手にした夢の果てに~その3~
アクセスして下さっている皆様、いつもありがとうございます。
拙作も残すところあと一回。次回で最終回となります。どうか最後までお付き合い願います。
それでは、本編へどうぞ。
雷鳴と共に爆ぜる石壁。
その破片と共に空へ投げ出されるウィンダイナとシャルロッテ。
二人は焼け焦げた全身から白煙の尾を引きながら飛翔。
白く明るい球形の空間を真一文字に上昇する。
その広々とした空間の中央には、眩いまでの白がある。
部屋全体を満たす光の根源であるそれは、脈動する光を核に、文字列を描く光円を様々な角度で、幾重にも重ねたものであった。
そんな光へ近付くに連れて、上昇する戦士と魔女の勢いは緩やかに鈍っていく。
だが光輪に飾られた光の傍を通り過ぎた刹那、ウィンダイナとシャルロッテの体は急加速。
その瞬間からまるで重力が切り替わったかの様に天井へと引き上げられる。
二人の体は急勾配のドーム状の天井に吸い寄せられているかの様に加速し、入った時とは魔逆の石壁へ轟音を上げて激突。石を砕き、粉塵を巻き上げる。
「う、あぁ……」
「ふ、ぐぅ……」
まるで地面に寝転ぶかの様に横たわった二人。
その口からは、同時に抑えきれぬ苦悶の声が漏れ出る。
身をよじりながらの呻きに続いて、戦士と魔女の姿は光る風と黒い炎となって空に溶け、二人の少女のそれへと変わる。
「う、ごふ! はぁ……ふぅ……」
仰向けの裕香は血に汚れたTシャツを押し上げる豊かな胸を上下させ、血の混ざった唾にむせる。
「げほ、ごほ! う、ぐ、ふ……」
その隣で横倒しに倒れたいおりもまた、口の端から血の滴を溢しながら咳き込み、全身の痛みに呻く。
苦しみ悶え、横たわる裕香といおり。
そんな二人のもとへ羽ばたきを響かせた巨体が舞い降りる。
『フフフ……流石のキミたちも、変身を維持することも出来なくなったか』
狼に似た顔に溢れる愉悦。そんな愉快気な笑みで、ラディウスは裕香達二人を見下ろす。
そして白い体毛を纏った白竜は悠然と翼を上下させて、少女達の傍へ着陸する。
『ここまで痛めつければ、もうしばらくは立つことも出来まい。これでようやく、私の計画の仕上げとして組み込むことが出来るな。光と闇を重ねて生じるあの力が……あのすさまじき力がようやく我が手に!』
ラディウスは言葉尻に含み笑いさえ添え、少女たちへ向けて右の後ろ脚を一歩踏み出す。
だが裕香は近づく白竜に対して、傷だらけの体に鞭を打ち、両の腕を支えに痛みに震える体を起こす。
「……計画に……組み込む? どういう、意味……?」
絞り出す様な声での問い。
それを投げかけながら裕香は四肢を踏ん張って立ち上がろうとする。
その途中で膝ががくりと力を失い崩れる。だが折れようとしたそれに力を込めて伸ばすと、拳を握った腕を持ち上げて構える。
よろめき、血に汚れながらも、顔に張り付く前髪からのぞく瞳は力を失わず、毅然とした輝きをたたえている。
『まだ……立ち上がる? 立ち上がれるというのか!?』
立ち上がる裕香の姿に、ラディウスはその翡翠色の目を剥き、驚きの声を溢す。
そんなラディウスを前に、今度はいおりが裕香に続いて四肢を支えにした四つん這いの体勢で身を起こす。
「以前にも、クッ……我を取り込むなどと、似たような……ことを、ぬかしていた、な……」
苦しげに喘ぎながらも二本の足で体を支え、振り返るいおり。
『馬鹿な、キミまでもが……まだ!?』
「ククク……貴様の狙いが、我らだと言うならば……なおさら倒れてなどおれんからな……」
いおりはそう言って左手で右肩を抑えながら、血と埃に汚れた顔に笑みを浮かべて見せる。
そこかしこを血に汚し、頬を引きつらせながらも、二人の少女は圧倒的な力を持つ白竜に対して一歩も引かずに立ち向かう。
『……まったく、しぶとい事だ……いい加減うんざりさせられる……!』
未だに折れずに向かってくる裕香といおりの姿に、目を鋭く細めるラディウス。
そして鋭い牙を剥き、苛立ちを滲ませて足を一歩踏み出す。
『大人しく私の為に動く事を受け入れれば良いものを……いつまでも、どこまでも! 物質に縛られ、その素晴らしき力の使い道すら知らず! いたずらに垂れ流している愚者の分際でッ!!』
怒りを食いしばった歯。その奥に籠る言葉にもそれを滲ませながら、ラディウスはさらに一歩足を踏み込む。
それに伴い床石が割れて風が生じる。
長い髪を押し流すそれに対し、裕香といおりは一歩引くどころか微動だにせず向かい合う。
そして裕香は頭上、最初は床だった面に開いた大穴を見やる。
そこから音も無く忍び込む小さな白と黒の姿を認めて、裕香といおりは改めて正面のラディウスへ向き直り、睨みつける。
「そんな風に見下してる私達を……一体、何に利用するつもりなの!?」
「貴様は最強の竜、幻想の王なのだろう? それにしては酷くせこい話ではないか? 強大な貴様自身の力で何もかも済ませればよいだろうが!? 貴様が言う愚者など当てにせずにな!?」
遅れて突入してきたパートナーの存在を気取られまいと、裕香に続き、皮肉を込めた質問をぶつけるいおり。
するとラディウスは細めた翡翠の目をさらに険しく歪め、また足を強く踏み込む。
『出来るものならばとうにやっているッ!!』
「う!」
「ぐ!」
踏み込みから弾ける雷を含んだ風。
正面から殴りかかるそれに、裕香といおりはたまらず歯噛みし、とっさに腕を盾にして己の顔をかばう。
そして顔を隠した腕を下げれば、二人の正面には白い稲妻で体毛を逆立たせたラディウスの姿が有った。
『それが出来るならば! 可能ならば! 十二年前からこんな回りくどい手を使う必要などなかったのだ!!』
今までの余裕で作り上げた仮面をかなぐり捨て、苛立ちを顔だけでなく全面に剥き出しにするラディウス。
白竜は食いしばった牙から唸り声を漏らしながら、その背の翼を大きく広げ、長くしなる尾で石の床を殴りつける。
『私たちは所詮幻想に過ぎんッ! 強壮強大なる竜であろうが、我が爪先にも足らぬ矮小な妖精であろうが! お前たち人間が生み出した虚像以上のものではないのだッ!!』
石を打つ音の残響を押し潰す様にラディウスが吠える。
「そんな……!? 幻想種の皆だって生きて……ッ!?」
羨望、憤怒、憎悪、それらのない交ぜになった言葉の内容に、裕香は目を剥いて一歩踏み出す。だがそれをラディウスが再び床に叩きつけた尾が遮る。
『そんなものは見せかけだ! 物質界で受肉しようと、我らが虚ろな幻像である事に変わりはないッ!! 貴様たち、物質に捕らわれた命が生み出す夢や妄想に過ぎんッ!!』
荒ぶる感情のままに吐き捨て、肩で息をするラディウス。
そして深く息を吸い込むと、一度切った言葉の続きを吐き出す。
『確固たる器を持って生まれ、無限の力をその身に宿して生きている貴様らには分かるまい! 取るに足らぬ弱々しい存在の、ほんの遊び心や空想が作りあげた不安定なゆりかごの中で、そんな連中の不安定な思いを糧に生かされている我らの思いなどぉ!!』
その叫びと共にラディウスは目にも移らぬ速さで両の前足を伸ばし、裕香といおりを襟首から吊り上げる。
「う、うう……!」
「ぐ、お、のぉれぇ……!」
自分たちを吊り上げる白い体毛に包まれた前足を掴み、悶える二人の少女。
ラディウスはそんな少女達を鼻先へ寄せて、稲妻の閃く翡翠の目で二人を睨みつける。
『だから私は決意したのだ。物質界を、無尽蔵の命と心を持つキミ達を土台として! 己を失い、何者かになろうと無様にもがく混沌を寄り代にッ! 私が何かの夢想などではない、一個の命として生きられる、新たな世界を生み出そうとッ!!』
ラディウスが感情の爆発のままに露わにしたその真意。それに裕香は長い前髪の隙間から覗く目を鋭く砥ぎすまして歯を食いしばる。
「……それが、お前の願う革新だというのッ!? その為に私たちの世界も、この幻想界も滅ぼそうというのッ!?」
『そうだッ! こんな不平等極まる世界など滅びればいい! そして滅びた先に、私が望む新たなる世界を私が新生させるのだッ!! これが私の望む革新! ウートピア・アドウェントゥスッ!!』
高らかに己の描く滅亡と新生の図を語るラディウス。
対していおりは、薄く吊り上げた口の端から吐息を零す。
「フフ……ク、クク……」
「いおり、さん?」
肩を震わせ、笑みを零し続けるいおり。
そんな親友の姿に裕香は訝しげにその名を呼ぶ。
一方で二人を吊り上げたラディウスは殺気立っていた顔を嘲りに緩めて鼻を鳴らす。
『どうした? 想像の域を超えてとうとうおかしくなったか?』
「ああ。まったく、想像を超えた下らなさに、危うくおかしくなるところだったぞ」
『なに?』
だがいおりの口から出た言葉に、ラディウスは目元を微かにひきつらせる。
「何が革新だッ! 新生だッ!? それこそ結局は貴様の幻想に過ぎぬわッ!!」
叫び、ラディウスの掲げた目的を真正面から切り捨てるいおり。
続いて、裕香もまた鋭く輝く目を鼻先の白竜の顔へぶつける。
「そうだ! この世界で出会ったヒトも! アムも! ルーくんも! みんなしっかりと生きてたッ! その命がただの幻想だなんて、お前の妄想でしかないッ!!」
その叫びと共に裕香の右手から、そして全身から翡翠色の光を含む風が爆発。
「そんなお前の思い込みなんかのためにッ! 幻想界も! 私たちの世界も! 今生きている私の大事なものを壊させるものかぁッ!!」
決意の声に乗って逆立つ、裕香の長い黒髪。
そして裕香は放散する力を腕に集中。それを掴んだラディウスの腕へとぶつける。
『む、ぐ!?』
裕香の叩きつけるエネルギーの奔流。それにラディウスは腕を引きつらせて呻く。
「ようやく手に出来た我と我が友たちとの絆! 貴様ごときの独り善がりに、断じて滅ぼさせるものかッ!!」
そこへいおりが裕香に続いて火炎を放出。逆の腕に囚われた裕香と同じ様に白い毛に覆われた腕へ叩きつける。
『う、ぐ、うう……これはッ!?』
「イィヤァアアアアアアアッ!!」
「ハ、アァアアアアアアアッ!!」
共鳴し、互いに高め合う風と炎。糸を絡めるように縒り合わさり、火炎を含んだ竜巻となる力の奔流に、ラディウスは怯み、眉をひそめる。
『ぐ、調子に乗るな!』
だが白竜は食いしばった歯を解き放つと、雷を爆散。腕を焼く炎の嵐を吹き飛ばす。
「うッ!」
「あう!?」
具現化した力を強引に引き剥がされ、露になる裕香といおり。そんな二人の少女を交互に見やり、ラディウスはさらに腕を高く持ち上げる。
『フン……キミたちの力は確かに素晴らしい。が、キミたちがどれほど力を振りしぼろうと、この状況と私との力の差で何が出来ると言うのだ?』
皮肉げに片頬を持ち上げて尋ねるラディウス。それに対して、裕香は自身を吊り上げる前足を掴んで睨み返す。
「何が出来るか出来ないかを、お前が決めつけるな……ッ! どんな状況でだって、私は足掻けるだけ足掻いて見せる!」
睨みつけたまま噛みつく様に吠える裕香。だがラディウスは軽く鼻を鳴らし、翼を広げて羽ばたかせる。
『……好きなだけ吠えるがいい。どれだけ無駄な遠吠えを繰り返そうが、結果は同じだ』
そう言って真上に輝く光輪に囲まれた光の球を見上げ、言葉を続ける。
『これからキミたちは、その身に宿した命の力で私の術式を完成させ、新世界創世の火種となるのだ……フフフ』
悲願の達成を目の前に見てか、ゆったりした羽ばたきで上昇しながらほくそ笑むラディウス。
「く! このッ!」
「お、のれぇッ!!」
その腕の先で少女二人は体全体を捻って頭を振り、その勢いで自身を掴んだ腕を左右の足で蹴りつけもがく。だがラディウスの腕は、まるで地に根差した大樹の様にびくともしない。
そうして成す術も無く空間の中心へと運ばれながら、歯を食いしばる裕香といおり。
『さあ、始めようか……? フフ、せいぜい心と命の力を振り絞ってくれたまえよ?』
ラディウスは含み笑いを零しながら、光の球を中心とした幾重もの文字列へもがき続ける二人を押し込もうとする。
『やらせるかぁあああ!!』
『くたばれぇえええええええッ!!』
だがその刹那に轟く二つの咆哮。そして白と黒に彩られた鋼鉄の竜が背中からラディウスへ食らいつく。
『な!? お前達ッ!?』
白い翼の間に両目の輝く顔をうずめ、牙を突き立て唸るドラゴンルクシオン。腕や翼、顔の半分に黒い装甲をつぎはぎにしたそれに振り向いて、ラディウスは目を見開く。
「ルーくん!?」
「我が半身! アムか!?」
ラディウスの背中へ爪と牙とで取りついたパッチワークの鋼竜。裕香といおりはそれを見下ろして、それを操っているらしきパートナーの名を呼ぶ。
『ユウカ、今助ける!』
『待たせたねいおり! もうちょっとの辛抱さ!』
パッチワークのルクシオンは左右のライトを互い違いに明滅させて、食い付いたラディウスを引きずり下ろそうと重みをかける。
『このッ! 愚か者どもが! 自分達がなにをしているか分かっているのか!? 大いなる革新を、我らが命を得るのを阻もうと言うのか!?』
尾を振り回して車体を殴り、噛み傷から雷撃を放って体から剥がそうと暴れるラディウス。その度にルクシオンの装甲が焦げてへこみ、その形が揺らぐ。
「ルーくん!? アム!?」
「もう良い! 二人とも! 我らは自力でどうにかする!!」
装甲が剥がれ落ち、崩れ出すルクシオンの姿。それに、裕香といおりは捕らわれたまま逃げるように促す。
だが身を案じる契約者達に対して、ルクスとアムはその身を宿した白黒のルクシオンの目を輝かせる。
『なんの! この野郎に何としても一泡吹かせてやるさッ!』
『ボクらの意地に賭けて……幻想の住民として! 何としてもユウカ達は助け出す!!』
その鋼鉄のボディから風と炎を巻き上げ、振り払おうとするラディウスへしがみ付くルクシオン。
ラディウスの白い体へ食い込む爪とカマイタチ。そして噛みつく様な激しい炎。それを背負った白竜は頭を振って翼の生えた背中を見る。
『何を馬鹿なッ!? 離せ! 何をするつもりだッ!? 馬鹿なことは止めろッ!!』
ラディウスは怒鳴り、背中へ食いついたルクシオンのヘッドを包み込む雷撃を放つ。その一撃に黒く染まったルクシオンの頭が端からバラバラと崩れ出す。
『誰かの幻想である事、誰かの夢である事……そうして生きる事がボクにとってあるべき姿だ! たとえお前が夢幻と吐き捨てても、ボクも、アムも、命ある幻想としてお前を止めて見せる!!』
「ルーくんッ!?」
響き渡るルクスの言葉。それに裕香は目を剥いて叫ぶ。
裕香の叫びを受け、ルクシオンの右目が緑、左目が赤に輝き、消える。
その直後、ルクシオンのボディが内側から光が溢れ、膨れ上がる。
光を撒き散らしながら、膨らみすぎた風船のように破裂するルクシオン。
「ウッ!?」
「ぐ!?」
爆ぜる音と光。それに裕香といおりは揃ってとっさに腕で顔をかばう。
「え……?」
「なぜ、だ……?」
しかしいつまでも襲ってこない衝撃。それを訝しみながら二人の少女は盾と翳した腕を下げる。
すると、そんな二人の目に、緑と赤、それぞれの輝く文字列を展開して二人をかばう小さな翼を持つ背中が二つ飛び込んでくる。
『ゴメン。待たせたね』
『すまないね。派手にやっちまったさ』
重ね合わせた結界の中へ契約者をかばったルクスとアム。空間の中央に鎮座する光球に拒まれる様に、ゆっくりと下降する結界の中で白と黒一対の竜は裕香といおりへ振り返る。
「まったく。冷や冷やさせられたぞ」
「もう……驚かさないでよ」
徐々に床へ近付く輝く緑と赤の文字で編まれた球。その中で裕香といおりは振り向き羽ばたくパートナーたちへ微笑み頷く。
すると結界を張り続ける小さな竜の片割れ、ルクスが目を伏せて言葉の続きを重ねる。
『……あと、ゴメンよユウカ。コウシローからもらったルクシオンをあんな風に……』
ルクシオンをその素体である思い出の品ごと自爆させた事を謝るルクス。それに裕香は微笑みのまま頭を振ってパートナーの謝意に返す。
「いいの。私といおりさんを守るために使ったんだから。孝くんも絶対許してくれるよ」
『そう、かな……そう言ってもらえると、助かるよ』
そう言って、口を柔らかく持ち上げて頷くルクス。
だがその刹那、白い稲妻が裕香たちを包む結界を撃つ。
『ギャンッ!?』
『ひぐッ!?』
「うっぐ!」
「ぐあ!?」
稲妻に弾け散る緑と赤の障壁。雪の様に舞い散る光の中、裕香達は悲鳴を重ねて空へ投げ出される。
「く! みんな!?」
しかし裕香は落下しながらも身を捩り、ルクスとアムの体をキャッチ。そうして小さな竜を右腕に集めて床を踏むと、左腕をいおりの背中へ差し込み、床との間のクッションにする。
「う!」
声を揃えて横倒しに倒れる二人。
「す、すまぬ裕香」
一声謝って親友の腕から起き上がるいおり。それに続いて裕香も倒れた体を起こしながら微笑む。
「わ、私なら大丈夫。それより……いおりさんは、みんなは平気?」
先に立ち上がる親友。そして腕に抱いたパートナーたちを見回す裕香。
すると不意に、それを遮るかのように足音が鳴り響く。その音に四対の目が一斉に音の根源を睨みつける。そこには、純白の体毛のそこかしこに、焦げ痕と煤汚れを帯びたラディウスの姿がある。
『今のは少々驚かされたぞ……まったく思い切った事をしでかす奴らだ』
余裕のある口調。しかし眉間や口の端をひくつかせながら、ラディウスは雷撃の漏れ出る一歩を踏み出す。
「……離れて、援護をお願い」
「ここは我らに任せよ」
巨体の白竜から視線を外さぬまま、パートナーへ離れる様に指示する裕香といおり。それにルクスとアムは黙って頷き、裕香の腕から飛び立つ。
それに続いて裕香といおりは並んで歩み寄るラディウスへ向かい合い、それぞれの契約の法具を輝かせて構える。
『どこまでも私の道を阻もうというのか……お前達如きでは敵わないと言う事がまだ理解できないのか……!』
そう言って、歯軋りと共に石の床を踏み砕く白竜。
だが至近距離での落雷にも似た踏み込みに微塵も怯まず、裕香は指輪の輝く右手を左手に打ちつけて振り抜き、いおりもまた左耳のイヤリングを弾いて炎を纏った左腕を伸ばす。
「変……身ッ!!」
そして振り抜いた右拳から放った光が作る輪の中心で裕香が拳を突き上げると同時に、声を揃えて叫ぶ二人の少女。
その二人の身を、光る風と暗い炎がそれぞれに包みこむ。
そして風と炎が散った後に現れる、白銀の戦士と黒い魔女。その身を包む装甲と衣は、割れ裂けて朽ちたものであったが、その目に宿る輝きには微塵の衰えも無い。
「行くよ、いおりさん!!」
「応! 我が友よッ!!」
煌く鋭い眼光を交え、ウィンダイナとシャルロッテは頷きあい、それぞれの杖であるライフゲイルとザータン・フォイアーを引き抜く。
光刃と穂先とを重ね合い、身構える戦士と魔女。
その姿にラディウスはその背の翼を大きく広げ、長く太い尾で床を殴りつける。
『しゃらくさいッ! もう一度、完膚なきまでに叩き潰してやるッ!!』
「お前の思い通りになどッ!!」
「迎え撃ってくれるわッ!!」
互いに吠え、同時に踏み込む三者。
重なり轟く地響き。それと共に爆ぜる風と炎、そして稲妻。
「エェヤアアアアアアア!!」
「ハァアアアアアアアア!!」
炎を含む嵐と雷がせめぎ合う中、ウィンダイナの振り下ろした光刃とシャルロッテの繰り出した炎の槍が、ラディウスの突き出した両腕と激突。
その光の爆発を伴う衝突は、その接点から空気を激しく揺るがす。目に見えて生じた大気の波紋はウィンダイナとシャルロッテの体を容赦なく殴りつけ吹き飛ばす。
「くッ!」
「ムゥッ!」
衝撃に押し流されながらも、二人は微かに唸って宙返り。足から一直線に壁に向かって飛び、膝を深く曲げてヒビ割れた石壁を砕きながら踏む。
「キアッ!」
「ハアッ!」
そして短い気合の声をあげながら間髪入れずに壁から跳躍。直後、二人の離脱した壁を白雷が穿ち爆発。背を押す爆風を追い風にして戦士と魔女がラディウスの懐へ駆ける。
それを迎え撃とうと、すぼめた口から稲妻を吹き放つラディウス。
それをウィンダイナとシャルロッテは斜めに跳び、飛翔して、爆発の連なる中を飛び交い白竜へと踏み込んでいく。
「イヤァッ!」
「燃えよッ!」
互いに風と炎の力溢れる杖を振り被り、躍りかかる白銀の戦士と黒い魔女。
『フン!』
だがラディウスは鼻を鳴らしながら広げた翼を上下。爆ぜるような風を巻き起こして上昇。そしてウィンダイナとシャルロッテの飛び込みに対して、雷撃を放つ。
「グッ!」
「む!?」
歯噛みしながらも、落雷に弾け広がる粉塵を突き抜ける戦士と魔女。そしてウィンダイナは爆風に煽られながらも端に向けて緩やかに昇る床に突いた手を伸ばして跳躍する。
「ウンベゾンネン・グリュゥウヴュルムヒェエエエンッ!!」
その一方でシャルロッテはボロボロのマントを翻しながらマジックミサイルを発射。そして赤い螺旋軌道を描き白竜を追い掛けるそれに遅れる形で、炎の翼を広げて上昇する。
『フ、ハッ』
軽く息を吐きながらミサイルを弾きながら空間の中心へ上昇するラディウス。ウィンダイナはそれを横目に球形の壁を駆け昇って行く。
「エェヤアァ!!」
そして鋭い気合と共に踏み切り、爆炎の中で舞うラディウスへと斬りかかる。
『フン!』
だが光の軌跡を描く斬撃は、ラディウスの振るった腕にぶつかり弾かれる。
「セ、エェアァアアッ!!」
しかしウィンダイナは弾かれるままに刃を切り返して白竜の体表を斬りつけ、振り上げた足をぶつける。その衝突が大気を震わす中、ラディウスは尾を振り上げてミサイルを迎撃。その勢いのまましなるその先端をウィンダイナへ振るう。
『無駄だッ!』
「エヤアッ!」
だがウィンダイナはぶつけた蹴り足を押し込んで身を翻し、炎を纏う尻尾の鞭を回避。さらに身を翻した勢いに任せ、ライフゲイルを横一閃。そして火花を上げての衝突に乗せてすかさず刃を振り戻して切り返し、斬撃を重ねて繰り出す。
「イィィイヤァアアアアアアアアアアアッ!!」
『無理無駄無謀ッ!! キミたちがどれだけ攻撃を重ねようがこの私を倒せるものかあッ!!』
ウィンダイナの繰り出すライフゲイルのラッシュを正面に、飛び交い迫る火炎ミサイルすらも弾き捌き続けるラディウス。その中でウィンダイナは反撃に繰り出された爪に右膝をぶつけ、その腕へ光で出来た刃を振り下ろす。
その縦一閃は途中でシャルロッテの炎ミサイルを両断。そして割れ爆ぜた炎を輝く刃へ巻き込みながら、白い体毛に覆われた腕を叩く。
『何ッ!?』
「手応えあったぁッ!!」
白竜の腕へずぶりと深く沈み込む、暗い炎の内で煌く刃。血が滲み出して赤く染まる体毛のその奥へ、刃をさらに押し込みながら、ウィンダイナは亀裂の走ったバイザー奥の双眸から力強い輝きを放つ。
「キィイアァッ!!」
そしてウィンダイナは気合の叫びをラディウスへぶつけながら、押し込んだ刃を支えに腕の力で跳ぶ。
『クッ!?』
その動きを追いかけてくるラディウスの顔。だがその身へ雀蜂よりも獰猛な炎の蛍達が次々と食い付き爆ぜる。
『む、う!?』
そしてラディウスに生じた刹那の隙。そこへ白竜の頭上を錐揉み回転に飛び越えたウィンダイナは、得物から離した左手を固く握り、自分へ向けられた白竜の尖った鼻先へ叩き込む。
『ぶ!? ぐ!』
「イィヤァアアアアアアアッ!!」
歪んだ鼻先から赤い雫を流すラディウス。それに対してウィンダイナは烈帛の気合と共に右手に握るライフゲイルを振り下ろす。
肩口から胸の黒点を掠めて抜ける一閃。それを横断する逆からの振り下ろし。そして柄を両手に握り直しての逆一文字。瞬く間に走った三条の軌跡は白竜の胸と胴を刻む。また、斬撃を重ねる度にライフゲイルにはまるで吸い寄せられるかの様に火球がその軌道へ割り込み、その刃を包む炎となって白竜の刀傷から溢れた血を焼く。
「エェ! アアッ!!」
炎を帯び、それを旋風で長く鋭く研ぎ伸ばしたライフゲイルを振るい、更に切り上げ、縦一文字、そして幾重にも重なるような斬撃の嵐を重ねるウィンダイナ。
その繰り出す刃が数を増す毎に、光を含む風が巻き起こって勢いを強め、ウィンダイナとラディウスとをその中へ閉じ込める。
『う、ぐ……おおおあぁッ!!』
だが風の檻の中で刃を受けていたラディウスが堪えかねた様に吠え、ウィンダイナへ爪を振るう。
「うっぐ!?」
その一撃をウィンダイナはとっさに刃の軌道を曲げて受ける。しかし得物を握る腕越しに背中へ駆け抜けた重い衝撃に、白銀の装甲に覆われた体は風の檻を追い出されてしまう。
「ぐ、ああッ!」
ウィンダイナは吹き飛ばされながらも、足を振り上げて後ろ回りに宙返り。体勢を立て直して弧を描いた床を踏む。そして着地の音が空に染み消えぬ内にその場を駆け出し、落雷から逃れる。
『チッ! 忌々しい奴めが……!』
緩みだす風の檻の中で舌打ちし、身じろぎするラディウス。しかしそこへ、白竜の頭上から魔法陣が列を成して形成。ラディウスを逃がさず閉じ込める。
『なに!?』
筒にも似た翡翠と緋の文字で作られた魔法陣の列。その中でラディウスは顔を振り上げ、魔法陣による円筒の端を見る。
「闇に滅せよッ!!」
杖を構えたシャルロッテの放つ渾身の力を込めた言霊。それを引き金に魔法陣の円筒はまるで砲身の様に駆け巡る炎と風に満たされて行き、その途上にあったラディウスの身を星々の瞬く夜空にも似た黒炎が押し流す。
『う、お!? おおお!?』
翼をたたんで作った盾で炎の嵐を受け止めるラディウス。だがその身は嵐の激流に負け、魔力の砲身の中を滑り落ちる。
筒の果てへの落着。そして爆発。
渦巻き広がる輝く風を含んだ黒い炎。それは自身を覆っていた砲身さえも砕き、球状の空間を駆け巡る。
「イィヤァアアアアアアアッ!!」
「ウォオララァアアアアアッ!!」
爆ぜ広がる炎の嵐をそれぞれの杖へ絡めとりながら、爆心地を目指して地と空を駆けるウィンダイナとシャルロッテ。
未だに炎の嵐渦巻く、球形の空間を大きく歪めたクレーター。その中心で不意に閃く純白の稲妻。
それにウィンダイナはとっさに右へステップ。直後、空を走った雷がウィンダイナの左肩を掠め焼く。
「がぁ!?」
「いおりさん!?」
だがシャルロッテはそれを避け損ない、突撃を逆に押し戻されてしまう。
空を押し上げられる親友の姿から、ウィンダイナは友を撃つ敵へ目を戻して地を蹴る足に力を込める。
しかし翼を失った白竜が向き直るまでに距離を詰めきる事は出来ず、それを嘲笑うかの様に薄く開かれたラディウスの口が白雷に輝く。
だがその瞬間、黒い炎が流星となって白竜の右角を叩き折る。
『が!?』
怯むラディウスの頭を跳ね、回りながら放物線を描く物。
「あれは!?」
空を舞うザータン・フォイアーを見上げ、更にその向こうにいる親友へ目を移すウィンダイナ。それを受けて、瓦礫に埋まったシャルロッテは、杖を投げ放った左手を伸ばしたまま握り固める。
「やれ! 裕香ぁッ!!」
その叫びに後押しされ、ウィンダイナは踏み切って跳躍。足元に爆ぜる稲妻を流しながら友の杖を左手に掴み、ラディウスへ飛び込む。
「エェヤァアアアアッ!」
『クッ!』
歯噛みし、左前足を盾にするラディウス。だがウィンダイナの振り下ろした右のライフゲイルはそれを易々と切断。白竜の懐へ続く道を文字通りに切り開く。
『な、んだとぉ?!』
骨を軸にした鮮やかな桜色の断面。それを目にした腕の持ち主から洩れる驚愕の叫び。それに遅れて鮮やかな肉が脈動し、鮮血が溢れ出す。
「セェエアァ!」
降り注ぐ紅の滴。その下でウィンダイナはバイザー奥の目を煌かせながら赤い雨を潜って踏み込み、左手に握った炎の杖を振り上げる。
『がぁ!?』
「ラァッ!」
燃える鋭い穂先を持つ槍の切り上げを胸に受け、傷に業火を灯しながら仰け反るラディウス。そこへウィンダイナはさらに踏み込んでライフゲイルを逆一文字に、ザータン・フォイアーを斜めに振り戻し、二条の剣閃を交差。
『ぬぐあ!?』
白竜の身から溢れた先から蒸発する鮮血。そしてよろつき後退りしながらも、血染めのラディウスは残った右腕を振り被る。
「ハァアアッ!」
だがウィンダイナは共鳴する二振りの杖を同時に振り上げ、反撃の右爪を腕ごと切り裂く。
『あ、がぁああッ!?』
鮮血の尾を引いて飛んでいく腕の先。それに怯むラディウスへ、ウィンダイナは踏みこみながら、振り上げた左右の杖を手首を返して回転。
「エェアァアアアアアアッ!!」
そしてさらに長く伸びた刃を、斜め十字を描く様にして重ね振り抜く。
『ぐぅえぇあぁあああああああ?!』
斜め十字に焼き切れた空間を背負い、Xの形に裂けた胴を捩って苦悶の叫びを上げるラディウス。
「イィィヤァアァアアアアアアアアアアアアアッ!!」
ウィンダイナはそれを見据える目を輝かせると、振り抜いた杖を手首を返して構え直し、白竜の胸に刻んだ黒点へ共鳴する二本の杖を同時に突き刺す。
『な!? が?! アッ!? バ、バカなぁああああああああッ!?』
背中へ突き抜けた二本の杖。黒点へ沈んだその根元から∞を描いて二色の魔法陣が三層にわたって重なり展開。同時にラディウスの体の内側から、傷口に沿って輝く風と暗い炎を交えた嵐が溢れ出す。
炎の嵐に呑まれるラディウスの体へ、さらに深く両手の杖を押しこむウィンダイナ。それに続いて三層の魔法陣が赤と緑に輝く文字を混ぜ合わせながら流れる。その流れに乗って炎の嵐はその激しさを増し、ラディウスの全身を切り刻み、焼き焦がしていく。
「日の出に消える悪夢として! 無に還れェエッ!!」
燃え盛り、渦巻く炎の嵐を前に、ウィンダイナは言霊を叫び放ち、左右の手に握る杖を引き抜く。
『うぉお?! あっあっ!? あ、あぁあああああああああああああああッ!?』
竜巻となった炎の中から響く断末魔。その叫びが空間を揺るがす中、炎と風の渦はヒトの顔の様な影を浮かべながら捻れ上がって、空へ散る。
ウィンダイナはそれを見届けると、左右の手に持った杖を取り落とし、その場に崩れる様に膝をつく。
「ハァ……ハァ……ッ! いおりさん……!」
床を叩き、硬い音を鳴らして消えるライフゲイルとザータン・フォイアー。その音が重なり響く中、四つん這いになって肩で息をしていたウィンダイナは、友の事を思って重い体に鞭打ち立ち上がる。
ウィンダイナは鉛の詰まったように重い足を引きずりながら、下半身を瓦礫に埋めたシャルロッテへと近づいていく。その前方ではシャルロッテを埋める瓦礫をどけようと体当たりする、ルクスとアムの姿が有った。
『いおり……!』
『頑張って!』
瓦礫を押し退けようと、懸命に体を押しつける竜達。その傍にウィンダイナは片膝をつくと、倒れたシャルロッテの体を埋める瓦礫に手をかける。
そして瓦礫を退け終えると、親友に肩を貸す形で助け起こす。
「ごめん。待たせたね」
「なんの……この程度、どうという事はない」
血と埃に塗れた頬に笑みを浮かべるシャルロッテ。それにウィンダイナは頷き返す。
だが和やかな勝利の余韻も束の間。不意に一行の居る球形の空間が激しく揺らぐ。
「な、なにっ!?」
「なんだ!? 何が起こったッ?!」
揺らぐ空間の中、ウィンダイナとシャルロッテは頭を振って視線を巡らせる。そして揃ってあごを上げ、空間の中心に輝く光へ目を向ける。
『あれは……!?』
『嘘、だろ……?』
「そんなッ!?」
「馬鹿なッ!?」
息を呑む一対の竜と共に、驚愕の声を絞り出す戦士と魔女。その視線の先では稲妻を纏う白い雲、人魂にも似たそれが魔法陣に囲まれた光の球を、さらにその上から包み込んでいた。その雷を含む人魂はまるで脈動するように明滅し、それに合わせて稲妻を閃かせる。
『よくもやってくれたものだ! 私はもう消える……私の夢も、願いもッ!』
ラディウスの声で嘆きながら、脈動する人魂。そしてそれは一際大きく雷を放散する。
『だが、ただでは消えんッ!! せめて最後の望み! この忌々しき二つの世界に滅びをッ!!』
その叫びを残して消える白い靄。それに続き、光の球を囲う白い文字列の輪がほつれるように空へ溶ける。
そして、解き放たれた光が爆ぜる。




