー!」
二本の四角柱で作られた公園の門。その前で裕香は孝志郎を始めとした三人の男の子を従えて、歩道を歩いていく男の子たちを見送る。
傾いた日差しの中、振り返って大きく手を振る男の子たち。裕香はそれらへ軽く右手を挙げて振り返す。
「うん、皆も気をつけてね」
家路を歩く男の子たちは裕香の言葉に頷いて正面へ向き直る。
それを確かめて、裕香は孝志郎たち傍に残った三人を見る。
「じゃあ私たちも帰ろうか。途中までは私が送っていくからね」
「うん!」
頷く孝志郎たちに柔らかく頬笑み、歩き出す裕香。それに続いて小走りに着いてくる孝志郎たち。裕香は振り返ってそれらを一瞥すると、歩調を緩め、少年たちの早さに合わせる。
歩道を歩く裕香たち一行。そんな中、背の低い青いスポーツキャップを被った男の子が顔を上げる。
「お姉ちゃんって凄いよね。なんかコツとかってあるの?」
西に隣接する町、浜永市を本拠地とするサッカーチーム、「浜永リバーサルズ」のエンブレム。Rを渦に巻き取るようにしたそれを前面につけた、キャップの男の子からの質問。それに裕香は軽く笑って首を左右に振る。
「そんなのはないよ。強いていえば、練習かな?」
そう言って微笑む裕香。その言葉に対して、全体的にふっくらとした目の細い男の子が、眉根を寄せて首を傾げる。
「えー、ホントにぃ? 何か秘密の方法とかあるんじゃないの?」
丸みを帯びた鈍い声音での問いを、裕香は笑みを零したまま掌をひらひらと左右に振って否定する。
「ホントにそんなの無いんだってば。小さいころからずっと練習してただけ、最初はずっと受け身の練習ばっかりだったんだから」
それでもなお、二人の男の子は疑惑の視線を納めない。
「裕ねえはマジで滅茶苦茶練習して来てるんだぞ? それは赤ん坊の頃から一緒の俺がよく知ってるよ」
そこへ軽く鼻を鳴らして割り込む孝志郎。そうして後ろ頭で両手を組むと、まるで我が事のように誇らしげに胸を張る。
「別に孝志郎が威張る事じゃないだろ?」
「そうだよぉ」
しかし胸を張る孝志郎へ、男の子たちの突っ込みが突き刺さる。それに孝志郎は唇を尖らせて二人を睨む。
「なんだよ!? いいじゃないかよ!」
友達を怒鳴りつける孝志郎。そんな男の子たちのやり取りに、裕香は口元を抑えて笑みを零す。それに孝志郎は唇を尖らせたまま裕香へ目を向ける。
「もう、裕ねえまで」
そう言って尖った唇のまま視線を逸らす孝志郎。裕香はそれに口元を抑えたまま謝る。
「ごめんごめん」
「もお……」
拗ねて見せる孝志郎に、裕香は零れ続ける笑みを抑える。
家路を歩き続ける一行。その左前方の家から、鞄を肩に掛けた少年が飛び出してくる。
年頃、身長は裕香と同じ程度。クセのままに捻れて流れる黒髪に、眼鏡をかけた頬骨の浮いた顔。ひょろりとした細身の少年は飛びだした勢いのまま、裕香たち一行の前に駆け出る。
「ぶつかる!」
「わっ、とぉッ!?」
両手を広げ、孝志郎たちの前進を抑える裕香。その一方でぶつかりかけた裕香の体をとっさに避けてよろける少年。よろけたままに尻もちをつき、少年の肩から鞄がずり落ちる。
「ふ、吹上?」
「鈴森、くん?」
尻もちを着いたまま、こちらを見上げてくるクセ毛眼鏡の少年。裕香は自身の姓を呼ぶ少年を見下ろしながら、その名を呟く。直後、鈴森少年の飛び出してきた扉が音を立てて開く。
「待ちなさい、涼二!」
飛び出してきた神経質そうな女性の姿を一瞥し、舌打ちする鈴森涼二少年。慌てて鞄を引っ掴んで立ち上がり、裕香達の右側を抜けようと駆け出す。
「待ちなさい!!」
「ぐっ!?」
しかしそれを、女性が鞄を掴んで引き止める。鞄のベルトが突っ張り、涼二の口からうめき声が漏れる。同時に鞄の口が大きく開き、スケッチブックや筆入れと言った中身が歩道の上にこぼれ落ちる。音を立てて落ちたそれを見て、女性は目元を吊り上げる。
「また絵なんか描きに行くつもりだったのね!?」
「いいじゃないか!? 建物が消えて塾どころじゃなくなったんだから!?」
目の前で繰り広げられる母子喧嘩。それを裕香達は戸惑いながらも眺める。そんな裕香達の視線に気づかぬまま女性は涼二に向かって怒鳴りつける。
「こういう時こそ家で勉強していなさい! 他の子に差をつけられたらどうするの!? 絵なんか描いて遊んでる場合じゃないでしょう!?」
その母の言葉に、涼二は開きかけた口を閉ざして奥歯を軋ませる。そして眉根を寄せて目を険しく吊り上げると、肩にかけた鞄もろとも母親を振り払う。
「わ!」
声を上げて倒れこむ涼二の母。
「だ、大丈夫ですか!?」
それを支え起こす裕香。
「うっとおしいんだよ……」
その声の元へ顔を向ければ、そこには唇を震わせ、右袖に手をかける涼二の姿が。
「みんな消えちまえッ!?」
そして怒りの叫びと共に、涼二は袖をまくりあげる。するとその右肩に刻まれていた魔法陣が激しい輝きを放つ。
「その紋章は、まさかッ!?」
叫ぶ裕香をよそに、右肩の紋章から溢れ出した絵の具に包まれる涼二。直後、自身を包む絵の具を撒き散らし、絵描きゴブリンが躍りかかる。
『くたばれェッ!!』
絵筆で出来た指を振り上げて迫るゴブリン。
「危ない!」
「ひゃあ!?」
「うわ!」
その突進を、裕香は涼二の母を孝太郎たちへ押し込む形で避ける。体ごと空を切ったゴブリンは着地と同時に身を捩り、裕香達を睨む。
『チッ、上手く避けやがったか』
舌打ちをする絵描きゴブリン。
「ば、化物ッ!?」
その姿を裕香越しに見て、涼二の母は悲鳴を上げる。そのまま白目を剥いて気を失う涼二の母を、裕香は肩越しに一瞥する。
「自分の子になんてことを……!?」
そこへ再び腕を振り上げて襲いかかるゴブリン。それに裕香は長い髪をなびかせて顔を戻し、とっさに輝きを放つ右の拳を突き出す。
『ぐぅおッ!?』
裕香の中指を飾る指輪から広がる翡翠色の光。それに真正面からぶつかって吹き飛ぶゴブリン。それを見据えながら、裕香は両腕を広げ、孝志郎たちを庇うように背中に隠す。
「孝くん、みんなを連れて逃げて」
裕香は仰向けに倒れた絵描きゴブリンから目を放さず、孝志郎へ避難誘導をするように指示する。
「ゆ、裕ねえ!」
「危ないってお姉ちゃん!」
「そうだよ!」
「私なら大丈夫、だから早く! お願い孝くん!」
危険だと食い下がる孝志郎たち。それを裕香は鋭い言葉で逃げるように促す。
「分かったよ」
「孝志郎!?」
「な、何言ってるんだよ!?」
了解の返事をする孝志郎。それに二人の男の子は非難の声をぶつける。
「前も裕ねえは大丈夫だったろ! いいからこのおばさんを連れて逃げるぞ!」
孝志郎は友達へ歯を剥いて怒鳴り返す。それに気圧されてか二人は黙って頷き、三人で涼二の母の両腕と脇を抱える。そして怪物と対峙する裕香に背を向けて、涼二の母を引きずるようにして逃げ出す。
『逃がすかッ!!』
身を起こし、離れていく背中目掛けて跳ぶ絵描きゴブリン。
「させない!」
頭上を飛び越えようとするゴブリンへ跳び付く裕香。
『ぐわ!?』
地面にぶつかり苦悶の声を上げるゴブリン。その体を放し、片膝立ちの姿勢で構える裕香。
『邪魔をするな! こいつがうっとおしいと思ってるものを残らず消してやる!』
「鈴森くん、何もかも消すなんて絶対に後悔する! しかも自分のお母さんまで……そんなことは絶対にさせない!!」
吠えるゴブリン。それに叫び返し、裕香は左掌に乗せた銀の玉へ右拳を叩きつける。直後、爆ぜる様な音と共に光が広がる。
『うっとおしい! だったらお前から先に消してやるッ!!』
苛立たしげな声と共にゴブリンが踏み込み迫る。だが裕香はそこから退くことなく、光の灯った右拳を掌に擦りつけて振り抜く。その軌道に沿って走った光は、絵筆で出来た爪を阻み、帯を作って裕香を取り囲む。
「変身ッ!!」
裕香は気合の声を上げ、掲げていた左手と入れ替える形で右拳を突き上げる。
『うお!?』
柱へ変わって立ち上る光。それに弾き飛ばされる絵描きゴブリン。
光の中、輝く糸となって解ける裕香の服。露わになった肉体を光の糸が包みこみ、ボディスーツを形作る。
翡翠色の珠が収まったベルトを中心に、広がるように装着されていく白銀の装甲。
頭以外の全てが装甲に覆われるや否や、裕香の前髪は風に流れる。露わになった顔を光が包み、鋼鉄の仮面として覆う。その上からさらにシールドバイザーが被さり、完成する白銀の全身装甲。
続いてその体が爆発的に膨れ上がり、自身を守る光の壁を吹き飛ばす。
爆ぜる光の中から現れる、頭一つ伸びた白銀の戦士へ変わった裕香。
白銀の裕香は未だに渦巻く風を纏ったまま、右腕を高く掲げる。
「ルーくん、結界の維持を!!」
『ああ! 広がれ、ネブラッ!』
装甲に覆われた右手から躍り出て、結界をより強固に展開するルクス。
頭上高くルクスが舞い上がる中、白銀の裕香は左手を掲げ、右拳を腰だめに構える。
「これ以上、鈴森くんの手を汚させはしない! 覚悟しろッ!」
『へっ、これは涼二が望んだことだ!』
叫ぶ裕香へ吐き捨て、掌から魔力弾を乱射しながら突っ込んでくる絵描きゴブリン。
「ハ!」
裕香は気を張り上げ、翳した左手で初弾を叩き落とす。続く顔への直進弾を半歩左にずれてかわし、更に上体を屈めて三発目も避ける。そこへ上から覆い被さるように絵描きゴブリンが腕を振り下ろす。
実体化する線を伴っての振り下ろしを、裕香は右手で地面を叩き、右斜め前へ転がって潜り抜ける。
『ンのッ!』
背後から響く苛立ち混じりの声。それを背に受けながら、裕香は左足を軸にして右足を時計の長針のように、しかしその速さは雷よりも早く振り返る。
踵が腕を打ち、発射点の逸れた弾丸は歩道に甲高い音を立てて突き刺さる。
『な!?』
絶句するゴブリン。それに裕香は蹴り足を素早く下ろし、それが地を踏むと同時に踏み込む。
「ハァ!」
短い気合と共に突き出る左肘鉄砲。それはゴブリンの胸へ突き刺さり、その身を大きく吹き飛ばす。
『がぁ!? クソ!』
一度背中で地面を弾みながらも、撃たれた胸と地面を抑えて踏ん張るゴブリン。そして手足全部の力を使って、引き絞られたゴムのように跳ぶ。
地面すれすれを飛び迫る絵描きゴブリンに対して身構える裕香。
『オォ!』
絵描きゴブリンは裕香の目前で地を叩き、鳩尾目掛けてかちあげるように飛び上がる。
裕香は腕を交差して、下から迫るベレー帽の頭を受け止める。
激突。そこから立て続けに白銀の装甲に蹴りが入り、その反動を利用してゴブリンが飛び退く。
「クッ!?」
仮面の奥で歯噛みする裕香。そこへゴブリンはすかさず拳を突き出す。
「ハアッ!!」
しかし裕香はそれを掴み、勢いを殺さずに背負い投げる。
『ぎえ!?』
再度背中から地面にぶつかり、苦悶の声を上げるゴブリン。その胸へ裕香は追撃の右拳を叩きつける。
『ごぶふぅッ!?』
その一撃でゴブリンの口から噴き上がる唾液交じりの呻き声。裕香はその隙に横たわった体を掴み、両腕で担ぎ上げる。
「ウゥアアッ!!」
裕香は雄々しい気合の声と共に、担ぎ上げた絵描きゴブリンを車道へ放り投げる。
『ぎゃ、がぁ!』
二度、三度と車道を弾み、転がるゴブリン。
「結界を動かして!」
『任せて!』
裕香はルクスへ指示を出し、転がる敵を追うべく歩道と車道を隔てるガードレールを跳び越え走る。
『ぐ、くそが!?』
絵描きゴブリンは起き上がりざまに毒づくと、そのまま踵を返して走り出す。
「今度は逃がさない!」
その背中を目掛けて裕香は力を込めて地を蹴る。
一踏みごとに加速する鋼鉄の裕香。その行く手を阻もうと適当な図形の組み合わせで作られた人型が前方から迫る。
「ハ! ハアッ!」
裕香は右、左と腕を横薙ぎに振り、落書き兵を蹴散らし進む。爆ぜ飛ぶ色取り取りの滴を掻き分け走るその肩にルクスが舞い降りる。
『妙だユウカ! 本気で逃げるつもりなら、あいつは昼前みたいに姿を消してる! 奴は……うわ!?』
警告するルクスの言葉を遮って、その真横で落書きが弾ける。爆発に驚きの声を上げるルクスに対し、裕香は走る勢いを緩めずに右のチョップで正面の落書き兵を叩き割る。
「罠を張ってる!」
裕香は左右に割れる落書き兵の間を抜け、仮面の奥からルクスの言わんとしていたことを口に出す。それにルクスは翡翠色の目を驚きに見開く。
『分かってるならどうして!?』
早口に問うルクスに、裕香は飛び跳ね逃げるゴブリンの背中を見据えて答える。
「お互いに正体が知れた以上、ここで逃がしたらもっと強力な罠を仕掛けて襲ってくる! そんな時間は与えられない!!」
叫び、右のフックで落書き兵を殴り倒す裕香。その前方で毒々しいまでに色鮮やかな背中が大きく跳び、角を曲がる。
「ハアッ!!」
角の向こうに消えた敵を追い、裕香も両足を揃え跳躍。視界を遮る家を一息に跳び越えて、開けた空き地を視界に捉える。
跳躍の勢いのまま膝を抱えて空中で前転。そこから裕香は、何かを抱えてこちらに背を向けるゴブリン目掛けて右蹴りを繰り出す。
『うっわ、ああああっ!?』
「キィイァアアアアッ!!」
左肩のルクスの悲鳴をよそに、鋭い声と共に茜色の空を切り裂く裕香。対してこちらを振り仰ぎ、目を見開く絵描きゴブリン。迎撃しようと腕を動かすが、掌に輝きが灯ると同時に、その肩へ裕香の鋼鉄の右足が吸い込まれる様に突き刺さる。
『ぎえあ!?』
苦悶の声と同時に響く重い蹴り応え。爆発にも似た衝撃に乗って離れる白銀の裕香とゴブリン。裕香はその勢いのまま大きく体を反って宙返り。両足を揃えて砂地を踏む。
裕香は膝を深く曲げて衝撃を殺し、両腕を広げて身構える。シールドバイザー奥で輝くその目の先には、肩から滑り込んで倒れた絵描きゴブリンの姿がある。
「ルーくん、離れていて……」
『う、うん』
ルクスは頷き、白銀の装甲に覆われた左肩から飛び立つ。続いて膝を伸ばして左腕を腰だめに構えなおす裕香。
ピクリとも動かず倒れるゴブリン。裕香はそれを見据えて、じりじりと歩を進める。
無言で足を進めながら、裕香は右手を左手へ持っていく。そのまま倒れた敵から目を放さず、三歩ほどの間合いを置いて居合にも似た構えで止まる。
静かに張り詰める空気。
仮面の奥で深く息を吸い、吐く裕香。その刹那、背後から影が差す。
『ユウカ、後ろ!?』
「ハッ!?」
上空から響くルクスの警告に、裕香は弾かれたかのように振り返る。その視界を口の両端を吊り上げて笑う暗褐色の顔が埋め尽くす。
「クッ!?」
歯噛みし、鋼鉄の右腕を盾にする裕香。そこに叩きつけられた衝撃が腕を通じて裕香の身を貫き、後ろへ押し込む。
後ろに足を突っ張って踏みとどまり、右腕に残った痺れを振り払う裕香。顔を上げた裕香の目に映ったのは、毒々しいまでに色鮮やかな絵描きゴブリンの姿であった。
「そんな!?」
左腕を盾にしたまま、鋼鉄の仮面を背後へ向ける裕香。そこには震える両手足を支えに立ち上がろうとする絵描きゴブリンの姿が確かにあった。
「二人ッ!?」
再び裕香は正面へ視線を戻す。そこにも確かにゴブリンの姿が存在する。前、後ろと交互に視線を送り、固く身構える白銀の裕香。それに正面の絵描きゴブリンが口の端をより大きく吊り上げる。
『ちょっと気を入れて描けばこんなもんだ!』
腕を広げ、腰を落として構える正面のゴブリン。
『どれが本物か分かるか!?』
続き、背後から響く声。それに振り返れば、スケッチブックを片手に持ったものと、手ぶらのものの二体のゴブリンが並び立っている。
「三人目ッ!?」
裕香は叫び、背後を取られぬよう身を九十度切り返して後ろへ跳ぶ。同時に三体の絵描きゴブリンも跳躍、展開。三方向からの魔力弾が一斉に放たれる。
「くっ!」
足が地を踏むと同時にバク転。地面を穿ち迫る魔力弾から逃れるため更に繰り返して距離を取る。
「ハアッ!」
土地を囲うブロック塀。裕香はその直前で深く膝を曲げて踏みとどまり、膝に溜めた力を解き放って前へ飛ぶ。
空中で前回りに一回転。白銀の右足を突き出して跳び込む裕香。
三体の内、中央の一体に蹴りが突き刺さり、大きく後ろへ転がり飛ぶ。着地と同時に身を捻り、左肘を突き出す裕香。鋭い肘の一撃に、うめき声を上げてたたらを踏む左の二体目。
そこを突いて、空に線を描きながら躍りかかる右からの三体目。それに裕香は素早く身を切り返し、右腕の装甲を盾に鉤手を受け止める。直後、空に描かれた線が実体化、右の腕、両の肩、腿へ降り注ぐ。
「ぐ!?」
次々と降り注ぎぶつかり崩れるブロックを受け、裕香は仮面の奥で歯噛みする。
その間に大きく後ろへ跳ぶ絵描きゴブリン。それを追おうと足を踏み込む裕香。その瞬間、何かがその足に絡みつく。
「な!?」
足元に目を落とす裕香。そこには白銀の足を埋め尽くすほどにまとわりついた落書き兵の姿があった。
「こ、のぉ!?」
裕香は腕を振るい、足を振り抜いて、落書きを蹴散らし振り払う。しかしそこで後ろから腕が回り羽交い絞めにされる。
仮面の奥で歯を食いしばり、もがく裕香。そこへ真正面から魔力弾が雨霰と撃ち込まれる。
「ぐぅううッ!?」
立て続けに火花が弾け、その度に体を痛みが走る。
やがて弾幕が緩み、拘束を振りほどこうと拳を固める裕香。しかしそこへ横合からの跳び込み蹴りが突き刺さる。
「うぅああああッ!?」
裕香は千切れる様に解ける落書き兵の尾を引き、二度、三度と地面を跳ねて転がる。そして転がった勢いを利用して片手片膝をついて立ち上がった所へ、真正面からの一斉射が襲いかかる。
「あう!?」
正面から降り注ぐ魔力弾の雨に悶える裕香。だが後ろに下がった右足を踏みしめ、両腕を交差して踏みとどまる。
『しぶとい奴め!』
『こいつで一気に』
『止めだッ!!』
魔力弾を連射しながら、一斉に躍りかかる絵描きゴブリン三体。裕香は交差した腕の陰からそれを窺い、腰を落とす。
『消えろ!!』
雄叫びを上げて突っ込んでくる一体目。それを裕香は左の水平チョップで薙ぎ払う。
『なあッ!?』
「フウ!」
驚き怯む二体目を右の回し蹴りで蹴り抜き、薙ぎ倒した一体目の上に重ねる。そしてその勢いのまま一回転。弓のように引き絞った右拳を固めて、スケッチブックを片手に躍りかかる三体目へ渾身の拳を繰り出す。
「取ったァッ!!」
『グブゥオン!?』
確信と気合を込めて放った一撃は三体目の絵描きゴブリンの胸の中心を打ち貫く。敵の体に風穴を開けて突き抜けた自身の拳に、裕香は顎を上げる。
「な!?」
仮面の奥から零れる驚きの声。直後、白銀の杭に貫かれたゴブリンの体が膨れ、爆ぜる。
「うっ!?」
色取り取りの液体が空き地一面を染め上げるような勢いで弾け飛ぶ。爆心地に居た裕香は真正面からそれを浴びてしまう。
「め、目が……」
仮面の上を覆うシールドバイザーが塗りつぶされたことで視界を奪われる裕香。慌てて絵の具を掻き拭うものの、僅かに光が透けるばかりでバイザーを塗りつぶす絵具をはがしきることは出来ない。
再度視界を塗り潰す絵の具を拭い削ろうと、裕香は顔へ手を伸ばす。瞬間、その背中を衝撃が叩く。
「くっ!?」
歯噛みし、つんのめる裕香。その左頬を立て続けに横殴りの衝撃が襲う。
「うぐっ」
視界を塞がれた上、体勢の崩れた所へ襲いかかった一撃に、裕香はぐらり、と上体を揺らす。しかし体勢を崩しながらも、足を大きく開いてどうにか倒れずに踏み止まる。
『まんまと掛かったな、白竜の契約者!』
そんな裕香を嘲笑うかのような声と、腸を撃つ衝撃が響く。
「ぐ!」
呻く裕香。その背中に鋭い刃が交差して走る。
「あぐ!」
『分身を実体化させるとき、派手に絵の具をばらまくように細工していたのだ!』
痛みと熱を帯びた背にぶつかる声。その声を頼りに、裕香は振り向き様の右裏拳を繰り出す。
「く! この!」
だが苦し紛れに放った拳に手応えは無く、空を切るのみに終わる。
『目を潰されては満足に動くことも出来まいが!!』
そこへ、嘲笑と重い衝撃が裕香の鳩尾を抉る。
「ぐ、うぅ」
体の軸を穿つ一撃に、裕香の口から苦悶の声が漏れる。そうして痛みの疼く腹を抑えて、その場に右膝をつく。
『こんな事じゃあ、例えライフゲイルを出しても……何か、何か手は!?』
裕香は歯を食い縛りながら、状況を打ち破る方法を求めて心の内で呟く。
そんな裕香の脳裏に声が響く。
『ユウカ、右手を上げて!』
『ルーくん?』
『とにかく上げて! 早く!』
頭に響く念話に、相棒の名を呼ぶ裕香。それを遮るような催促の念に、裕香は黙って右手を頭上に挙げる。
瞬間、溢れ出す光。
『ぐわっ!?』
『目が、目がぁッ!?』
眩い閃光の中、二体のゴブリンの悲鳴が裕香の耳を叩く。
『大丈夫、ユウカ!?』
相棒からの心配そうな声に、裕香は絵の具まみれの仮面を当てずっぽうに向けて頷く。
「な、何とか。これは目眩まし?」
裕香は敵の喚き声から判断し、ルクスに何をしたのか尋ねる。
『うん。ノードゥスから飛び出しながら、強い光を出す魔法を使って』
『この、チビ竜が!?』
ルクスから返ってくる肯定の言葉。それを苛立ち混じりの叫びが遮る。
『わ!?』
「ルーくん!?」
裕香は胸に飛び込んできたルクスを抱きこみ、未だに敵に挟まれている状況から転がり逃げる。
「ありがとう、離れていて!」
着地と同時に、裕香は半ば放り投げるようにしてルクスを上空へ逃がす。そうして先程まで自分のいた場所へ向き直り、左拳を前に突き出し、胸の前に右手を翳す形で構える。
『ぐ、クッソ!』
『あと一歩で消せたものを!?』
苛立ち喚きながら腕を振り回す絵描きゴブリンたち。それに裕香は交互に絵の具に塗りつぶされた顔を向ける。
『まあいい、こちらの動きが見えないのは同じだ』
『ほんの少し契約者が消えるのを伸ばしただけだったな!』
叫び、裕香へ躍りかかる絵描きゴブリン。
その体当たりを左腕を突き出して防ぎ、右手側から繰り出される拳に顔を向け、大きく後ろに飛んでそれをかわす。
『そうだ! 何のために普段から前髪で目を隠してるのか!』
心の内で叫び、鋼鉄の拳を強く固める裕香。その姿に絵描きゴブリンは尻ごみする。
『バカな! 見えているのか!?』
『ただのまぐれ当たりだ! それに、本物がどちらか分かるものか!』
そう言って頷き合い、身構えるゴブリンたち。対する裕香は右拳を腰だめに、左掌を高く掲げる。そして素早く腕を振り、左腕を腰に添えて右手を左掌の前に添えた居合抜きの様な構えを取る。
『おおおおおッ!!』
二体のゴブリンは声を揃えて叫び、白銀の裕香へ同時に躍りかかる。それに裕香の、絵の具で塗りつぶされたバイザー奥の目が鋭い輝きを放つ。
「ライフゲイルッ!!」
左腕を鞘に生じた刀身を握り、腰のひねりに乗せて横一文字に振り抜く。
『がァッ!?』
翡翠の様な翠色が煌き、二体のゴブリンを切り裂く。輝く傷を残して吹き飛ぶ二体。
裕香は振り抜いたライフゲイルを手首を切り返して回転。そこから大きく腕を回し、しゃがみ込むと同時に右目の傍らから刀身を視線に添える形で両手持ちに構え直す。直後、ライフゲイルの光刃から眩い輝きが溢れる。
「トアッ!」
輝く杖を携え、跳躍する白銀の裕香。迷いなく、真直ぐに空を進み、立ち上がりかけた絵描きゴブリンの片割れに翡翠色の刀身を突き刺す。直後、ゴブリンの身に触れたライフゲイルの柄を中心に二重の魔法陣が広がり、残ったもう一体が水を受けた泥人形のように溶けはじめる。
『グゥオォオ!? な、なぜ、なぜこちらの位置が分かるのだあぁぁッ!?』
ライフゲイルに貫かれ、苦しみもがくゴブリン。その口から絞り出された問いに、裕香は塗りつぶされたバイザー越しに睨みながら返す。
「私は常に、目を塞がれた状況を考えて訓練している! これくらいできなくては、師匠と思って尊敬する人達に追い付くなんて出来はしないッ!!」
言いきるや否や、裕香はライフゲイルを更に捻じ込む。
『ゴ、オォッ!?』
「命の風よ! 光遮る暗雲を、輝きを曇らせる淀みを吹き掃えッ!!」
苦悶の声を上げるゴブリンの懐に潜り込み、言霊を唱え始める裕香。それに従い、内と外で互い違いに回転する翠色の二重魔法陣。
「厚き影を掃い、光をここに!」
裕香は祈りを込めてゴブリンの体、そして回転する二重魔法陣からライフゲイルを引き抜き後ろへ飛ぶ。
踵から地面を削って踏みしめ、身を翻して輝くライフゲイルを右へ振り抜く。続いて刀身を回転させ、血糊を払う様に左斜め下へ振るう。そして左掌を光の刀身に添えて、火花を上げて拭っていく。
「浄化ッ!!」
穢れを拭い煙を上げる掌を前に、清め終えた杖を大きく後ろへ振り抜く裕香。続いてその仮面の奥から、力強い結びの言葉が放たれる。
『ぎゃ、ああああああああッ!?』
響く断末魔と、それを吹き飛ばす様な爆発が轟く。
広がり吹き抜ける爆風。それに吹き飛ばされるかのように、シールドバイザーを汚す絵の具が剥がれ散っていく。バイザーの汚れが落ちるのに続き、裕香は爆心地へと振り返る。
爆発に抉れた地面の中心では、涼二が気を失って倒れていた。その胸は緩やかに上下し、呼吸が無事に行われていることを示している。
「良かった」
深く安堵の息を吐く裕香。しかしそれを遮るかのようにルクスの声が裕香の頭に響く。
『油断しないで、新手がッ!?』
「え!?」
ルクスの警告に身を翻す裕香。
「ヘレ・フランメ」
女性の声が響くや否や、裕香の視界を渦巻く火炎が埋め尽くす。
「うああっ!?」
うねり流れる炎に押し流され、煙を上げて吹き飛ぶ裕香。煙の尾を引いて宙を舞い、うつ伏せに叩きつけられる。その拍子に右手からライフゲイルの柄が転がり抜け、風になって散る。
「う、ぐ、うう……!」
土に爪を立て、震える体に鞭打って身を起こす裕香。そこへルクスが慌てて舞い降りてくる。
『だ、大丈夫ッ!?』
裕香は気遣ってくるルクスに顔を向け、頷いて見せる。そして火炎流の根元へ目を向ける。
「急いで駆けつけはしたが、すでに討たれた後であったか」
倒れた裕香の奥、爆心地で倒れる涼二を見やり、呟く新手。
目元を覆う赤いバイザー。その上には竜の顔を思わせる金色の額飾りがあり、こめかみのあたりから生えた黒い巻き角は弧を描いて両頬の横から前へと突き出している。
黒く艶のある長い髪。それとは好対照な雪の様に白い肌。その唇は黒のルージュが艶やかに彩っている。
左側に偏った炎のように赤いマント。その下の体はスレンダーなボディラインを強調する、赤いラインの走った漆黒のスーツに包まれている。腰と四肢の先は赤い宝石で飾られた黒と金の装甲に覆われており、とりわけ靡くマントから覗く左腕は、指先に鉤爪の付いた、上腕まで覆う重厚な籠手となっている。
右に比べ大きく張り出した左肩には黒い獣が一匹乗っている。
赤い瞳の輝く犬に似た細長い顔。その頭から伸び、耳を包むように巻いた山羊に似た角。猫のようにしなやかな体は黒い艶やかな毛並に包まれている。その背中にはカラスに似た一対の翼があり、尾の先には赤い玉の輝く金の輪が嵌っている。
対になるような毛色を始めとした違いこそあるものの、その全体像はルクスに似通っている。
『アムッ!? 本当にお前が!?』
『ルクス……よりにも寄ってお前が追手だなんてさ……』
互いの名前を呼び、苦虫を噛み潰したように顔を歪める翼持つ獣たち。
「な、何者……!?」
腕を支えに顔を上げ、新手とその相棒へ問いかける裕香。
すると、特撮作品の敵女幹部を思わせる黒の女は、その唇を吊り上げて笑みを見せる。
「ナハト……とでも名乗っておこうか、白き竜の契約者よ」
黒の女改めナハトは、そう言って赤いマントを払い除けて左腕を伸ばす。すると指先に鋭い鉤爪を備えた掌に光が渦を巻いて集まっていく。それに身を強張らせる裕香。だがナハトは唇から笑みを零すと、光の珠としてまとめたそれを手の中に収める。
「安心しろ、今回は散らばりかけた力の回収だけで帰らせてもらう」
『ちょっと!? どういうつもりさ! 今なら楽に……』
左肩で捲し立てるアムの口を、ナハトは右の人差し指と中指で抑える。
「手負いの敵では興が乗らん。それに、迷った目で口にする言葉ではないぞ?」
『……分かった、好きにしたらいいさ』
渋々と頷くアムに頷くナハト。そうして赤いマントを翻し、裕香達に背を向ける。
『それを渡すわけにはいかない!』
その背中へ飛びかかるルクス。それをナハトは振り向きざまに右手で叩き落とす。
『うわ!?』
「ああッ!?」
地に落ち、目を回すルクス。叩き落とされた相棒の姿に裕香はバイザー奥の相貌に光を灯して渾身の力で地を叩き、駆け出す。
「よくもッ!!」
引き絞った右拳を、大気を叩き抜いて突き出す裕香。だがその拳は黒く、棒状に伸びた炎にぶつかり止まる。瞬間、炎が風に吹き飛ばされるかのように散り、赤い線の輝く黒い棒が姿を現す。
「なッ!?」
驚きの声を上げる裕香。その様に、その黒と赤の杖を右手に握ったナハトは唇を吊り上げる。
「再び相見える時を楽しみにしている。その時には、貴様の名を聞かせてもらおう白竜の契約者よ」
そう言ってナハトは、身の丈ほどもある杖を振り上げて白銀の拳を払い、身を翻して竜の顔にも似た頭を裕香の胴へ突き出す。
「ぐうッ!?」
とっさに左手を盾にしたものの、突きは防御をものともせずに腹を突き抜け、裕香の足を地面からはがす。
土埃を巻き上げて背中から倒れる裕香。右肘を支えに首を上げて受け身を取り、すかさず顔を前に向ける。しかしナハトはすでに地を蹴り、ふわりと浮かび上がっていた。
茜色の空に消えていくその姿を見据えて、裕香は握り固めた左拳を地面に叩きつけた。