幻想の中へ~その3~
アクセスして下さっている皆様、いつもありがとうございます!
今回の投稿で、拙作も予定では残すところあと5話! 息切れしない様に駆け抜けますよ!
それでは、今回も楽しんで頂けましたら幸いです。
『何か来るよ!?』
『手ぐすね引いてお待ちかねってぇやつさね!』
水柱の先端から徐々にその大きさを増しながら落ちてくる数々の影。
敵影の接近に身構えるルクスとアム。裕香といおりはそんなパートナーを抱きかかえながら、互いに目配せし、頷き合う。
「やるよ、いおりさん!」
「うむ!」
そして裕香は右拳と左掌を胸の前で構え、いおりも左手で髪をかきあげて左耳を飾るイヤリングへ手を添える。
「変……身ッ!」
「我が身を変じよ黒き炎! アウラ・シュバルツ・フランメッ!」
揃って契約の法具を輝かせる少女二人。
裕香は弾ける光を灯した拳を横一文字に一閃。そして自身を取り囲む光輪の中心で拳を突き上げ、光の柱に包まれる。その一方でいおりは、耳に弾けた赤い光に続き巻き起こる黒い炎をその身に纏っていく。
水柱を昇る白鯨の頭上で渦巻く光を含んだ風の黒い炎。
「やぁああああッ!!」
そして轟く裂帛の気合。
それに引き裂かれる様に、光と炎の二つの繭が割れて飛沫と共に空へ散る。
光と炎の舞い散る中央。そこで仁王立ちに立つ、ヒロイックな白銀の戦士ウィンダイナと、紅のマントを纏った黒い魔女シャルロッテ。
二人はそれぞれのパートナーを肩に乗せて並び立ち、ぐんぐんと大きさを増してくる敵影を見上げ対峙する。
『ワイヴァーンの部隊……』
『それに、グリフォン。空で敵に回せば厄介な相手さね』
翼を広げ、滑る様に空を降りてくる翼持つ敵の軍勢。その姿を見据え、その軍団を構成する二種族の名を呟くルクスとアム。
緑色の鱗を煌かせ、牙を剥く飛竜。そして褐色の羽毛に覆われた翼をはためかせ、嘴を開き嘶く鷹と獅子のキマイラ。
「大丈夫。どんな敵でも、私たちなら必ず突破出来る!」
シールドバイザーの奥で鋭角に吊りあがったカメラアイを輝かせ、吐く銀色にきらめく拳を握り固めるウィンダイナ。
「クク……相手にとって不足無しというものよ。むしろこの程度、奴を相手取る前のよき準備運動ぞ」
そしてその隣でシャルロッテが、左手の黄金の爪を打ち鳴らしながら含み笑いを零す。
そうして迫る敵に備え、背中合わせにそれぞれの利き腕を奥へ引く形で構える白銀の戦士と黒い魔女。
だがそのウィンダイナ側を青、シャルロッテ側を黒いものが、水飛沫の尾を引いて追い抜いていく。
『おいおい、先鋒は俺達に譲ってくれよ、嬢ちゃん方!』
『エッジの言うとおりよ。御柱の傍なら海も同然。ここは私たちが!』
そう言ってモビィ・ディックを追い越したその先。更に高くの水柱へ飛び込むエッジとフロウ。
水柱の表面を切って上昇する鋭いヒレ二つ。青黒二色一組のそれらは再び水柱から躍り出て、海流のままに敵の待ち構える空へ昇って行く。
「エッジさん! フロウさん!?」
先行するその背を見据えて叫ぶウィンダイナ。対してサメとシャチは水面からもう一度飛び出して、振り返り片手を上げて答えを返す。
『安心しろって!』
『いいから、ここは私達に任せなさい!』
二人はそう言って水柱へ戻り、ヒレで水面を切り裂きながら更に上昇する速さを増す。
『たった二人で先行だと!? 俺達をなめるな!』
『水浸しでなきゃいられない魚とイルカ風情がァッ!!』
先陣を切って昇る二人に気づき、雄叫びを上げる翼を広げた敵。
『フン! たかだか空が飛べるってだけで、ちょっと強気過ぎじゃないかしらッ!?』
水を切って跳ねながら叫び、大きく背を反ってヒレに飾られた腕を振るうフロウ。
それを引き金に、天へと伸びる水柱からまるで傘が開く様に水のカーテンが立ち上がる。
『ガッ!?』
『グ!? こんな水如きで!』
不意に現れた水の壁に、なすすべも無く突っ込む飛竜とグリフォンの群れ。しかしその水の幕は、嘶くグリフォンの言葉通りやすやすと突き破られてしまう。
『ああ、たかが水だぜ? だが、その水如きで十分なんだよ!』
だがその瞬間。破られ飛び散った水飛沫の一つから突如サメ男のエッジが腕ビレの刃を振りかざしながら躍り出る。
『な、ばぁ!?』
『ぐぶぇッ!?』
通りすがりにワイヴァーンとグリフォンの喉笛を切り裂き、その勢いのまま水柱に飛沫を上げて突っ込む。
『野郎ッ!』
『よくもッ!?』
それを追いかけ、落ちていく仲間の仇討と言わんばかりにいきり立ち、水柱へ突っ込む飛竜達。
『残念、もうそこにはいねえよッ!』
しかし不意にその真後ろに浮かぶ水飛沫からエッジが飛び出し、右、左と腕を振るって皮膜と羽毛の翼を根こそぎに切り裂く。
『ぎゃッ!?』
『あがぁ!』
翼を失って悲鳴を上げ、横回転に落ちる二種類の幻想種。
エッジはそれらをすり抜けた勢いのまま、フロウの飛ばした水飛沫へと飛び込む。
『調子に乗るなよッ!!』
そこへ長い尾を振り下ろす飛竜。だがしなる尾の鞭を受けて割れた水の中にサメ男の姿はない。
『そぉらぁッ!!』
そして驚きの声が上がるよりも早く、エッジはまた別の方向にある水から姿を現して腕ビレを振るい、鋭い足蹴りで敵の首を切り裂いてさらに別の水飛沫へ飛び込む。
『そらそら! そらそらそらぁあ!』
そこからまた水柱、水飛沫の間を瞬間転移を交えて飛び交い、ワイヴァーンとグリフォンを次から次へとずたずたに引き裂いていく。
血飛沫の尾を引いて落下してくるトカゲと鷹と獅子のキマイラの群れ。
それを渦柱を昇るモビィの上で、拳や蹴り、炎を使って払い除けていくウィンダイナとシャルロッテ。
そうして二人の見つめる先で青と黒の二つの影が水の間を飛びまわり、水流と鋭い一撃とで敵の作る壁を切り拓いていく。
『ヤァアハァァアッ!! どうしたどうした!? 俺はまだまだ暴れたりねぇぞォ!?』
高々と笑い叫び、またも飛竜の一体を喉から腹へとヒレで切り裂き抜ける。
その行く先にグリフォンが割り込み、水柱との間を阻む。だがその瞬間、そのグリフォンの体を渦巻く水が直撃。その勢いのままに押し流す。そしてエッジは逆にその水流を通過点にして瞬間移動。更に上に飛んでいたグリフォンの真上に現れ、踵のヒレで鷲の首筋を切り裂く。
『油断しないのエッジ! 次、行くわよッ!』
蹴り足を突き出して落ちてくるエッジを見上げながら、水柱から水流を打ち上げてサメ男を水で押し上げる。
『ハッ! この程度、どうってことはねぇよ!』
フロウからの援護にそう返して、激流からさらに跳躍するエッジ。そして二匹の敵の間をすれ違いながらに腕ビレを一閃。飛竜とグリフォンの体から血煙りを吹きださせる。
血飛沫に染まりながら、背中から反りかえる様に空を舞うエッジ。
『イヤッハァッ! もういっぱぁああつ!!』
赤い雫の尾を引く腕ビレを構え、下方で翼を広げる飛竜をその照準に収める。
だがそこへ、風切り音と共に飛来する影。
「エッジさん危ないッ!?」
『な、がぁッ!?』
その不吉なものを目に捉えて警告の声を飛ばすウィンダイナ。だがそれも空しく、高速で飛来する影の鋭い爪がエッジを引き裂く。
『エッジィィィイッ!?』
辛うじて身を捩って直撃を避けたものの、鮮血の尾を引いて墜ちるサメ男。その姿にフロウが目を剥いて叫び、落ちてくるサメ男の体を迎えようと、水流操作も利用して加速、上昇する。
『いかん!』
「フロウ、早く下がれッ!!」
それを追う形でモビィ・ディックも加速。その上からフロウへの警告を投げ掛けるシャルロッテ。
「いおりさん、援護をッ!」
その一方で援護の要請をしながらモビィの頭を踏み込んで跳躍するウィンダイナ。
「任せよッ!」
その親友の要求に、シャルロッテは気を漲らせた声で応え、竿状に伸ばした炎を右手に握る。
『エッジッ!?』
真っ逆さまに落下するエッジを、両手を広げて受け止めようとするフロウ。
ウィンダイナはその姿を見上げながら落ちてきた飛竜の躯を蹴って軌道修正。前回りに身を翻し、足から水柱へと向かう。そして足の着水と同時にそれを目にも映らぬほどの速さで蹴り続けて駆け昇る。
「エェ、ヤアァアアアアアアアアア!!」
鋭い気を張り上げながら、水飛沫を蹴り上げながら上昇する白銀の戦士。
それを狙い、ワイヴァーンとグリフォンが牙や爪を向いて迫る。だがそれは下方から昇って来た炎のミサイルが許さない。赤い光の軌跡を残したそれは獰猛に獲物へと食らいつき、音と炎を爆ぜさせて敵を吹き飛ばす。
爆ぜ広がる炎と、その中に消える敵。それを掻い潜って走るウィンダイナの見上げる先で、フロウがエッジの身を受け止める。
『エッジ、エッジ!?』
落下しながら、腕の中のサメ男へ繰り返し呼びかけるシャチ女。だがそこへ、再び鋭い爪を突き出した敵が急速に迫る。
「フロウさん! 逃げてッ!」
『へっ!?』
警告と同時に水柱を蹴って飛翔するウィンダイナ。そして敵の接近に気づいて顔を上げたフロウとの間に割り込み、それを襲おうとしていた爪の一撃から庇う。
「ぐっ!? お前はッ!!」
敵の頭を包む鷹の顔を模した兜。それにウィンダイナは襲撃者の正体を察しながら、真後ろに庇ったフロウたちもろとも水柱の中へ突っ込む。
上昇する水流に揉まれながらも、ヒポグリフケンタウロスから受けた蹴りの勢いのまま、水柱から投げ出されるウィンダイナとフロウ達。
後ろ回りに回転しながら落下する白銀の戦士達三人。
『むぅん!』
だが野太い声と巨大な水音が響き、白く巨大な掌が三人を受け止める。
「モビィ・ディックさん!?」
『皆、無事か!?』
両手で包み込むように受け止めてくれたモビィ・ディックを見ていたウィンダイナは、その問いに傍らのフロウとエッジへ目を向ける。
「エッジさん、腕がッ!?」
驚きのままにウィンダイナが叫ぶ。その言葉の通り、フロウに抱かれたエッジの左腕は、肘から先がもぎ取られ失われていた。
『へ、へへ……なんのこれしき、腕の一本や二本……ちょうどいいハンデってもんだぜ……!』
左上腕を潰れるほどに握り締めながら、口の端を吊り上げてさえ見せるエッジ。そんなサメ男の肩をフロウが抱きしめたまま揺さぶる。
『そんな傷で、なにバカなこと言ってるのよ!?』
「そうです! 片腕を無くしてるんですよ!?」
強がるエッジを引き留めようと言葉をぶつけるフロウとウィンダイナ。だがそれをエッジは振り払って立ち上がる。
『大したことねえって言ってるだろうが!』
エッジは牙を剥いて一声怒鳴ると、ウィンダイナ達二人の制止を振り切って、モビィ・ディックの掌から零れ落ちる。
落下の勢いのまま真下から迫る飛竜の肩へ食らいつくエッジ。
『エッジ!?』
それを追ってフロウもシャチの尾で出来た下半身を跳ね上げ、飛び込むように空へ躍り出る。
「エッジさん!? フロウさん!?」
落ちていった二人を追いかけようと手を伸ばすウィンダイナ。
『ぬぐわぁ!?』
「う、わ!?」
だがその瞬間、不意にモビィ・ディックが呻き、身を捩る。そうして瞬間的に揺れた足場に、ウィンダイナは驚きの声を上げて、白い指を抱くようにしてしがみつく。
「ど、どうしました!?」
弾かれたように顔を上げて白鯨へ尋ねるウィンダイナ。そこへ鋼鉄の翼を広げた四輪のルクシオンが滑り込む。
「ルーくん!?」
その白い機体の姿に、ウィンダイナは鋼鉄の竜をあやつるパートナーの名を呼ぶ。それにルクシオンはその両目を明滅させる。
『ユウカ、早く乗って! モビィ・ディックさんが危ないんだ! イオリたちも頑張ってるけど、イオリとアムだけじゃ捌き切れない!』
「分かった!」
ルクシオンから告げられた仲間の危機。それにウィンダイナは頷き、ルクシオンのボディを掴んでモビィ・ディックの掌から飛び立つ。
空を蹴り駆け、モビィ・ディックの体を迂回。弧を描いて背中側へ出るルクシオン。
その白いボディに掴まっていたウィンダイナは、鋭い呼吸と共に鋼の竜の左後ろ脚を足掛かりにしてその背へ跨る。
「いおりさんとアムは……」
ルクシオンのハンドルを握り、親友とそのパートナーの姿を探して頭を巡らせるウィンダイナ。
「燃えよッ!!」
『くたばるがいいさ!』
柱を軸に、モビィ・ディックから僅かに外周の空。そこでシャルロッテはパートナーのアム・ブラと共に火炎を放ち、自身と白鯨へ群がる敵を焼き払う。
しかしそこを目がけて、鷹兜の騎士が燃え落ちる飛竜を踏み台に跳ぶ。
「いけないッ!」
ウィンダイナはそれを見つけて息を呑み、ルクシオンを急がせる。
それに従って咆哮を上げ、四肢の先にある四輪で空を走るルクシオン。白銀の流星となったそれはシャルロッテへ迫る騎士の槍の前に割り込み、その背に跨るウィンダイナの鋼鉄に覆われた腕が、槍の突きを受け止めて鋭い音と火花を散らす。
「裕香!」
「ごめん、遅くなって!」
庇いに入った親友の背中に名前を呼ぶシャルロッテ。ウィンダイナはそれを肩越しに見やり答えながら、受け止めた腕を捻り回転。滑らせたランスの穂先を脇に抱え、引き寄せると同時に右足を突き出す。
『ぬう!?』
だがその蹴りは羽飾りの盾に激突。鷹兜の騎士はその反動に乗って後ろ飛びに間合いを取る。
「逃がすかッ!」
距離を取る騎士を追ってウィンダイナの陰から飛び出し、アムと合わせて火炎流を繰り出すシャルロッテ。しかし騎士は空を迸り迫る炎を、武器とそれを握る腕を翼へと変えて羽ばたき、四本の足の下にかわす。
「待て!」
さらに身を翻し上空へと逃げる騎士。その背に炎のミサイルを放ち、追いかけさせる。
しかしそこへ両翼から群れを成して急降下するワイヴァーンとグリフォン。
頭を巡らせそれを見やる二人。敵の姿を視認するや否や、ウィンダイナは右へ、シャルロッテは左へとそれぞれ愛機と翼を翻し旋回。
「エェアアアアアアア!」
「燃えろォオオオオオ!」
そして雄叫びと共に、錐もみ回転して風の鎧をまとうルクシオンと共に飛竜らへ突っ込むウィンダイナと、左肩のアムの繰り出すファイアブレスに身を包んでの体当たりでグリフォンを蹴散らすシャルロッテ。
「セェアア!!」
「ハァアア!!」
そして回転するルクシオンの背中から突き出した左踵でワイヴァーンの一体を蹴り砕きながらウィンダイナがブレーキ。それと同時にグリフォンの群れを貫いたシャルロッテも横回転で振り払った火炎で周囲を薙ぎ払いつつ空中で制止する。
一瞬の静止。
『突撃ィイ!!』
『ウゥォオオオオオオオオ!!』
そこで二人は翼持つものを率いてモビィ・ディックへと突っ込む鷹兜の姿を認め、その襲撃を阻むべく空を突進。
「させるかぁッ!!」
「燃え尽きるがいい!!」
揃って鋭い気合の声を張り上げ、水柱沿いに上昇しながらモビィ・ディックへ群がっていた敵を蹴散らすウィンダイナとシャルロッテ。
『ぎゃ、がぁあああああああ!?』
先陣を切って白鯨へ躍りかかる飛竜とグリフォンの群れが、悲鳴を上げて砕け、燃え落ちる。
そんな骸の間を、槍を構えてすり抜け降下する鷹兜。
「セェア!!」
モビィへ迫る鋭い角にも似たランスの切っ先の前へ、ウィンダイナは更に一声上げて空を蹴るルクシオンもろともに割り込む。
そして白銀の装甲ごと身を貫こうとする杭を、左肩から胸へと火花を散らして滑らせ、ルクシオンの車体もろとも、肩からカウンターの形でぶち当たる。
『ゴォオッ!?』
激突する鋼鉄と鋼鉄。その衝突から重く響く金属音、そして呻き声を残して上空へ戻って行くヒポグリフケンタウロス。
「ヘレ・フランメッ!!」
それを目がけ追撃の火炎流を繰り出すシャルロッテ。だが騎士を追い掛ける炎との間に後続に控えていたワイヴァーン達が割り込み盾となる。
「モビィ・ディックさん!」
『無事ですかッ!?』
水柱から顔を出した白鯨の頭へドラゴンルクシオンを寄せ、相棒と共に安否を尋ねるウィンダイナ。
『ああ、一、二発刺されたが、どうという事はない』
それにモビィ・ディックは水から僅かに体を出して、上まぶたの上下で答える。そしてそのつぶらな瞳を上空へ向けると、改めて並走するウィンダイナ達を見やる。
『強行突破するぞ! わしの後ろに入れ!』
『そんな、おっさん!?』
『モビィ・ディックさんを盾になんて!?』
白鯨からの上空を睨んでの提案。それにシャルロッテの肩に乗ったアムとルクシオンのルクスから躊躇いの声が上がる。
だがモビィ・ディックは、その巨体の半ば以上を大洋の御柱から乗り出して口を開く。
『言ったはずだ! ここはわしらに任せてもらうッ!!』
そしてルクスやアムの反論を待たず、その体と比しても巨大な両腕を水から振り上げ、大きく飛沫の尾を引きながら振り上げた上体ごと叩きつける様に水柱へ戻す。
水飛沫を巻き上げながら腕を大きく羽ばたかせ、両足を上下させて水を蹴って御柱を駆け昇るモビィ・ディック。
その巨体でのバタフライは、降下してくるワイヴァーンやグリフォン達を正面から白い巨体と海水との間へ巻き込み、激流の中へと轢き沈めていく。
『ぬぅううおおおおおおおおおおおおお!!』
雄叫びと共に海面を上下するモビィ・ディックの白い巨体は、その上下動が重なる度に、その大きさと一掻きの幅をぐんぐんと増していく。
「モビィ・ディックさんに続こう、いおりさん!」
「う、うむ!」
元の巨体を更に倍ほどに膨らませて水柱を行くモビィ・ディックの動きを目で追いながら、傍らに飛ぶシャルロッテへ呼びかけるウィンダイナ。バタフライで泳ぐ巨体を眺めながら半ば呆けていた黒い魔女は、その親友からの呼びかけを受けて慌て気味に顔を引き締め頷く。
そうしてウィンダイナは、シャルロッテをルクシオンの腰の上に迎えると、敵を蹴散らしながら先行するモビィ・ディックを見据えて、ドラゴンモードの愛車を急がせる。
「行くよ、ルーくん!」
『分かってる。急ぐよ!』
乗り手の意志に従い、鋭い一声を上げて四つの車輪を回転させるルクシオン。
波立つ渦柱の表面を蹴り、それ自体が一つの巨大な波となったモビィ・ディックの背中を追いかける。
鋭く甲高い音を響かせて、水面を駆け昇る四輪の白き竜。その前方から、モビィのバタフライに撥ねられたグリフォンやワイヴァーンが錐揉み回転に空を舞いながら次々と降ってくる。
「ふ! やぁッ!」
『おぉおお!!』
回りながら落ちてくるラディウスの尖兵たち。それをルクシオンは右、左と蛇行して回避。そして避けた先を塞ぐように飛び込んでくるものを、ウィンダイナの拳とルクシオンの口から放たれる烈風が吹き飛ばす。
「はぁああああああ!」
『燃えろぉおお!!』
そしてその一方でシャルロッテとアムが、周囲で巻き起こる水飛沫の合間を縫う形で落ちてくる敵を目がけて迎撃の火炎を繰り出す。
次々に群がる敵を薙ぎ倒しながら光を目指して進むモビィ・ディック。ルクシオンとそれに跨る一行はその後ろに続いて、飛んでくる敵に止めを刺しながら進む。
モビィ・ディックに導かれるまま、それに引っ張られる様にして上空に輝く光の塊へと真直ぐに突き進む一行。
だがそんなウィンダイナ達から僅かに外れた軌道を翼を広げて駆け昇る影が一つ。
「あやつはッ!!」
水を蹴って飛翔するヒポグリフケンタウロス。それを見つけたシャルロッテは、黄金の籠手を纏った右手を振り上げ、火炎を放つ。
だがその火炎との間にワイヴァーンが割って入り、壁となる。
「おのれぇ! 近付かせはせん!!」
阻まれた炎に歯噛みし、蛇行するルクシオンの上から繰り返し火炎弾を放つシャルロッテ。しかしそれもまたかばいに割って入った敵へとぶつかり爆ぜ散る。
『オォオオッ!!』
裂帛の気合を上げて羽ばたく鷹兜。その姿にウィンダイナは歯噛みし、拳を固めて身構える。
「させるものかよ!!」
それを迎え撃つべく、ルクシオンの腰からシャルロッテが炎を打ち上げる。
だがその炎の前にまたもグリフォンが滑り込み、射線を塞ぐ。
『ごぉあ!?』
爆ぜる炎に包まれて苦悶の声を上げるそれを足場に、鷹兜の騎士は更に跳躍。
騎士の踏み台となったグリフォンの体は、炎を纏ったままウィンダイナらの頭上へ覆い被さる様に落ちてくる。
「ううッ!?」
「しまった!?」
ウィンダイナ達は押し潰そうと降ってくる燃え盛る敵の体に歯噛みし、それを押し返し振り払う。
その隙に鷹兜は背後からモビィ・ディックの背中目掛けて一直線に飛翔する。
「逃げて!」
その姿に息を呑み、ルクシオンのハンドルを握りこむウィンダイナ。
だがその警鐘の声にモビィ・ディックが身を捩った瞬間、その太い左腕を飛び越えた騎士が左肩へ取りつき、そこへ右手の馬上槍を突き立てる。
『ぬぐぅおお!?』
肩を穿つ痛みに身を捩る白鯨。振り落とそうと悶え暴れるその上で、騎士は槍に加えて猛禽の爪を備えた前足をモビィの皮膚に食い込ませてしがみ付き続ける。
『このまま潰してやる! 竜王に刃向う反逆者めが!!』
白い肌を破り、肉へ食い込む槍を引き抜き、追撃を繰り出そうと振りかぶる鷹兜。
「貴ッ様ァアアッ!!」
「モビィさんから、離れろォ!!」
怒りの声を上げるウィンダイナ達を乗せ、槍を構えた騎士へ突っ込むルクシオン。
「ふ……」
騎士はそれに振り返り、兜の隙間から含み笑いを零す。そして突進するルクシオンの鼻先へ馬の後ろ脚を突き出して迎え撃つ。
『ぐぅ!?』
カウンター気味に入れられた蹴りの一撃。それに軋む鋼のボディと、その内で呻くルクス。
「うっぐ!?」
「むぅ!?」
『る、ルクスッ!?』
揺れるルクシオンの上で歯噛みし、堪えるウィンダイナとシャルロッテ。その片割れの上にしがみつきながら、アムが鋼鉄の竜を操るルクスを呼ぶ。
蹴り返されたルクシオンの姿を見ながら、鷹兜の騎士は振り上げた槍を構え直す。
「エェ、アアッ!!」
その姿に、ウィンダイナはハンドルを押しこみ、腕の力だけで跳躍。
前回りに空を舞い、その勢いに乗せた踵を鉈の様に騎士へ向けて振り下ろす。
『おおっと!』
空を切り裂く前転からの踵落とし。騎士はそれを上体を逸らしながら半歩足を引いて後ろへ退きかわす。
「せぇああ!!」
後退した騎士を追いかけて、身を翻しながらの右拳を突き出す白銀の戦士。
『ふん!』
その一撃を鷹兜の騎士は踏み込みながら翼飾りの盾で受け、右の槍を反撃に突き出す。
ウィンダイナは自身へ迫る鋭い突きを、左腕の甲で叩き逸らす。だがそこへ振り上げられた鷹の爪が白銀の胸甲を切り裂き火花を散らす。
「う、ぐ!?」
装甲を抉り削る一撃に呻きながらも、足を突っ張って踏み止まるウィンダイナ。そして自身の装甲を削った猛禽の足を抱き掴み、足場となっているモビィの体を見下ろす。
「モビィさん、潜って!!」
『なに!?』
そして叫ぶや否や、抱きこんだ猛禽の前足の付け根に肩を叩きつけ、鷹兜の騎士を真っ逆さまにして担ぎあげる。
「せい! やぁあああああああッ!!」
腹の底からの気合を張り上げ、モビィディックへ取りついたヒポグリフケンタウロスをひっこ抜きながら放り投げる。
それに続き、沈み始めるモビィ・ディックの体。しかしその身が沈みきるよりも早く、空を待ったヒポグリフケンタウロスは腕を翼に切り替えて羽ばたき制動。再び槍を腕に作って落ちてくる。
『死ィねぇえぃ!!』
槍を突き出し落ちてくる騎士。
だがその身を、不意に迸った水流が襲う。
『ぬう!?』
叩きつけるようなそれに僅かに怯む鷹兜。その直後、その左の翼を水飛沫から躍り出た青い影が切り裂く。
『がぁああッ!?』
左の翼を根こそぎ失い声を上げる騎士。その傍らで右腕のヒレから血を滴らせた隻腕のサメ男が口の端を吊り上げる。
『へっへへ……腕の分は、きっちり返してやったぜ……』
「エッジさん!?」
名前を呼ぶウィンダイナへ、エッジは笑みを浮かべたまま残った右手で親指を立てて見せながら、騎士と共に頭から真っ逆さまに海へ落ちていく。
『ユウカ!』
『早く乗りな!』
「裕香、掴まれ!」
その間に膝まで沈んでいたウィンダイナを迎えに来るドラゴンルクシオン。
「う、うん!」
ウィンダイナは伸ばされた親友の手を握り、その力を借りて相棒の操る鋼の竜の背中へ戻る。
そして合流した一行は御柱を駆け昇りながら、影となったモビィ・ディックへと呼びかける。
「モビィさん!?」
『無事ですか!?』
「モビィ・ディック殿!」
『おっさん!?』
口々に水面下へ声を投げ落すウィンダイナ達。それを受けて水柱の中に浮かぶ巨影は徐々に水面へ近づき、それを内側から割り裂いてその身を空に晒す。
巨体の一点から勢い良く噴き出す潮。白かったその表面に、引き裂かれた皮膚とそこから流れ出た血で文字のようにも見える赤い紋様が刻まれ、描かれている。
「モビィさん」
痛ましく傷ついた白い巨体。それを見てウィンダイナは小さく抑えた声で呼びかける。
するとモビィ・ディックはまぶたを開け閉めして答える。
『むぐぅお!?』
「モビィさん!?」
しかしその瞬間、モビィ・ディックが呻き、その目を険しく歪める。
そんな不意の変化にウィンダイナたちは異常を探してモビィ・ディックの体を見回す。
『あれは!?』
「クラーケンッ!?」
白鯨の体に絡みついたイカの足。それを見つけて叫ぶウィンダイナ達。
「あやつめ! 性懲りも無く!!」
密かに追跡していたらしきそれに身構えるシャルロッテ。だがそれをモビィ・ディックは険しい目で睨み抑えつける。
『わし構うな! 行けッ!!』
「そんな! モビィさんを置いてなんて!?」
『そうさおっさん! 何言ってんのさ!!』
先に行けという白鯨の言葉に食い下がるウィンダイナ一行。だがそれにモビィ・ディックはイカに絡め取られ行く体を水の外へ出し、その巨大な手でルクシオンを抱える。
「な、何をッ!?」
『モビィ・ディックさん!?』
ウィンダイナ達は掌の中で戸惑い、自分たちを抱える巨体を見上げる。だがその直後、急激な重力が重く一行の体に圧し掛かる。
『躊躇うな小娘どもぉおおおッ!!』
「う、ぐ!?」
『わぁ、ああ!?』
咆哮と共に打ち上げられるルクシオンへ跨った一行。
打ち上げられた勢いのまま、巨大な光の塊へと飛翔する中、ウィンダイナは真下を覗きこむ。
その視線の先では、水柱からその身を投げ出したモビィ・ディックが、その身に絡みついたクラーケンもろとも、遥か下へ広がる海へ落ちようとしていた。
「モビィ・ディックさん!!」
離れていく白鯨へ叫ぶウィンダイナ。その直後、どこか満足げに微笑むその巨体を、上から降り注いだ白い雷がクラーケンもろともに飲み込む。
『そんなぁああ!?』
『おっさぁぁぁん!?』
「モビィ殿ぉおおおお?!」
「モビィさぁあああああんッ?!」
眩い雷撃の中に沈んだモビィ・ディック。その名を口々に叫ぶウィンダイナ達四人は、そのまま光の塊の中へ突っ込んでいく。




