手にした夢の果てに~その1~
アクセスして下さっている皆様、ありがとうございます。
拙作も残すところ今回を含めて4話を予定しております。このまま勢いを殺さぬように突っ切りたいと思っています。最後までお付き合い頂けましたら幸いです。
それでは、本編へどうぞ。
大議場を覗く大穴の縁に立ち止まり、ウィンダイナらを待ち構えているかのように、そこから外には踏み出そうとしないラディウス。
ウィンダイナは悠然と佇む敵の姿を見据えながら、ルクシオンの前に進み出て左手を翳して身構える。
『ユウカ!? ボクなら大丈夫だから!』
仲間達を庇う様に構える白銀の戦士に、ルクスが慌ててルクシオンを立ち上がらせる。
だがウィンダイナはそんな相棒の言葉に振り返るものの、すぐに正面に控えた敵へと向き直る。
「私から仕掛けるから、フォローはお願い」
そして前に出した腕を入れ換えて構えを切り替えながら仲間達へ援護を頼む。
するとそれに応えるように、シャルロッテは左の爪を構える。
「裕香よ、何か見えたのだな?」
「うん。何となくだけど……掴めそうな気がするものがあるの」
背後からの友の問いに、敵を見据えたまま頷き答えるウィンダイナ。
するとシャルロッテは黄金の爪をすり合わせ、火花を散らす。
「クク……そちらもか。援護は任せよ」
爪からちらつく火花を炎へ育てながら、口の端を吊り上げるいおり。
それにウィンダイナは後ろの仲間たちへ再び振り向いて首を縦に振る。
「うん。いおりさんも、ルーくんもアムも、穴を探って」
『わ、分かったよ!』
『合点さ!』
ウィンダイナの依頼に竜達もまた威勢よく答える。
そんな相棒たちの返事を受けると、ウィンダイナは石造りの床を強く蹴って踏み込む。
「セェエアッ!!」
鋭い気を吐き、左肘を突き出しながら砲弾の如く壁穴へ飛び込むウィンダイナ。
その突進をラディウスは後ろ飛びに跳びながら右手を翳し、掌との間に数センチの空気を挟んで受け止める。
「アアアッ!!」
しかしウィンダイナは衝突に続いて身を沈め、その防御を読んで控えさせていた右拳をすかさず脇腹目がけて繰り出す。だがその一撃も、ラディウスが素早く割り込ませた左手の数センチ前で止められてしまう。
『フ……何を勘違いして儚い希望を見出したかは知らないが、そんなものは、すぐに幻だと知る事になる』
腕を空気越しにかち合わせて静止するウィンダイナとラディウス。すると白い男は、薄く唇を開いて白銀の戦士とその仲間たちの打ち合わせを笑い飛ばす。
そうしてラディウスは伸ばした指をゆっくりと曲げていく。
「う、ぐ!?」
それに従い、装甲越しに襲いかかる重圧にウィンダイナは仮面の奥から呻き声を零す。
「行け! 燃え盛る蛍よッ!」
『ム!?』
だがそこへ唸りを上げて殺到する炎のマジックミサイル。それを認めるや否や、ラディウスは握りかけた手を解いてその姿を空に消す。
その直後、ミサイルはラディウスの居た場所を空振り爆ぜる。
弾ける爆音と熱波の中、ウィンダイナは鋭く息を吸い、吹き荒れる爆風の後押しを受けて跳ぶ。
その勢いのまま突き破った煙の尾を引きながら、空中で前回りに身を翻して上下反転。そして煙の立ち込める空気をまるで揺らさずに現れたラディウスの姿を正面に収める。
「このォ!!」
すると白銀の戦士はとっさに右手に浮いていた浮遊席を引っ掴み、真下で手を開く敵へ投げつける。
『おっ……と!』
轟音を上げるそれは、微塵も慌てた様子を見せないラディウスに触れるまでもなく受け止められてしまう。
その瞬間、ラディウスを足元から焼き尽くそうと吹き上がる炎。
だがそれも白い男を前に割れる様に逸れ、その身を焦がすことなく流れる。
「デェエヤッ!!」
焙る様な熱に挟まれる中、ウィンダイナは座席の投擲と炎とで挟みこんだラディウスへ、椅子もろとも蹴り砕こうと右足を繰り出す。
『フッ』
だが砕けた座席の向こうには含み笑いの残響と炎だけしか残ってはいない。
受け流す壁を失って迫る炎。それを椅子を砕いた勢いのままに、白銀の戦士の足が蹴り裂く。
『それ』
「ウッ!?」
ウィンダイナの背後から軽い掛け声が響くや否や、その背中を急激な重圧が襲い、鋼鉄のスーツに包まれた体を床へ叩きつける。
「グゥアァ!?」
その重圧に弾む事すら許されず石の中へ沈められるウィンダイナ。
うつ伏せに沈むウィンダイナの体を核に生じるクレーター。そこへ更に重く圧力がかかり、衝撃波で周囲の煙を吹き飛ばしながら、ダメ押しとばかりに石の中へ捻じ込まれる。
「あ、が……ッ!」
磨り潰さんばかりに重く圧し掛かる力。それに堪らず苦悶の声を漏らすウィンダイナ。
だが呻き声を絞り出しながらも、四肢に力を込めて圧し掛かる重圧を押し返し、肩越しに空を振り仰ぐ。
ウィンダイナの振り仰ぐ中、ラディウスは床へ向けた掌を軽く引いて構える。
「それ以上はさせるものかッ!!」
だがそれが振り下ろされる前に火炎ミサイルが白い男へ殺到。
『フン』
だがラディウスは空中で躍る様に身を翻して、獰猛な火炎弾をまるで闘牛士のようにかわす。
『こンのぉッ!!』
そこへ壁を踏み切り、前輪の爪を振りかざして躍りかかるルクシオン。
だがラディウスはその弟の強襲に、ターンの勢いのまま腕を振り上げ、それに従った不可視の障壁がアッパー気味に鋼鉄の竜を打ち上げる。
『どうした、弟よ? 立派になったのは鎧の見てくれだけか?』
左右の腕を上下に伸ばしたまま、ドーム状の天井に縫い止めたルクシオンへ笑みを向けるラディウス。それに石天井へめり込んだルクシオンは、その目を明滅させて口を開く。
『うる……さい! 血のつながりなんて、糸くず程度にしか、考えていない癖にィッ!!』
押し上げる重圧に 鋼鉄の竜の内から半ば喘ぐように吠えるルクス。
『フフ、そうでも……あるがな』
そんな弟の憎悪を受けて、ラディウスは笑みを零しながら、伸ばした両腕を体に巻きつける様に戻して身を翻し、戻ってきた火炎ミサイルを再度避ける。
「ウッ!?」
『ぐ!?』
不意に自分たちを石へ縫いつける圧力が無くなり、戸惑いながら身を起こすウィンダイナと、落下するルクシオン。その一方でラディウスは空中で静止すると同時に、炎の爪を振り上げて躍りかかるシャルロッテを見やる。
「クッ……アアアッ!!」
強襲を見抜かれていた事に歯噛みしながらも、シャルロッテは爪を構え、気合の声を上げて右手から火炎流を放つ。
そのシャルロッテの放つ火炎の尽くは、体を軽く左右に振ったラディウスに回避される。そしてその間に間合いを詰めての炎を纏う爪も、白い男の残影を貫くに終わる。
「甘いな」
『こ、のォッ!!』
そして腕を突き出したシャルロッテの背後に現れたラディウスへ、シャルロッテの肩のアムが炎を吹きつける。しかしそれも、ラディウスが両手から放った衝撃波に押し返され、押し流された炎もろともシャルロッテとアムは壁へ叩きこまれる。
「うっぐゥッ!?」
『あが……!?』
体から煙を上げながら、壁穴に張りつけられて呻くシャルロッテ達。
「い、いおりさんッ!?」
『アムッ!!』
その姿にウィンダイナもまた床を叩いて跳躍。落下を加速させたルクシオンと共に、シャルロッテらへ追撃をかけようと腕を構えるラディウスへ蹴りかかる。
「フ、無意味な……」
だがその挟み込んでの攻撃も、冷たい声を残して消えたラディウスのために虚しく空を切る。
そしてすれ違い掛けたウィンアイナ達の傍らに現れた白い男の伸ばした右手からの衝撃波が、白銀の戦士とその愛機を、黒い魔女と揃って壁へと押し込む。
「ぐあッ!?」
『ぐふ!?』
並んで弧を描く壁へ押し込まれ、呻き声を零すウィンダイナとルクシオン。その逆側で同じく壁へ縫い止められたシャルロッテ達。
そんな石に埋まった戦士たちの真ん中で両腕を伸ばすラディウス。
「それ」
「うぅうあああああああああッ!?
「が、あぁああああああああああッ!?」
そして軽い一言と共に、白い男の両腕が振り下ろされ、その動きに従ってそれぞれに裾へ向かって広がる壁を削りながら床へと向かうウィンダイナとシャルロッテ。
「う、ぐ……」
「ぐ、うぅ……」
轟音を響かせ、床へ激突。そして白銀の戦士と黒い魔女は縦一文字に割れ裂けた壁の根元で呻く。
だがウィンダイナもシャルロッテも、亀裂の入った床を叩くと、痛みに震えるそれを支えに身を起こす。
『フ……前にも見せて貰いはしたが、やはり年端も行かぬ少女とは思えぬタフさだな』
ラディウスは大きくへこんだすり鉢状の床の底へ音もなく降りると、立ち上がろうとする二人を交互に見比べて、称賛の言葉を贈る。
ラディウスからの賛辞の響く中、ウィンダイナは亀裂の走った装甲から火花弾けさせながら、両足で床を踏みしめて左半身を前に身構える。
その一方でシャルロッテも、裾の破れたマントの埃を払いながら、血の滲むボディスーツに包まれた体を立ち上がらせる。
構え、微塵も衰えぬ闘志を眼に漲らせる白銀の戦士と黒の魔女。
その姿を再び交互に見やって、ラディウスは薄く唇を開いての笑みを深める。
『この状況でも心と命の力が高まり続けるとは。それも輝くばかりの勇気で……キミたちは人間として壊れているのか? 恐怖という感情を持ち合わせていないのか?』
自信の頭と左胸とを指差しながら、好奇心に目を輝かせて尋ねるラディウス。
そんなどこか楽しげですらある白い男へ、ウィンダイナは前に出した左手を音が鳴るほどに固く握り締める。
「怖いよ! 怖くない訳がないッ!」
『なに?』
力強く「怖い」と言い放つウィンダイナ。その言葉にラディウスは訝しげに顔を歪める。そんな白い男へ向けて、白銀の戦士は重ねて言葉に叩きつける。
「命をかけて戦う事も、友達とケンカする事も、今までの何もかも全部が怖くて堪らなかった!」
「我も同じだ。裕香と戦わねばならぬとなったときは逃げ出したことさえある」
ウィンダイナの言葉を継いで、同じようにはっきりと告げるシャルロッテ。そして白い男が振り返ると、ボロボロになったマントを払いながら続く言葉を重ねる。
「だがこんな我でも、友の友情を、半身の憂いを思えば、この身が奮い立つのだ!」
強く張り上げた言葉を投げつけるシャルロッテ。そしてウィンダイナはそれに続き、握り固めた左拳を鋼鉄の胸板へ叩きつける。
「大切なもののために、恐怖を乗り越えて沸き上がる思い、それが勇気! お前の押し付ける恐怖なんかで潰せるものだと思うなッ!!」
叫び、胸板を打ち鳴らした左手を伸ばしてラディウスを指差すウィンダイナ。ひび割れたそのシールドバイザーの奥では、つり上がったカメラアイが眼光を鋭く煌めかせる。
迷い無き眼光と鋭い声。その二つで戦場の空気を貫く白銀の戦士。
『フフ、フフフ……それがキミたちの無尽蔵の力の根源、ということか……』
そんなウィンダイナの叫びに、ラディウスは俯き肩を震わせて、溢れるままに笑みを零す。そして顔を上げ、目を見開き、口の端を大きく裂いた凄絶な笑顔を白銀の戦士へ向ける。
『フフ、ハハハハハハハッ!! なおさらキミたちが欲しくなったぞッ! 生命ゆえに生み出せるパワー……妬ましいまでの力……フフフ、その力を見込み、ここまで招いた私の目に狂いはなかったッ!!』
哄笑を高々と響かせる白い男。そして男は身に纏う白い衣を翻し、逆側のシャルロッテへ目を向ける。
「なに!?」
『招いた……だって?』
その笑い声に混じった言葉に、ウィンダイナとルクスが共に一歩踏み出す。するとラディウスのシャルロッテへ向いていた顔がウィンダイナへ戻り、こみ上げる笑みに揺れる深く裂けた口が開かれる。
『ここまで辿りつけたのが、全てキミたちと仲間たちの力によるものだと、本気で思っていたのか……?』
『どういう意味さ!?』
「全ては、貴様の思惑通りだったとでも言うつもりか!?」
楽しげな笑みを浮かべたままに尋ね返すラディウス。その背中へアムとシャルロッテが噛みつく様に声をぶつける。
するとラディウスは首を後ろ倒しに巡らせながら、両腕を大きく広げる。
『そうだとも! キミたちが私へ辿りつこうと歩んできた道は、私が仕込み、整えたモノ! 幻想界でまで排除する必要のある不純物が出来たのは、想定以上だったがね?』
芝居がかった調子で種明かしをするラディウス。
「貴ッ様ァ!! 何のためにそこまでッ!?」
そんな想像を超えたイレギュラーすらも楽しむ愉悦に溢れた顔へ、シャルロッテが怒りのままに火炎を投げ放つ。
だがラディウスは迫る火炎をどこ吹く風と見えざる障壁の表面に滑らせて、種明かしの続きを口にする。
『言ったはずだ。キミたちの力が欲しい、と。私の思い描く革新のため、無限の力を生み出すキミたちのその命が! その心が! 私は欲しいッ!!』
ラディウスは叫び、欲し望むものを一同へ向けて曝け出す。それを受け、ルクシオンはその内にいる白竜の怒りのままに鋼鉄の唸りを轟かせる。
『だから、その革新って何なんだッ!? 同胞の命を弄んでまでやる事なのかッ!?』
『フフ……使命やしきたりに捕らわれた、カビ臭い考えのお前には理解できまい。それに、フフ……これから成す術もなく私の計画遂行のために働くことになるお前達には、知る必要のない事だ』
しかしそんなルクスの叫びを、ラディウスは含み笑い混じりの言葉で流す。
ウィンダイナはそんな白い男に対して、左の拳を胸の前で改めて強く握りしめる。
「この先までお前の思い通りになんかさせるものかッ!?」
『フフフ、よく吠える……やって見せるがいい!』
叫ぶウィンダイナに対し、ラディウスは笑みを崩さぬまま手首を返し、かかってこいと手招きする。
そしてウィンダイナは正面のシャルロッテへ目を向け視線を交差。その一瞬の目配せに続けてその身を浅く沈める。
「デェヤァアアアッ!!」
裂帛の気合と共に、ウィンダイナは膝に溜めたバネを解き放って踏み込む。
爆ぜる足音で部屋の空気を揺るがして突進。白銀の流星の如く間合いを詰め、振りかぶった拳を突撃の勢いに乗せて突き出す。
だがその拳は例に漏れず、ラディウスが盾とした右手の前数センチ先で制止させられる。
「ぐ……!」
『フフ……突撃以外の手が無いのはつらいもの、だな!』
語尾を強めて手首を返すラディウス。その手の動きに従ってウィンダイナの体が踊らされる。
だがその背が床へ叩きつけられる前に、援護の火炎がラディウスへ伸びる。
しかしラディウスは一瞥もせず姿を消して炎を回避。仰向けになったウィンダイナの真上へ姿を現す。そこへ立て続けに炎のミサイルが殺到。
『フン。バカの一つ覚えだな』
それをラディウスは鼻で笑い飛ばし、不可視の盾で防御。そして白銀の戦士へ向けて腕を振りかぶる。
しかしウィンダイナはシャルロッテの作ってくれた僅かな隙に、地面を叩いての受け身からバク宙。ラディウスの放つ衝撃波から逃れる。そして石の穿たれる轟音の響く中、着地と同時に踵を返す。
その直後、鋭い呼気と共に踏み込み、壁へ向かって駆け出す。
『逃がすと思うか?』
走るウィンダイナの背中を追い、またも腕を振りかぶるラディウス。
「させると思うか!?」
そこへシャルロッテが似せた言葉を挟んで炎の爪を振るう。だがそれを白い男は笑み交じりに冠を頂くシャルロッテの頭上へ転移して回避。
「甘い! 蛍たちよッ!」
だがシャルロッテもそのラディウスの動きを先読みし、真上へマジックミサイルを発射する。しかしそれもラディウスは見えざる壁で身を守り、爆炎の中に身を隠す。
その間にウィンダイナは緩やかな曲線を描く壁を蹴って駆け昇る。
「オオオッ!!」
そして四十五度ほど昇った所で壁を大きく踏み切り跳躍。錐揉み回転に身を翻し、ラディウスを包む爆炎へと躍りかかる。
『その程度の手が!』
だが炎から無傷で現れたラディウスは手を翳してウィンダイナの突撃を迎える。
『うぅああッ!!』
『む!?』
だがそこへ空を蹴り進むルクシオンが突進。ラディウスの展開する障壁へ自らぶち当たる。
『ユウカッ!?』
「キィアッ!!」
兄と僅かな空間を挟んで競り合いながら、輝く双眸を天井へ向けるルクシオン。ウィンダイナはその背を踏み台に更に跳躍。ルクスが光で指し示す先、ドーム状の天井を。その頂点を目がけて一直線に上昇する。
『なに……まさかッ!?』
飛翔するウィンダイナの姿に声を上げるラディウス。
「イィヤアッ!」
その声を足元に受けながら、ウィンダイナは腕を振るい宙返り。後ろ回りに両足を天に向ける。
『おのれ!』
その声と共に瞬時に白銀の戦士の前に現れる白い男。
だがウィンダイナは迎え撃とうと構えるそれに構わず、膝を叩いて両足を打ち出す。
「キイィァアアアアアアッ!!」
鋭い気合に乗せて放たれた両足蹴りはラディウスもろともにドームの頂点を穿つ。
轟音を響かせて爆ぜる石造りの天井。
粉微塵になって広がる石片は床に向かって落下。白銀の装甲にぶつかり跳ねる。
そして粉塵が晴れると、そこにはラディウスの腹を貫いて天井に埋まる、ウィンダイナの両足があった。
だが足に刺し貫かれているラディウスの腹からは血の一滴も流れ出てはいない。
そして串刺しになった白い男は、白銀の装甲に覆われた脚を掴もうと手を出す。だがその手はウィンダイナの足へ触れることなくすり抜ける。
「やっぱり実体じゃない! 幻だったか!」
『なぜだ、なぜこれが実体でないと分かった……?』
刺し貫かれた白い男の幻像が揺らぎ、その口からノイズ交じりのかすれ声が漏れる。
その揺らぎの混じった声での問いに、ウィンダイナは歪む白い男の幻影を見据えながら答える。
「一つ、お前は私たちと直接触れようとは絶対にしなかった。二つ、お前の移動は空気をまったく動かさなかった」
ウィンダイナは一つ、一つと推理の根拠を上げていく。その進行に伴って戦士の蹴りが突き刺さった天井に亀裂が広がり、辛うじてぶら下がっていた破片が堪え切れずに剥がれていく。
「そして三つめ! 今まで私たちの前に直に姿を現さずにいたお前が、正直に本体で出てくるはずがないッ!!」
大気を揺るがす様な大音声で断言するウィンダイナ。その振動を引き金に石のドームは完全に崩落。
割れる石の奥から光が爆ぜり広がり、大小様々な石片がかち合って音を立てて降る中、白銀の戦士は深い呼気と共に後ろ回りに宙返り。そのまま宙を舞い床へ落ちていく。
そうしてくるくると空を舞いながら、溢れる光を傷ついた装甲に照り返す。そのまますり鉢の底を更に抉るクレーターの中心に、左手と両足の三点で衝撃を吸収して着地。そしてすかさず顔を上げて、頭上から降り注ぐ光の源泉を振り仰ぐ。
『フ、フフ……大したものだ。これは、まだまだキミたちを見くびっていたと詫びざるを得ないな……フフフ……ハァッハハハハッ!!』
光と高笑いが降り注ぐ中。周囲に集まった仲間たちと共に、天を睨むウィンダイナ。一同の視線の集う先では、白い男の幻像をかき消すほどの冷たい光が溢れ、瓦礫に埋め尽くされた大議場を照らす。
眩い輝きの中に一点、太陽の黒点に似た足跡をつけた光の塊は、翼を広げてゆっくりとその高度を下げながら、全身から放つ冷たい光を緩めていく。
緩んだ光の中から露になったその姿は、ルクスを馬ほどのサイズにまで育てたもの。
全身を包む白い体毛と、巨大な白鳥の様な一対の翼。顔は狼のそれに似た鋭角なシルエットを描き、そこから生える角は二又に分かれ、長く鋭く伸びている。
胸に穴を開けた白い男の幻像。それを蹴りの跡を刻んだ胸の前に重ねて降りてくる白竜、ラディウスは、ウィンダイナ達一行を見下ろして口を開く。
『私にこれほどの傷を負わせたキミたちの実力に敬意を表し、ここからは正真正銘の私が、全力を以ってお相手するとしよう』
ウィンダイナが胸に刻んだ黒点を前足で指し示しながら宣言するラディウス。
その言葉に続いて、ウィンダイナ達に押し潰す様な暴風が襲いかかる。
「く……!」
『ウ、ウゥ……』
ウィンダイナとルクシオンは、その圧し掛かる風の重みに呻き声を零す。だがその一方で、シャルロッテが同じく暴風に歯を食いしばりながらも、襲いかかるそれをマントごと振り払う。
「フン! どこまでも上からモノを言う! その傷とて、生涯初の負傷というわけでもあるまいがッ!?」
そして風が流れ切るのに続き、金色の爪を備えた左手で浮かび佇むラディウスを指さす。
「過去に受けた傷から人間の手強さを学びもせず、今ここに至るまで姿を現しもせず隠れ続けた卑怯者風情が本気だと!? 片腹痛いわッ!!」
ラディウスの宣言を張り上げた声で叩き切るシャルロッテ。
『フフ……手痛い所を突いてくれる』
それに対し、ラディウスは俯いての含み笑いと共に、垂れ下がった太く長い尾を一振り。そして白い男の幻像をかき消すと、すぐにあご先を上げてそのエメラルド色の瞳で一行を睨み下ろす。
『だが勘違いするなよ。私があえて幻影の分身で相手をしたのは、やり過ぎてしまう事を危惧しての事だ……!』
低く抑えた声に続き、軽く息を吹くラディウス。その刹那に光が閃き、ウィンダイナ達を光が包む。
「ぐあッ!?」
「あっぐッ!?」
『うぅあぁ!?』
『ぎゃん!!』
轟音を伴い爆ぜる稲光。それにウィンダイナとシャルロッテはそのパートナーもろともに吹き飛ばされる。
全身から白煙の尾を引き、瓦礫の山を毬のように跳ね転がるウィンダイナ達。
『が!? うぅ……』
「う、ぐ……これが、ラディウスの、本物のサンダーブレス……!」
やがて大きな瓦礫の上にルクシオンと並んでうつ伏せに倒れ、呻きながらも身を起こすウィンダイナ。その全身を覆う白銀の装甲は所々に黒い焦げ痕を残し、物質界で紛い物の放った雷撃との格の違いを煙に乗せて匂わせる。
そこから僅かに離れた瓦礫の上では、仰向けに倒れたシャルロッテがアムを乗せた右肩を抑えて身を起こす。
そんなウィンダイナ達を見下ろしながら、ラディウスはその白く巨大な翼を上下させる。
『さっきまでの威勢はどうした? まだほんの少し息を吹きかけただけだぞ? 私が必要と見込んだ生命がこの程度で終わるはずはないだろう?』
ゆっくりと羽ばたき舞い降りながら、ウィンダイナらへ再起を促す様に声を投げかけるラディウス。
「ぐ、う……言われなくても……!」
上から投げかけられる白竜の言葉を受けて、ウィンダイナは苦々しく呻きながら痛む体を奮い立させる。それに続いて、シャルロッテもまた雷撃に燻ぶる体を震わせながら持ち上げる。
「無論だ! だが、貴様に必要とされた所で……嬉しくもなんとも、ない……!」
歯を剥き、左右色違いの目をぎらつかせてラディウスを睨むシャルロッテ。
そうして傷ついた両の足を踏ん張り、白銀の戦士と黒の魔女は毅然と立ち向かう。
それに対し、ラディウスは後ろ足を一段と高い瓦礫の山に乗せると、上体を持ち上げて直立する。
『フフ……それでこそ私自ら刈り取る価値が有るというもの』
獣を思わせる全体の形状はそのままに、上半身を人間のそれに近づけて口の端を吊り上げるラディウス。
それに対し、ウィンダイナとシャルロッテは膝を深く沈め、緑風と黒炎をそれぞれにその身から噴き出す。
「戯言をッ!」
「言うなぁああッ!!」
シャルロッテを継いでウィンダイナが怒号を張り上げ、それぞれに爆発させた力に乗って踏み込む。
爆音。そして渦巻く風と炎を後にして、白銀の戦士と黒の魔女は二方向からラディウスを挟み込む。
だがラディウスはウィンダイナとシャルロッテの挟撃に、爆風を巻き起こして姿を消す。
「くッ!?」
「また消えたッ!?」
ラディウスの居た空間を交差してすれ違う二人。そこから瓦礫を蹴散らしながたブレーキをかけ、顔を上げる。
『遅いな』
二人の視線の先でラディウスは白い翼を上下させてほくそ笑み、一息吹き払う。
それにウィンダイナとシャルロッテはとっさに息を呑み、その場を跳び退く。
その刹那、雷光が轟音を上げて瓦礫の山を一閃。それに続き爆散する石の飛礫が嵐を起こす。
「く!?」
「うっぐぅッ!?」
散弾の様に襲いかかる稲妻を纏った瓦礫片。それをウィンダイナは腕を交差して装甲に受けながら吹き飛び、シャルロッテも盾とした火炎の幕を剥がされ呻く。
白い一閃の駆け抜けた後、瓦礫を支える石床がそれに沿って大きく裂ける。
裂け目から覗く光に照らされた空。それが露わになるや否や、床が裂け目からボロボロと崩落を始める。
「そんなッ!?」
音を立てて広がり、瓦礫を吐きだして行く穴に息を呑むウィンダイナ。受け身を取って吹き飛ぶ体を制動するや否や、崩壊の進む床を蹴って跳躍する。
「いおりさん! 早く飛んでッ!!」
壁を三角跳びに蹴って跳びながら、炎を散らして空を舞う親友へと呼びかける白銀の戦士。そして黒い魔女が炎の翼を羽ばたかせて上昇するのを認めると、ドーム状の壁を蹴って駆け昇る。
『乗って、ユウカ!』
行く手を塞ぐ雷撃をかわし、降ってくる瓦礫を横薙ぎの腕で払い飛ばしながら走るウィンダイナ。それに下から追いかけ追い付いたルクシオンがその双眸を輝かせながら背中へ乗る様に促す。
「ルーくん!? 分かった!」
ウィンダイナは正面からの瓦礫を殴り潰し、鋼の竜の指示に頷く。
そして壁を踏み切り、落ちてくる瓦礫を飛びかわし、別の壁を蹴って更に跳躍。
そのまま受け止めようと合わせるルクシオンのハンドルを握ってその背に跨って壁を昇る四脚のタイヤを加速。行く手を遮る巨大な瓦礫を突き破る。




