幻想の中へ~その1~
アクセスして下さっている皆様、いつもありがとうございます。
今回も楽しんで頂けましたら幸いです。
それでは本編へどうぞ。
「くうっ……!」
「ぬ、眩しい……」
眩い閃光に埋め尽くされた視界。
ルクシオンに乗った一行が瞬く間にその光のトンネルを抜ける。直後ウィンダイナ一行を四方八方を埋め尽くす水が襲う。
「がぼ!?」
「がばごぼっ!?」
不意に襲いかかってきた水に驚き泡を噴くウィンダイナとシャルロッテ。
『ここ、海!? 海の中ッ!?』
『上さ! とにかく光がある方に上がるのさ!!』
周囲を埋め尽くす水に、中のルクスそのままに目を白黒させるルクシオン。その一方でアムは、正面奥に揺らめく金色の光を前足で指し、自身の契約者達へ念話で指示を出す。
『わ、分かった! ルーくん、このまま行ける!?』
『ルクシオンなら大丈夫! とにかく急いで海上まで上がるから、少し我慢して!!』
水の向こうで揺らめく金色の光へ向けて、急いでタイヤで水を蹴って進むルクシオン。その後部座席でシャルロッテが黒いルージュで彩られた口を抑える。
『く、空気は!? 急ぐのは良いけど、先に空気を!? なんとかならないぃいッ!?』
残り僅かの空気を逃がすまいと、必死に青ざめた顔の下半分を抑えながら、悲痛な思念を張り上げるシャルロッテ。
『私も……海の上まで、持たないかも……』
そしてシャルロッテに続き、ウィンダイナもまた酸素不足による息苦しさを訴える。
『ご、ゴメン! すぐに座席を空気のバリアを張るよ!』
そんな二人の苦悶の思念を受け、慌ててルクシオンの周囲に空気バリアを展開するルクス。
水中を上昇するトライクの座席回りに生まれた空気層。その中でシャルロッテは移動直後に飲んでしまった水をむせ込みながら吐き出し、その一方でウィンダイナは飢えを満たすかの様に空気を大きく吸い込む。
「ゲホッ……ゴホッ……た、助かった」
「スゥ……ハァ……はぁ、苦しかったぁ……」
空気が供給されたことで、ルクシオンの上で安堵の息を繰り返す二人。そしてアムもまたシャルロッテの肩の上で相棒たちの様子に軽く息を吐く。
『やれやれ、来た早々とんでもない事になったけど、どうにか一息つけたようさね』
左右の翼を広げ、尾を左右に振って笑みを零すアム。それに頷き、ウィンダイナとシャルロッテの二人は揃って頷く。
「うん。これでようやく落ちつけたよ」
「うむ。どうにか辺りを見る余裕もできたな……」
そう言って二人は呼吸を整えて、空気バリアの外に広がる海中の様子を眺める。
共に海上を目指す泡の向こう。水中に大小様々の岩が浮かび、沈むことなく高さを保っている。その表面にはちらちらと小さな輝きが煌き、水上から降り注ぐ光とはまた別に水の中を仄かに照らしている。
また岩から浮かぶ光に照らされながら、波に色取り取りの海藻が揺らめいている。
そしてそんな浮き岩やカラフルな海藻の合間を魚らしい影が、大きいものは独り、小さいものは群れを成して過ぎって行く。
「これが幻想界の海……なんだか不思議」
そんな幻想的な海中の様子を眺め、声を漏らすウィンダイナ。その後ろで同じく海中を眺めていたシャルロッテが目を剥き、息を呑む。
「裕香、何か来るぞッ!!」
「えっ!?」
シャルロッテの警鐘に振り向くウィンダイナ。
その視線の先で、淡い光に浮かぶ巨大な何かが水上を目指す一行に向けて加速する。
「ルーくん急いで!!」
『わ、分かってる!』
ギュバオォッと水を突き破る鈍い音を響かせて迫る、槍の穂先にも似た白い塊。それにウィンダイナはルクシオンを操るルクスを水上へと急がせる。
それを受けてルクスも自身の操る白いトライクの足を速める。
「ヘレ! フランメェエッ!!」
水を蹴り、浮上を急ぐルクシオン。そのリアシートの上で、シャルロッテは杖の穂先を空気バリアに遮られた水中へ突っ込み、獄炎を求める言霊を詠唱。
それを引き金に放たれた黒い炎は、周囲の海水を瞬時に煮立たせて泡立てながら直進。猛然と水を突き破り迫る巨体へと突っ込む。
だが黒い熱の塊を受けながら、白い塊はその突進の勢いを微塵も緩めることはない。
「ぬ、ぐ! 怯みもせんか!? このままでは!?」
みるみる内に迫る巨体に呻き、前に座るウィンダイナを見るシャルロッテ。
そこへ薄く尖ったヒレが突っ込み、それに煽られたルクシオンは水流に呑まれ、揉まれる。
「う、く!?」
「ぐ、このッ!!」
巨体の生み出した激流に、木の葉のように流され歯噛みするウィンダイナ達。その流れの中で踏ん張り、ルクシオンの体勢を立て直すウィンダイナ。その間にシャルロッテは傍を通り過ぎた白い巨体へ高熱の塊を放つ。
海水を瞬時に泡立たせて突き進む熱の塊。だが白い塊はそれを受けながらも、長く伸びた十の足をうねらせて旋回。その巨大なイカの化物は刃にも似た先端を再びルクシオンへ向ける。
『このままじゃまずい……でも、水中じゃルクシオンはこれが!』
水上へ向かい、ルクシオンに浮上を急がせるルクス。しかし動きを遮る海水に悔しげに叫ぶ。だがそれに、シャルロッテの肩にしがみついたアムが叫ぶ。
『なにバカなこと言ってんのさルクス! いつまで物質界の感覚でいるのさ! ここは、アタシらの故郷じゃないのさ!!』
『そ、そうだった! ここはもう!』
水中を加速する巨大イカの迫る中で叫ぶアム。その指摘を聞いてルクスはルクシオンの双眸を煌かせる。
それに続きルクシオンの装甲の継ぎ目から光が溢れ、ヘッド部から咆哮が上がる。
海を内側から揺るがす波紋の中心。そこで左右に分離するルクシオンの前輪。さらにその車輪を包むように鋭い爪が展開する。
『鎧はそのまま……理想の姿、なりたいボクの姿へ……プローグレッシヴ・ムーターティオーッ!!』
変化するルクシオンの内側で呟き、そして叫ぶように引き金となる言霊を唱えるルクス。それを受けてルクシオンのメイン、リアシートの間が裂け、関節が出来上がる。
続いてリアシートから後ろへ伸びるテールスタビライザーも、その名の通り鞭のようにしなる鋼鉄の尾に変化。また後部の二輪も、獣の足を模した形に展開。
そして前輪を覆う装甲が展開して翼を模した形に変形。さらに両目を輝かせたヘッド部がその顎を開き、一際鋭く吠える。
雄叫びが周囲の海水を押し退ける中、ルクシオンは押し広げた空間の中で翼を備えた前足を振り下ろし急速上昇。突っ込んできた巨大イカを真下にやり過ごす。
「す、すごいよルーくん!」
『ルクス、やるじゃないのさ!!』
ウィンダイナとアムの歓声を受け、変形したルクシオンは両腕の翼をフィンとして海水を弾き飛ばして更に加速する。
『しっかり掴まってて! このまま一気に浮上するよ!!』
そしてルクスの叫びに続いて咆哮。海を波立たせると、真直ぐに水上の光を目指して突き進む。
その勢いのまま水面を突き破り、空へ躍り出るルクシオンとそれに乗ったウィンダイナ一行。
「に、逃げ切ったか」
水という遮蔽物を失い、直に降り注ぐ光。その眩しさにシャルロッテは目を細める。
だがその刹那、正面へ何かが割り込み、光を遮る。
『がっ!?』
「うあっ!?」
「なんと!?」
『うわああ!』
そして立て続けに襲った衝撃に、ウィンダイナら四名は口々に声を上げて下へ叩き戻される。
「う、く! 何がッ!?」
頭から真っ逆さまに波立つ海面へ向かう中、ウィンダイナは顔を上げて自分たちを襲った者を確かめる。
そして青く澄んだ空を遮る巨大な影に思わず息を呑む。
「ど、ドラゴンッ!?」
肩の位置から広がるコウモリに似た皮膜の翼。緑色の鱗に覆われた皮膚。そして長く伸びる首と尾。
それはルクスたちとは違う、あからさまなまでに分かりやすい翼を持つ巨大ハ虫類であった。
「否、見たところ厳密には飛竜。ワイヴァーンというドラゴンもどきだな」
『またラディウスの息のかかった奴ってことさね!』
シャルロッテは狭間の領域に続いて冷静にウィンダイナの認識を訂正しつつ解説。対してそのパートナーは黒い体毛を逆立たせて攻撃してきた飛竜へ牙を剥く。
それを聞きながらウィンダイナは真下に広がる海を一瞥。
その水面を裂いて空へ伸びるイカの足を見やると、空に羽ばたく新手へ目を戻し、頭を振って逆さになっていた体の上下を入れ替える。
「なら、押し通る!」
そして叫びながら足下に展開した魔法陣を踏んで落下をブレーキ。
同時に体勢を立て直したルクシオン、シャルロッテ、アムと目配せ。そして頷き合うや否や、足場を蹴って跳躍。ワイヴァーン目掛けて空を縦一文字に逆昇る。
「イィィヤァアアアアッ!」
気合いの声を張り上げながら、ライフゲイルの切っ先に左手を添えて弓引くように引き構えるウィンダイナ。そこへドラゴン化したルクシオンが翼で空を切りながら並ぶ。
ウィンダイナはそうして寄せられたルクシオンのハンドルを掴む。
「ウンベゾンネン・グリューヴュルムヒェンッ!」
刹那、下から追い付いてきたシャルロッテが八つの火炎ミサイルを発射。降下しようとしていた飛竜を襲い、その出鼻を挫く。
『ゴォアアアアアッ!?』
連なり響く爆音に続く、耳をつんざくような怒号。
それが鳴り止まぬうちにウィンダイナはルクシオンと共に巻き起こる煙の中へ飛び込み、その奥に隠れていた鱗に覆われた体躯へ光の刃を突き刺す。
『ギィイイヤァアアアアッ!?』
「ゼェエアアアッ!!」
断末魔の悲鳴を上げるワイヴァーン。ウィンダイナは頭上から圧し掛かるその体を、刃を中心に広がる二重魔法陣もろともにルクシオンと力を合わせて押し上げる。
「浄ッ化ァ!!」
叫び放たれる結びの言葉。それを引き金に風を含んだ光と散る飛竜の巨躯。
その旋風の目を抜く様にして飛翔するルクシオンとウィンダイナ。
だがそこへ不意に暴風が吹き荒れ、浄化したワイヴァーンの残滓もろともにウィンダイナ達をその流れの中に飲み込み、押し流す。
『う、うぅッ!!』
「く!!」
鋼鉄のボディを捩って姿勢を整えるルクシオンと、それにハンドルを掴む左手とステップに足をかけてしがみつき続けるウィンダイナ。
だが二人がどうにか制動をかけた刹那、風に乗って滑り飛ぶ巨躯が二人を襲う。
『ユウカッ!!』
身を翻し、とっさにウィンダイナをボディの陰に隠すルクシオン。パートナーを庇ったその腹へ新手の飛竜の鋭い牙が食らいつく。
『ぐぅ!?』
「る、ルーく……ンンッ!?」
鋼の竜と化したボディを軋ませる衝撃と牙に呻くルクスと、その背からパートナーへ呼びかけるウィンダイナ。が、その言葉が皆まで放たれるよりも早くルクシオンがそのボディを空に散らす。
霧散するままに鎧を失い、子猫大の体を晒されて空へ投げ出されるルクス。それをウィンダイナは空いた手を伸ばして胸の内へ抱きこみ、再びアギトを開いたワイヴァーンへライフゲイルを振るう。
『アガハァッ!?』
「うっく!」
鋭い牙を備えた下顎を斬り飛ばしたものの、ウィンダイナは首の直撃を受けて吹き飛ばされる。
「裕香ッ!!」
吹き飛ばされる白銀の戦士をフォローしようと炎の翼を広げるシャルロッテ。だがそれを真上からの暴風の吹き下ろしが襲う。
「うあッ!?」
「ぬ、ぐぅ!!」
叩きつけるような暴風を受け、再び海面へと真っ逆さまに向かうウィンダイナとシャルロッテ。
姿勢を立て直そうともがく二人。だがそこへ、上空に群がる飛竜達から放たれた暴風が再び叩きつけられる。
「うぅああああ!?」
更に海面へ加速する白銀の戦士と黒い魔女。そんな二人を迎える様に、海面から顔を出した化物イカの足が伸びる。
だがそこで、不意に海面が山となって盛り上がり、その巨大な山がイカ足の中心へと津波の如く圧し掛かる。
『また来おったか、この腐れ外道イカがぁ!?』
雄々しく巨大な雄叫びに続き、山を滑り落ちる海水。
取り払われた海水の幕の内から現れたのは白く山型を描いた巨体。
目測でも十メートル超はくだらない。ウィンダイナのゆうに五倍以上という山型の巨体は、その両脇から生えた丸々と太く、しかし体格に比して長い両腕を振りかぶり、顔を出した巨大イカへ叩きつける。
爆音とともに立ち上る太い水柱。
舞い上がった雫が雨の様に降り注ぐ中、ウィンダイナとシャルロッテは白い巨体の上に落ち、弾む。
「わ!?」
『ひゃあ!?』
白い山の頂でボールの様に跳ねる二人と二匹の竜。そのまま山沿いに波立つ海面へ落ちていく一同を水から上がってきた左の掌が受け止める。
「う!」
「むぐ」
二人は背中から掌に落ち、水たまりの水を撥ね上げる。
ウィンダイナ一行を支えるずぶぬれの掌。その上で二人と二匹は顔を上げ、自分たちを受け止めた掌の主を見上げる。
『災難だったな……大丈夫か?』
体に比して随分と小さな、つぶらな瞳。それを瞬かせて覗きこむ白い鯨らしき幻想種。その口からかけられた野太くも穏やかな声。その問いにウィンダイナとシャルロッテは揃って首を縦に振る。
「は、はい……ありがとうございます」
「か、かたじけない」
戸惑いながらも礼を言う二人。その一方でルクスとアムがそれぞれの契約者から身を乗り出す。
『モビィ・ディックさん!』
『おっさん!? モビィのおっさんじゃないのさ!!』
海に浮かぶ山の様な白鯨を名で呼び、見上げた顔をほころばす白と黒の小さな竜。
するとモビィ・ディックと呼ばれた白鯨は、掌を見下ろすつぶらな目を二度、三度と瞬かせる。
『おお、白の坊やに黒のお嬢ちゃんじゃあないか』
モビィは自分の手に乗った者が何者かを察すると、まるで甥や姪、あるいは孫にでも会ったかのように目を細めて相好を崩す。
『お久しぶりです』
『ああ、ああ。しかし、どうしてまたお前たちは海の中から?』
会釈するルクスに、微笑みながら繰り返し頷くモビィ。だが近づいてくる羽ばたきの音に、柔らかく細めた眼を険しく吊り上げて振り返る。
『で、お前らは何の用だ……?』
白鯨は元より低い声を更に低くして、背後に寄ったワイヴァーンたちへ問いかける。
『その手に乗せた竜族と、その契約者をを引き渡してもらおう。大洋公モビィ・ディック殿』
巨大な手に乗ったウィンダイナらをあご先で指し、要求を突きつける飛竜。
対してモビィ・ディックは、掌に乗せた白銀の戦士達へ目を落とす。
その視線を受けながら、ウィンダイナとシャルロッテは立ち上がり、それぞれの魔法の杖を構えてワイヴァーンの群れを睨みつける。
「ありがとうございました。けど、これ以上ご迷惑をかけるつもりはありません」
「うむ。無関係であったのに、巻き込む事になってすまなんだ」
だが白鯨はそんなウィンダイナらの言葉に言葉を返さず、しかめ面をワイヴァーンの群れへ戻す。
『お断りだ』
『なぁ!?』
そして抑えた声を前に進み出た飛竜へ投げかけるや否や、一気に身を捩って振り返り、海水の尾を引いた右フックで目を剥いたワイヴァーンたちを薙ぎ払う。
『な、何をするッ!? 海の一族の首長のやる事かッ!?』
きりもみ吹き飛ぶ仲間と、その先で上がる高い水柱を横目に、白鯨を責める飛竜の一匹。だがそれもモビィは振り戻した拳の甲で薙ぎ倒す。
『むぐぅおあッ!?』
呻き声に続き響く派手な水音。モビィ・ディックは己の拳がもたらした結果を見やり、頭頂部の鼻から軽く潮を吹く。
『この海を預かるものだからこそ、だろうが……!』
たじろぎ身を引く飛竜の残りを睨み、拳を硬く握りしめる白鯨。アムはその顔を掌の中から見上げる。
『おっさん……そんな、無茶やっちまって大丈夫なのかい? アタシらのために?』
赤い瞳で見上げながら心配そうに尋ねるアム。
するとそれに、モビィは口の端を吊り上げて笑みを返す。
『黒嬢が気にする事は何もないぞ?』
白い鯨はそこで言葉を切り、険しく引き締めた顔を空へ逃げたワイヴァーンの一団へ戻す。
『近頃のこいつらのやり口は腹に据えかねていたんだ。わしの預かる海の上で、こいつらの好きにさせはせん……!』
低く唸る様な、怒りを滲ませた声。それに気圧されたかのように、飛竜達は更に羽ばたき上空へと逃れる。
『パイチェーン、やれッ!!』
そして空の上から叩きつける様に叫び呼びかけるワイヴァーン。するとそれに応えてか、うねりしなる足の数々が海中から飛び出す。
『ブゥオオオオオオオオ!!』
『ぬ、う!?』
「さっきのクラーケンかッ!?」
みるみる内にモビィ・ディックの巨体を絡め取る十本の触手。
それに呻く白鯨の手の上で、シャルロッテが海面から顔を見せる触手の主を見下ろす。
「このッ!」
「おのれぇ!」
ウィンダイナ達もろともに巻き取ろうとまとわりついてくるイカの足。それをウィンダイナはライフゲイルの光刃で叩き切り、そして背中合わせになったシャルロッテも逆側から迫るものを炎の杖で焼き払う。
『パイチェーンッ!! 貴ッ様ぁ、仲間の食いぶちを奪うだけでは飽き足らず、連中の手足にまでなり下がったか!!』
『へへ……ケチなアンタと違って、たらふく食わせてくれるんでね……それに、俺を外道と呼んだのはアンタだぜ?』
怒りのままに唸りもがくモビィ・ディック。その巨体へ圧し掛かる様にパイチェーンと呼ばれたクラーケンはその太く長い足を雁字搦めに絡めていく。
『ユウカッ! モビィ・ディックさんを!!』
『頼むよ、いおりッ!!』
重みに沈んでいくモビィ。その手の上から体の主を助ける様に契約者を頼るルクスとアム。
「分かった、任せて!」
「うむ、かばってもらった恩は返さねばな!」
そのパートナーからの依頼に、ウィンダイナとシャルロッテは頷き、迫るイカの足を切り払って掌から跳躍する。
「まずは私が仕掛ける! いおりさんは怯んだ隙に強烈な一撃を!」
白く巨大な腕を中継して肩へと飛び移りつつ、親友と連携パターンを出すウィンダイナ。
「承知!」
シャルロッテはそれに躊躇なく頷く。すると赤い光を残して海面側へ飛翔、迂回する。
二手に別れた親友の背中をウィンダイナは一瞥。そして光刃を構えながら正面へ顔を戻してモビィ・ディックの背中側へ走る。
「セェ、アッ!」
正面から伸びてくるイカの足をライフゲイルで切り払って駆け抜ける白銀の戦士。そして切り拓いた視界の先、クラーケンの眼球を見据えて鯨の背中を踏切り跳ぶ。
「キィイィィヤァアアアアアアアアッ!!」
『むお!?』
裂帛の気合を張り上げるウィンダイナ。
刃を逆手に持ち替え躍りかかるその姿にイカの怪物はおののき呻く。
正面で揺らめく巨大な眼球。それを目がけてウィンダイナは突撃。その勢いのままに刃をクラーケンの眼球へと突き立てる。
『ぶぅうぎぃやぁああああああああッ!?』
濁った悲鳴を上げて身を捩る化物イカ。
『む? おお!』
そうして拘束が緩んだ隙にモビィが絡め取ったイカ足を振りほどき逃れる。
「ヘレ! フランメ! アウスブルフゥッ!!」
その瞬間に合わせ、杖の穂先で練り上げていた黒炎の塊を撃ち出すシャルロッテ。
『ぶぎゃあああああッ!?』
噴火のように放たれた黒い炎の塊。衝突に続いて爆発するその痕から煙を上げながら崩れていくイカの怪物。
「せ、あッ!」
ウィンダイナは海中へ向かうクラーケンを蹴って跳躍。その勢いのままライフゲイルを引き抜いてバク転。モビィ・ディックのつるりとした頭の上に膝を深く曲げて着地する。
「無事ですか!? モビィ・ディックさん!」
『おお、おお! 助かったよ異邦の人』
解放された体を解しながら頭上のウィンダイナへ答える白鯨の幻想種。
『もらったぁッ!!』
そこへ風切り音を上げて降下してくるいくつもの影。それに息を呑んで振り仰ぐと、滑るように飛ぶワイヴァーンの群れの姿が目に入る。
「裕香! モビィ殿ッ!!」
そこへ慌てて、迎撃の炎ミサイルを放つシャルロッテ。それは飛竜を正面から的確にとらえ、爆発の中に沈める。
『おぉおおおおおおお!!』
だが、一匹が空に立ち込めた煙を突き破って更に突撃。ウィンダイナとそれを乗せたモビィ・ディックへと迫る。
「クッ!?」
『させんッ!!』
迫る飛竜へ腕を突き出す白鯨。だがワイヴァーンは身を捩り、それを軸にバレルロール。
「ワッ!?」
『いただきぃ!!』
そのまま上顎にウィンダイナの右腕を引っ掛けて鯨の頭上をすり抜ける。
『ユウカッ!?』
「裕香ぁッ!!」
援護しようと飛び飛竜を追い掛ける仲間たち。
「この! 放せッ!!」
そしてウィンダイナもまた自身をさらおうとするワイヴァーンの上顎や鼻先を蹴りつけもがく。
だが飛竜はそれをものともせずに一羽ばたき。放たれた炎を脇にかわして加速する。
「クッ!!」
『ヘヘヘ……大人しくしてるんだな』
離れていく仲間たちの姿を見やり歯噛みするウィンダイナ。それにワイヴァーンは白銀の装甲に包まれた戦士の右手を咥えたまま、くぐもった笑みを零す。
だがその刹那、不意に大量の水が飛翔する飛竜の眼前に現れる。
『が、バッ!? ぶあ!?』
「う、く!」
勢いを緩めることすらも出来ずに鼻先から水の塊へ突っ込む飛竜。それに付き合わされたウィンダイナもまた水に叩きつけられた衝撃に溜まらず呻く。
そのまま水の塊を貫き散らすワイヴァーン。
次の瞬間。飛び散った水の塊の一つから飛び出した影が飛竜の首の傍をすり抜ける。
『が、ばぁッ!?』
鼻と口、そして喉に開いた鋭い切り口から入り込んだ水を混ぜた血を噴き出すワイヴァーン。
その拍子にウィンダイナは開かれた飛竜の顎から零れ落ちる様に解放される。
「う、わ!?」
右腕を塗り潰した鮮血の尾を引いて、眼下の海面へ落ちていくウィンダイナ。
だが落ちていく白銀の戦士と海面との間にギリギリで滑り込む白。
着水し、水を波立たせるワイヴァーンの死体の脇をすり抜けながら、ウィンダイナは受け止めてくれたルクシオンを見下ろして、それを操るパートナーの名を呼ぶ。
「ルーくん」
『間に合って良かったよ』
四輪で波立つ水面を掴んで旋回し、その両目を輝かせるドラゴンモードのルクシオン。ウィンダイナがその背の上で顔を上げれば、アムを抱いて追いかけてくるシャルロッテの姿が目に入る。
「無事か裕香!」
「うん。私は平気!」
そんな親友へ、血塗れの右手に掴んだライフゲイルを高く上げて振り、ウィンダイナは答える。
「それにしても、さっき助けてくれたのは……?」
ウィンダイナはそう呟きながら上げていた右手を下ろし、ぐるりと頭を巡らせて辺りを探る。
その傍らに到着したシャルロッテも、宙に浮いたまま同じように視線を周囲に回す。
そうして二人揃って水上で周囲を見回していると、不意に水面を割って青い肌の男の上半身が姿を現す。
『おう! どうにか無事だったみてぇだな』
そう言って腕を組み、白い牙を見せて笑うざらついた肌の男。
頭を飾るモヒカンの様な鋭いヒレ。水中での活動に最適化した逞しくもしなやかな肉体。組んだ腕には頭と同じく鋭いヒレが備わり、研ぎ澄まされた刃の様にも見える。
「あ、貴方が助けてくれたんですか、ありがとうございます」
下半身を水面下につけたままのサメ男に向かい、頭を提げて礼を言うウィンダイナ。
するとサメ男は鋭い牙の生え揃った口に浮かべた笑みを深めて頷く。
『ああ。モビィの親方がいきなりドンパチ始めやがったんでな。それに加勢するついでだ、まあ気にすんなよ! はっはっはっはっ!』
口調や外見こそ荒々しいものの、朗らかな態度で返すサメ男。そうして豪快に笑い続けるその頭上で、不意に水が溢れてその全身を包むほどの水柱となって降り注ぐ。
『ドワオッ!?』
「な!?」
「ちょ!?」
サメ男を包み込んだ突然かつ不自然な水流。それに驚き身を乗り出すウィンダイナとシャルロッテ。
そんな二人の傍でまたも水面が揺らめき、今度は白黒二色の者が水流に押し上げられる形で水上に姿を現す。
『なに調子のいい事言ってるのかしらエッジ。アタシの援護無しじゃあそこまで飛べなかったでしょうに』
そう言って水の椅子の上からサメ男を半目で見やるのは一人の女。
頭の上にはサメ男と同じく逆立ったヒレ。だが後頭部からは長い黒髪にも似たヒレが流れており、女らしくしなやかな起伏を描く体を下へとたどると、左右が一体化し、爪先がヒレとなった人魚のものに似た下半身へと続く。
『テメ、フロウ!? いきなりなにしやがんだ!?』
水の椅子に腰かけ、黒く艶やかな下半身をブラつかせるシャチ人魚。それをサメ男は組んでいた腕を水面へ叩きつけて怒鳴りつける。
だがしかしフロウと呼ばれたシャチ人魚は、そんなサメ男エッジの剣幕をどこ吹く風と、右の掌に出した水球を転がし弄ぶ。
『あら? アタシはただ自分一人で活躍したってのぼせてる誰かさんの頭を冷やしてあげただけだけど?』
そう言ってフロウはエッジへ冷ややかな流し眼を送り、球を作った水を解放して指の隙間から落とす。
『テメ、このアマァッ!!』
そんなシャチ女の態度にいきり立ち、海面を叩くサメ男。
『あら、やる気……? これまでのケンカは七対三で私の方が勝ってるのを忘れたのかしら?』
対するフロウも自身の周囲に細い水柱を上げ、右手の上に水の円盤を作って見せる。
「ま、まあまあ……抑えて抑えて、ケンカしないで下さいよ」
『そ、そうですよ、二人とも。それもこんなところで』
一触即発の雰囲気で睨みあうサメとシャチ。その張り詰めた間を宥めるウィンダイナとルクス。
『ま、この二人にしてみりゃいつもの事なんだけどさ』
「ほう。さようか……」
その一方で、アムとシャルロッテはその成り行きを蚊帳の外から眺めている。
『おい二人とも。それくらいにしておかんか』
そこへ白い巨体が波を立てながら悠然と一同の傍へ寄ってくる。
『あ、親方』
『すみません、モビィ様』
モビィ・ディックの接近にを受け。とたんにかしこまるエッジとフロウ。白鯨はそれに頷くと、ウィンダイナ達一行へ目を向ける。
『さて、白坊と黒嬢とは色々と積もる話もあるが……まずは場所を変えて落ちつくとしようか?』
そのモビィの申し出に、一同は揃って首を縦に振る。




