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魔法少女ダイナミックゆうか  作者: 尉ヶ峰タスク
手にした夢の果てに
39/49

突入~その2~

アクセスして下さっている皆様、いつもありがとうございます。


今回も拙作を楽しんで頂けましたら幸いです。

「いらっしゃい。さ、上がって」

 山端中学の校舎を眺める所にあるアパート。その二階通路の端にあるドアの前に立つ裕香一行を、中からドアを押し開けた教師・月居奏が迎える。

 スラリとした体を包む青いチュニック。その裾から伸びる、すらりとした足に沿った黒いズボン。

 そんな私服姿の月居は、普段は怜悧な印象の強い顔を和らげ、目の前の生徒たちを室内へと促す。

「はい。お邪魔します」

「お邪魔しまぁす」

 担任の招きに頷き、部屋に踏み入る裕香。それに続いて愛たち三人も続けて家に上がる。

 トイレやバスルームの入り口、さらにキッチンの並ぶ真直ぐな廊下。その一本道を裕香を先頭に進み、一番奥のドアを開けて居間に入る。

 青を基調とした、落ち着いた色合いの部屋。部屋の中央には透けた天版の上にクロスを乗せたテーブルがあり、左手奥には衣装タンスと並んだテレビ。そしてベランダに続く大きな窓を挟んだ反対側にはシンプルなベッド。そんな飾り気の少ない部屋の中を眺める裕香たちの後ろから、月居の声が投げ掛けられる。

「飲み物を用意してくるから、適当に座って待っていて」

「あ、お構いなく」

 座る様にと指示する月居。それに裕香が慌てて振りむく。

「いいのよ。長い話には必要なものなんだから」

 すると月居は微笑みのまま、テーブルを取り囲む座布団を指し、部屋のドアを閉めて廊下へ姿を消す。

「まあとにかく、座って待っていようではないか」

「うん」

 閉められたドアを見ていた裕香は、いおりの言葉に頷いて部屋の中央にあるテーブルへ向けて足を進める。

 部屋の入り口側に裕香。その右手の面にいおり、左手に愛が着席。そして裕香といおりの間に孝志郎が収まるという形で落ち着く。

「裕ねえ、ルクスたちも呼んどいたほうがいいんじゃないかな?」

「あ、それもそうだね」

「うむ」

 孝志郎の提案に、裕香は指輪で飾られた右手を上げ、いおりも髪を掻き上げて左耳のイヤリングを露わにする。

「来て、ルーくん」

「半身よ。ここへ」

 緑と赤、それぞれの契約の象徴を飾る宝玉を弾く裕香といおり。その呼び声に続いて、二色の光がそれぞれの宝石を中心に波紋のように広がり、それを火の輪くぐりの様に抜けだした白と黒二匹の竜が宙に躍り出る。

 それぞれに翼を羽ばたかせ、身を翻すルクスとアム。

『よっと』

『はいはい。呼ばれて飛び出てってさ』

 軽口混じりに翼を上下させるアム。それと共に、ルクスも落下の勢いを緩めて舞い降りる。

 それぞれの契約者の膝へと降りる二匹の竜。それと同時に、裕香の真後ろで音を立ててドアが開く。

「ン。みんな揃ったようね」

 五つのコップとリンゴの描かれたパックの乗った木製のトレイを片手に、入口から裕香たち一同を見回す月居。そうして全員の顔を確かめて頷くと、後ろ手にドアを閉めて愛の後ろを回って窓際の奥の席へと歩いていく。

 裕香にテーブルを挟んだ正面から向かい合う形で腰を下ろす月居。そして着席に続き、テーブルにトレイを乗せて、そこに並べたコップに澄んだ琥珀色のジュースを注いでいく。

「さ、どうぞ」

 月居はそう言って、ジュースを注いだコップを裕香たち四人の前に配っていく。

「ありがとうございます」

 軽く頭を下げて会釈し、目の前に配られたコップを受け取る裕香。それに倣って子ども達全員がそれぞれに出されたコップを取る。

「それで月居先生、我々を集めて話したい事とは?」

 手に取ったコップを持ち上げ、首を傾げて月居に尋ねるいおり。すると女教師は僅かにあごを引いて頷き、口を開く。

「そうね。本題に入りましょう」

 そう言って月居は一つ息を吐いて座り直す。そんな女教師に一同の視線が集中。黙って月居の次の言葉を待つ。

「今回の事件……十二年前から全てを仕組んできた黒幕……ラディウスの計画を打ち破るのに、みんなの力を貸して欲しいの」

『それはアタシらにとっても望む所さ。頼まれるまでも無いさね』

 月居の切り出した話に、アムがいおりの膝の上で立ち上がって身を乗り出す。そんなアムの一言に頷き、裕香も続く。

「はい。むしろ私たちの方から先生に力を借りたいとお願いしたいくらいです」

 裕香のその言葉にルクス、そしていおりも首を縦に振る。それを受けて月居は生徒たちを見回し、首を縦に振る。

「そう、ありがとう」

 頷き微笑む月居。それに今度はルクスがテーブルに前足をかけて身を乗り出す。

『あの、兄さんを……ラディウスの計画を打ち破るって言っても、何をどうするんですか? 幻想界から向けられる敵を倒し続けても、どれだけの間戦い続ければいいのか、戦い続けて、果てがあるのかどうかも……』

 不安げに目を伏せるルクス。それに月居は、自分の前のコップの縁に指を乗せて頷く。

「そうね。ルクス君の言うとおり……こちら側で迎え撃ち続けていても、ラディウス側が折れるよりも早くこちらが疲れ切ってしまう。そんな目に見えたジリ貧にならないよう……こちらから攻め込むのよ」

 切れ長の目に力を込め、はっきりと逆襲を提示する月居。それにアムを膝に乗せたいおりがコップの中身を一口飲み、頷く。

「それこそ我にとっても望む所。散々我と我が半身を利用しつくした奴を、直に叩き潰せるのなら言う事はありません」

 だがその一方で、アムはいおりの膝の上で眉根を寄せ、渋い顔を作る。

『そりゃアタシも堂々と殴りこみと行きたいさ……けどさ、里帰りしようにも、はいそうですかってわけにはいかないのさ……な、ルクス?』

「え、できないのか?」

 前足を持ち上げながら肩をすくめ、ルクスに目配せするアム。それにつられる様に孝志郎も裕香の膝に乗ったルクスに目を向ける。それをルクスは交互に見返し、頷く。

『うん。普通には、まず無理だね』

「どうしてなの?」

 首を傾げ、尋ねる愛。それにはルクスが口を開くよりも早く、裕香が答える。

「ルーくんはこっちと幻想界。二つの世界を行き来する門を管理する一族の生まれなんだけど、私たちの戦ってる相手は……ね」

「そっか、ルクス君の兄弟。ということは……」

 裕香の説明を聞いて、両手を合わせて頷く愛。それにルクスが頷き、言葉を継ぐ。

『物質界からは侵入できないように封鎖されてる、だろうね』

 ルクスのその言葉に、一同は揃って月居に目を向ける。

「それをどうにかする手が、あるんですか?」

 仲間たちを代表して尋ねる裕香。すると月居は子どもたちを見回し、頷く。

「ええ、手段はあるわ……」

『なんだって!? そいつは本当かいッ!? いったいどんな手があるってのさ!?』

 いおりの膝から羽ばたき、詰め寄るようにして尋ねるアム。すると月居は再び首を縦に振る。

「色々と満たすべき条件はあるし、完全なものではないけれど、裏口は使えるわ」

「裏口?」

 裕香が小首を傾げ、おうむ返しに聞き返す。

「ええ。力のある幻想種(パンタシア)の協力があれば、場所を選びはするけれど幻想界に行く門を切り開くことはできるの。ただ……」

「ただ……? なんです? 勿体ぶらないでください」

 眼を伏せ、言葉を詰まらせる月居に、続きを促すいおり。それに月居は、眉尻を下げたままの顔を上げる。

「ただ、正規の門とは違う不安定なものだから、幻想界のどこに繋がるかは分からないわ。例えば、この部屋に壁や床、天井に穴を開けて、無理矢理に侵入するようなものだから」

 そんな例えを上げながら、月居は部屋という空間を作る仕切りを指さしていく。

『なるほど。しかし、裏口って呼ぶにしたって、随分と荒っぽい出入口さね』

 壁を指す指に従って部屋の中を見回しながら、軽口を吐くアム。そう言って羽ばたき降りてくる相棒を受け止めて、いおりが唇を薄く開く。

「だが、それで攻め込めるのに間違いはないのだ。それを思えば、問題にするほどのこともあるまい。なあ、裕香?」

 いおりはそう言いながら、膝に戻したアムに笑みを注ぐと、そのまま左斜め前の裕香へ目配せする。

「そうだね。防戦一方にしかならないはずのところに、反撃の手がある。これは大きいよ」

 そう言って頷き合う裕香といおり。その一方で、愛が心配そうに左の月居を見やる。

「あの、先生。行く方法があるのはともかくとして、その……一度行って帰って来れるんですか?」

 愛がおずおずと、不安に小柄な体を更に縮ませて尋ねる。

 それを月居は真っ直ぐに受け止めて、口を開く。

「可能よ。向こうには白竜の管理する門がある。それさえ使うことが出来れば、間違いなく帰れるわ」

「ちょっと待って!?」

 それを聞いた孝志郎はテーブルに手を突き、天板を鳴らして立ち上がる。そして全員の視線が集まる中、テーブルを叩いた腕を支えにしながら、震える唇を開く。

「それって……それって、敵を倒さなきゃこっちに帰ってこれないってこと……?」

「……孝くん」

 裕香が名前を呼ぶ中、孝志郎はただじっと月居を見る。そんな少年の真直ぐな目を見返して頷く女教師。

「そういうことになるわね。ラディウスを倒さなくては、こちらに戻って来られる見込みはほぼ無いわ」

「そん、な……」

 真直ぐな孝志郎に応える様に、月居はただ正直に返す。それに孝志郎はテーブルに乗せた手を握り、俯く。

「少年……」

「孝志郎くん」

 拳と肩を震わせる孝志郎。それを見守る面々の口から、気づかう様な響きの声が漏れる。

 それを受け、孝志郎は再びテーブルを叩いて涙ぐんだ顔を上げる。

「そんなのって無いよ! 裕ねえや、みんなを帰ってこれない様な場所に送るなんてッ!?」

 孝志郎は怒鳴り、涙で潤んだ目で月居を睨みながら歯を剥く。

 だが月居はそれを真正面から受け止め、首を左右に振る。

「待って。幻想界に行くのは私一人よ」

「え?」

「なに!?」

「先、生……?」

 落ち着いた声音で生徒たちへ告げる月居。その内容には、睨んでいた孝志郎を始めとして、全員が驚いて目を剥く。月居はそれをいおりから愛へと順繰りに見回し、微笑みを返す。

「安心して。私がみんなに手伝ってほしいのは、門の開放と、私が突入するまでの援護よ。ラディウスの妨害はあるはずだから、突入するまで守ってほしいのよ」

「待って下さい! 我も奴との決着はこの手でつけたいのです!」

 一人で突入するという月居の言葉に、いおりが胸に手を添えて身を乗り出す。しかしそれに月居は髪を揺らして首を左右に振る。

「あなた達を帰れる確証の無い場所へ出すわけにはいかないわ。それに因縁というのなら、私に十二年前からの決着をつけさせてちょうだい」

「う……むぅ」

 月居は穏やかながら、有無を言わせぬ圧力を滲ませる。それにいおりは微かに呻き、身を引く。

「けれど……先生。先生の持つ戦う力は……」

 それに代わり、今度は裕香が前に出る。するとそれに、月居はチュニックの襟から宝玉のヒビ割れたペンダントを取り出す。そして指先からぶら下がり揺れるそれを眺める。

「それは大丈夫よ。ノックスが遺してくれた最後の力を使えば……あと一度、一度だけは私も変身して戦う事が出来るわ」

 そう言って月居はかつてのパートナーの形見から顔を上げ、裕香を見る。

「先生……」

「そんな顔しないで、大丈夫よ。必ずラディウスを倒して、戻ってくるから……心配しないで」

 前髪の隙間から覗く目に、不安の色を浮かべる裕香。それに月居は柔らかく目を細めて首を小さく左右に振る。

「あの、他に何か方法ってないの?」

 そこへ孝志郎が慌てて口を挟む。部屋に集まった全員が注目する中、幼い少年は言葉の続きを口に出す。

「例えば……そう! こっちから行くんじゃなくて、あっちから来るようにおびき出すとか!」

 そう言って孝志郎は、明るく表情を作って全員を見回す。だがその提案に、月居は首を左右に振る。

「それは……出来ないわ」

「どうして、ですか?」

 孝志郎を引き継ぐ形で、おずおずと問いかける愛。その質問には、ルクスが月居に代わって口を開く。

『ボクら幻想種パンタシアがここ、物質界で力を発揮するためには……契約者や、何かを中継に挟まなくちゃならない。もし兄さんが、直接こっちに来るような事があったら……』

『そんな事になったら、どんな方法を使うにせよ……この前程度のものじゃなくて、ばっちりと対策済みってことさね。その前にも散々嫌がらせはあるだろうし、こっちから突入するよりマシってことはまずないだろうさ』

 ルクスの説明を継いで説明を締めるアム。それを受けて、孝志郎は下唇を噛み、俯く。

「そんな……俺、そんなつもりじゃ……」

 俯いたまま肩を震わせる孝志郎。その短く刈り込んだ褐色の髪に、月居の手が乗る。それに孝志郎が、溢れかけた鼻をすすりながら顔を上げる。すると月居は柔らかく笑みを深める。

「いいのよ。特別な誰かを大切にすると言うのは、なにもおかしい事じゃないわ。それに、戦いに行くのは私の意志。私が自分で選んで飛び込む戦いなの。だから気にしないでちょうだい」

 月居は優しく語りかけながら、首を傾げて少年の顔を覗きこむ。すると孝志郎は再びくしゃくしゃになった顔を伏せる。

「ごめんなさい、先生……俺、ろくに考えないで責めたりして、おれ……」

「孝くん……」

 謝りながら、肩を震わせる孝志郎。裕香はそんな年下の幼馴染の背中に手を乗せ、優しく撫でさする。そして手の動きを止めぬまま、女教師へ顔を向ける。

「それで先生。門を開くのは、幻想界に乗り込むのはいつですか?」

「今日よ。場所は前に戦った神社の跡地。そこで門を開くわ」

 静かな声で問う裕香。それに月居は頷き、現在組み立てている予定を告げる。

「今日中に、ですか? どうしてそんなに急いで……?」

「今日中に決行するのは、まだ今の内になら奴の気配を追って、より安定した門が作れるからよ」

 その急な進攻計画に、愛が小首を傾げて口を挟む。すると月居は尋ねる生徒へ向き直り、理由を説明。それを聞き、ルクスとアムの二匹も納得したと言わんばかりに首を縦に振る。

『なるほど、ラディウスの奴が干渉に使っていた簡易の門を逆に利用してやろうって訳さね』

『門の安定を考えるなら、確かに今日を逃せばチャンスは無いね』

 そう言って口の端を吊り上げるアムと、前足を組んで繰り返し頷くルクス。それを受けていおりは、眉を顰めながら左耳のイヤリングへ手を伸ばす。

「むぅ……」

 手袋に包んだ手で耳の法具を弄びながらうめくいおり。裕香はそんな友人を見、それから正面の月居に視線を戻し、頷く。

「分かりました。今夜、先生の突入をお手伝いします」

「裕香ッ!?」

 了解の返事をする裕香に、驚きに見開いた目を向けるいおり。だがそんないおりを月居は首を横に振って制する。それを受けて唇を結ぶいおり。それを確かめて月居は裕香を改めて見やる。

「ありがとう、吹上さん。後の戦いは、私に任せて」

 そう静かに告げる月居に、裕香はただ口を開かずに頷く。

 そして月居は立ち上がり、部屋に集まった一同を見回す。

「さあ、行きましょう。みんな、車に乗って」

 出発を促す月居。それに従って一行は立ち上がる。そして月居が先頭に立つ形で部屋の出入り口を開け、廊下へ出るその背中に続いて子どもたちも部屋を後にする。


※ ※ ※


「裕香……本当に先生一人に行かせるつもりなのか? この戦いの決着を我々自身でつけるつもりはないのか?」

 赤い夕陽が西から差し込む夕方。かつて朽ちた神社のあった場所で、いおりは唇を尖らせながら左隣の裕香を横目に見やる。

 先日の激しい戦いで更地同然となった神社跡。そこで幻想界への門を開く準備を進める月居、ルクス、アム。それらを正面に、残された木の幹に背を預けた裕香は、問い掛けてきたいおりに顔を向ける。

「私だって、せめて一緒に行って戦いたいと思うよ」

「ならば何故!? ここへ来て決着を放り投げる様な事を!?」

 答える裕香と、それを聞いて詰め寄るいおり。対して裕香は首を左右に振り、翳した右手で友を制する。

「私には、先生の思いを蹴る事なんてできなかった……先生は私たちを帰れるかどうかもわからない所へ送り出したくなくて、だから自分一人で……」

 その言葉を受けて、わずかに身を引くいおり。

「むぅ、それを言われては弱いが……だからといって、この状況で素直に引くなど、我が友らしくもない」

 いおりはそう言って、小さく唸りながら、腕を組む。その一方で裕香は、もたれ掛かっていた木の幹から背を離す。

「うん。でも、先生は私たちを信じて留守を任せてくれようとしてるんだと思うし、だったら私も信じて送り出すべきなんじゃないかと思うの」

「う、ぬぅ……」

 唇を尖らせて、不満げな唸りを重ねるいおり。すると裕香は一歩前に踏み出して、そんな親友を右肩越しに振り返る。

「けれど、どうしても先生が突入出来なさそうなら……覚悟は出来てるよ」

 強い輝きを湛えた瞳を覗かせて、はっきりと宣言する裕香。それにいおりはその黒目がちなつり目を二、三瞬かせる。が、すぐに唇を薄く開いて吊り上げ、笑みを浮かべる。

「クク……それでこそよ。だが案ずるな我が友よ。そうなった時には貴公とルクスだけを戦場に送り出しはせん」

「頼りにしてるよ、いおりさん」

 そう言って、掌を打ち合わせる裕香といおり。

『ちょいといおり! そろそろ休憩は終わりにして欲しいんだけどさ!?』

『ユウカも頼むよ』

 そんな二人へ投げかけられる相棒たちの声。それを受けて、裕香といおりは合わせた掌を離して足を踏み出す。

「裕香さんといおりさんの方が出来る事多いんだから、お願いよ」

「裕ねえ、こっちに書いた文字に力込めてよ!」

 そう言って地面に文字を刻みながら、愛と孝志郎も空いた手を振って裕香たち二人を招く。

「うむ。すまぬな」

「うん、分かった」

 揃って一言謝って、準備を進めている仲間たちへ歩き出す二人。その上空で、不意に光が閃く。

「なにッ!?」

 息をのみ、顔を上げて天を仰ぐ裕香といおり。それと同時に月居たちも轟音と雷の弾ける空を見上げる。

「これは、ラディウス!?」

 雷光が魔法陣を描く空に、それを起こしている者の名を叫ぶ月居。その間にも、みるみる内に雷の文字が円形に刻まれて行き、魔法陣が完成に近づいていく。

「いおりさん!!」

「うむッ!!」

 裕香は傍らの友人へ叫びながら右拳を左手へ撃ちつけ、その呼びかけに応じていおりも左手を耳の傍へ持っていく。そして二人は互いに頷き合い、それぞれに溢れ出る光を纏って仲間たちの元へ走り出す。

「変身ッ!!」

「アウラ・シュバルツ・フランメッ!!」

 叫び放つ言霊と共に、裕香は輝く右手を横薙ぎに走らせて自身の周囲に光輪を作る。その隣ではいおりの全身を黒い炎が包んでいく。そして裕香が身の回りを囲むように浮かぶ光輪を殴り付けるのに続き、光を含む風と黒い炎が爆発。走る二人の少女の体を包み隠す。

 それと同時に天空に描かれた魔法陣が完成。光が閃き、雷鳴が轟く。

 直後、稲妻で出来た文字列をすり抜けるようにして、無数の小さな影が現れて、蚊柱のように空を埋める霧となる。

 そのうちのいくつかは、みるみるうちにそのサイズを増しながら地上に迫り、やがて重力のままに砂ぼこりを巻き上げて地面へ突き刺さる。そしてそれに遅れて、一つの巨大な塊が空中で空気抵抗に負けて変形する粘土の様に伸びて広がり、風と炎の中心へ向けて舞い降りる。

『ケェエアアアアアアッ!?』

 広がるままに形作られる黒い猛禽の頭。そこから激しい嘶き声を響かせて、翼を広げたそれは真下の炎の嵐の出どころ目掛けて足爪を振るう。

 だが鋭いそれを、嵐の中心から突き出た白銀の鉄拳と黄金の爪が迎撃。ぶつかり合った打点から遡る様にして、粘液で形作られた怪鳥を打ち崩す。

「エェアアッ!!」

「ハァア!!」

 飛び散る黒い怪鳥の残滓。その中心を抜けて跳び出す、白銀の鎧に覆われた戦士と赤いマントを羽織った黒い魔女。

 揃って前回りに宙返りする二人。そしてその勢いのまま、砂煙の中から立ち上がっていた黒い巨人の頭を、ウィンダイナは右の蹴り、シャルロッテは手から放った炎で潰す。

 そうして二人は揃って着地すると同時に、鋭く息を吸って仲間と、それを取り囲もうとする黒い怪物たちへ踏み込む。

「スゥアッ!!」

『こいつらはッ!?』

『あの成れの果てを寄り代にしてるのさッ!!』

 抜き放った妖刀で手近な巨人の手を落とす月居。そしてそれに寄り添う様に固まるルクスとアム。そして孝志郎と愛。月居はそんな二匹の竜と子どもたちを庇いつつ、身を翻して背後から迫る敵の手を落とす。

『えぎゃっ!?』

『もらったぁあああああッ!!』

 手を失った巨人の上げる悲鳴。そんな中、怪鳥の影が頭上から嘶き躍りかかる。

「ハッ!?」

 月居は覆い被さるそれを、妖刀を振り抜いた姿勢のまま息を呑み振り仰ぐ。その形の良いあごへ鋭い爪が一直線に迫る。

「エェイヤアアッ!!」

『ギャン!?』

 だがその刹那、ウィンダイナが横合から躍りかかり、右のチョップで師へ襲いかかる敵を真っ二つに切り裂く。

 裂けて崩れる怪鳥の残骸。その合間を抜けて片膝を突いて地を踏むウィンダイナ。その直後、両腕に炎を灯したシャルロッテがその頭上に躍り出る。

「ヘレ・フランメッ!!」

 黒いルージュを引いた唇から放たれる言霊。それを引き金にして放たれた黒い灼熱の激流が迫る敵を焼き払う。

『がああッ!?』

 舞い散る黒い火の粉の中、マントをはためかせて月居やウィンダイナの傍へ降り立つシャルロッテ。

「すみません、先生」

 友に背を預けながら、接近する黒い巨人を蹴り倒すウィンダイナ。その間に体勢を立て直した月居は剣を閃かせて頭上から迫る爪を切り落とす。

「構わないわ。それより、向こうから開いたのはある意味チャンスよ! 門の支配権に干渉して飛び込むから、準備が出来るまで奴らに邪魔をさせないで!!」

「分かりました!」

 月居からの指示に頷いて、ウィンダイナは左手から迫る敵に肘を見舞い、間髪入れずに右足を蹴り上げて急降下する怪鳥を迎え撃つ。

「任せてもらおうッ!!」

 怪鳥が悲鳴を残して破裂する中、シャルロッテはその残骸を爪で切り裂きつつ飛翔。身を捻りながら燃え盛る炎を放ち、群がっていた敵を薙ぎ払う。

「ルクス! 操作は俺がやるから、ルクシオンを!」

『分かった! ボクは門の準備に集中するから、操縦は任せるよ!』

 そうしてシャルロッテの作った隙に乗じて、ルクシオンの用意を呼び掛ける孝志郎。それにルクスは頷き、前足を打ち合わせる。重なる前足から溢れ広がる光。それはルクスと孝志郎を包み、それに続いてその周囲を取り囲むように部品が形成されていく。

『ウゥオオオオオオオッ!!』

 そこへ雄叫びを上げて突っ込む黒い巨人。踏み込みと共に伸び迫る巨大な拳を、ウィンダイナは鋭い呼気と共に放つ後ろ回し蹴りで迎え、打ち砕く。

『ごぉおあああ!?』

「やかましいッ!!」

 腕を失い悶える巨人の顔をシャルロッテが炎で吹き飛ばし、さらに続けて放り投げた三発の火球が地に触れて爆発。炎と煙の壁を作って取り囲もうとする敵の進撃を阻む。

 その間にルクシオンは完成。重い音を立てて三つの車輪が地面を踏みしめる。

『愛、これの後ろに乗りな!』

「う、うん」

 ルクシオンに乗る様に愛を促すアム。その指示に愛は頷いて、ルクシオンの腰に当たるリアシートに腰かけ掴まる。それと共に、アムもまたルクシオンの後頭部に当たる部位に着地。そして立て続けに真上にあごを向け、口から炎を放つ。

『ぎゃ、うっ!?』

 真下から吹き上がる炎に煽られ、悶える黒い怪鳥。アムは口の端から炎を舌の様にちらつかせながら、焙り持ち上げた怪鳥から真下のルクシオンを見下ろす。

「出しなよ! 孝志郎!」

「任せてッ!!」

 火の粉を噛みながら叫ぶアムに従い、両目を輝かせて駆け出すルクシオン。

「イィヤァアアアアッ!!」

 その直後、牽制の炎を押し退けて振ってきた黒い怪鳥を、ウィンダイナの突き上げた拳が打ち砕く。

『ウンベゾンネン・グリューヴュルムヒェンッ!!』

 それに続き、炎のマジックミサイルを放つシャルロッテ。空を駆け巡るそれは次々と舞い降りる巨鳥たちへ直撃。爆炎に押し包んで撃ち落としていく。

 燃え盛り、落下する黒い鳥。行く手を塞ぐそれを踏みつぶし、ルクシオンは光を帯びたタイヤ痕を残して走る。

『コウシロー、ボクとアムで術を完成させる! とにかくこのまま、円を書いて走って!!』

「分かった!」

 両目を強く輝かせ、強くエンジンを轟かせるルクシオン。その行く手を塞ぐように黒い巨人が立ち塞がり、背後から翼を広げた怪鳥が追いかける。

『させるものかッ!!』

「それは、こっちのセリフ!!」

 嘶き叫ぶ怪鳥。その後ろからウィンダイナは躍りかかり、鳥の背中を踏みつけて更にムーンサルト。そうして身を捩って巨人の頭を踏みつぶし、その勢いに乗ってバク宙する。

『ぐぶ!?』

 その直後、ウィンダイナが踏み台とした巨人の肉体をルクシオンが撥ね飛ばし、走る。それを眼下に、ウィンダイナは空を舞い、左右から迫る怪鳥の嘴を見やり、両腕を交差させる。

「エェイィヤアアアアアッ!!」

 そして構えた両腕を抜き放ち、間近に迫った怪鳥の首を切り落とす。

 崩れる巨鳥の残骸を見送り、重力のままに地面へ向かうウィンダイナ。しかし、それを待ち構える様に、巨人が群れを成して着地点で拳を構える。

『へっへへ……』

「ヘレ・フランメッ!!」

『ぎゃあぁあッ!?』

 だが口の端を吊り上げて笑うその群れを横合からの火炎流が押し流し、焼き払う。

 黒い炎の開けてくれた地面へ降り立つウィンダイナ。そこへ怪鳥の体越しに妖刀を閃かせた月居が滑り込み、次いでシャルロッテが周辺を炎で焼き払いながらその傍へ舞い降りる。

 そして揃って空を見上げる三人。その視線の先では、未だに白い魔法陣から無数の黒い影が吐き出されている。

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