手にした夢の果てに~その2~
アクセスして下さっている皆様、いつもありがとうございます!
今回も楽しんで頂けましたら幸いです。
瓦礫を撥ね潰してルクシオンが壁を駆け昇る。
だがその行く手を崩れた天井の残りが塞いでいる。
「エェアアアアアアアッ!!」
『ウゥオオオオオオッ!!』
声を揃えて叫び、天井に開いた大穴を更に大きくこじ開けるウィンダイナとルクシオン。
爆散する瓦礫の中、ウィンダイナは視線を走らせ、炎の尾を引いてロケットの如く上昇する親友の姿を確かめる。だがそれを、前足を組んで羽ばたくラディウスが遮る。
「ラディウスッ!?」
『フフ……どうしたルクス。成体を模した鎧を纏っておきながら、その程度のスピードが限界か?』
含み笑い混じりの軽々とした羽ばたきで、ルクシオンと並走して上昇するラディウス。そして軽く頭を振りながら上に向けて息を吹きつける。
それに続き、天井に当たる石造りの壁に雷光が轟音を伴い爆ぜる。
「ク!?」
「ウウッ!?」
視界を埋め尽くす眩い光の爆発。それにウィンダイナとシャルロッテは揃って腕で目を庇って呻く。
『それ!』
そして不意にラディウスの軽い掛け声が響き、ウィンダイナ達の体を重い衝撃が襲う。
「が!?」
『ぎゃ!』
「ぐふ!?」
『アアッ!?』
それにウィンダイナ達四名は、揃って苦悶の声を上げて空へ投げ出される。
「クッ!」
ウィンダイナは歯噛みしながら、手放しかけたルクシオンのハンドルを握りこみ、その鋼鉄のボディもろともに身を捩って宙返り。
「ルーくんッ!!」
『任せて!』
そしてルクシオンは手近な瓦礫を足場に蹴って跳び、取りついた壁を駆け昇ってラディウスを追いかける。
「ハァッ!!」
それに遅れる形でシャルロッテも炎の翼とマントを翻し、反転。炎を振り撒きながら飛翔しウィンダイナ達へ追い付く。
ウィンダイナはルクシオンの背中から、空中を並走する親友と、先を行く敵とを交互に見やる。そして左手を輝かせてハンドルを手放し、その前に緩く握った右手を持っていく。
「ライフゲイルッ!!」
「ザータン・フォイアーッ!!」
大気を切り裂き進みながら、同時に風と炎それぞれの杖を抜き放つウィンダイナとシャルロッテ。
『フ、そう来なくてはな』
二人の杖を呼び出す叫びを受けて、ラディウスは背後を一瞥。そして翼を大きく羽ばたかせてターン。前足を組んだまま息を吹く。
『グッ!』
「ふっ!」
正面で閃く光に息を呑んで跳ねるルクシオンと、身を翻してロール軌道を描くシャルロッテ。直後二人の背後で雷鳴が轟き、白い光が爆ぜる。
その爆風を追い風にウィンダイナとシャルロッテは一気に加速。
「行け! 無謀なる蛍たちッ!!」
その勢いのまま、後ろ向きに飛ぶラディウスの鼻先から逃れながら、炎のミサイルを放つシャルロッテ。
不規則な軌道を描き白竜を追いかける火の球。だがラディウスはそれを壁際に寄って引き付けると、接触の瞬間に身を捩って回避。壁へぶつける。
壁を砕き爆ぜる炎と煙。立ち込めるそれを吹き飛ばしてラディウスは羽ばたき飛翔。そして鼻と口から息を吸い込み、口の端から白い火花をちらつかせる。
「エェアッ!!」
しかし羽ばたきに押し流された煙に触れる直前にウィンダイナは鋼の竜の背中から跳躍。友へ狙いを付けたラディウスの横顔を目掛けて両手に握った光刃を突き出す。
『フン』
だがラディウスが光刃の切っ先を軽く笑い飛ばすと、旋風を纏う光の刃へ左の前足が叩きつけられる。
「なに!?」
激突。そして弾ける火花。
だが驚くウィンダイナの見つめる先では、多くの幻想種を貫いてきた切っ先がラディウスの前足へ埋まる事なく受け止められている。
『そら!』
それにウィンダイナが身を引くよりも早く、ラディウスは腕を振るって白銀の戦士の突進を押し戻す。
「う、ぐふぅ!?」
押し返されるままに腕を跳ね上げられ、がら空きになった胴。そこをラディウスの腕を振るった勢いに乗せた尾の薙ぎ払いが叩く。
その重みにウィンダイナの腹が軋み、くの字に折れた体がまるで強打者のフルスイングに捉えられた野球玉の様に飛ぶ。
『ユウカァッ!』
「裕香!? おのれェッ!!」
真直ぐに空を横切る白銀の戦士。その姿に煙を突き抜けたルクシオンがそれを受け止めようと走り、シャルロッテが杖の穂先から炎を放ちながらそれを槍の様にして突進する。
だがラディウスは牙の覗く口から白い光を閃かせながらさらにターン。その勢いで振るわれる尻尾にシャルロッテの黒い炎は弾き飛ばされ、杖の突きを胴へ掠めながらの左前足によるカウンターに、シャルロッテも胴を打たれる。
「お、ごぉ……!?」
『テメェッ!!』
体を折り、苦悶の声を絞り出すシャルロッテ。その肩から小さな黒竜が顔を出し、半身の身を打ったラディウスへ向けてその小さな体からは思いもよらぬほどの量の火炎を放つ。
しかしアムの放つ渾身のファイアブレスを、ラディウスは涼しげに受け止める。そして右の前足でシャルロッテのマントを掴むと、一羽ばたきで身を翻し、遠心力に乗せた裏拳の要領で黒い魔女の体を放り投げる。
「ぐ、いおりさんッ!?」
ルクシオンとぶつかり合った背の痛みに呻くウィンダイナ。そしてバイザー奥の目を白黒させながらも、音を立てて裂けたマントの切れ端を後にしながら真直ぐに向かってくるシャルロッテを見据えて、それを腕を広げて迎える。
『う、ぐ!?』
「クッ!」
ウィンダイナは叩きつけられる親友の体に歯噛みしながらも、相棒と共にそれを受け止める。
だがそれもつかのま、シャルロッテ越しに口の端に白雷を閃かせたラディウスの姿が飛び込んでくる。
「まずいッ!」
それにウィンダイナは息を呑み、とっさにシャルロッテのマントを掴み、親友の体を抱く様に腕を交差して防御。
その瞬間、耳をつんざくような轟音と目を焼く様な閃光、そして衝撃と熱が全身を包みこんで爆ぜる。
『ぐぅあああああああああッ!?』
「あ、ぐぅ、ああああッ!?」
「う、あぁああッ!!」
『ふ、ぐぅあ!?』
爆音の中で激痛と衝撃に叫ぶルクス、ウィンダイナ、シャルロッテ、そしてアム。
一行を襲う白い雷のブレスはその勢いのままに壁を砕き、その向こうへ四人の体を押し出す。
一塊となった四人はそうして石造りの廊下へと投げ出され、その床を瓦礫に混じってゴム毬のように撥ね転がる。
『あっ、うっ!?』
ルクシオンから弾むままに漏れ出た呻き声に続き、弾け解ける鋼の竜の肉体。支えを失ったウィンダイナとシャルロッテは投げ出されるままにさらに弾み、石床の上を転がって共にうつ伏せに倒れて止まる。
「う、く、ルー……くん!」
右手から離れかけたライフゲイルの柄を握り直し、空いた左手の指先へぶつかった小さな相棒の名を呼びながら、杖を握った拳を突いて身を起こすウィンダイナ。そして身を震わせるルクスを左手に抱き、割れた装甲に包まれた足を踏ん張って立ち上がる。
「我が半身よ、無事か?」
そしてその声に振り向けば、ちょうどシャルロッテがアムを片手に杖に寄りかかりながら立ち上がっていた所だった。
『ハン、この程度でくたばるほどヤワじゃないさ。変身出来てるウチは、心配無用さ』
そんな黒いペアのやり取りを受けて、ウィンダイナは己の腕の中で微かに呻くパートナーに目を落とす。
だがその刹那、不意に背後で爆音が轟き、横殴りの暴風が背を叩く。
殴りつける爆風に息を呑み、踵を返して右手に握る光刃を突きだし構えるウィンダイナ。
その正面に立ち込める粉塵の幕の中から、歪な二足歩行が悠然と姿を現す。
『先程の様な、リングの内と外の様な区切りはもう無いぞ』
黒い石の床を獣の足で踏みしめながら、距離を詰めてくるラディウス。
その姿にウィンダイナとシャルロッテはそれぞれの杖を構えたまま、靴底で床を摺りながら後退りする。
さらにまた一歩踏み出す二足歩行の白竜。その雷を纏った一歩に合わせ、戦士と魔女は床を摺り鳴らして下がる。そしてウィンダイナは刃の切っ先を敵へ突き出したまま、右肩越しに斜め後ろの親友とその相棒を見やる。
「アム、お願い。ルーくんがまだ気がつかないから、見ててくれないかな?」
ウィンダイナの頼みに、アムは赤い目をシャルロッテへ向けて目配せする。
『いおり……』
「うむ、我からも頼む。手当てをしてやってくれ」
パートナーの目を受けて、首を縦に振るシャルロッテ。
『アリガト、いおり』
アムはそれに頷き返し、烏似の翼を広げてパートナーの方から飛び立つ。
そしてウィンダイナの傍へ寄り、ルクスの体を受け取る。
『ルクスの事は任せとくれよ。すぐに叩き起こしてやるからさ』
「うん。ありがとう」
ルクスを前足で抱えて、ウィンダイナ、そしてシャルロッテの後ろへ下がるアム。
戦士と魔女はそれを見送ると、足を止めて正面へ向き直り、それぞれの得物を両手に構える。
『準備は整ったようだな』
「クク……わざわざ待ってくれるとは御優しい事ではないか。その高々とした鼻柱、とことん圧し折ってやりたくなる」
構えを整えた二人の姿を受けて、大きく右足を踏み出すラディウス。それにシャルロッテは皮肉めいた笑みを返して炎の杖を回転。燃える穂先から火の粉を散らし、右半身を前に、石突を低く突き出した形に構え直す。
「ここから、押し返して見せるッ!!」
そしてウィンダイナもまた手首を返して翡翠に輝く刃を回転。左足を前に、右頬に柄を握る手を添えて、視線に合わせて切っ先を伸ばす形に構えを切り替える。
斜めに並び、敵へ向けた杖とそれを握る手を向かい合わせながら、低く身を沈める二人。
力を溜めて構える戦士と魔女の姿。それにラディウスは口の両端を吊り上げながら、一歩踏み出す。
「イィヤアァッ!!」
「はぁあああッ!!」
その足音を引き金に、ウィンダイナとシャルロッテが裂帛の気合と共に踏み込む。
床を割る爆音の二重奏。それを後に残してウィンダイナは振り被った光刃を突進の勢いに乗せて叩きつける。
だが翡翠色の一閃はラディウスの右前足にぶつかり受け止められてしまう。
「エアッ!」
止められた斬撃を受けて、ウィンダイナは短い気合と共に腕の力で体を持ち上げ、弾かれ続ける刃をラディウスの白い体毛に滑らせて回転。右から迫る横殴りの爪へ左の蹴りをぶつける。
その反動に乗って、白銀の戦士は壁に向かって跳躍。頭を軸に空中で側転し、足から錐揉み状に石壁を踏む。
そこへ目を付けて息を吸い込むラディウスとウィンダイナの視線が交差。しかしあわや稲妻が放たれようという刹那、その横面へ炎を纏った石突が襲いかかる。
それをラディウスは読み通りと言わんばかりに頭を下げて回避。
そしてシャルロッテの腹を角で突き上げようと構えた所へ、壁を蹴って跳んだウィンダイナが斬りかかる。
「デェアアアアアアアアッ!」
『ム!?』
だがそれはラディウスがとっさに盾とした右前足に阻まれる。
「そぉらああああああ!」
火花を上げて競り合う刃と竜の体毛。その隙にラディウスの頭上を抜けたシャルロッテは、火の粉を撒き散らしながら空中で前転。逆さまの姿勢で宙返りの勢いに乗せた魔王の火の石突を白竜の背へ突き出す。
しかしそれも白い体毛に覆われた長い尾にぶつかり、ラディウスの胴には届かない。
『ほう?』
挟み込む杖の一撃を交互に見比べ、感嘆の声を零すラディウス。その瞬間、ウィンダイナとシャルロッテは弾かれる前に、揃って自ら得物を引く。
二人の離脱から遅れて腕を振るうラディウス。それを間に置いて戦士と魔女は床を擦りながらブレーキ。
「セェアッ!!」
「ハァアアッ!!」
そして静止するや否や、深く曲げた膝のバネを同時に開放。気合の声を上げながらそれぞれの得物を構えて空を駆ける。
「イィヤアアアッ!!」
「ウォララララァッ!!」
巨体の白竜を挟み込み、刃を振るい燃える石突を突き出す二人。その軌跡を阻む腕や尾との激突。二人はその反発に逆らわずに武器を引き、返す刃を繰り出す。
光刃と炎槍による嵐の如き連撃。だがその尽くはラディウスの両前足と尾で弾かれ、払われてしまう。
口の端を緩めた涼しい顔のラディウスに連撃が捌かれ続ける中、攻撃を掻い潜って反撃の爪が繰り出される。
「く! アアッ!」
「う、おお!」
繰り出されるそれをウィンダイナは潜り、またシャルロッテは火の粉を散らしての飛翔で飛び越える。
沈めた姿勢からの水面蹴り。そして宙返りからの踵落とし。その上下から挟み込んでの蹴りの連携。だがそれに見向きもせず、ラディウスは笑みを深める。
「フッ」
そして軽く笑い飛ばすと、白銀の水面蹴りへ逆に蹴りをぶつけ、降ってくる黄金のブーツを角で迎え撃つ。
「ぐ!」
「むぅ!?」
弾かれた勢いのまま空を舞うシャルロッテと、繰り出した蹴りと坂回しに跳ね返されるウィンダイナ。
だがそこからウィンダイナは押し戻された勢いを利用して刃を振り上げ、シャルロッテも宙返りに空を舞いながら火炎を撃ち下ろす。
しかし炎の撃ち下ろしはラディウスが傘にした白翼に受け止められ、光刃も盾となった右前足に止められてしまう。
そしてウィンダイナはラディウスの体毛に火花を散らす光刃を確かめるや否や、ぶつけた刃を解除。
『う、む?』
「イィヤアアアアアアアッ!!」
競り合う力の消失に驚き呻くラディウス。ウィンダイナはそれをよそに柄のみのライフゲイルを握ったまま、ラディウスの懐へ潜り込んで抱えきれぬほどに太い胴へタックル。
そしてそのまま両腕の力で白竜の胴を締め上げつつ、その馬ほどの巨体を浮かせる。
『オ、オオッ!?』
面喰って戸惑うラディウスに立ち直る暇を与える事なく、ウィンダイナは踏み込み、抱えたその身を大穴の開いた壁へと放り投げる。
「どぉおっせぇええええいッ!!」
『なん、とぉお!?』
ウィンダイナの放つ咆哮に押し流される様に宙を舞うラディウス。
それからウィンダイナはすぐ上に飛ぶシャルロッテと目配せ。そしてすぐさま頷き合い、羽ばたき宙返りするラディウスへ向けて踏み込む。
「エェヤァアアアアアッ!」
「ハァアアアアアアアッ!」
共鳴する気合。鋭い声と突撃とで空を切り裂き進む二人は、その勢いのままにラディウスが盾とした両の前足に蹴りをぶつける。
轟く爆音と空へ駆け広がる衝撃の波。
『ふん!』
それに続き、ラディウスの羽ばたきが起こす暴風。それに乗って戦士と魔女は飛び退き、床と天井を蹴ってさらに踏み込む。
「セ! ヤ! アア!」
「ふ! はあ! おお!」
光刃を再構築しながらの横一閃と燃える穂先の突き。唸りを上げる白銀の蹴りに黄金の爪。そして旋風を纏った拳と火炎の塊。そんな炎の含んだ嵐はラディウスに弾き捌かれ続けているものの、その身を徐々に後ろへと押し込んでいる。
「いおりさん、このままッ!」
「押し込むぞ! 裕香ッ!」
力強く声を掛け合い、ウィンダイナとシャルロッテは得物の振りかぶりを伴った蹴りを同時に繰り出し、前足との激突から立て続けに風と炎の杖をその防御の上からぶつける。
『む!?』
その重みにラディウスは呻き、前足を盾にした防御姿勢のまま一際大きく後退する。そうして石造りの床に爪を立てて火花を散らし、巨大な白翼を広げて踏み止まる。
『かあ!』
静止するや否やラディウスは前足を広げ、鋭い牙の生えそろった口に光が爆ぜる。
「セェヤッ!」
「ハァッ!」
掛け声を一つ、前方へ飛び込むウィンダイナとシャルロッテ。その真後ろで白い光が轟音を上げ、風と共に爆ぜ広がる。
その勢いのまま、爆風を追い風にラディウスの懐へ転がり込むウィンダイナ。それを踏みつぶそうとラディウスが足を上げる。
「ヘレ・フランメッ!!」
それを許すまいとラディウスを撃つシャルロッテの黒い炎。その炎の衝突の隙にウィンダイナは振り下ろされる足を潜って背後へ抜ける。そして振り向きながらに体を起こし、白竜の腰へ後ろからしがみ付く。
「せ、えぇやぁあッ!!」
『う、おぉ!?』
ウィンダイナは腹の底からの気合と共に、ラディウスの下半身を床からひっこ抜き、背中側へ投げっぱなしに放り出す。
ウィンダイナの投げ飛ばしにラディウスは空中で一羽ばたき。後ろ回りに宙返りする。
「グリューヴュルムヒェン・ナハトムジークッ!!」
そこへシャルロッテが詠唱と共に廊下を小粒のマジックミサイルで埋め尽くす。
うねる火炎ミサイルは壁面と接触し爆発。小さな爆音を幾重にも響かせながら巨体の白竜へ殺到する。
『フフフ……』
だが含み笑いが炎の壁をすり抜けるのに続き、マジックミサイルが爆発。そして爆風と共に広がる煙の幕を白い巨体が突き破る。
「な!」
「しまった!?」
驚き声を上げる戦士と魔女。その間を回転する白いドリルが走る。二人の間をすり抜けるや否や、ドリルはその外郭を作っていた翼を展開してブレーキ。そして振り返ったウィンダイナ達が身構えるよりも早く、その巨大な翼を羽ばたかせて突っ込んでくる。
『そぉ……れ!』
軽い声と共に繰り出される左右の前足。
左右それぞれに繰り出されたその一撃は、的確にウィンダイナとシャルロッテの体を捉え、重い衝撃に軋ませる。
「うぐ、ふ……!?」
「が、は……!?」
臓腑を抉る重みに体を折り、揃って苦悶の声を漏らす二人。その直後、戦士と魔女は取り落とした杖とこぼれ落ちた血液を残して吹き飛ぶ。
ウィンダイナとシャルロッテは殴られた勢いで空を真一文字に横切り、揃ってラディウスの開けた壁穴から大きく縦に伸びた空間へと放り出される。
そしてほぼ同時に連なった音を響かせて、逆側の壁へ背中から大の字にめり込む戦士と魔女。
「あ、が……」
「ご、ふぅ……」
体の内に響く衝撃に押し出される苦悶の吐息。二人は目の明滅と血飛沫を伴ったそれを別々の口から溢して、同時に壁から剥がれ落ちる。
その真下へラディウスが雷光の如き速さで現れ、長く太い尾を風切り音を鳴らしてしならせる。
『フフ、どうした? ここまでか?』
「ぶ!」
「ぐぇ!」
そして嘲笑と共に身を翻したラディウスの尾が二人の胴を捉えて真上へと打ち上げる。
二条の花火の如く空を駆け昇る戦士と魔女の体。やがて二人は痛みに漏れる呻き声を噛み殺し、展開した魔法陣を蹴ってウィンダイナは右へ、シャルロッテは炎の翼を羽ばたかせて左へと飛翔。二手に散開する。
その直後、幾筋もの雷光を放ちながら上昇するラディウスの巨体が散開した二人の間を突き抜ける。
旋風を撒き散らしながら駆け昇るラディウス。ウィンダイナはその姿を見やりながら痛む体を堪えて身を翻し、壁を踏む。
「く……アアッ!」
足から響く衝撃に微かに呻きながらも、それもろとも押し退けるように壁を蹴って斜めに跳躍。
そして白銀の戦士は壁へ接触するや否や、さらに向かいの壁へと跳び、その繰り返しで筒状の空間を上昇していく。
「仕掛けるぞ、裕香!」
上昇するラディウスへ追随するウィンダイナとシャルロッテ。そこでシャルロッが合図と共にラディウスの尻目がけて火炎ミサイルを発射。弧を描いて昇る炎はウィンダイナの脇をすり抜け追い越し、白竜へ突っ込む。
無謀なまでの勢いで上昇する炎の蛍を、ラディウスは軽い羽ばたきで体を左右に振って獰猛な炎の突進を回避。
「セエヤアアッ!!」
回避を繰り返して速度を落とすラディウスへ向けて、ウィンダイナは一際強く壁を蹴り急上昇。空を切りながら右拳を固く握りしめ、迫るラディウスの顔目がけてアッパーカット。
『フン』
だが跳躍の勢いも上乗せした一撃は、軽く鼻を鳴らしたラディウスの前足に鋭い破裂音と共にぶつかり収まる。
「エェアリャア!」
しかしウィンダイナはすぐさま握り込もうとする前足から右拳を引いて逃がし、腰の捻りに乗せた逆の拳を繰り出す。
それもまた白竜の盾にした前足にぶつかり易々と防がれはしたものの、ウィンダイナはラディウスの身を包む体毛を毟らんばかりに掴んで右の蹴りを振り上げる。
その蹴りもまた防がれると、その反発に乗って体を反転。一回転した勢いを加えての、斜めに空を裂く踵蹴りを白竜の頭へ振り下ろす。
二股の角と蹴りとの激突。そしてウィンダイナは首を振り上げるラディウスの意に乗って後ろ回りに宙返り。左右に固めた拳を撃ち下ろす形で解き放つ。
「キィイァララララララララララララァアアッ!!」
鋭い叫びに乗せて放つ嵐の如き拳の弾幕。
だがラディウスはその乱打に口の両端を歪めて前足を振るい、的確にぶつけて正面から相殺してしまう。
ラッシュの交差を続けながら上昇を続けるウィンダイナとラディウス。
「はぁああああ!!」
そこへ紅のマントと炎を翼の如く広げたシャルロッテが接近。ラディウスの背後へ回り込み、炎を宿した金色の爪を振り下ろす。
『フン』
だがラディウスは軽く息を吐いて周囲に雷を放散。挟撃を仕掛ける戦士と魔女との間に眩い結界を展開する。
「く!」
「むぐ!」
目の眩むような輝きと全身を叩く痺れるような衝撃に呻くウィンダイナ達。その間に二人の間からラディウスの姿は影も形も無く消えてしまう。
「ぐ……しまった!」
「裕香ッ!」
拳をぶつけ合っていた支えを失い、落下を始めるウィンダイナ。そんな親友の姿に、シャルロッテは慌てて手を伸ばして亀裂の走る装甲に包まれた腕同士をつなぐ。
そしてシャルロッテは繋いだ手の逆側。鉤爪側を見るや否や、目を剥いて手をつないだウィンダイナを上へ放り投げる。
「逃げろぉおおッ!」
「いおりッ!?」
ウィンダイナは大きく腕を振り上げて自身を身を放り投げる親友の姿に声を上げる。
その次の瞬間、シャルロッテの体を横から走る白く太い稲妻が攫い、壁へと突っ込む。
「おぅっごぉッ!?」
『自分の身を心配するべきだったな、フフ……』
爆音轟く壁と、破片と粉塵を散らすそこから漏れる呻き声。その声の主を壁へ叩きつけて縫い止めたラディウスは、薄く笑みを浮かべ羽ばたく。
「う、ああ!? あぁああああああああああッ!?」
壁を作る石を削りながら、まるでおろし金に掛けられた大根の様に悲鳴を上げて壁と擦り合うシャルロッテ。そしてその破砕音と悲鳴との不協和音を奏でながらラディウスが高速で上昇する。
「やめろぉおおおおおおおおおおッ!!」
傍らの壁をすれ違ったそれを追いかけ、ウィンダイナは足元に展開した力場を蹴って跳躍。そうしてシャルロッテの体で出来た轍の跡を掴んで取りつき、腕を引いて更にジャンプ。その勢いを殺さぬまま靴底を壁にぶつけると、それを足場に蹴ってラディウスと共に悲鳴を追いかけて真直ぐに駆け昇る。
「いおりさんを! 私の友達を離せぇッ!!」
近付くラディウスの背へ叫び、右拳を握り固めてその周囲へ輝く旋風を纏わせるウィンダイナ。
そして力漲る拳を構え、一際強く壁を蹴って跳躍。ラディウスの背中へと躍りかかる。
『フフ、では望み通りにしてやろう』
するとラディウスはウィンダイナを一瞥。一羽ばたきして烈風の拳の前から姿を消す。
「く!? しまった!」
空を切る烈風の拳。それにウィンダイナは壁に磔られた親友の前で頭を振って敵の姿を探す。
その視界に走る背後から接近する白。
それにウィンダイナは息を呑み、両手両足を割れた壁に取りつかせて突っ張る。直後、その白銀の装甲に包まれた背中を衝撃が穿つ。
「う、ぐぁ……!?」
背を撃つ重い一撃に押し出されるままに呻き声を漏らすウィンダイナ。だが決して、ぐったりと壁に埋まったシャルロッテにその衝撃を伝えまいと手足を踏ん張る。
『フフ……我が弟達といい、その契約者といい、揃いも揃って健気な事だな』
前足を背中へ押し込みながら、含み笑いを零す顔を寄せてくるラディウス。
「ぐ、うぐ……」
それをウィンダイナは、仮面の奥で呻きながら右の肩越しに一瞥。
「い、イィヤアッ!!」
そして渾身の力を込めて腰を捻り、その鼻先目掛けて右肘を撃ち出す。
だが例の如く、その一撃も鼻息を後に残して身を引いたラディウスに回避されてしまう。
「フン!」
そしてラディウスは身を翻して爪を備えた足蹴りを繰り出してウィンダイナの背を撃つ。
「が、ああッ!?」
呻きながらも壁に肘を突き、友をかばうウィンダイナ。だがラディウスは蹴りに反発する白銀の戦士の体を押し込もうとはせず、逆に亀裂の走った装甲に爪を食い込ませて壁から引き剥がす。
「なに!?」
驚くウィンダイナに対し、ラディウスは白銀の戦士がかばい続けるシャルロッテの体へ足を伸ばす。
「止せッ! グゥッ!?」
だがウィンダイナの制止の声も、壁に叩きこまれて遮られる。
そして間髪入れずにラディウスはその巨大な白翼を上下させ、二人を壁に押し当てたまま上昇する。
「う、ぐ!? あ、ああああああああああああッ!!」
頭の中から響き続ける砕ける石の音が悲鳴を押し潰す中、ウィンダイナは並ぶ親友と共にその身で壁を割り削りながら空間を昇らさせられ続ける。
やがて二人は揃って轍を刻む壁から引きはがされ、筒状の空間の天井へ叩きこまれる。
「あ、がッ!?」
深く沈む二人を中心に大きく広がるクレーター。そこからラディウスは蹴り足を屈伸させて離脱。
ウィンダイナは明滅する視界の中、優雅に宙返りを披露するラディウスの姿を認め、薄く開いたその口から稲光がこぼれるのを見る。
直後、戦士と魔女の身を極太の雷が穿つ。




