幻想の中へ~その4~
アクセスして下さっている皆様、いつもありがとうございます!
拙作も終わりが近づいて参りました。最後までお付き合い頂けましたら幸いです。
それでは、本編へどうぞ。今回も楽しんで頂けましたら何よりです。
重い音を轟かせて石造りの床を突き破るルクシオン。
その際の衝撃に鋼鉄の竜は分解、霧散。翡翠色の光が散らしながらその内にいた子猫大の白竜の姿が露になる。
ルクシオンの背に跨がっていた三名は、拠り所を失うままに石で覆われた空間へ投げ出される。
「う!?」
「むぐ!」
『痛ッ!』
『うっぐ!』
放り出されるままに、バラバラに床へぶつかり、音を重ねる一同。
「ここが……光の神殿?」
受け身を取り、いち早く復帰したウィンダイナが周囲を見回し呟く。
輝くほどに磨き抜かれた白い石の壁と天井。
天井にはウィンダイナ達が使う魔法陣を構成している幻想種の文字が刻まれ、そんな天井を半ば壁に埋まって等間隔に並ぶ半円形の柱が支えている。そして床は天井や壁とは対照的な、艶めく黒の石で出来ており、大きく割れた穴が一同の中心でぽっかりと口を開けている。
「ッ! モビィ・ディックさん!」
ウィンダイナは大口を開けたその穴を見て思わず息を呑み、自分達をここへ送ってくれた人物の名を呼びながら目の前の大穴を覗き込む。
だが外壁が放つ光に照らされた空にモビィ・ディックの巨体は影も形もない。それどころか、ウィンダイナ達が神殿を目指して登ってきた大洋の御柱も、その形を失って海に戻っていた。
「そんな、モビィ・ディックさん……エッジさんにフロウさんも……!」
穴の縁から風鳴りの響く空を見下ろし、膝を突き項垂れるウィンダイナ。
『モビィ・ディックさん……ボクたちの為に』
『おっさん、みんな……』
「すまぬ、三人とも……」
その傍へ復帰を済ませた仲間達が集まる。そして白雷に消えたモビィ・ディックや、傷ついたエッジにフロウ、神殿までの道を切り開いてくれた海の仲間達のことを思い、揃って目を伏せる。
「モビィさん、ラディウスの攻撃に気づいていて、私達を巻き込まないようにあんな風に……」
襲われた仲間の為に躊躇った自分たち。それを強引に放り出した白鯨の姿を口に出して拳を握るウィンダイナ。そんな震える白銀色の鎧に守られた肩に、シャルロッテは金色の手を乗せる。
「裕香、我も悔しい思いは同じだ。だが、ここは……」
「分かってる」
ウィンダイナは友の言葉を皆まで聞く前に頷き、立ち上がる。
「モビィさん達は、私達をここへ送り届ける為に、命を賭けて戦ってくれた……その三人の思いに答える為にも、こんなところでぐずぐずは出来ない」
振り返って、静かな声音で告げる白銀の戦士。そのバイザーの下で輝く双眸を見上げて、シャルロッテも頷き返す。
「うむ。時間を無駄には出来ぬ。行こう」
そうして二人は入り口としてこじ開けた大穴に背を向けて歩き出す。
『ほら、ルクス! しょげてる場合じゃないさね!』
『わ、と!? そうだね、急ぐよ』
そう言ってアムは、未だに穴の外を覗いているルクスの尻を尻尾で叩いて頭を切り替えさせる。そして揃って先に歩き出した契約者達の背中に続いて、羽を小刻みに急がせて追いかける。
長く長く続く白黒二色の廊下。五人横一列に鳴ってもなお余裕が出るほどに幅広く、見上げるほどに天井の高いその奥は、暗がりに閉ざされてはっきりと見通す事が出来ない。
そんな光の神殿とは名ばかりの薄暗がり。
その中をウィンダイナとシャルロッテは硬い石の床を鳴らしながら歩を進め、その後からルクスとアムが響く足音に微かな羽音を添えつつ続く。
足音と羽音のみが大きく響き渡る中、不意にウィンダイナ達の通り過ぎた後に続いて、両脇の壁に火の灯る様な音を鳴らして光が点く。
「ム……!?」
不意打ちの光にシャルロッテは肩を震わせて息を呑む。
するとシャルロッテは、思わずウィンダイナへ伸ばしていた右手を見つける。それに下唇を軽く噛みながらその手を握って引っ込める。
「ンン! それにしても何の気配も無いな……待ち伏せも見張りも無いとは……」
そして咳払いを一つして、周囲へ赤黒二色の目を走らせながら不自然なまでの静寂に疑問の言葉を口に出す。
そのシャルロッテの言葉に続き、再び背後で音を立てて灯る光。
ウィンダイナも背中側から自身を照らす明りに振り返り、暗がりの閉ざす廊下の奥へ視線を戻して親友の言葉に頷く。
「そうだね……本当に不気味なくらいに静か……」
ウィンダイナはそう言いながら、頭を巡らせて一通り警戒の視線を通す。そして傍らに飛ぶ白と黒のパートナー達へ目を留める。
「ねえ、ルーくん、アム。いつもこんな感じなの?」
普段の様子を知っているはずの二人へ尋ねるウィンダイナ。それに倣う形でシャルロッテもまた二匹の竜へ目を向ける。
するとルクスとアムは、羽ばたく翼を休めぬまま揃って首を左右に振る。
『こんなに静かなのはボクも初めてだよ』
『ああ……アタシが知る限りじゃ、気の抜けた見回りがいるいつもの方が警備が厳重なくらいさ』
『ボクらの一族以外にも、ここで務めをこなしてるのは大勢いる筈なのに……外にあれだけ迎撃に出しておいて、なんでこんな……』
突入の寸前まで戦っていた大勢の飛行部隊に対して、あまりにも落差の激しいこの侵入してからの静寂。
その異様なまでの静けさに、警戒を露わに周囲を探るルクスとアム。そうしてまた柱の間を抜けた直後、またも背後で音を立てて光が灯る。
暗がりへ沁み渡る様な足音と羽ばたき。
それに混じって規則的に光が灯り、一同の歩んできた廊下を照らす。
「……うん?」
どこまでも、いつまでも続くかのような薄暗闇と静寂。だがその中でウィンダイナは微かな変化を察知し足を止める。
「どうした、裕香?」
不意に足を止めたウィンダイナに続き、その一歩前に出てから歩を止めて振り返るシャルロッテ。黒い魔女は明りの灯った廊下を覗くと、パートナー達と共に小首を傾げて奥を見続けるウィンダイナへ目を戻す。
「いおりさん。奥へ軽く炎を投げてくれない?」
廊下の先、暗がりの奥を見据えたまま、ウィンダイナは親友へ依頼する。
「う、うむ。承知した」
それにシャルロッテは戸惑い半分に頷き、マントから出した左人差指の先に小さな炎を作り行く手を塞ぐ暗がりへ飛ばす。
『何か、いるの?』
「ちょっと見てて」
不安げに尋ねるルクスに対し、抑えた声で答えるウィンダイナ。
その見つめる先で、ちらちらと光を振りまきながら、恐る恐ると様子を窺うようにゆっくりと進んでいく小さな火の球。
奥へ、奥へと小さな明かりで照らしながら進む小さな火。
それを息を潜めて見守る一同。
色取り取りの四対の目がその様子を窺う中で、先行していた微かな火は壁にぶつかり、僅かな光を広がり散らして消える。
「行き、止まり……?」
壁に当たって掻き消えた火に眉をひそめて呟くシャルロッテ。だがウィンダイナはそんな親友の隣をすり抜けて一歩踏み出す。
『裕香?』
「違うよ。あれは行き止まりなんかじゃない」
契約者を代弁するかのようにいぶかしげに名を呼ぶ黒い竜。だがウィンダイナはそれに頭を振り、足を速めて奥へと進む。
ウィンダイナの通った後に光を灯す柱。そしてそれを合図としたかのように駆け出す。
『待って、ユウカ!』
「行き止まりではないと!?」
次々と光を灯す廊下を行くウィンダイナ。その背中を追いかけて、慌てて駆け出すシャルロッテと一対の竜。
そしてウィンダイナが石の床を蹴る足にブレーキをかけた瞬間。今まで追い掛ける様に灯っていた明りが白銀の巨体を追い抜いて壁を駆け昇る様に彩る。
「これは、扉か!?」
シャルロッテは立ち止まるウィンダイナの隣に追い付くと、光に縁取られた壁を見上げ、そこにあるものに声を上げる。
ネオンの様な光に縁取られた、まるで城門にも似た両開きの巨大な石造りの扉。明らかに巨大な者が潜る事を考えて作られているそれを見上げ、ウィンダイナはあごを引いて頷く。
『そうか、大議場。ここに出たのか』
『よしよし今の場所さえ分かれば大体見当はつくさね』
そう言って右にルクス、左にアムと分かれてそれぞれに扉へと近づく。
「待って!」
だがウィンダイナはそんなパートナーたちの動きを慌てて引き留める。
『な、なに!?』
「どうしたのだ?」
驚き、声を揃えて振り返るルクスとアム。そしてシャルロッテも色の違う目を瞬かせてウィンダイナへ尋ねる。
そんな仲間たちに、ウィンダイナは顔を軽く上下させて臭いを嗅いでいると動作で示しながら言葉を返す。
「錆び臭い……血の臭いがする!」
「なにッ!?」
ウィンダイナの感知したものを聞き、目を剥いて弾かれたように扉へ顔を向けるシャルロッテ。そしてまたルクスとアムも、固唾を呑んでそれぞれの目の前にある扉に肉球を当てて押し込む。
すると扉はそれに応えて仄かな光を放ち、重い音を響かせながらぴったりと塞がっていた二枚の石の隙間を広げていく。
扉が左右に割れ広がるにつれて、その奥に存在する光景が露になって行く。
「う……!?」
『そん、な……!?』
『う、そ……!?』
「く……!」
開かれた扉。その奥にあった光景に全員が絶句する。
球を描く様に広がる空間。大振りな座席が床に足を付けて並び。人形でも乗せる様な小さな席がいくつも浮かび躍っている。
そんな空間の奥、扉からみた真正面。その一角を埋めるいくつもの巨体。
元は白であったであろう体毛を、首の傷から流れた血で暗い赤に染めて壁にもたれかかる獣。
象ほどもあるその体の背から生えた翼の右側は半ばから失われ、その逆側は頭からもぎ取られた角で椅子に縫い止められている。
そしてその傍らには同程度のサイズの黒い竜が、翼をもがれて血だまりの中で横倒しに倒れている。その首は明らかに曲がるはずのない方向にねじ曲げられ、牙の生えそろった口からは舌と濁った血が零れ出ていた。
『父さんッ!?』
『親父!?』
「ええ!?」
「なん、だと……ッ!?」
濁った暗い紅の海で横たわる白竜と黒竜。それをルクスとアムは父と呼び部屋へ飛び込む。
そんなパートナーたちと奥の骸を交互に見やり、ウィンダイナとシャルロッテも慌てて先行した白黒一対の竜に続く。
だが部屋へ飛び込んだ直後、ウィンダイナは床のぬめりに気がついて足を止める。
「え?」
「う、ぬ?」
同じように足元の違和感に気付いたシャルロッテと共に下を見るウィンダイナ。
二人の足元で水たまりを作る赤く濁った血液。それを認めた直後、二人の肩に音を立てて水が滴り落ちる。
「こ、れは……?」
肩の装甲に落ちた滑りに指を触れ、ゆっくりと、まるで関節にゴミの詰まった人形の様にぎこちない動きであごを上げて上を仰ぎ見るウィンダイナとシャルロッテ。その見上げた先には、ルクスたちとよく似た大小様々な白黒の竜たちが壁に張りつけられていた。
「な、あぁッ!?」
血を滴らせる竜族の骸に驚きの声を上げるシャルロッテ。その声に、先に飛び込んでいたルクスとアムは揃って羽を振るい旋回。そして出入り口上を埋める惨劇に翠と赤の目を剥き、息を呑む。
『母、さん……? そんな……みんな、みんな死んで……ッ!?』
『なん、なのさ……なんでこんな事になってんのさッ!?』
むせかえる様な血の臭いの立ち込める、暗い赤に染まった大議場。その中に溢れる同胞たちの骸の山にその小さな体を震わせる白と黒の竜。
「……ルーくん」
「半身よ……」
血の海の源泉となった同胞たちの有り様に取り乱すルクスとアム。そんなそれぞれのパートナーにウィンダイナとシャルロッテはかける言葉も見つけ出せず、ただその傍に寄って高度を失っていく竜たちを抱き支えるしかなかった。
『……やれやれ、どうにも騒がしい事だな』
そこで不意に響く、囁く様な男の声。それにウィンダイナ達は揃って弾かれたように議事堂の奥、ルクスたちの父が倒れている議長席へ振り返る。
議席と白き竜の遺体とが重なり、ちょうど一行からの視線を遮る物陰。そこから姿を現す白い男。
腰まで届く長い白銀色の髪に、作り物の様に整った細面の顔。その細く整った眉の下にあるのは、研ぎ澄まされた翡翠色の瞳の目。
『この程度の事で取り乱すとは……やはり幼く、甘さのある子どもということか……』
すらりと背の高い体を包む、ケープとコートを重ねた様な白い法衣を思わせるゆったりとした衣。その裾を揺らして歩きながら、男は薄く開いた唇を吊り上げ目を鋭く細める。
「貴様……何者だ……?」
巨大な白竜と黒竜の遺体の間を、一歩、一歩と近づいてくる白い男。その姿に、ウィンダイナとシャルロッテは警戒心を露わにすり足で後退りする。
『フフ……私が分からないか? せっかくお前たちに親しみやすい様にしているというのに……』
男はそう言って笑みを深めながら、じりじりと距離を取ろうとする白銀の戦士と黒の魔女との距離を詰める。
血の池を渡りながら、その白い衣の裾に赤い水玉一つ付けない男。
アムはシャルロッテの腕の中から、近付いてくる白い男の姿を見つめて目を見開いて口を開く。
『お前……まさかッ!?』
『兄、さん……!?』
「え!?」
「ラディウス、だと!? この男が!?」
アムに続き、言葉を絞り出す様に呟くルクス。その言葉にウィンダイナとシャルロッテはそれぞれに腕の中のパートナーを見下ろし、続けて正面の白い男へ目を戻す。
『フ……ようやく気が付いたか? 鈍い事だな?』
そう言ってラディウスらしき白い男は血染めの白竜の足の傍で足を止める。すると軽い鼻息でウィンダイナ達を笑い飛ばす。
「その格好はどういう事だ!? 何故人間の姿をッ!?」
歩みを止めたラディウスに続いて後退りの足を止めて、噛みつく様に叫ぶシャルロッテ。対してラディウスは細く整った顔に浮かべた笑みを崩さぬままに口を開く。
『さっきも言ったはずだ。お前たち人間を迎えるには、同じく人間の姿を取った方が親しみやすいだろうと思ったまでの事だ』
ラディウスはその言葉尻に含み笑いを添えて、ふわりと衣の裾を翻して物言わぬ白竜の足に、音も無く飛び乗り座る。
『てン、めえッ! 自分の父親の足にッ!!』
白竜の遺体に尻を置いたラディウスの姿に、いきり立って身を乗り出すアム。ウィンダイナはそれを横に出した手で制しながら一歩前に出る。
「これをやったのは……お前なの?」
低く抑えた声で確認の質問を投げ掛けるウィンダイナ。するとラディウスは父の遺体の上で足を組み、長く伸びた自身の白銀の髪を指に絡めて玩ぶ。
『……他に誰がやれると言うのだ? 老いたとはいえ、仮にも幻想界を統べる白黒二種の竜族を……?』
流し目を返して、逆に尋ねる形で質問に答える白い美丈夫。それに今度はルクスが硬く食いしばった歯から唸り声を零して身を乗り出す。
『なんで!? なんでだよッ!? 父さんも、母さんも! おじさん達まで!? なんでこんな……なんで殺したッ!?』
潤む緑色の目をぎらつかせ、人の姿の兄を怒鳴りつけるルクス。だがラディウスは指に摘まんだ髪で遊び続け、その毛先に息を吹きかける。
そんなラディウスの態度にルクスはその身を震わせて叫ぶ。
『答えろッ! ラディウスッ!!』
ラディウスはそんなルクスの怒鳴り声を含み笑いで流して、椅子に使っている父親の足にその細い指先を突き刺す。
『私の革新計画に気づきながら、理解せずに邪魔をしに来たからな……せっかくだから、迎え撃つついでに絞りカスになるまで絞ってみたが……思っていた程の力も得られなかった。まったく、我が同族ながらがっかりさせられたよ』
失望を前面に出して、長々と嘆息して見せる白い美丈夫。その様に、ルクスとアムは揃って食いしばった歯を折れんばかりに食いしばる。そしてまたその契約者である二人も両手を音が鳴るほどに固く握り固める。
『ラァアディイイウゥウウウウスゥウッ!!』
『こンの、外道がぁあああああッ!!』
重なり合い喉が張り裂けんばかりの怒声。
それを引き金にルクスとアムは契約者の腕から飛び上がり、揃って口を開いて同時に風と炎、二種の力の奔流を重ねて吹きつける。
白竜の足へ腰掛けたラディウスを目がけ、螺旋を描き突き進む風と炎。それは瞬く間に的へと奔り、白い男に触れると同時に爆散。その周辺を爆発と炎に包む。
『ハァ……ハァ……!』
『フゥウ……グッ……!』
爆ぜ広がる暴風。それを真正面から受け止めながら、肩を上下させて喘ぐルクスとアム。そしてその一方でウィンダイナとシャルロッテは、炎と煙に遮られた爆心地を鋭く砥いだ双眸で睨み続ける。
『あの程度で跡形も無く吹き飛ぶか……絞りカスともなればパピーにも劣るとはな……いくら力を持とうとも、所詮は虚ろなる者。儚き幻想に過ぎぬ。ということか』
うねる炎の中から不意に響く声。
それに一対の竜が息を呑むや否や、大気が渦巻いて炎と煙が吹き飛ぶ。
熱を帯びた風に身構え、羽や足を踏ん張る一同。そんなウィンダイナ達の脇を風が吹き抜けて議場の壁を叩き、視界が晴れる。
「クッ……」
そして消し飛んだ議長席の痕に出来たクレーターを睨み、歯噛みするウィンダイナ達。その視線の先には、白い衣と白銀の長髪に焦げ痕どころか煤埃一つ付けずに浮かぶラディウスの姿がある。
衣の裾と髪を風に踊らせて浮かぶ白い美青年は、ゆったりとその高度を下げ、深くえぐれた石の床に音も無く降り立つ。
そして綺麗に吹き飛んだ周囲を見回し、鋭いあご先に指を添える。
『それにしても、また派手にやったものだな。だがまあ、おかげで片付ける手間が省けたよ。ありがとう』
そう言って唇を薄く開いてルクスとアムへ笑い掛けるラディウス。
その皮肉げな笑みを浮かべた顔を見た瞬間、ウィンダイナとシャルロッテは同時に地鳴を響かせて踏み込む。
「貴ッ様ぁあああああッ!!」
「許さんッ!!」
怒号を張り上げ、白銀に輝く右拳と炎の爪をそれぞれ振り被って突進するウィンダイナとシャルロッテ。
だが突撃の勢いを上乗せして突き出したそれは、ラディウスの翳した両掌の少し前で止められてしまう。
「なッ!?」
「馬鹿なッ!?」
魔力障壁の展開すらせず、触れることもなく止められた一撃。それに驚きの声を上げる二人。
対するラディウスは左右の手の前に止まった拳と爪を交互に見やる。
『流石だ、契約者達よ。私の端末を退けたのはまぐれでは無いようだな』
呟き、うっすらと微笑む美丈夫。
それにウィンダイナとシャルロッテはとっさに身を引こうとする。だがその刹那、ラディウスが振り上げる腕に従って二人の体が浮遊。
「くッ!?」
「しまっ……!?」
そして美丈夫の両腕の振り下ろしに続いてウィンダイナ達の体が爆音を上げて石の床に沈む。
「グッ……ウッ!?」
「ガッハ……!?」
石の中にめり込み、その衝撃に肺の中身を絞り出される様に呻き声を漏らす二人。そこから立て続けに、二人揃って穴の中から見えざる力で引きずり出される。
『ユウカッ!?』
『い、いおりぃ!』
石の欠片を撒き散らしながら浮遊する契約者達の姿に叫ぶルクスとアム。
『フフフ……』
そんな竜達の声が響く中、ラディウスは含み笑いを零してウィンダイナ達を指さす左右の手を回転。それに従ってウィンダイナとシャルロッテは空中で後ろ回りに一回転し、正面から向かい合う。
そしてすかさずラディウスは甲同士を向けて向かい合わせた腕を交差。
「あぐ!?」
「ウッグゥ!?」
その動きに乗って引き合わされた銀の戦士と黒の魔女は、その体を真正面からぶつけ合い、互いにくの字に折れて体を重ねる。
その直後、白い男は交差した両腕を逆に勢い良く広げ伸ばす。するとぶつけ合わされた二人の体が瞬時に離れ、風を切って背中から石壁へと叩きつけられる。
落雷にも似た轟音を響かせて、壁へ大の字にめり込む二人。
「あ、ぐ……」
「が……は……」
張りつけられながら呻くウィンダイナとシャルロッテを基点に、石壁が沈んで亀裂が走る。
そして叩きつけられた反動に押し出される様にして、ウィンダイナとシャルロッテは議事堂の端と端で、揃って壁から剥がれ落ちる。
『ユウカ、ユウカ!?』
『いおり!? 大丈夫!?』
重い音を響かせながら床にうつ伏せに倒れる二人。そこへそれぞれのパートナーが羽を小刻みに急がせて駆けつける。
『だが、この通りだ。私があちらへ送り出した木偶人形ならともかく、私自身と対面することが出来ても、触れることすら出来はしない』
言いながら頭を後ろ反らしに巡らせ、唇を薄く開くラディウス。
「だから、どうした……?」
そんなこれ見よがしに見せられた余裕に、ウィンダイナは両腕を支えにしながらささやかな、しかしはっきりと通る声を返す。
『ン?』
そしてラディウスがわざとらしく首を傾げる間に、白銀の戦士は身を起こして立てた左膝に手をつき、顔を上げる。
『ユウカ!?』
安堵に輝くルクスの目。それを受けながら、ウィンダイナは右手を強く握り固める。
「だからどうした!? 今私達が仕掛けたのはたった一回ずつッ! 終わりと決めるには早すぎる!!」
拳を固めて吼えるウィンダイナ。そしてその勢いのままに立ち上がり、左手を前に右拳を腰に添えて身構える。
「ククク……そうだとも……!」
力強く構えるウィンダイナに続き、倒れたまま笑い声を零すシャルロッテ。
すると横たわった身から紅蓮の魔力光が噴き出し、渦巻くそれを翼にマントを羽織った黒の魔女が飛翔。球状の空間に舞い上がる。
「この程度の事で我らの力を測ったつもりなど、片腹痛いわッ!!」
シャルロッテは宙に浮いたまま高らかに声を張り上げ、左腕を横薙ぎに払って紅のマントを広げる。
そうして地と空で身構え、白い美丈夫を挟むウィンダイナとシャルロッテ。
それをラディウスは白銀の戦士、黒の魔女と交互に見やり、軽く鼻を鳴らして笑う。
『フフッ……私とて先の攻撃程度でキミ達の心が折れるとは思っていない……』
そう言って袖を鳴らして両腕を広げ、挟み構える二人へ向けて無防備に体を晒す。
『さあ、かかってくるがいい。無価値な挑戦の果てに己が無力を悟るがいい』
純白の衣をなびかせながら、ラディウスは悠然と佇み宣言する。
それを挟んで向かい合い、構えるウィンダイナとシャルロッテ。二人は間に挟んだ白い男の体越しに目配せ。そして言葉も交わさず、同時に構えた体に力を込める。
「ならば望み通り! その余裕面を吹き飛ばしてくれるッ!!」
その言葉を引き金にシャルロッテが先に動く。鉤爪を備えた左腕を振り上げ、火炎弾のミサイルを発射。
ラディウスを目がけ、真直ぐに空を走るミサイルの半分。それに白い美丈夫は翳した掌を傾けて、直進する炎を見えざる壁で受け止める。
壁にぶつかり、炎と煙を撒き散らすマジックミサイル。
「キアアッ!!」
その爆音を合図として、ウィンダイナは短く気合を張り上げながら踏み込み、突進。
一息に爆炎を受け止めるラディウスへ肉薄し、その勢いのままに右蹴りを繰り出す。
『フッ』
だが風を切り裂く蹴りが当たる直前に、ラディウスの体が零れ落ちた含み笑いを残して掻き消える。
「なッ!?」
ウィンダイナは瞬時に消えた白い男に息を呑み、煙の流れる中で視線を走らせて白一色の姿を探す。
『どこを探している?』
「クッ!」
不意に背後から響いた声に、肘を突き出すウィンダイナ。だが肘鉄が白い男を打つ寸前に、その姿が再び霧の様に消え失せる。
『どうした? そんなものか?』
上から降り注いだ言葉にウィンダイナがあごを振り上げようとする。しかしその首は動き半ばで見えない手に握られたかのようにその動きを止められる。
「ぐッ!?」
ウィンダイナの鋼鉄の仮面から呻き声が漏れるや否や、その体が宙へ打ち上げられる。
「う、わ!?」
天井を目指し真直ぐに空を駆け昇るウィンダイナの体。その真下でラディウスは口の端を吊り上げてほくそ笑む。
だがそのラディウスを目がけて、煙を引き裂いた火の玉が殺到。白い美丈夫は迫るそれを一瞥するとまたも姿を消してミサイルを回避してしまう。
その瞬間に、ウィンダイナの身を捕らえる見えざる拘束が解ける。
『ユウカァッ!?』
「ルーくん!?」
そこへ天井を走って契約者をカバーしようと駆けつけるルクシオン。その姿にウィンダイナは解放された体を捻って上下反転。逆立ちに天井とそこに待つ鋼の竜の背中へと向かう。
ウィンダイナが背中へ跨った衝撃を、ルクシオンは四肢を沈めて受け止める。そして深く沈んだ足をそのままにタイヤを加速。唸りを上げて天井の頂点を駆け抜ける。
その直後、炎を描く議事堂の天井を突き上げた白い雷が穿つ。
「奴は!? ラディウスはッ!?」
背後で爆ぜ轟く稲妻の中、ウィンダイナはルクシオンの背中の上から敵の姿を求めて頭を巡らせる。
そんな白銀の戦士の目に飛び込む、マジックミサイルを操りながらバックステップに距離をとるシャルロッテ。それと瞬間移動を繰り返して黒い魔女を追い詰めるラディウスの姿。
「いおりさんッ!!」
ウィンダイナは部屋の端へと追い込まれる親友の名を叫び、逆さに走り続けるルクシオンのシートを蹴って飛び立つ。
『このヤロォ!!』
壁に追い込まれながらも、白い男の接近を迎え撃つアムのファイアブレス。それをラディウスは、またも姿を消して避ける。
「そこォオッ!!」
ラディウスの転移先を見切り、飛び込み様の蹴りを繰り出すウィンダイナ。
だが現れかけた白い男は蹴りを受ける前に重ねて瞬間移動。
「な!?」
「なんと!?」
蹴りの空振りに、驚きの声を上げる白の戦士と黒い魔女。
『悪くはなかったぞ』
そして上から見下ろした口振りでの褒め言葉に続き、二人の傍らへ姿を現すラディウス。
その声を辿ってウィンダイナとシャルロッテが目を向ける。だがその刹那、ラディウスの突き出した両腕からの重圧が、二人まとめて壁もろともに議場の外へと押し流す。
「うぅぁああッ!?」
「ぐ、あぁあああ!?」
『アウッグゥッ!?』
音を立てて崩れた石造りの壁と共に、広々とした廊下へ放りだされるウィンダイナ達。
「だ、大丈夫?」
『あ、ああ……』
「この程度、どうという事はない」
痛みに堪えて顔を上げる一同。そこへ三名に遅れて壁を砕き抜け出る白い影。
『ルゥッグ!?』
重く硬質な音を響かせて横倒しに倒れる白いマシン。それにアムが翼を羽ばたかせて近寄る。
『る、ルクス!?』
『うぐ……これくらい、平気さ』
気づかうアムにヘッドライトを明滅させて応えるルクシオン。
そうして固まった四名に対して、壁の穴の向こうではラディウスが薄い笑みを浮かべたまま腕を広げている。
『どうした? もうかかって来ないのか?』
薄く開かれた唇から紡ぎ出される言葉。それに一行はただ、体を支える足に力を込める。




