突入~その4~
アクセスして下さっている皆様、いつもありがとうございます。
今回で四十話。予定では最終回は四十八。残すところあと八話です。しっかり物語を結びたいと思います。
今回も拙作を楽しんで頂けましたら幸いです。
緑、黒、青と、高まるままに天へ昇る三種の魔力の具現。
その一方で天を白く彩る魔法陣から次々と産み落とされた怪鳥と巨人たち。それは風と炎と冷気で作られた天を支える三角柱へと群がる。
『何をたくらんでるかは知らんが、たったそれだけで何が出来る!?』
『数で圧倒して押し包んでやれッ!』
嘶き、雄叫びを交わし合いながら、三角柱の根元を目指す怪物たち。
「やれるものならッ!!」
それに対して、ウィンダイナは先立って迫る敵へライフゲイルを突き出し迎撃。
「やってみるがいいッ!! 来たれ、魔王の火よッ!!」
そしてシャルロッテもまた言霊と共に生み出した炎の杖を振り払い、炎の壁を作ると同時に、空から降下する化け鳥へ炎を放って焙る。
『う、ぎゃあ!?』
『ぐぅうぇえ!?』
光刃を受け、あるいは炎に巻かれ断末魔を上げる怪物たち。
『怯むな! 押し込めッ!!』
『おおお!』
だが後に続く黒い化物の群れは、声を張り上げて崩れる先鋒を踏み越えてくる。
『おぉらぁあ!!』
燃える同胞を盾に、炎の壁を突き破って迫る巨人。その勢いのまま雄叫びに合わせて繰り出される巨大な拳。
「遅い!」
それをウィンダイナは垂直に跳び越えてやり過ごし、足の下に来た手の甲を蹴って更に跳躍。そのまま巨人の岩の様に厳つい顔を蹴り潰し、前回りに宙返りしながら光刃を閃かせて急降下する怪鳥を真っ二つに切り裂く。
『ギィエェ!?』
「エェェヤァアッ!!」
空を裂くような断末魔をかき消し叫ぶウィンダイナ。そして空を舞う勢いに乗せて、大上段からの唐竹割り。その一閃で真下に並ぶ巨体の一つを脳天から股まで叩き割る。
『あ、が……』
微かなうめき声と共にぐらつき、分割線から左右に割れていく巨体。
『調子に乗って飛び込んだかッ!?』
直後、得物を振り下ろしたまましゃがむウィンダイナを、その頭上から覆い潰そうと躍りかかる巨人たち。
「燃えよッ!!」
『ぐぁぎゃああ!?』
だが鋭い声に続いて横薙ぎに走る炎の塊が、しゃがんだままのウィンダイナの頭上を通り過ぎ、その周囲を取り囲む怪物の上半身を焼き払う。
「セアッ!」
周りで黒い巨人が炎に悶える中、ウィンダイナは左手側で暴れる者を突き出した左踵で蹴倒し、すかさず横一文字に薙ぎ払ったライフゲイルで、逆側の巨人たちをその身を包む炎もろともに吹き飛ばす。
白銀の戦士はその勢いのまま、鋭い呼気と共にターン。そして炎を放つシャルロッテと、その背後に迫る巨鳥の姿を認めるや否や、腰の捻りに乗せて右手の得物を投げ放つ。
『ぎえ!?』
短い悲鳴を上げ、旋風に散りながら落ちる怪鳥。それとその身に刺さった杖を見据え、踏み込むウィンダイナ。
「フランメッ!」
直後、渦を巻いた炎が駆け出したウィンダイナの傍らを走って背中側へ抜け、爆音と熱を振りまく。
『がぁああああああああッ!?』
飛び散る熱と悲鳴に背を叩かれながら、ウィンダイナは踏み切り跳躍。空中でライフゲイルの柄を掴み、散り消えかけた化け鳥の体もろともに振り抜く。
「イィヤアア!!」
『ぐぅえぇえええッ!!』
そしてウィンダイナは飛び込む勢いのまま、体ごとぶち当たる様にして、正面の巨人の左肩へと両手に握ったライフゲイルの光刃を叩きこむ。その一撃は黒い巨体を障子紙を裂く様に突き破り、白銀の戦士の体もろともに背中側へ抜ける。
地を削りながらのブレーキ。そして静止の瞬間に身を捻り反転。ルクシオンと月居へと迫る巨人の一団を正面に見据え、地鳴を響かせ踏み込む。
「させるものかぁああああああッ!!」
雄々しい咆哮と共に、空を裂きながら突き進む輝く切っ先。旋風を纏ったそれは黒い巨体を貫通。
『ヒィイ!?』
そのまま悲鳴を上げる巨人へ肩からぶち当たって押しこみ、さらに背中側に突き抜けた切っ先を真後ろに続く巨人へ突き刺す。
『ドゥェッ』
身を撃つ激突と刺突に声を上げる二体目の巨人。そして肩から伝わる重みに、ウィンダイナは身を沈めて、押し当てた肩からかち上げる様にして重ねて踏み込む。
「のォびろォオッ! 命の風ェエエエエエッ!!」
更に後ろに控えた敵との激突と同時に、両手に構えた刃へ指令を叩きこむウィンダイナ。持ち主からの叫びを受け、その光刃を細く、長く伸ばして三つ目の巨体を刺し貫く。
『ブゥゥウウウ!?』
三体連なって串刺しになった巨人の口から吹き上がる苦しみ悶えての悲鳴。その直後、貫かれた怪物たちが根元から順に連なり爆ぜる。
踏み込んだ勢いのまま、爆散する黒い霧を突き破って更に突進。そのまま針のように細まり伸びた刃を振り上げ、爪を出して急降下する怪鳥たちを切り上げ、真っ二つに切り裂いていく。
『ぎぃぁあああああッ!?』
甲高い悲鳴が連なり降り注ぐ中、それらを切り裂いた光の刃はウィンダイナの手首の返しに伴って光の尾を残して太く縮んでいく。そして元の刃渡りに戻ったライフゲイルを構え直し、仲間たちの傍で踏み止まる。
その刹那、上空で飛び交う火炎弾のミサイルが一斉に爆発。火の粉と残骸が降り注ぐ中、シャルロッテも仲間たちの元へ降り、地面をすれすれに杖を振り払い、そこから生じた炎の壁で躍りかかる敵を牽制する。
だがその炎の壁を、仲間を踏み越えて突っ込んでくる巨人と怪鳥。
『おぉおおおおおッ!!』
「くッ!」
「うぐ!」
雄叫びを拳と嘴。それをそれぞれの杖で受け止め踏ん張るウィンダイナとシャルロッテ。
「ぬ、ぐぅう……先生、まだですかッ!?」
嘴と爪で杖に取りつかれながら、シャルロッテは背後の月居へ振り向き叫ぶ。
「待って! もう少し……」
両のまぶたを下ろし、今しばらくの時間を求める月居。その額には玉のような汗が浮かび、微塵の余裕も感じられない。
その間にもまだまだ後に控えた怪物たちが、次々と燃える仲間を踏み台に炎の壁の内側に乗り込んでくる。
「ズェエェアアッ!!」
「こ、の! 燃えるがいい!」
続々と侵入する巨体の群れを一瞥し、ウィンダイナはライフゲイルを撥ね上げて黒い拳を弾く。そしてシャルロッテも杖越しに圧し掛かってくる怪鳥を、杖全体から放った炎で押し返す。
「エェヤア!」
競り合いから身が離れた瞬間、ウィンダイナは一息に巨人の懐へ潜り込み、輝く刃を振り上げてその股から脳天まで一気に切り上げる。
「散れえッ!」
それと同時にシャルロッテも、高熱にたまらず身を引いた怪鳥へ炎に包んだ杖を振るい薙ぎ払う。
揃って敵を打ち倒したウィンダイナとシャルロッテ。そして二人は、風と炎のそれぞれに散り行く敵の残滓を装甲とマントに弾きながら、新手の怪物目掛けて突っ込む。
『どおぉらぁあ!』
「セェ! ヤアアッ!」
突っ込むウィンダイナの鼻先へ打ち返そうと迫る迎撃の拳。それを白銀の戦士は輝く刃を右へ打ち払って逸らし、すかさず跳躍。さらに左からのフックへ切り返した刃をぶつけると、大きく乗り出した巨人のだんご鼻を蹴る。
翡翠の輝きを宿した左足を受け、頭を破裂させて仰け反る巨体。
一方、蹴りを入れたウィンダイナはその反動に乗ってバク転。片膝を突き、肩の高さから光刃を突き出した構えで着地する。
「ゼエェェアァ!」
そしてすかさず肩から崩れ出した巨体へ体当たり。それを炎の壁へと押し込むと、右手側で壁を乗り越えようとする者の脇腹へ、光輝く切っ先を突き刺す。
『うぐわ!?』
呻き声を上げてバランスを崩し、背中から炎の中へ戻っていく黒い巨人。
ウィンダイナはそれを一瞥。
するとライフゲイルの刃に触れた炎をその刀身へと巻き込みつつ、地を踏み空へ舞い上がる。
「キィイァアアアアアッ!!」
裂帛の気合と共に炎の嵐を伴う光刃を構えたウィンダイナの向かうその先。飛び交う炎のミサイルを掻い潜り、空中のシャルロッテの背中へ迫る怪鳥。嘴を突き出したそれを、跳躍の勢いのまま真下から切り上げる。
『ギィエ!?』
胴を斜めに裂く杖の一撃。それを受けて炎に巻かれながら苦悶の声を漏らす巨鳥。
「すまぬ! 燃えよッ!!」
それをシャルロッテはマントで振り払いながら振り返り、同時に八発の火炎ミサイルを周囲に振り撒く。
マジックミサイルが赤い光の尾を引いて飛びまわり、標的を捕らえると同時に弾け広がる爆炎。
「せええやッ!!」
そんな中、ウィンダイナは炎の散ったライフゲイルを振り上げた所から下向きに構え、巨人の待ち構える地面へ落下する。
『こぉのッ!』
迎え撃とうと拳を突き上げる黒い巨人。その拳へウィンダイナは落下の勢いを上乗せした光の刃を突き立てる。
『おごぉおッ!?』
内側から渦巻く旋風に弾け飛ぶ、丸太の様な巨人の腕。そこからさらに逞しい胴を吹き飛ばす旋風に乗って、ウィンダイナはさらに前回りに跳躍。
その回転の勢いのまま、その軌道上で翼を広げる巨鳥を縦一文字に切り裂きその向こうへ抜ける。
『かかったな!!』
だがその向こうで両腕を広げ、待ち構える巨人。
『狙いが甘いッ!!』
「させるかってぇの!」
だがその背中を、両目を光らせた白いトライクが直撃。
『がはぁ!?』
仰け反った黒い巨体を撥ね退け、それが陣取っていた場所を強引に奪い取る。
「ハァ……ハァ! 孝くん、ルーくん。ありがとう!」
肩を喘がせてフォローに入ってくれたパートナー達へ礼の言葉をかけながら、ウィンダイナはがら空きのルクシオンの背中へ両足を揃えて着地。そしてすぐさま息を呑みこんで身を捻り、左手をハンドルへ伸ばす一方で、接近する巨人へ右手の光刃を突き刺す。
「ふ、ん!」
『えぎゃあ!?』
魔法陣の展開と同時に発進するルクシオン。それに合わせて、ウィンダイナは突き刺した刃を振り抜いて巨体を横薙ぎに切り裂く。
悲鳴を上げて爆散する巨人。それを後に残してルクシオンとそれに跨り直したウィンダイナが走る。
「愛さんと、それにアムは!?」
加速するルクシオンの上で、前方から現れた敵をすれ違い様に切りつけるウィンダイナ。
その問いにルクシオンは走る勢いを緩めずに、目を模したヘッドライトを明滅させる。
『メグミなら、カナデさんの近くで降ろしてアムに任せてきた』
「二人とも行けって言うし、裕ねえが危ないのも見えたから、つい」
そう言いながら前方の敵を前輪で撥ねるルクシオン。
その上に跨ったウィンダイナは、血糊を拭うようにライフゲイルの光刃をしならせ振り払う。そして青い光の柱の根元を一瞥。その近くで牽制の炎を吐くアムと、それを抱える愛の認める。
「分かった!」
そして頷き、ライフゲイルを持ち替えて左手から迫る敵を切り払う。
「むご!?」
すれ違いざまに両断。
その直後に巻き起こる爆発。
荒れ狂う風に煽られながら、ウィンダイナは体を左へ傾けて左足を錨にしてルクシオンを旋回。囲まれた愛たちの元へ、跨ったトライクの機首を向ける。
『ヘヘヘ……』
黒光りする表皮で、アムの炎を弾きながら一歩、一歩と足を進める巨体。
「ひ、う……」
『その恐怖、美味そうじゃねぇかよぉ!』
じりじりと伸び迫る手に息を呑み、身を縮める愛。その姿にウィンダイナは身を沈めてルクシオンに密着。ハンドルを握る右手に力を込める。
「キィイアァッ!!」
『な、ぬぅわぁ!?』
鋭い気合の声を響かせ、ライフゲイルとトライクとで巨人の群れを蹴散らすウィンダイナ。
そして月居の青い光の柱を軸に一周。そして一掃。
その勢いを地に突き立てた左足と固定した三つの車輪で横滑りに殺しながら制止。その正面で縮こまる愛たちへウィンダイナは顔を上げる。
「スゥウ……怪我はない!?」
「う、うん!」
『さっきので砂被った事の外は平気さね』
息を整えつつ尋ねるウィンダイナへ頷き答える愛。それとその腕の中で黒い翼を動かし、被った砂埃を振り払うアム。
「見えたッ!!」
その直後、月居が冷気を帯びた魔力光を振り払い叫ぶ。
月居を中心に飛び散った鋭く冴えた魔力光は、空を裂いて所々に薄く小さな裂け目を生む。
だが月居は歪みを覗かせたそれらには目もくれず、左右それぞれに握った得物を外回しに回転させながら振り上げる。そして頂点に構えると同時に逆手に握りこみ、足元へ突き立てる。
吹き上がる風の中、硬い音を立てて地面に走る亀裂。だがそれは地割れではなく、奥に捻れを覗かせた空間の裂け目、異界へと通じた穴。
「は、あ、あぁあああああああああああッ!!」
その裂け目に月居は吉影と水晶のロッドの切っ先をねじ込み、叫び声とともに両腕を開いてその裂け目を大きくこじ開ける。
「うぅ、あ、あああああああああッ!?」
だが足元にこじ開けた裂け目から白い稲妻と暴風が渦を巻いて吹き上がり、月居の身とそれを包む青と黒のコートを引き裂いていく。
「先生ッ!?」
風に血を交え、身を切る痛みに悶えながらも、決して裂け目を開く力を緩めようとしない月居。その姿にウィンダイナが叫ぶが、青い魔術師は歯を固く食いしばって強い輝きを灯した右目で白銀の戦士を見返す。
「私の事は良いから……! それよりも、お願い……私に代わって、ラディウスを……! 奴の計画を防いでッ!!」
門をこじ開け続けながら、ウィンダイナへ進むように促し叫ぶ月居。
「そんな!? 先生はどうするんですかッ!?」
躊躇い問い返しながらも、迫ってきた巨人をライフゲイルで撃ち払う。
そんなウィンダイナへ、月居は左右の得物を握り締めて頭を振る。
「クッ……! 私は、ここで門を開き続けないといけないの! それにもう、長くは持たないわ……だから、お願いッ!!」
こじ開けるものを吹き飛ばそうと更に勢いを増す風と雷。それに晒されて傷を増しながらも悲願を教え子たちへ託す月居。そこへシャルロッテが炎を振りまきながら飛び込んで合流してくる。
「裕香、最早我らが飛び込むほかあるまい!? 先生を気づかうならばすぐにでも突っ込まねば!」
ルクシオンの後ろへ舞い降り、ウィンダイナの背中を押す様に促すシャルロッテ。
その間にも月居の足元に開いた門はその口を閉ざそうと微かに狭める。それを月居は、変身前していない本来のスーツ姿を重ねながらも、歯を食いしばって腕を開いて再度広げる。
「……ッ! 分かった! いおりさん、後ろに乗ってッ!!」
その恩師の姿と後ろの友人の姿を見比べ、ウィンダイナは頷き、後部座席を目で指し示す。
「承知! 半身も、急げ!」
『合点さ!』
促すウィンダイナに従い、シャルロッテは牽制のマジックミサイルを放ちながら、パートナーと共にルクシオンのテールスタビライザーと連なったリアシートへ飛び乗る。
沈んだシートと背中に掴まる感覚を受け、ハンドルを掴む手に力を込めるウィンダイナ。
『行くよ、みんなッ!!』
「うん!」
「うむ!」
叫びルクシオンを唸らせるルクス。その呼びかけを受け、ウィンダイナとシャルロッテは揃って頷き、構える。
「……頼んだわよ、みんな……!」
身構えた教え子たちの姿を受け、門を一際強くこじ開ける月居。そうして開いた門へ、タイヤで地を蹴り突進するルクシオン。
月居の支え続ける、白い稲妻の嵐を吐き出す裂け目。そこへウィンダイナたちを背に乗せたトライクが前輪から落ちる様にして飛び込む。
その瞬間、不意に門の奥から突き出る爪。
『ぐ、あ!?』
「うわぁああッ!?」
月居の突入を阻んだものと同じ爪は、ルクシオンのヘッド部の右半分を抉り削る。その削りとられた部位は孝志郎へと変わり、吹き荒れる風のままに門の外へと押し流される。
「孝くんッ!?」
流されるままに門の外へ放り出される孝志郎。そんな幼馴染の姿を追い、振り返るウィンダイナ。
「いけないッ!!」
その視線の先で、月居の変身が解除。狭まる裂け目の向こうで元の姿に戻りながら、孝志郎を保護しつつ妖刀を構える。
「そんな、孝くん!? 愛さん、先生ッ!!」
雷に縫われるかのように閉ざされた入口。その向こうに残った仲間たちを、ウィンダイナは振りかえったまま叫び呼ぶ。
「いかん! 前を見よ裕香ッ!!」
そこへ響く、シャルロッテからの鋭い諌めの声。背中からのそれを受け、前へ向き直るウィンダイナ。すると真正面から、猛禽の爪を備えた翼が突き出される。
「クッ!?」
「ヘレ・フランメッ!!」
とっさに体を傾けての体重移動。それによってルクシオンはその軌道を逸らし、それに合わせてシャルロッテが爪の主へ黒炎を放つ。
『ケェアッ!』
だがそれに爪を備えた翼の持ち主は一声鳴いてルクシオンから飛び退く。そして広げた翼をはばたかせて遠く離れていく。
瞬く間に立ち込める霞の中に消える影を目で追うウィンダイナとシャルロッテ。
そして二人は揃って周囲を見回す。
雨雲で出来た様な足元に、常に霞がかった空気。その中で一際濃い靄で輪郭を描いた樹木とも柱ともつかないもの。
「ここが……幻想界!?」
ほんの数歩先すら見渡せぬ、実態の定かでない酷く曖昧な空間。走るルクシオンの勢いのままに両脇を流れていく霞を眺め、ウィンダイナが呟く。
「こんな何もない所がか?」
周囲を警戒しながら、シャルロッテも同じように呟く。
その二人の呟きに、ルクシオンは抉られた右ヘッド部を再構築させながら左のライトを明滅させながら言葉を返す。
『いや、ここはまだ違うよ』
「そうなの?」
パートナーの操るマシンのハンドルをしっかりと握り締めながら、尋ねるウィンダイナ。するとルクスに代わって、シャルロッテの肩に乗ったアムが頷き答える。
『ああ、ここはアタシらの故郷と物質界の間にある狭間の領域。二つの違う世界の間にある……ま、ぶつからないようにするクッションみたいなもんさね』
「半身よ、この空間はどれくらい続く?」
ルクシオンの眼光を遮る霞を戦士の肩越しに見やり、自身の相棒へ尋ねるシャルロッテ。するとアムもまた靄に覆われた周囲を見回しながら口を開く。
『さぁて、何とも言えないさね。まっとうな門を使えばこんなとこ通ったりはしないから、アタシもこの前は通った事ないしさ。繋がった場所次第じゃあ、それなりの距離を走らなきゃならんだろうさ』
翼ごと肩をすくめて、首と尾を互い違いに振るアム。
「今は、このまま走り続けるしかないのね」
ルクシオンに跨ったまま、霧に遮られた前方を見据えるウィンダイナ。その後ろでシャルロッテもまた頷き、今一度周囲を見回す。
「うむ。だが、先程の敵のことが気になるな……このまま素直に幻想界まで通してくれるほど親切ではあるまい」
警戒心を滲ませて呟きながら、杖を握る手に力を込めるシャルロッテ。
そんなシャルロッテとウィンダイナを背に乗せて、霧の中を走るルクシオン。そこへ不意に響く蹄の音が一同の耳を叩く。
『これはッ!?』
「近づいてくる!?」
徐々に大きくなる音にルクシオンの両目を輝かせるルクス。それに続いてウィンダイナもバイザー奥の鋭い目を周囲に走らせる。
「新手か……どこからくる?」
まるで霧そのものにぶつかり響いているかのようで、出どころの定かでない足音。それにシャルロッテは、妙に大きく響く蹄の音の源を、取り囲む霧の中に探す。
さらに、さらに大きくなる蹄の音。
ルクシオンの唸り声を押し潰すほどに大きく響きながらも、それを鳴らしている者の姿は文字どおり影も形も見えない。
『なあルクス、もっとスピード出ないのかい? もっと勢いつけて突破しちまおうじゃないのさ』
『うん……分かった。やってみるよ』
固唾を呑み、速度を上げるように促すアム。それにルクスもルクシオンのライトを点滅させて賛成する。
そうしてルクシオンが三輪にさらに力を込めた刹那、ウィンダイナは右前方の霧の中に、揺らめく影を見つける。
「いおりさん!!」
「任せよッ!!」
リアシートの親友へ振り返り呼びかけるウィンダイナ。それを皆まで聞くまでも無く、シャルロッテは霧に揺らぐ影に杖の穂先を向け、黒い火炎を放つ。
立ち込める霧を押し流す高熱を帯びた闇色の塊。それが通り過ぎた後には霧が裂ける様に晴れていく。
それを追い掛ける様に裂け目を突き進むルクシオン。だが見つけた影へ続くはずの裂け目の奥には何者の姿も無く、それにアムはシャルロッテの肩から身を乗り出す。
『いないッ!?』
「逃がしたか!」
再びくどいほどに濃い霧に閉ざされる視界。そして未だに喧しく響き続ける蹄の音。その中でシャルロッテとウィンダイナが確かに存在したはずの敵の姿を探す。
『オオオッ!?』
そこへ不意に、雄叫びと共に左から襲いかかる衝撃。
『うぐ!?』
「クッ!?」
横殴りにぶち当たる馬上槍の突進。その重みに呻くルクスとウィンダイナ。そうして横滑りに踏ん張る車体の後部座席で揺さぶられながらも、シャルロッテは杖の穂先を左へ向ける。
『こ、の!』
「燃えよッ!!」
アムと共に叫び、迎撃の火炎を繰り出すシャルロッテ。だがそれを、猛禽の前足と馬の後ろ足を備えた下半身の敵は飛び退きかわす。
槍と盾を備えた腕を翼に変えて羽ばたかせ、再び霧の中へと消える、鷹の頭を象った兜を被る人型の上半身を持つ騎士。
霧の幕に揺らめく影となったそれへシャルロッテは追撃の火炎を乱射する。
そうして親友の作ってくれた隙に、ウィンダイナは左へ体を傾けてルクシオンの姿勢を整える。
「あの騎士、ここの番人なの!?」
「グリフォン……否、後ろ足が馬であったからヒポグリフか。それとケンタウロスの混ざりものか」
次の突進を警戒し、霧の中を探るウィンダイナ。その後ろで、冷静に敵の騎士を分析するシャルロッテ。
『番人とか、ここに住み着いてるようなのはいないはずだよ!』
『おおかた、ラディウスが寄越した門番って所だろうさ』
その一方で二人のパートナーである竜たちが、ヒポグリフケンタウロスの騎士を探して霧に眼光を差し込みながら口を開く。
『おぉおおあッ!』
瞬間、正面の霧が割れ裂け、その切れ目から騎士が前足の爪を降り下ろし、飛び込んでくる。
「う、ぐぅ!?」
とっさに寝かせたライフゲイルを盾に、眼前へ迫った爪をかろうじて受け止めるウィンダイナ。だが騎士はそのままライフゲイルを猛禽の足で掴むと、右の翼をランスに変化。羽根飾りのついたそれをリアシートのシャルロッテへと突き出す。
「ッ! ハアアッ!」
だがシャルロッテは息を呑みながらも、炎の杖でランスの先端を受け流す。そして触れ合う得物同士に火花を散らしながら、燃える穂先を反撃に突き出す。
『むッ!?』
しかし鷹兜の騎士は首を逸らし、兜と肩鎧に燃える穂先を滑らせる。
「セイヤアアアッ!!」
そしてそれに続き、ウィンダイナも気合の声を張り上げて、掴まれたライフゲイル越しにヒポグリフケンタウロスの体を押し返す。
ルクシオンとウィンダイナによる押し返しに乗って、大きく後ろへ飛ぶ騎士。それに合わせ、シャルロッテは炎を灯した杖を振るう。
「行け! 無謀なる蛍よッ!!」
その詠唱を引き金に杖の穂先から飛び立つ火球たち。それは霧の中へ隠れる騎士を追いかけ、同じく霧の中へ飛び込む。
霧の中で確かに輝く炎の軌跡。シャルロッテはそれを目で追い、その軌跡の先である右へ杖を向ける。
『ヘレ! フランメェッ!!』
そして言霊と共に渦を巻く黒い炎を放ち、立ち込めた霧をその奥に走る騎士もろともに焼き払う。
一点に集中する炎。その直後、弾けた炎が霧を吹き飛ばす。
「くッ!?」
霧を含んだ風に身構えるウィンダイナ。だが爆音に混じって響く足音と、それを伴う影を追って視線を走らせ、右へ光の刃を突き出す。
「エエアッ!」
『む!? さすがにやるッ!』
ぶつかり合う光刃とランス。
焼け焦げた盾を構えた鷹兜は、ぶつかり火花を散らす互いの得物に、くちばしから呻き声を漏らして槍を引く。
離脱しながら脇を駆け抜けて後ろへ回る騎士。それを追う形でシャルロッテが振り返る。
「ウンベゾンネン・グリュゥヴュルムヒェェンッ!!」
叫び放つ言霊を引き金に、さらにマジックミサイルを発射。
ルクシオンの真後ろへ放たれたそれは猛禽の爪を軸に体を切り返した鷹兜の騎士へ向かう。
『甘いわッ!』
だが騎士は左手の盾を前に突進。
自分から正面の火炎弾へぶつかり、弾けて広がる炎を焼け焦げた盾で割り開く。
「ッ! おのれぇ!」
炎をこじ開けて現れた鷹兜の騎士へ、燃える杖を突き出すシャルロッテ。
突きの勢いに乗って放たれる炎。だがその鋭い灼熱の切っ先を、騎士は二種四本の足で地を蹴り、左へ飛ぶようにして回避。
「く! 燃えよ!」
『おおッ!』
そして続けざまに踏み込んで直角を描きながら、追撃に薙ぎ払う炎を置き去りにする。
『ぬうぅあぁ!!』
その勢いのままに、鷹兜の騎士はルクシオンの左隣へ滑り込んで並走。太い雄叫びを上げて右の馬上槍をウィンダイナ目掛けて突き出す。
「甘い!」
だがウィンダイナは瞬く間にライフゲイルとハンドルを持つ手を切り替え、眼前へ迫ったランスを光刃で叩き払う。
『ぐ!? おおッ!』
「せぇ、ああ!!」
爆ぜる火花と破裂音に流れるランス。騎士はその勢いにあえて逆らわず、槍の切っ先を下げ引き突き出す。
が、ウィンダイナはそれもまた鋭く返した光刃で撥ね上げ、その隙にルクシオンごと並走する騎士の半鳥半馬の下半身へぶち当たる。
『むうぅお!? だが、まだ!』
その衝撃に四脚をバタつかせて離れる騎士。だがすぐに体制を立て直すと、反撃と言わんばかりに三輪のマシンへその横っ腹を叩きつける。
「クッ!? ああ!!」
その衝撃に呻きながらも、ウィンダイナは横ぶれする車体をシャルロッテと共に体を傾けることでバランスを取り、追撃に迫る槍にライフゲイルの突きをぶつける。
『やるッ! ぬ、おお!?』
激突のままに槍を押し込み、車体を騎士の体に三度激突。そして体を振り戻した鷹兜の騎士とさらに体をぶつけ合う。
「せぇッ! ああ!!」
『ぐ! おぉあ!!』
「は、ああ!!」
体当たりを重ねながら疾駆する二人を乗せたマシンと鷹兜の騎士。二つの体がかち合う中、ウィンダイナの突き出す光刃と盾がぶつかり、シャルロッテの振るう杖と槍とが絡み合う。
火花を散らしてぶつかり合い、切り結ぶ両者の前方。行く先が不意に溢れた光に開かれる。
『ユウカ、イオリ! あの先が幻想界だよ!!』
『このまま飛び込むのさ!!』
その行く手に溢れる光にルクシオンの双眸が輝き、シャルロッテの肩を叩いてアムが急かす。
「耳元で怒鳴るでない!!」
「えぇあああああッ!!」
それを受けてシャルロッテが火炎を放ち、それに合わせる形でウィンダイナも杖を押し込む。
『バカめ! 勝負を焦ったな!?』
だがその押し込みに鷹兜の騎士はそのくちばしを音を立てて歪める。そして盾を傾けて光刃の突きを逸らし、同時に放たれた炎を槍に絡めて逆にシャルロッテへと押し返す。
「あ、がァッ!?」
『いおり!?』
「いおりさん!?」
後部座席から上がる苦悶の声に振り返るウィンダイナ。
『甘い甘い!』
その致命的な隙を鷹兜は見逃してはくれず、バランスの崩れたウィンダイナの装甲を燃える馬上槍が抉る。
「ぐぅうああッ!?」
『ユウカァッ!? ふぐぅッ!?』
さらにルクシオンの車体を突き穿つ穂先。装甲に開いた風穴から力を零してよたつき速度を落とすトライクの姿に、鷹兜はほくそ笑み槍を引く。
『この狭間で果てるがいいッ!!』
止めの宣告と共に繰り出される突き。
「ッグ、ああああ!」
だがそれをシャルロッテの振るった炎の杖が受け流す。
「逃げろ! ルクス、前に逃げるのだッ!!」
『ウゥアアアアアアアアアアッ!!』
そして内側から雄叫びを上げたルクスに従ってルクシオンは左脇に開いた風穴を塞ぎながら加速。前方に開いた光の門へと走る。
『逃がすものかッ!!』
それを追い掛けて前脚の鷹爪を突き出す騎士。その爪にルクシオンの尻尾は火花を上げた大きく抉られたものの、白いトライクは尾を失っても構わないとでも言う様な勢いで、その前輪を光の中へ突っ込む。
「ぐ、ぬ!?」
「ふ……二人とも、しっかり捕まってて……!!」
直後、強烈な力に引き摺りこまれる様にして、ルクシオンもろともウィンダイナとシャルロッテも幻想界への出口へと引き込まれる。




