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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
少女の手にした夢
4/49

少女の手にした夢~その4~

アクセスしてくださっている皆様、ありがとうございます。


以前の話も含めて、パロディネタは少々自粛した形に修正させて頂きました。必殺技は変わっていませんが。

今回も楽しんでいただけましたら嬉しいです。


それでは、本編へどうぞ!

 家々を照らす朱色の西日。

 熱の弱い柔らかな日差しの中、長い前髪と後ろ髪を揺らして裕香が歩いている。

 亀の怪物を浄化した後、裕香はそのまま付近の探索を行っていた。

『使い魔もパンタシアも引っ掛からないや。やっぱりボクの探知魔法じゃ暴れだすとか、何か力を使ってくれないと無理か……』

 ルクスからの思念波が響くと同時に、裕香が鞄と合わせて提げ持った布袋が微かに動く。

 裕香はルクスが思念波で語った中で、気になった単語について口を開かずに尋ねる。

『ねえルーくん、使い魔って?』

『え? ああ、まだ説明して無かったね。ゴメンよ』

 ルクスは説明の不足を謝ると、改めて説明の為に念話を再開する。

『使い魔って言うのは、契約者がその力で作る分身みたいなものなんだ。何かを媒体にすれば、それが持つエネルギーをパンタシアに集めることもできるんだ。裕香が浄化してきた犬と亀は、どっちも使い魔化されてたものなんだよ』

『じゃあ、私達みたいな本体がいて、その元をどうにかしないといけないっていうこと?』

 裕香は念話を送りながら、集中するために道の隅に寄って足を止める。

『そうなるね。使い魔を作れるかは契約を交わしたモノ同士の性質によるんだ。先に言っておくけど、ボクらは苦手な分野だよ』

『そうなの? やりたいとは思わないけど』

 裕香が胸中でそう言うと、ルクスからの嬉しそうな思念が返ってくる。

『ユウカならそう言うと思ってたよ。力を迷いなく肉体強化に傾けるタイプだし』

 それを聞いて、裕香は右手中指の指輪を親指で弄りながら俯く。

『ごめんね。私も色々使えたらルーくんだけに頑張って貰わなくてもいいんだけど』

『いやいや、何言ってるのユウカ』

 呆れた様なルクスの言葉に首を傾げる裕香。そんな裕香へルクスからの念話の続きが届く。

『ユウカがボクにくれるエネルギーがどれだけの量だと思ってるのさ。もう一ヶ月は餓えないくらいは蓄えてるんだから、まだ働き足りないくらいだよ』

『そ、そうなの?』

 ルクスから聞かされた話に、裕香は戸惑いながら問い返す。するとルクスの収まった布袋から振動と同時に、頷く様な思念が返ってくる。

『そうなんだよ。何もかもユウカが片付けちゃったらボクはタダ飯ぐらいになっちゃうんだから』

 冗談めかしたルクスの思念に、裕香は唇に柔らかな笑みを浮かべて、自身の右手を飾る指輪に眼を落とす。

『ありがとう、ルーくん』

 裕香が礼を言うと、鞄と一緒に提げ持った袋から身を捩ったらしき振動が伝わってくる。

『話を戻すけど、何かを使い魔にする場合には契約と同じような条件があるんだ。引きあう様な何かが』

 その話を聞いて、裕香の脳裏に飼い犬のダニーの話題で表情を曇らせた愛の顔がよぎる。

『そろそろ暗くなってくるし、今日の所はもう帰ろう?』

 帰宅を勧めるルクスに、裕香は前髪の奥で眉をひそめる。

『でも……』

『これ以上粘っても、純さん達に心配かけるだけだよ。もしかしたら警察のお世話になるかもしれないし』

 食い下がろうとする裕香を、ルクスはリスクを挙げてきっぱりと押し止める。

『うん……そうだね』

 裕香は渋々頷くと、その足を家に向かう道へ向けて歩き出す。

「あ、そうだ。ここから家までフリーランニングしてみようかな?」

『いやいやいや!? ボクがいるからね!? 振り回すのは勘弁してよ!? っていうかエネルギッシュだなもうッ!!』

 思いつきを口にして、走りだそうと身構える裕香。対して、その手に持った袋がばたついて激しく抗議する。

「うーん……揺らさないように頑張るけど?」

 裕香はスタート姿勢を解いて背筋を伸ばすと、首を傾げて前髪を触る。するとルクスの抗議が更に激しさを増す。

『ちょっと待ってちょっと待って!? そういう問題じゃないよね!? いやむしろムリだから、出来る訳ないからぁッ!?』

 内側から押し込まれて、そこかしこが盛り上がる袋。裕香はそれに苦笑して、力みのない自然体で歩き出す。

「ごめんごめん。フリーランニングはやめるから安心して」

 裕香がそう囁くと、袋の中のルクスが動きを止める。

『全く、冗談きついよ。向上心があるのはともかく、トレーニングせずにはいられないの?』

 むくれた調子の念を送ってくるルクス。それに裕香は歩きながら拳を固める。

『常に練習する機会を探す! それが私の信条だからね!!』

『程があるよ』

 いい加減息切れを起こしたのか、冷やかなルクスのツッコミ。それに苦笑しながら、裕香は家に向かって歩を進める。



 自分の部屋の中、テレビ横の大きな鏡の前で足を肩幅に開いて立つ裕香。

 その服装は、長くしなやかな足を包む紺色のショートパンツに二―ソックス。加えて胸から腰に掛けての線が浮き出た白い七分袖のTシャツという、動きを妨げないシンプルなものであった。

「ハァァァ……」

 裕香は深く息を吐き出しながら右腕を腰だめに、同時に左掌を空を切って右斜め前にかざす。そこから大きく半円を描くように左腕を頭上に回し、肩と同じ高さになると瞬時に脇を締めて腰だめに構え、同時に右腕を左斜め下へ伸ばす。

「変身!」

 ポーズを決めて、鋭い声音で言い切る裕香。

 裕香は一度ポーズを解くと、深く息を吸い込んで吐き出す。

 そして今度は、左手を顔の前に翳し、右足をゆっくりと左側から弧を描く形で振り上げる。

「変身!」

 右足が半円を描いて頂点に達すると同時に、先程と同じ言葉を告げて振り下ろす。

 裕香は左右の踵を合わせた姿勢を解き、呼吸を整える。

『何やってるの? ユウカ』

 両腕を大きく広げていた裕香へ、勉強机の上から声がかかる。それに裕香は両腕を広げた姿勢のまま、首だけを左へ向けて机の上のルクスを見やる。

「何って、シャドウレーサーシリーズの変身の練習だよ?」

 小首を傾げる裕香に、ルクスは軽く鼻を鳴らして白い毛に覆われた尻尾を振る。

『いや、常識みたいに言われてもボクは知らないからね?』

 当然のように言われても困ると言わんばかりに、相棒へ半眼を向けるルクス。対して裕香は姿勢を崩さずに口を開く。

「シャドウレーサーシリーズって言うのは、有名な長寿特撮ヒーローシリーズの一つでね。邪悪の力を人々のために使って戦う戦士たちの活躍を描いたものなの! 私が小さい頃にもセイジって言うのがやってて……」

『待って待って! 一度に言われても訳が分からないって!』

 熱を込めて語り始めたところで遮られて、閉口する裕香。しかし、裕香はすぐに頷くと気を取り直して口を開く。

「それもそうだね。実際に見ないと何にも分かんないし。今日、孝くんと一緒に色々見ようよ」

 そんな裕香に、ルクスは組んだ前足の上にあごを乗せて息をつく。

『まあユウカのイメージする力の元を知ってて損は無いし、そうさせてもらうよ』

「うん。ルーくんも楽しんでもらえたら嬉しいな」

 そう言って裕香は、前髪の奥の目を柔らかく細めてルクスを見る。そして笑みを浮かべたまま鏡に向き直ると、広げた腕の左を腰だめに、右腕を垂直に伸ばす。

『それはそれとして、今日はどうするの? また探しに行くんだよね?』

 裕香が変身ポーズの練習をしている中、ルクスが今日の探索の予定を尋ねる。

「もちろん。でも孝くんとの約束もあるから、一緒に外に出ようと思うんだけど」

 裕香の出した案に、ルクスは体を起こすと右の前足をあごに添える。

『うぅん、巻き込むかもしれないって考えると賛成は出来ないけど、コウシローも何も知らないって訳じゃないしね……』

 まぶたを閉じ、小さく唸って考えるルクス。

 やがてルクスが顎を引いて頷くと、その翡翠色の目を開いてその細長い口を開く。

『……うん、それで行こう。じゃあボクはボクで魔法での探知を続けるから』

 ルクスはそう言って、白い毛に包まれた両前足を突き出す。すると桃色の肉球の間に、翠色に輝く魔法陣が展開する。

「お願いするね、ルーくん」

 裕香に依頼されて、ルクスは任せておいてよと言わんばかりに口の端を持ち上げる。それに続いて、胸の前に広がった光の円がゆっくりと回転を始める。

 その一方で、ベッド脇の窓から軽く叩く様な音が鳴る。

「ん?」

 その音に裕香が窓へ振り返る。するとそこには、窓の外で手を振る褐色の髪の少年、孝志郎の姿があった。

「やっほー、裕ねえ!」

「孝くん!」

 慌ててベッドに乗って窓を開ける裕香。すると孝志郎は窓をまたぐ様に乗り越えて部屋の中に入ってくる。

「へへ、前からやってみたかったんだ」

 ベッドにのスプリングがはずむ中、膝立ちになった裕香の隣で、孝志郎は白い歯を見せて笑う。

 裕香はそんな孝志郎の額を右手の人差指で軽く押す。

「もう、危ないでしょ」

「あはは、ゴメンゴメン」

 後ろ頭を掻きながら、軽く笑う孝志郎。それに裕香は前髪の奥で眉尻を下げる。

「しょうがないなぁ……もう」

 軽く鼻を鳴らして嘆息する裕香。孝志郎はその横をすり抜けて、ベッドの端に腰を下ろす。

 裕香は窓を閉めると、孝志郎の右隣に並ぶ形でベッドに座る。

 反動で軽く上下するベッドのクッション。浮つくベッドの上で、裕香は程良く引き締まった腿の上に重ねた平手を乗せる。そうして左手側の弟分に顔を向ける。

「ねえ孝くん。今日はちょっと手伝ってほしいことがあるの」

「手伝ってほしいことって? 何でも言ってよ裕ねえ」

 裕香から頼られたことで目を輝かせる孝志郎。弟分に促された裕香は、軽く頷いて話の続きを切りだす。

「この前公園で襲ってきた怪物がいたでしょ? あれに私のクラスメートが関係してるみたいなの」

「あの犬が変身した奴に!?」

 聞き返す孝志郎に頷く裕香。

「それで、私のクラスメートの三谷さんを一緒に探してほしいの。一緒に来てくれるかな?」

「やるよ! 当たり前じゃん!」

 裕香が話し終えるや否や、孝志郎は即座に了解の返事をする。それを聞いて、裕香は唇に柔らかな笑みを浮かべる。

「ありがとう、孝くん」

「えへへ……」

 裕香からの笑みに、孝志郎は頬を朱に染めてはにかむ。

『それで、いつ出るの?』

 しかしそこで割り入ってきたルクスの声に、孝志郎は唇を尖らせて眉根を寄せる。

「なんだよ、お前もついてくるのか」

『そりゃそうだよ!? ボクだけがここでのんびり構えてるわけにはいかないし!』

 目を見開いて孝志郎に突っ込むルクス。対する孝志郎は顔をしかめたまま視線を逸らす。

「チッ」

『ちょッ!? 今! 今舌打ちしたよね!?』

 孝志郎の口から洩れる舌打ち一つ。ルクスはそれを聞き咎めて探知魔法を解除。机の上から羽ばたき、飛び立つ。

「気のせいじゃね?」

『いや、確かに聞いたから! どんだけボクのこと嫌いなのさッ!?』

 とぼける孝志郎と詰め寄るルクス。そんな剣呑な両者の間に、裕香は手を差し込む。

「まあまあ……二人とも落ち着いて、ね?」

 両者の間を広げるように両手を広げ、体を割り込ませる裕香。そして孝志郎、ルクスと順に顔を向けて、宥めようと声をかける。

『まあ、ユウカがそう言うなら』

「……裕ねえを呼び捨てにすんなよデコ助野郎」

 ルクスから顔をそむけたまま悪態をつく孝志郎。詰め寄ろうと身を乗り出すルクス。裕香はそれを抑えて、孝志郎の横顔を見据える。

「孝くん」

 裕香が抑えた声で呼びかけると、孝志郎は裕香を一瞥して、尖らせた唇を開く。

「……悪かったよ」

 裕香に従って一応は謝る孝志郎。まだギスギスとした空気を作る両者の間で、裕香は軽く息をついて空気を変えようと話を切り出す。

「とにかく今から行こう? いいよね、二人とも?」

 出発を促す裕香に、ルクスと孝志郎が頷く。裕香は二人に頷き返すと、部屋に置いてある白いショルダーバッグを手にとる。そしてジッパーを引いて開くと、ルクスの前に差し出す。

「はい、ルーくん」

『また鞄の中か……いいけどね』

 肩を落とし、うなだれるルクス。その一方で孝志郎は部屋に戻ろうと窓に手をかける。

「じゃあ俺、靴履いてくるから。家の前で待っててよ」

 そう言って孝志郎は、再び窓を乗り越えて、向かいにある自分の部屋へ移る。

「もう、さっき言ったばかりなのに……」

『笑いながらじゃあ、全然困ってるように見えないよ?』

 孝志郎の出て行った窓を締める裕香。そこを鞄から顔を出したルクスに指摘されて、裕香は自分の顔に触れる。

「あ、あはは……」

 掌から伝わってくる確かに緩んだ自分の顔の感触に、裕香は誤魔化し笑いをルクスに返す。

「わ、私たちも行こうか。孝くんを待たせちゃうし」

 裕香はそう言って、ルクスの入ったバッグを締める。そうしてバッグについたベルトを胸の間に通すようにして右肩からたすき掛けに掛ける。

 隣り合った吹上家と日野家の前で落ち合った裕香と孝志郎は、連れ立って歩きだす。

「なあ裕ねえ、探してるクラスメートってどんな人?」

 車道側に裕香が立つ形で並ぶ二人。そうして並び歩く中、孝志郎が裕香を見上げながら尋ねる。それに裕香は気がついたように顎を上げる。

「あ、そう言えばまだ言ってなかったよね」

 裕香は自分の肩ほどの高さにある孝志郎の目を見下ろして、右手を自分の鼻の高さで寝かせる。

「身長はこれくらいで、体は細い方かな……ちょっと茶色っぽい髪の毛を上げて、おでこを出してるの」

「ふんふん、裕ねえより小さくて、おでこを出してて……」

 裕香が特徴を一つ並べ立てる度に頷く孝志郎。

「それで名前は、三谷愛さんって言う女の子なの」

「三谷?」

 名前を聞いて孝志郎は眉をひそめて首を捻る。そんな弟分の反応に裕香も首を傾げる。

「どうかしたの?」

 尋ねる裕香に孝志郎は首を捻ったまま口を開く。

「俺のクラスにも三谷って奴がいるんだよ。確か中学の近くに住んでたと思ったけど」

「そうなんだ。姉弟かな?」

 両者の関係を推し量って呟く裕香。

「かもしれないね」

 裕香の呟きに頷いて、視線を巡らせる孝志郎。そしてその視線がある一点で止まる。

「ん? あれって……」

「どうしたの?」

 孝志郎の視線を辿る裕香。車道を通り越した先にある対岸の歩道。そこに立つ電信柱の根元では、額を晒した少女が一人しゃがんでいた。

「三谷さん……?」

 裕香がオレンジのベストに青いスカートを身につけた少女の名を呟く。その間に愛は電柱の根元にあった何かを拾い上げる。そしてそれを抱えて、建物の隙間にある狭い裏路地の前に立つ。

「三谷さんッ!」

 叫び、孝志郎の手を引いて駆け出す裕香。愛はそれに振り返ると、目を見開き、裏路地へ潜り込む。

『ユウカ! 反応があった! ボクらの正面ッ!!』

 左腰に密着したバッグから上がってくる思念波。

『じゃあやっぱり三谷さんが!?』

 ルクスの思念波に確信を抱き、孝志郎を連れて横断歩道の前に走る裕香。

 点滅を始める青信号。

「行くよ、孝くん!!」

「うん!」

 しかし裕香は躊躇なく孝志郎の手を引き、車道を横切る横断歩道の上へ足を踏み出す。

 青信号の明滅が早まる中、一本目の車道を駆け抜ける裕香たち。そして赤信号に光が灯ると、裕香、続けて孝志郎の足が歩道を踏む。

 車道の横断を終えたのも束の間、すぐさま体を切り返して、愛の消えた裏路地へ向かって走る一行。

 狭い裏路地の正面に立つ二人。すると、左手から青い光を放って振り返る愛と視線がぶつかる。

「三谷さん、それは……」

 愛は息を呑んで左手の青い光をかき消す。そしてすぐさま、路地の奥へ駆け込む。

「待って、三谷さん!!」

 愛の背中を追って孝志郎の手を引き、狭い路地に踏み込む裕香。

 裕香はゴミ箱で更に狭まった通路を、半身でのサイドステップで抜ける。

「待って、三谷さん!!」

 愛の背中を追って孝志郎の手を引き、狭い路地に踏み込む裕香。

 人一人がやっとという幅の道を、孝志郎の手を引いてサイドステップで進む裕香。やがて愛の背中越しに光に照らされた歩道が見え、愛はそこに踏み出すや否や、体を右に切って走る。

 続いて歩道に出る裕香と孝志郎。そして右へ体を切り返した所で、一つの人影と鉢合わせになる。

「むっ!?」

「ごめんなさい!!」

 黒いワンピースを着た長髪の少女との激突を、裕香は身を捩ってかわす。すれ違いざまに一声謝り、裕香は孝志郎の手を引いて走る。

 人々の合間を縫って駆け抜ける二人。十字路へ踏み込み、左右を見回す裕香と孝志郎。

「三谷さん……」

 頭を振って愛の背中を探す裕香。

「裕ねえ、あっち!」

 左手側の孝志郎の声に引かれ、裕香はその指が差す方向へ顔を向ける。すると、他の歩行者に混じって道路を横断する愛の背中が目に入る。

「孝くんナイス!」

 孝志郎のファインプレーを褒めて、再び駆け出す裕香。

 人々の合間を縫って街を走る愛と、それを追う裕香一行。

 やがてくろがね市を流れる川の一つ、双羽ふたわ川に出る裕香たち。

 愛は川沿いの堤を駆け降り、橋の下へ逃げ込む。それに続いて裕香と孝志郎も河原へ降りる。

 橋の下へ顔を向ける裕香と孝志郎。そこには一匹の子犬を抱えた愛の姿があった。

 明るいオレンジ色の雑種を抱きしめ、後ずさる愛。その左手には青い紋様が浮かび上がっている。

 裕香の白いショルダーバッグが開き、その中から翼をはばたかせてルクスが飛び出す。

『見つけたぞ! やっぱりその娘についていたな、禁を破った罪人め!』

 愛、いやその左手の紋へ向けて右の前足を突き出すルクス。羽根と角を備えたその姿を見て、愛は目を見開く。

「ふ、吹上さん。それは、その子は……?」

『ハン、法の番人気取りの白竜かよぉ』

 不意に愛の左手から響く声。それに続き、青い靄が愛の肩を包むように湧き上がる。

 やがて青い靄が固まり、愛の肩に乗る形で額に斜め十字の傷を作った青い猫が現れる。

『愛ぃ、こいつらが俺達の邪魔をしてた奴だぜぇ。こいつらをどうにかしねぇと、お前の可愛いダニーを生き返らせれねぇなぁ』

「ダニー君が!? それに、生き返らせるってッ!?」

「そんなこと出来るの!?」

 青い猫の言葉に、裕香と孝志郎が驚きの声を上げる。そんな裕香の隣りで、ルクスが犬に似た顔を左右に振る。

『無理だ! 亡くした命を取り戻すなんて誰がどうやっても出来るわけがないッ!!』

 ルクスの強い否定の言葉に、青い猫は口の端を歪めて愛を一瞥する。

『おお、おお、きっぱりと言うじゃねぇか。で、あいつはああ言ってるが、どうするよ愛ぃ』

 青い猫に問われ、唇を引き結ぶ愛。そんな愛に向かって、裕香は首を横に振って右足を一歩前に踏み出す。

「ダメ、三谷さん!」

 愛は裕香、続いてルクスを見比べる。そして右肩の青い猫へ顔を向ける。

「お願い。私の願いを叶えて」

 愛の決断に、青い猫は待ってましたとばかりに口を三日月に似た形に歪める。

『まぁかせなぁ。んじゃそのためにも、こいつらぶっ潰すかぁ』

 そう言って青い猫は再び靄となって広がり、愛を抱えた雑種の子犬ごと包み込む。

『そんなッ!?』

「三谷さんッ!!」

 靄につつまれた愛へ、右手を伸ばして走る裕香。だがその手を拒絶するように青い靄に雷が走り、裕香の手を弾く。

ッ!?」

 裕香は弾かれた右手を抑えながら反動のままに後ずさる。

「裕ねえ!?」

『ユウカ!?』

 火傷を負った手を抑える裕香の側へ駆け寄る孝志郎とルクス。その間に、愛を繭のように包んだ靄が風に乗って広がる。

『結界を張ったのか!?』

 ルクスの声が響く中、散り広がる靄の中から現れる青い異形。

 額に斜め十字傷を刻んだ猫の頭。山なりに弧を描く目に、牙を覗かせて大きく弧を描く口はピエロを思わせる。

 両肩には牙を剥いて唸る犬の頭。その下からは鋭い爪を備えた腕が伸びる。腰から長い尻尾を伸ばしたしなやかな曲線を描く体。それを膝を曲げてつま先立ちになった様な形の脚が支えている。

『ンナァアオォ……』

 こちらを嘲笑うかのように口の中で鳴き声を転がす青い猫の怪物。

 そんな化物を、裕香は風になびく前髪の隙間から睨み据える。そして固く握りしめた右拳を、大きく腕を振り回して左掌にぶつける。

 空気の割れるような音と同時に輝くノードゥス。

 煌めきを左掌に擦り、振り抜く。その軌道に沿って放たれた光は、くるりと裕香の周りを取り囲み、円形の結界を形作る。

「ハァァァ……ッ!!」

 光の輪の中心。そこに立つ裕香は右腕を振り抜いた勢いのまま下へ大きく回し、掲げていた左手と入れ替える形で天へ突き上げる。

「変身ッ!!」

 気を漲らせた声と共に、柱へ変わって裕香を包む光の輪。

 裕香を包んだ光の柱は内側から弾け、渦を巻く風に乗って流れる。

 光を含んだ風の根元に立つ仮面の戦士。

 光を受けて煌く白銀の装甲。筋肉を模ったそれに包まれた体を、右の脇を締めて拳を腰に添え、左手を前に翳す形に構える。そして鋼鉄の仮面の上半分を覆うシールドバイザーの奥で、斜め菱形に釣り上がった目が輝く。

「一つ、聞きたい」

 低い声で問いかける仮面の戦士となった裕香。

 対する愛を核にした猫の化物は、道化めいた崩れた顔のまま、大仰に首を捻る。それに裕香は右の拳を固めて問いを続ける。

「本当に、三谷さんの願いを叶えるつもりがあるのか?」

 すると猫の怪物は、顔の歪みを更に深めて口を開く。

『さぁてねぇ? だがぁ、無くした命を取り戻そうなんてのは、夢見がちなガキにはありがちでやりやすかったがなぁ』

「貴ッ様ァッ!?」

 怒りに固めた鉄拳を振りかぶり、踏み込む裕香。青い化け猫に瞬きの間に肉薄し、そのにやけ面目掛けて拳を振るう。

 だが化け猫がその頭をゆらりと傾け、白銀の右拳は空を切る。

 それに合わせて突き出された膝が、装甲に覆われた裕香の腹を撃つ。

「ぐ!?」

『ユウカ!?』

「裕ねえ!?」

 体をくの字に折って呻く裕香。そこを狙い、化け猫の爪が掬いあげるように迫る。

 鋭く輝く爪を視界に収めた裕香は、強引に上体を反らす。顎先を爪が掠めて火花が弾ける。

 そのまま反りかえった勢いを殺さずに、足を振り上げバク転。化け猫を蹴り上げながら地を叩いて距離を取る。そして左手と足が地に着くや否や、身を低くして突っ込む。

「ハァッ」

 再度踏み込みの勢いを乗せた右拳を突き上げる裕香。その拳を避けて背中側へ流れる化け猫。突き出される左爪を、裕香は身を捩って打ち出した左肘で迎え撃つ。

「クッ」

『グゥ!?』

 激突。そして爆ぜる空気。

 青い化け猫の目と、裕香のシールドバイザー奥の目がぶつかり合う。

「三谷さん、聞いて! そいつは三谷さんを弄んでいるだけ!!」

 声色を元の少女のそれに戻して、化け猫と一体化した愛へ呼びかける。

『無駄無ぅ駄ぁ! ガキなら俺に体を預けておねんねしてるぜぇ!?』

 ぶつけ合った腕を振り上げ、逆の爪を振り下ろす化け猫。それを裕香は素早く身を切り返して右腕を盾に受け止める。爪が銀の装甲に食いつき、軋む。

「お前と話はしていないッ!!」

 愛の体を乗っ取ったパンタシアに怒鳴り、裕香は左の鉄拳を突き出す。

『ギニャッ!!』

 胸を穿つ一撃に呻き、たたらを踏んで下がる怪物。そこへ左足を踵から突き出す裕香。その一撃は、化け猫に胸と両腕で受け止められてしまう。

 足を取られた状態から投げ飛ばされる裕香。

 だが足を大きく振って空中で身を翻すと、右手左膝をついて着地。振りあげた視線の先では、化け猫の両肩にある二頭の犬の頭が牙の生えそろった顎を開き吠える。

「ッ!?」

 空気を震わせ迫る咆哮に、裕香はとっさに横転。直後、裕香の踏んでいた地面が大きくえぐられる。

「なんて威力!?」

 砲撃にも似た二つの頭から放たれた咆哮。それが生み出した痕に息を呑む裕香。そこへ二発目の発射態勢に入る化け猫。その照準から逃げようと足に力を込める裕香。だが背後に感じた気配に振り返れば、そこにはルクスに庇われた孝志郎の姿があった。

 裕香はその場に腰を落とし、腕を体の前で交差させる。直後、裕香の体に衝撃が爆ぜる。

「ぐ!?」

 装甲越しでも腕を焼く痛み、体を突き抜ける衝撃に呻く裕香。

『おらおらぁ!』

 更に立て続けに、二発、三発と撃ち込まれる砲撃。

「あうっ! ああっ!?」

『諦めなぁ、白竜の契約者ぁ!? こいつの悲しみも、寂しさも、罪悪感もぉ……全部俺のものなんだよぉ!?』

 防御に徹する裕香を襲う嘲笑と砲撃。

『全てが幻だと分かった時の、絶望もなぁッ!!』

 腕の防御を突き抜けて全身を叩く爆発。その重みが裕香の膝に響き、震わせる。

「ぐ、うぅッ!?」

「裕ねえ!?」

『ダメだ! ボクの後ろに居てッ!!』

 だが背中を叩く二人の声に、裕香は脚に力を入れて地を踏みしめる。

「この二人を、絶対に傷つけさせるものか!!」 

 砲撃を受け止めながら叫び、足を踏み出す裕香。

「それに、お前みたいな奴に、三谷さんを渡さないッ!!」

 裕香は叫び、さらにもう一歩鋼鉄の脚を踏み出す。

『なぁッ!? ぐぅ!?』

 その姿に臆したのか、動きを強張らせる化け猫。それを粉塵の隙間から見据えながら、裕香は青い化け猫、いや愛へ向けて再度語りかける。

「三谷さん! 学校でダニー君の話をするあなたは命を愛する優しい人だった!!」

 その裕香の言葉に、化け猫の体が更に強張る。そこへ裕香は立て続けに声をぶつける。

「本当はこんなことしたくないんでしょ!? 他の生き物を傷つけたり、犠牲にする様な事なんてッ!!」

『やめろ! やめろぉ!!』

 後ずさりながら、咆哮を撃ち出す化け猫。だがその砲撃は裕香の体を逸れ、川面に爆発を起こす。

「本当は分かってるんでしょ!? こんなやり方、ダニーくんは喜ばないって、優しい三谷さんが苦しんでるのを悲しむって!!」

 叫び、更に踏みこむ裕香。その傍らで地面が爆ぜる。

「ご……メンなさい、ふきがみ、サン……たすけて」

『黙れ、黙れ黙れぇえッ!!』

 裕香へ助けを訴える三谷。その一方で焦りのままに喚き、躍りかかってくる化け猫。

「ハアアッ!!」

 裕香は眼前に迫った爪を右腕で弾き、光と風を纏った左拳で怪物の胸を穿つ。

『グブゥエッ!?』

 三つの口から呻き声を漏らし、吹き飛ぶ化け猫。二度、三度と地面を跳ね転がるそれを睨みながら、裕香は輝く左腕から出たライフゲイルの柄を掴む。

「ライフゲイルッ!!」

 杖の名を叫び、引き抜く裕香。左、右と振り払い、手首を返して棒状に伸びる光を回転。続けて鋼鉄の仮面の右隣りから刀身を視線に沿う形で構える。直後、刀身が翡翠色の輝きを強め、風が螺旋を描いて吹き荒れる。

『ひ、ヒヘェアアアアアアアッ!!』

 怯え、膝の笑う足をばたつかせて後ずさる化け猫。そこを目がけ、裕香はライフゲイルを構えて踏み込む。

「キィイアアアアアアアアッ!!」

 裂帛の気合と共に走る裕香。それを迎え撃とうと化け猫は右の爪を振るう。

 左頬に迫るそれをライフゲイルで叩き払い、振り上げられた逆の爪も刀身の切り返しで撃ち払う。

『ガァッ!?』

 大の字に体を開く化け猫。その隙に裕香は杖を一回転。構え直すと、がら空きになった怪物の胸目がけて突き出す。

「ギャ、アア! ア、アアアアアアアアアアッ!?」

 もがく化物の胸に埋まったライフゲイルを中心に広がる翠色の魔法陣。

「三谷さん、今助ける!!」

 裕香が叫び、バイザー奥の双眸が力強く輝く。そして杖の柄尻に左手を添えてさらに押し込む。同時に魔法陣が二重に展開。

「命の風よ! 光遮る暗雲を、輝きを曇らせる淀みを吹き掃えッ!!」

 裕香の紡ぎ出す言霊に従い、内と外で互い違いに回転する魔法陣。

「厚き影を掃い、光をここに!」

 祈りを込めた言葉を残し、後ろへ跳ぶ裕香。それに伴って怪物から抜けた光が尾を引いて輝く。

 砂地を削りながら踏む両足。同時に腰を捻り、右手のライフゲイルを振り抜く。続けてくるり、と回すと左へと血糊を払う様に振り払う。そこから左掌を輝く刀身に添えて、火花を散らしながら拭っていく。

「浄化ァッ!!」

 白煙の上がる左手を前にかざし、拭い清めた輝く杖を後ろへ振り抜く。続いて響く、鋭く力強い結びの言葉。

『ぎぃいやあああああッ!?』

 直後、断末魔の叫びと共に、爆発が大気を揺るがす。

 背を叩いて吹き抜ける爆風。それを見送った後、裕香は柄だけになった杖を片手に振り返る。

 その視線の先。爆心地の跡には、子犬を抱いてへたりこむ愛の姿があった。

「え、ここって? あ、私は、確か……」

 徐々に記憶が整理されているのか、愛の目に確かな光が灯り始める。

 そんな愛の許へ、裕香は重く、硬質な足音を立てて歩み寄る。

 一歩、二歩と歩を進める度に、白銀の装甲が煌き、風に乗って散っていく。そして愛の目の前で、頭一つ分低い元の少女の姿に戻る裕香。

「無事でよかった、三谷さん」

「吹上さん」

 裕香は桜色の唇を柔らかく緩める。その頬笑みに、愛はその顔を和らげる。

 安堵の息をつく愛に向かって、軽く顎を引いて頷く裕香。そこへ孝志郎とルクスが駆け寄ってくる。

「裕ねえ!」

『ユウカ!』

「孝くん、ルーくんも、怪我は無かった?」

 裕香は近づく弟分と相棒を笑みを深めて迎える。怪我の有無を訊かれた孝志郎たち二人は、裕香の顔を見上げてはっきりと頷く。

「本当にありがとう、吹上さん」

 そこで不意にかけられる愛の声。それに裕香たち三人は揃って顔を向ける。それを受けて、愛は腕の中の子犬を抱き締めて再び口を開く。

「吹上さんの言うとおり、私、大切なダニーを悲しませる所だった。その前に止めてくれて、ありがとう」

 愛からの礼に、裕香は黙って右手を差し伸べる。しっかりと手を結び合うと、引っ張って助け起こす。

「その子、どうするの?」

 裕香は、愛の腕の中に居る子犬に視線を落として尋ねる。すると愛は笑みを深めて、自身の腕の中に居る子犬の頭を撫でる。

ウチで飼えるように頼んでみるよ。きっと、ダニーが引きあわせてくれたんだと思うし。ね?」

 すると愛に抱かれた子犬は、愛の顔を輝く黒い目で見上げて、尻尾をパタパタと振る。

 そんな愛達の様子を見て、裕香は笑みを浮かべてもう一度頷いた。

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